Mag-log in商品を検索してもまったく同じ物は見つからなかった。検索方法を変えてみても効果はなく、久我はたまらずため息をついた。
気づくと日は暮れており、終業時刻まで一時間を切った頃だった。 「お疲れさまでーす」 外に出ていた調査員、永和聖会の本部は新宿区四谷にあった。雑居ビルが並ぶ一角の、あまり人気が無い裏通りに面していた。
一階が本部になっているらしく、入口近くの塀には「ご自由にどうぞ」と書かれた透明のプラケースがあり、何枚かのリーフレットが入っている。 二階は事務所のようだが、外から見た感じではあまり広さがあるようには思えなかった。 久我は少し離れたところに車を停め、しばらく様子を見ていた。しかし人の出入りはなく、まるで情報が得られない。 「潜入するか……?」 万が一、中山が他の信者に情報を共有していたら危険だ。しかし、間遠が探偵だとバレたかどうかまでは分からない。 悩んだ末に、久我は車を駅前のパーキングに停めて、徒歩で本部へ向かった。一階と二階には電気がついており、中に人がいるのは確実だ。
何気なく通りがかった風を装って近づき、久我はリーフレットへ手を伸ばす。 すると入口の扉が開き、四十代と思しき女性に見つかってしまった。 「こんにちは。永和聖会にご興味が?」 穏やかに話しかけられ、久我は笑みを返した。 「ええ、何度かここの前を通ったことがあるのですが、いったいどういうところなのかと気になっていまして」 「あら、そうでしたか。お時間、ありますかしら? よければご紹介しますわ」 「いいんですか? ありがとうございます」 久我は招かれるままに建物内へ足を踏み入れた。コンビニのような冷気が肌を刺し、今年も残暑が厳しいのを身をもって知った。 内部は淡いクリーム色の壁紙に、くすんだ桃色の絨毯が敷かれていた。総じて落ち着いた雰囲気で、連れられて入った部屋では何人かの男女が温かく迎えてくれた。 「お話を聞きたいって方がいらしたの。みなさん、どうぞよろしくね」 「はじめまして。こちらへどうぞ」 久我と同世代らしき女が椅子を指し、若い青年が立ち上がる。 「すぐにお茶を入れますね」 「お菓子もありますよ」 久我は内心苦い気持ちになりつつ、笑顔で答える。 「突然お邪魔してすみません。失礼します」 椅子に腰を下ろし、鞄を膝の上へ置く。 「お名前をうかがってもよろしいかしら?」 「はい、鈴木弘樹と言います」 調査でよく使っている偽名を名乗った。もちろん名刺の用意もある。 「鈴木さんね。永和聖会は一言で言うと、あの世で幸せになることを目指す宗教法人なの」 さっそく説明が始まり、久我は少し真剣な顔をする。 「あの世、ですか?」 「すでにあの世へ行ってしまった人も、あたしたちの行動次第で幸福にすることができるのよ」 「天国とか地獄とかいうけど、どちらも本当は同じ場所なんですよ。見る人次第で天国にも地獄にもなる。魂だけになっても心はありますから、心持ち次第で見え方が変わるんです」 「私たちは聖なる祈りの力によって、亡くなった人の心を穏やかにさせることができるんです。そうすると天国になる、ということですわ」 「初対面で申し訳ありませんが、鈴木さんは身近な人を亡くした経験がおありですか?」 質問された久我は気まずそうにした。 「ええ、兄が事故で……」 信者たちは同情するように息をついたが、久我には兄などいない。離れて暮らす双子の弟がいるだけだ。 「それならお分かりになられるはずだけど、お兄様があの世で苦しんでいるとしたらどう思いますか?」 「それは嫌ですね、なんとかしたいです」 「そうでしょう? 私たち永和聖会でなら、なんとかできるんですのよ」 久我は内心で深くうなずいた。やはりボランティア団体とこの宗教団体はつながっている。依頼人の父親は去年、妻を亡くしたばかりだ。 「具体的には、いったい何をするんですか?」「祈りですわ」 と、久我を招いてくれた女性が本のようなものを開いてみせた。「この特別な曼荼羅に向けて、朝と夜に祈りを捧げれば、あなたのお兄様の心は穏やかになり、お兄様のいる場所は天国になります」「なるほど」 久我は神妙な顔でうなずいた。鮮やかな色彩で描かれた曼荼羅は、どことなく魔力を秘めているように見えた。「でも、それだけじゃありませんよ。この世であたしたちが幸福でいることもまた、あの世にいる人の心を穏やかにさせます。何故ならどんな人も、あの世で家族や大切な人を見守ってくれているからです」 ありがちな話だが、心を動かされる人もいるだろう。特に亡くした相手への思いが強ければ強いほど、絆が深ければ深いほど。「そのために、こうした物もあるんです。これは幸福を運ぶストラップです」 青年が見せてくれたのは、間遠が昨日見たという三色の石と銀色のビーズが連なったものだ。「幸福を運ぶんですか?」「ええ、運びます。私たちは幸福の担い手となり、周りの人々に幸福を届けるんですの。すると自分も幸福になり、あの世にいる大切な方はもちろん、自分があの世へ行った時にも天国へ行けるのです」 まるで論理的でないなと内心で否定しながら、久我は「素晴らしいですね」と返した。「みなさん、そのストラップをお持ちなのですか?」「ええ、もちろんです。会員のほとんどが持っていますわ」 これで中山が永和聖会の会員であることが確実となった。おそらく依頼人の父親もまた、永和聖会に加入していることだろう。「永和聖会は愛する人を失った者の思いにつけこむ宗教団体だった。依頼人の父親は妻を亡くしたばかりであり、一人暮らしの寂しさも手伝って、中山の言う通りにしているのだと思われる」 事務所へ戻り、久我は得てきた情報を元に話を整理していた。 手には温かいブラックコーヒー、話を聞いているのは神崎と間遠の二人だ。「よって、ボランティア団体ホープ・リレーションズは永和聖会とつながっていると見ていいだろう。ただし、相手は宗教法人だ。訴えるなら複数の被害者で集まって行う方がいい。依頼人にもそう話そうと思っ
