内海唯花は冷ややかに言った。「恭ちゃんって誰よ。私とどんな関係があるの?陽ちゃんは私の甥よ。その甥っ子に辛い思いをさせて他人の子の機嫌を取るわけないでしょ。陽ちゃんのどこに問題があるの?問題があるのはあんたが教育したその孫でしょ。その子がいつも陽ちゃんをいじめて、おもちゃを奪ったり、叩いたりするんですけど。しかも陽ちゃんのおもちゃを勝手に持って帰ったりもするでしょ。それの祖母のくせに、あんたの目は節穴なの?それとも普段からこうするようにそれの教育をしているわけ?おばさん、その子はあんたの外孫でしょ。陽ちゃんは内孫なのよ、不公平にも程があるわ!」佐々木母「……」そしてすぐに彼女は言った。「唯花、恭ちゃんはまだ小さいのよ。それに陽ちゃんにはこんなにたくさんおもちゃがあるでしょ、恭ちゃんにちょっとくらい遊ばせてやってもいいじゃない?陽ちゃん、お兄ちゃんが泣いてるのよ、たくさんあるなら、ちょっとおもちゃをいくつか分けてくれてもいいよね?」それを聞いて佐々木陽はためらっていた。神崎姫華は陽に言った。「陽ちゃん、あげたくないなら我慢しなくてもいいの。あの子が泣きたいなら、気が済むまで泣かせておけばいいのよ。あの子はね、おばちゃんの代わりに床掃除したいんだって。そのまま床拭きでもさせておけばいいのよ。そしたら、唯花おばちゃんが掃除しなくてもよくなるでしょ」陽は小声で「おにいたん、ひどいもん」と言った。従兄の恭弥が彼に与えたイメージはとても悪くなっていた。「お兄ちゃんがひどい子なら彼と遊ぶ必要はないのよ。そこのおばさん、悪いけどそこの大切な外孫でも連れて出て行ってくださいます?私の友人の店は小さくてあまり広くないので、それを外に連れて行って道路に転がせておけばいいのでは?」内海唯花は自分の家の子に我慢させて他人の子を満足させるようなことはしたくなかった。神崎姫華は言うまでもなく、彼女がやりたいようにやるのだった。余計なことを言って騒ぐような真似をすれば、彼女はいつでもビンタを食らわせてやるのだ。「恭弥ちゃん、良い子ね。起きてちょうだい。もう行きましょう。彼のものなんて珍しくもなんともないの、おばあちゃんがもっとたくさんおもちゃを買ってあげるからね」佐々木母は内海唯花と神崎姫華の言葉を聞いて、相当怒りを爆発させていた。それに孫 が床で転がり
内海唯花は暗い顔になり言った。「義理のおばあさんならどれだけ良かったことか。そうだったら、受けるダメージは少なくて済んだのにさ。でも残念なことに血縁者なのよね」甥の祖母と唯花の祖母は張り合えるほどのダメ人間だ。少し黙ってから、彼女はまた口を開いた。「あのおばあさん、病気の孫を連れてやって来たのよ。あいつから陽ちゃんに病気を移させて、陽ちゃんが風邪でも引いたら、お姉ちゃんは安心して仕事に行ける?絶対仕事を休んで陽ちゃんのお世話をするはずよ。まだ働き始めて二日目なのに休みを申請したら、この仕事も難しくなるわ」佐々木家が彼女の姉に職場復帰させたくないから、こんな汚い手を使ってくるとはまったくふざけている。姉は今仕事が見つかったのだから、一日も早く離婚したほうがいい。さっさと離婚すれば新しい人生を歩むことができるのだ。「唯花、あなたのお姉さんの義母はどうして仕事に行かせたくないの?」神崎姫華は尋ねた。内海唯花は箒を手に持って店へと戻っていた。陽が彼女のほうへ向かってきたのを見て、彼女は腰を屈めて片手で甥を抱き上げて、歩きながら言った。「お姉ちゃんのあのクズな義姉が、二人の子供を市内の学校に通わせたいの。お姉ちゃんが今住んでいる家から良い学校が近くにあるものだから、あの女はそれを狙っているのよ。英子が自分のクズ弟にその家を彼女名義に書き換えるよう頼んだの。そうすれば彼女があそこに住むのに大義名分ができて、二人の子供を良い中学に通わせることができるからね。でも、彼女には仕事があるから、毎日働きに出なくちゃいけなくて、子供の塾の送り迎えとかできないでしょ、それでお姉ちゃんにそれを代わりにさせたいらしいわ。