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第1196話

Author: リンフェイ
今はまだ辰巳と咲の物語は始まってさえもいない。いや、彼は始めようとしているのだが、咲のほうがそれを全く知らないのである。彼女が彼に薔薇の花を贈ろうとしないのは、まあそれは理解できないことではなく、仕方のないことだ。

「この花束も綺麗ですね。ありがたく柴尾さんから贈られた花を受け取ります、ありがとうございます」

辰巳は花束を受け取って、その美しさを堪能してから咲にお礼を言った。花束を抱きかかえて咲に「柴尾さん、俺はこれから仕事に行ってきます」と言った。

花屋を出て、自分の車の前まで行き、助手席のドアを開けてその花束を座席に置いた。それから店へ振り返ってちらりと咲を見てから、車に乗って去っていった。

咲は静かに店の前の様子を耳で聞き取り、車が動いて去って行ってからホッと一息ついた。

なんだか結城家の坊ちゃんは彼女にやたら構ってくるような、そうじゃないような。つまり、彼女に興味があるような感じだ。きっと目の不自由な人間に初めて出会ったからだろう。

咲は辰巳が彼女のことを気に入ったとは全く考えなかった。それは彼女が目の見えない女性だからだ。

辰巳は咲にもらったあの花束を持って結城グループに出勤した。車を降りると、花束を抱えてそれを目立つように持ちながら、オフィスビルへと入っていった。誰かに会うたびに、彼は自分から挨拶をしていた。

社員たちは、副社長は今日何かに憑りつかれでもしたのか?と思っていた。花束を抱えている彼は花よりもキラキラと輝いた笑顔を見せていた。

そして辰巳はわざわざ理仁のオフィスまで行った。

理仁は頭を上げると、辰巳が花束を抱えて入ってきたのを見て、その黒い瞳に少しだけ笑みを含ませていた。辰巳が入って来てすぐ座ってから、理仁はからかうように言った。「動き始めたのか?絶対に言うことを聞かないんじゃなかったのか?奏汰と結婚から逃げるためにアフリカまで逃げようと計画していたのでは?」

奏汰の拒否反応が一番強い。

彼はおばあさんは贔屓していると思っているのだった。彼には男装女子を選んだ。玲は奏汰よりももっと男前なのだ。

奏汰は金を積んで悟に白山玲について細かく調査してもらった後、苦しそうに理仁におばあさんは不公平だと愚痴を吐きに来たのだった。

辰巳と一緒に結婚を避けるためにアフリカまで逃げて、おばあさんを後悔させてやるとグチグチ言っていた。
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