商品を検索してもまったく同じ物は見つからなかった。検索方法を変えてみても効果はなく、久我はたまらずため息をついた。 気づくと日は暮れており、終業時刻まで一時間を切った頃だった。「お疲れさまでーす」 外に出ていた調査員、相楽浩介が戻ってきた。最年少の彼は背が高くがたいもいいが、さっぱりとした黒髪のせいか、間遠よりは風景に溶け込みやすい。「お疲れさま。現場はおさえられたか?」「ええ、ばっちりです」 相楽は自分の机に鞄を置くと、デジタルカメラを取り出した。「見てくださいよ、これまでで一番うまく撮れました」 久我は立ち上がり、神崎と間遠も席を立って相楽の横から顔を出す。 相楽に任されていたのは、よくある浮気調査だ。今日は浮気相手との密会現場を撮影しに行ったのだが、写真はどれもうまく撮れていた。「ほら、これなんか最高でしょ? ピントもしっかり合ってるし。みなさん、褒めてくださいよ」 と、相楽が上機嫌で言い、久我は返した。「確かにうまく撮れたな。これなら依頼人にも満足してもらえるだろう」「成長したね、相楽くん」 神崎もそう言ってにこりと笑い、相楽は頬をほんのりと赤らめた。「いやあ、それほどでも……」 と、嬉しさと恥ずかしさの入り混じった顔で頭をかく。 一方で間遠は言った。「思い出した」「どうしたんですか?」 神崎が聞くと間遠は目を瞠った。「鞄だよ、中山の鞄に変な数珠みたいなのがついてたんだ!」 久我と神崎ははっとした。間遠は席へ戻ると、メモ帳にボールペンで絵を描いてみせた。「こんな風に赤と黄色と青と銀色で、やけに派手だったんです。見たことないなと思って、ちょっと気になったんです」「貸してください」 横から神崎が絵を取り上げ、スマートフォンで撮影した。すぐにパソコンへ送り、AIの力を借りて実写化する。「こんな感じですか?」「そうそう、似てる!」「画像検索かけます」 神崎は素早く画像検索を始め、間遠が横に立って画面を注視する。「あっ、これだ!」 間遠が指さした画像をクリックすると、どこかのネットショップへつながった。 慎重に神崎が表示されたページを見ていく。「商品名は幸福を運ぶストラップ、店は……永和聖会?」 久我はすぐに神崎の後ろへ回った。「それって、昼間に見たのと同じ名前じゃないか?」
東京の中野駅からほど近い雑居ビルの二階、薄暗い階段を上がった先に久我探偵事務所はあった。白地に青文字で書かれたシンプルな看板が目印だ。「実家の父のことなんです」 冷房の風がひかえめにあたる応接スペースで、依頼人の宮崎春香は訴える。「去年母を亡くして、今は一人で住んでいるんですが、今年に入ってから様子がおかしいんです。若い女性に何度もお金を渡しているみたいで、詐欺ではないかと心配で」 所長の久我健人は真剣なまなざしで聞き返す。「詐欺といいますと?」「妙なものを買わされてるんです。幸福になれる線香とか、気持ちを穏やかにさせる石とか」「典型的な悪質商法ですね」「そうですよね。父が言うには、そのボランティアの女性、中山さんはホープ・リレーションズっていう団体に所属しているらしいんです。 最初は話を聞いてくれるだけだったみたいなんですが、いつからかお金を渡すようになったようで、預金額がどんどん減ってるんです」 不安そうに宮崎春香は伏し目がちになり、膝の上に置いた手をぎゅっと握った。 久我はできるだけ穏やかな口調で確認する。「お金が減っているのは、その中山さんのせいだとお考えなのですね」「ええ、そうです。父はお金のかかるような趣味は持っていませんし、他に考えられません」「お父様は何とおっしゃっているのですか?」 宮崎春香は再びため息をついた。「それが、まったく疑ってないんです。中山さんの言う通りにすればいいと思いこんでいて……だから、父に考え直してもらえるよう、調査を依頼したいんです」 久我は事情を把握し、うなずいた。「分かりました。ぜひ調査しましょう」「ありがとうございます」 宮崎春香はほっとした顔をし、久我はさっそく依頼料について説明を始めた。 話が済み、依頼人が帰っていったところで久我は言った。「間遠、向かってくれるか?」 デスクで退屈していた間遠桜が立ち上がる。派手な金髪に、どこか挑戦的なやんちゃな顔つき。久我探偵事務所を代表するベテラン調査員だ。「どこですか?」「依頼人の父親の調査だ。場所は練馬区大泉学園町。現地で聞き込みを行い、可能な限り、生活状況を把握すること」「分かりました」「詳細な情報と必要な資料は、あとで君のスマホへ送信する」 久我の言葉に間遠はうなずき、壁にかけて