ご飯を作って食べさせたり、宿題を見てやったりもね。お姉ちゃんはそれを断ったの。お姉ちゃん、ようやく仕事が見つかって働きに出られるようになった。あいつらは自分の要求を呑んでもらうために、今日みたいな姑息な手段に出て来たってわけ。お姉ちゃんの義母は完全に自分の娘を大切にしているからね。私の義兄も同じよ、あいつも自分の姉に傾倒しているのよ。以前は彼らは姉にとてもよくしてくれていたわ。お姉ちゃんはそれで良い人のところに嫁いだって思ってた。結婚してからも幸せそうだった。でも、子供を産んでからあいつらはもう子供ができたからいいと思ったんでしょうね、その
「お姉ちゃん、仕事も見つかったし、佐々木俊介に離婚を切り出してもいいんじゃないの」内海唯花は姉に早く離婚するようアドバイスした。牧野明凛と神崎姫華もそれに合わせた。「早く離婚して早く超ハッピーにならなきゃです」佐々木唯月は目線を息子のほうに落とし、その幼く可愛い顔を見つめた。そして力いっぱい頷いた。「今晩、俊介が仕事から帰って来たら、離婚を切り出すわ」彼女の手にはすでに佐々木俊介の不倫の証拠が揃っているのだ。その証拠を受け取った時は、すぐには二人の関係を悪化させなかった。自分には仕事がなく稼ぎがないから、息子の親権を争えないと我慢していたのだ。もうすぐ年越しになる。本来、佐々木唯月は今の仕事の初給料を得てから離婚を切り出すつもりだったのだが、義母の今日の振る舞いを聞いて、もう我慢ができなくなった。彼らが彼女にどう接してきても、彼女はまだ耐えられるのだが、陽を傷つけるとなってはまた話が別だ。もうこれ以上は我慢することができない!二日前に義母と義姉がやって来た時、佐々木英子が俊介に恭弥がウイルス性の風邪にかかって、まだ完全には良くなっていないと言っている話を耳にした。彼女の義父は恭弥が陽に病気を移すかもしれないと心配して、英子に恭弥を連れて行かせないようにしたのだ。それがまさか彼女が仕事に行っている間に、義母が病気が完全には治っていない恭弥を連れて、わざと陽にその病気を移そうとするなど思ってもいなかった。もしそうなってしまえば、彼女は安心して仕事に行けなくなり、うまいこと仕事をまた失わせることができると思ったのだろう。この考え方は本当に毒がある。彼女が仕事に行かなければ、佐々木英子の子供たちの面倒を見てくれるとでも思ったのか?夢でも見ていろ!「唯月さん」神崎姫華はふくよかな佐々木唯月を見て、なぜだか彼女に一種の親近感を覚えた。それが彼女を唯月ともっと親しくなりたいと思わせた。不思議だ。彼女と内海姉妹はもしかして前世では姉妹だったのではないか?神崎姫華は何事も自分の心の欲するままに行動するタイプだ。彼女が内海姉妹ともっと仲良くなりたいと思えば、自分の心に従うまでで、別に何か考えがあってのことではない。彼女は「唯月さん、離婚で裁判をする必要があるなら、私に声をかけてくださいね。私が一番腕の良い弁護士を見つけて離
佐々木陽は母親の懐ですぐに眠ってしまった。佐々木唯月は息子が寝ているうちに、妹に預けた。妹夫妻が彼女に代わって陽の面倒を見るために、ベビーシッターの清水を雇ったのを知って彼女はとても感謝していた。今はまだ彼女は完全には経済的に自立できていない。先に妹夫妻にお世話になっておいて、一人でしっかり立てるようになってから、この夫妻に恩返しをしようと思った。そして佐々木唯月は仕事に戻った。神崎姫華は唯一の親友から電話がかかってきた。彼女の親友がどんな用事があるのかわからないが、彼女は電話を切ってから、内海唯花と牧野明凛に挨拶をして急いで店を離れた。「明凛、店番と陽ちゃんをお願いできるかな。私、清水さんにベッド用品を買いに行って来る」内海唯花は清水にベッドやクローゼット、ベッド用品を買うことを忘れずにいた。「わかった」牧野明凛はこころよくそれに応えた。今高校生たちの下校時間にはなっていないので、お店には人が少なかった。これから彼女はお楽しみの小説の時間だ。清水は「内海さんが行って来てください。陽ちゃんが起きたら、見る人が必要ですからね」と言った。佐々木陽にあのような祖母がいることを知り、清水は陽を可哀そうに思っていた。神崎姫華の言葉を借りて言えば、こんなに可愛い子がどうして好かれないのだろうか。彼女は心の中で、佐々木唯月は男の子を生んで、義母家族から陽はこんな扱いを受けているのだから、もしも女の子だったら、一体どんなふるまいをされたことかわかったもんじゃないと思った。しかし、佐々木唯月が離婚を決めていて良かった。離婚したほうがいい。あのような人間からは、早く離れるのが賢明だ。清水がどうしても店に残ると言うので、内海唯花は車を運転して清水のベッドとクローゼットを買いに行くしかなかった。彼女は午後の時間を費やして、ようやくその用事を済ませた。夕方、急いで店に戻って、慌ただしく仕事を終わらせた後、姉の仕事が終わって佐々木陽を迎えに来るのを待った。牧野明凛は家に帰ったので、内海唯花と清水が店番をすることになった。三十分後、結城理仁がやって来た。「残業はないの?」内海唯花は夫が大きく落ち着いた足取りで入って来たのを見た。その堂々とした自信のあるオーラに彼女は酔ってしまいそうだった。この男、ルックスが
残念なことに、彼の親友たちは彼と同じようにみんな結婚したことがないから経験がないのだ。まさかおばあさんに裏でどうすればいいか尋ねるわけにもいかないだろう。きっとおばあさんから笑われてしまう。自分が以前おばあさんの前で頑固にも、きっぱりと「俺は自分から妻を好きになって追いかけたりしない」などと余計なことを言ってしまったのを思い出し、結城理仁はビンタを食らったかのように顔が痛くなったように感じた。しかし、表面上、彼は別に妻を追い求める必要はなかろう。内海唯花はすでに彼の妻なのだから!「結城さん、心配してくれてありがとう。私ちゃんと休むようにするから」内海唯花は器用な指先でビーズを使い車を作り上げた。「結城さん、先に清水さんを連れてお家に帰って。シロと猫ちゃんたちも忘れずにね」結城理仁の顔がこわばった。「俺はペットは連れて行かない」「じゃあ、清水さんにお願いしよう。私は今店は忙しくないから、二人がここにいても何もすることがないでしょ。それなら、先に家に帰ったほうがいいわ。清水さんの部屋を整理する時間もできるしね」「俺が邪魔なのか!」内海唯花は顔を上げて彼の目を見つめ、また下を向いてハンドメイドに取りかかった。そして、おかしくなってこう言った。「結城さん、あなたって本当に敏感な人よね。私がさっき言ったのは本当のことよ。あなたが嫌いで邪魔だって言ってるんじゃないの。だったら、あなたがここにいて何か手伝えることがある?」結城理仁は厳しい顔つきで何も言わなかった。彼はハンドメイドで何か作ることはできない。彼女を手伝って店番をしようか。でも、彼女は彼の表情が怖すぎてお客さんを驚かせてしまうのを嫌がっている。このような現実に直面して、結城理仁は彼女が言ったことを認めるしかなかった。彼は本当に彼女のために何かできることはなかった。おばあさんはどうして彼にこんなに何でもできる妻を見つけてきたんだ。彼の存在をアピールできる機会すらないじゃないか!結城理仁は心の中でおばあさんに悪態をついた。そんなことを聞いたらおばあさんはきっと、どうせあなたと唯花さんは半年の契約結婚だから、期限が来たら離婚するのだろうと言うはずだ。結城理仁「……」血のつながったおばあさんなのに、なんと残酷なことを言うのだろう!清水は焦って言った。「
内海唯花は結城社長が結婚しているという実証を得てしまい、神崎姫華に代わって残念に思うしかなかった。結城家の御曹司には本当に妻がいるのだ。だから、神崎姫華は彼のことを諦めるしかない。彼女はとても良い女性だ。彼女が早く結城社長への気持ちを整理し、幸せな道を新たに見つけてほしいと思った。「結城社長が結婚しているのに、どうしてその情報が流れていないのかしら」あの神崎姫華でさえ知らなかったのだ。「たぶん、社長夫人を守るためじゃないかな。うちの社長はイケメンだし、若くてお金持ちだから、彼に会ったことのある若い女性なら、みんな彼の魅力の虜になってしまうだろうからね。神崎さんだけが公に彼に告白して追いかけていて、他の女性はそんな度胸はなかっただけで、神崎さん以外にも彼を慕っている女性はたくさんいるから。彼の妻がどんな人なのか、容姿はどうなのか世間にばれてしまえば、彼が愛する妻に迷惑がかかってしまうかもしれない。彼が気づかないところで妻を傷つける人間がいるかもしれないと心配しているんだろう」「他の人のことはわからないけど、姫華は絶対にそんなことをする人じゃないと思う。彼女は世間からすごく誤解されているわ。結城社長が彼女のことを好きじゃないのは、ただあの二人には縁がなかったとしか言いようがないわね」内海唯花はため息をついた。「姫華が一日も早く立ち直ってくれることを祈るわ。他にも良い男性はたくさんいるはずだし。結城社長にずっとこだわり続ける必要もないと思う」結城理仁はそれには返事をしなかった。「そうだ、あなたやっと社長さんの顔を拝めたんでしょう。彼って本当にカッコイイの?年取ってる?」結城理仁は口角を引き攣らせた。彼女はどうしていつも彼のことをもう若くないと決めつけるのだろうか。彼はまだ30歳だ。この年齢は男の人にとっては、まだまだ若い部類だ。「確かにカッコよかったよ。そんなに年は取ってないって、まだまだ若いよ。どっちにしろすごくイケメンで、男性の魅力に溢れてたな。もし俺が女性だったら、社長に恋してしまうかもしれない」内海唯花はケラケラ笑った。「あなたと比べてどう?」結城理仁「……うーん、たぶん、やっぱり俺のほうがちょっとカッコイイんじゃないかなぁ」内海唯花は笑って言った。「本当に?自惚れじゃなくて?私は結城社長を見たこ
彼女は普段、夜遅くに店を閉めるから、恐らく店でビーズ細工作りに励んでいるのだろう。内海唯花は彼を見ながら「あなたにそこまで影響されることはないわ」と言った。結城理仁「……」「お姉ちゃんが今夜、佐々木俊介に離婚話を切り出すって。だから私ちょっと心配なのよ」「だったら、君と一緒に義姉さんの様子を見に行こうか?」内海唯花は時間を見て言った。「この時間は、あの人はまだ帰って来ていないわ。彼はいつも夜中過ぎにやっと帰ってくるの」この姉妹は佐々木俊介が部長になり、仕事が忙しく、接待も多いから夜中にやっと家に帰れると思っているのだから、バカ真面目すぎる。実際あの男は浮気相手と一緒にいるというのに!「義姉さんなら自分でどうにかできるって信じよう」結城理仁はただこのように慰めることしかできなかった。内海唯花は少し黙ってから言った。「私はそんなにうまくいかないような気がするの。佐々木家の人たちはみんな、なりふり構わずだから。知ってる?あいつらお姉ちゃんを働きに行かせないようにするために、陽ちゃんに風邪を移そうとしてきたのよ」彼女は佐々木母がやったことを結城理仁に話した。結城理仁はそれを聞いた後、暗い顔つきになった。「陽君は大丈夫なのか?」「今はまだ風邪を移されたかどうかわからないの。お姉ちゃんが恭弥君はウイルス性の風邪にかかっていて、簡単に他の子に移るって言ってたわ。陽ちゃんは普段から体が丈夫で免疫力も高いから、彼らの策略通りに病気にならないことを祈ってるわ」「義姉さんに何かあれば俺たちに電話をするように伝えてくれ。離婚する時、得るべきものはすべてあいつからもらわなくちゃ。特に陽君の親権だ。絶対に奪い取らないと。もし親権が向こうに渡ったら、陽君は奴らにどんなひどい扱いを受けてしまうかわかったもんじゃない」佐々木俊介には新しい女がいて、仕事も忙しい。絶対に子供の面倒を見るような時間はないだろう。だから陽は彼の両親に面倒を見てもらうことになる。彼の両親はずっと佐々木英子の子供の面倒を見てきたから、愛情はあちらに注がれている。陽がそんな祖父母と一緒にいて、ちゃんと世話をしてもらえるとは思えない。内海唯花は頷いた。彼女たちみんな同じ意見で、このように唯花の姉に言っていたのだ。「彼らが離婚した後……義姉さんの暮らしはどんどん
結城理仁は内海唯花を見つめ、内海唯花も彼を見つめて話を聞いていた。「義姉さんの家に様子を見に行ってみるか?」内海唯花は携帯で時間を確認して言った。「佐々木俊介はこの時間、まだ帰ってきてないわ」少し黙ってから、彼女は言った。「お姉ちゃんのことは、お姉ちゃん自身でどうにかするはずよ。私の助けが必要になったら、私は全力でお姉ちゃんをサポートするわ」結城理仁は何も言わなかった。彼は携帯を手に取って誰と連絡しているのかわからないが、メッセージを送っていた。数分後、彼は突然彼女に言った。「気分が落ちているようだし、じゃあ、今日の仕事はこれで終わりにしよう。一緒にどこかぶらぶらしに行こうか?」内海唯花は少し黙ってから、言った。「特に行きたいところはないけど」今、姉の結婚のことを話していたので、この時の内海唯花の気持ちは曇り空になっていたのだ。彼女はいつも姉妹二人が長年互いに支え合って生きてきて、姉が結婚した後、良い人と結婚したと思っていた。姉はきっと幸せになるのだと。しかし、現実は残酷なもので、彼女に大きな痛みを与えてしまった。今や姉の結婚生活は終わりを迎えようとしている。彼女と結城理仁も将来どうなるのか不安な状態だ。今後どのような結果になるのか誰もわからない。哀れな運命を持つ者は、幸せな日々を送れないのか?「君が出かける気持ちがあるなら、俺と一緒に出かけようよ。どこで何をするかは俺に任せて」内海唯花は彼の真っ黒な瞳と視線が合った。彼の瞳はずっと深海のようで、多くの時には氷のように冷たくなる。彼女はいつも彼のその瞳からは、彼の内心を読み取ることができなかった。しかし、この時は彼の瞳から彼女への関心の色をうかがうことができた。急に心が温かくなるのを感じた。彼女は頷いた。「わかった。今片付ける。一緒に出かけて新鮮な空気でも吸おう」ふとレジの下に座っている犬のシロを見て、彼女は小声で尋ねた。「清水さんと、うちのペットたちはどうする?先に家まで送っていこうか?」結城理仁は彼女に手を伸ばした。「なに?」「君の車の鍵だ」内海唯花は車の鍵を取り出しながら尋ねた。「清水さんは運転できる?」「できるよ」「彼の家で働く人たちは車の運転ができることが必須条件だ。彼らが住んでいるところは市内から少し距離があるし、
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ
姫華は父親である神崎航と一緒に母親を気にかけていたので、理紗が忘れずにこの鑑定結果を持ってきたのだった。唯花は理紗から渡された鑑定結果を受け取って見た。彼女はその結果を見た後、少しの間沈黙してからそれをテーブルの上に置いた。「唯花ちゃん、あなたは私の姪よ。私のことは詩乃伯母さんって呼んでね」今世では妹と再会を果たすことはできなかったが、妹の娘である二人の姪を見つけることができただけでも、神崎詩乃(かんざき しの)にとっては一種の慰めになった。彼女は唯花の手をとり、自分のことを「詩乃伯母さん」と呼ばせた。「唯月ちゃんは?それから陽ちゃんも」神崎詩乃はもう一人の姪のことも忘れていなかった。「姉は昼にはここへは来ないんです。夕方五時半に退勤したら帰ってきますよ」唯花はそう説明して、明凛のほうを見た。明凛が陽を抱っこして近づいて来て、唯花が彼を抱っこした。「神崎おば様……」唯花がそう言うと、詩乃は言った。「唯花ちゃん、私のことは詩乃伯母さんって呼んでね。私はずっとあなた達を見つけられるのを夢見ていたのよ。ようやく見つけたんだから、そんな距離感のある言い方で呼ばれると寂しいわ」唯花は少し黙った後「詩乃伯母さん」と言い直した。DNA鑑定結果はもう出てきたのだ。彼女が神崎詩乃の血縁者であることが証明されたのだから、神崎夫人はまさに彼女の伯母にあたるのだ。本当にまるでドラマのようだ。詩乃は唯花に詩乃伯母さんと呼ばれて、目をまた赤くさせた。そして姫華がこの時急いで言った。「お母さんったら、もう泣かないで。陽ちゃんもいるのよ、お母さんが泣いたりしたら、陽ちゃんを驚かせちゃうでしょ」明凛と清水はみんなにお茶とフルーツを持ってやってきた。詩乃は陽を抱っこしたいと思っていたが、陽のほうはそれを嫌がり、背中を向けて唯花の首にしっかりと抱きついた。「陽ちゃん、こちらはおばあちゃんのお姉さんなのよ」詩乃は立ち上がって、陽をなだめようとした。「いらっしゃい、おばあちゃんが抱っこしてあげる、ね」しかし陽は彼女の手を振り払い「やだ、やだ、おばたんがいいの」と叫んだ。詩乃は陽が過剰な反応をしたのを見て、諦めるしかなかった。そして少し前の出来事を思い出し、彼女はまた容赦なくこう言った。「あの最低な一家が、陽ちゃんにショックを
数台の高級車が遠くからやって来て、星城高校の前を通り過ぎ、唯花の本屋の前に止まった。隣の高橋の店で暇だからおしゃべりをしていた結城おばあさんが、道のほうに目を向けると数台の高級車がやって来ていた。そしてすぐに顔をくるりと元の位置に戻し、わざと頭を低くした。あの数台の車から降りてきた人に見られないようにしたのだ。「唯花、唯花」姫華が車から降りて、唯花の名前を呼びながら店の中へと小走りに入ってきた。その時は隣の店でおしゃべりしていた結城おばあさんを全く気にも留めていなかった。その後ろの車から降りてきた神崎夫人の夫の神崎航がボロボロに泣いている妻を支えながら、娘の後ろに続いて店の中に入ってきた。理紗はボディーガードたちに入り口で待機するように伝え、それから彼女も店の中へと入ってきた。唯花は三分の一ほどビーズ細工のインコを作り終えたところで、姫華に呼ばれる声を聞き、その手を止めて姫華のほうへ視線を向けた。「姫華、来たのね。ご飯は食べた?もしまだなら……」その時、神崎夫人が夫に支えられて入ってきて、夫人が涙で顔を濡らしているのを見て、唯花は状況を理解した。神崎夫人はDNA鑑定の結果を手にしたのだ。神崎夫人のその顔を見れば、聞くまでもなく彼女と神崎夫人には血縁関係があるのだということがわかった。「唯花ちゃん――」神崎夫人は急ぎ足で、レジ台をぐるりを回って彼女のもとへとやって来て、唯花を懐に抱きしめ泣きながら言った。「伯母さんにもっと早く見つけさせてよ――」彼女はそれ以上他に言葉が出てこないらしく、ただ唯花を抱きしめて泣き続けた。唯花は彼女に慰める言葉をかけたかったが、自分もこの時何も言葉が出せなかった。「私の可哀想な妹――」神崎夫人は妹がすでに他界していることを思い、また大泣きした。唯花は彼女と一緒に涙を流した。明凛は陽を抱っこして清水と一緒に遠くからそれを見守っていた。陽は全くどういうことなのかわかっていない様子だった。姫華と理紗も目を真っ赤にさせていた。神崎航がやって来て、妻を唯花から離し、優しい声で慰めた。「泣かないで、姪っ子さんが見つかったんだ、良かったじゃないか。私たちは喜ぶべきだろう。そんなふうにずっと泣いてないで、ね」神崎夫人は夫に支えられて椅子に腰かけた。妹の不幸な境遇と、二人の
「内海のクソじじい、あんたはしっかり私から百二十万受け取っただろうが。現金であげただろう、あれは私がずっと貯めていたへそくりだったんだよ。あの金を受け取る時にあんたは唯花を説得してみせると豪語してたじゃないか。それがあんたは何もできずに、うちの息子はやっぱり唯月と離婚してしまったんだぞ。だからさっさと金を返すんだよ。じゃないと本気で警察に通報するわよ」佐々木母は内海じいさんがどうしても認めようとしないので、怒りで顔を真っ赤にさせていた。内海じいさんは冷たい顔で言った。「もし通報するってんなら、通報すりゃええだろ。俺がそんなことを怖がるとでも思ってんのか。俺はお前から金を受け取ってないし、もし受け取っていたとしてもそれが何だって言うんだ?それは唯月が結婚した時の結納金の補填だろう。うちの孫娘がお宅の息子と結婚する時に一円も出しゃあしなかったくせによ。結納金に代わって百万ちょいの補填だけで済んだんだぞ。お宅にも娘がいるだろ。その娘が結婚する時に一円も結納金を受け取らずにタダで娘を婿側に送ったのか?」佐々木母はそれを聞いて腹を立てて言った。「なにが結納金だ、お前は唯月を育ててきたのか?そうじゃないくせに結納金を受け取る資格があんたにあるとでも?彼らはもう離婚したってのに、馬鹿みたいにあんたらに結納金を今更補填してあげるわけないでしょうが。さっさと金を返すんだよ!」「金なんかねえ。命ならあるけどな。それでいいなら持って行くがいい」内海じいさんは、もはやこの世に何も恐れるものなど何もないといった様子で、佐々木母はあまりの怒りで彼に飛びかかって引き裂いてやりたいくらいだった。そこに英子が母親を引き留めた。「お母さん、あいつに触っちゃダメよ。あいつはあの年齢だし、床に寝転がりでもされちゃったら、私たちが責任を追及されちゃうわよ」「ああ、じいさんや、私はすごくきついよ。もう息もできないくらいさ。こいつらがここで大騒ぎしたせいで私まで気分が悪くなってきたみたいだ。死にそうだよ……」病床に寝ていたおばあさんが突然、気分が悪そうな様子で胸元を押さえて荒い呼吸をし始めた。内海じいさんはすぐにナースコールを押して、医者と看護師に来るように伝えた。そして、佐々木母たち三人に向って容赦なく言った。「もしうちのばあさんがお前らのせいで体調を悪化させた
唯花は笑って言った。「姫華が言ってたの、九条さんって情報一家らしいわ。彼と一緒にいたら、ありとあらゆる噂話が聞けるわよ。あなたって一番こういうのに興味があるでしょ。九条さんってまさにあなたのために生まれてきたみたいな人だわ、あなた達二人とってもお似合いだと思うけど」明凛「……」彼女が彼氏を探しているのは、結婚したいからなのか、それとも噂話を聞くためなのか。「そういえば、お姉さんの元旦那のあの一家がまた来たって?」明凛は急いで話題を変えた。親友に自分の噂話など提供したくないのだ。「お姉ちゃんと佐々木のクソ野郎が離婚して、お姉ちゃんがあの家から出て行ったでしょ。あいつらは待ってましたと言わんばかりに引っ越して来ようとしてたわけ。だけど、今は部屋を借りるかホテル暮らしするか、はたまた実家に帰るしかなくなったでしょ。あの一家は絶対市内で年越ししたいと思ってるはずよ。実家には帰らないでしょうね」佐々木一家は絶対に実家のご近所たちに、年越しは市内でするんだと言いふらしていたはずだ。だから、住む家がなくとも、彼ら一家は部屋を借りるまでしてでも、市内で正月を迎えようとするに決まっている。唯花は幽体離脱でもして佐々木家に向かい、彼らの様子を見てみたいくらいだった。「あの人たち、家の内装がなくなってめちゃくちゃになった部屋を見て、きっと大喜びして失神したことでしょうね」唯花はハハハと大笑いした。「そりゃそうね」唯花が今どんな状況なのか興味を持っている佐々木家はというと、この時、すでに内海じいさんがいる病院までやって来ていた。内海ばあさんは術後回復はなかなか順調で、もう少しすれば退院して家で休養できるのだった。佐々木母は娘とその婿を連れて病室に勢いよく入っていった。佐々木父は来たくなかったので、ホテルに残って三人の孫たちを見ていた。ただ佐々木父は恥をかきたくなかったのだ。「このクソじじい」佐々木母は病室に勢いよく入って来ると、大声でそう叫んだ。内海じいさんは彼女が娘とその婿を連れて入ってきたのを見て、不機嫌そうに眉をしかめた。彼の息子や孫たちはどこに行ったのだ?誰もこの狂ったクソババアを止めに入りやしないじゃないか。「これは親戚の佐々木さんじゃないですか、うちのばあさんはまだ病気なんで、静かにしてもら