ANMELDEN「ど、どういうことだ……」海星は反射的にドアを閉めそうになったが、警察がそれを手で阻止した。ドアをガッチリと押さえ、彼に逃げ場を与えない気だ。六年前の事件について再捜査を始めたということは聞いていたが、こんなにも早く俺に辿り着くだなんて。海星の握りしめた拳がプルプルと震え始めた。ここまで余裕がなくなるのは初めてかもしれない。警察はそんな彼を見ても、表情を変えずに言い放った。「……署までご同行願えますか?」「……」海星に最初から拒否権はなかった。彼は諦めたようにガックリと肩を落とし、警察について行った。***「ちょっと、海星ったら!どうして連絡がつかないのよ!」彼が警察に連れて行かれた頃、萌子は一人部屋で焦っていた。海星にどれだけ連絡しようとしても、一向に繋がらないのだ。(私を無視する気?私の弱みを握っているからって、偉くなったのね!)萌子は呆れたようにスマホを放り投げた。美里襲撃は失敗したし、海星とは連絡がつかないし。何だか最近全てがうまくいっていないような気がする。萌子はドサッとベッドに仰向けに寝転がった。(海星にアイツを消してほしいってお願いしたのはいいけど……私がやったってバレたら……)そのとき、ふとテレビに映っていた記者会見に目を留めた。「何よ……どういうこと……?」聞き覚えのある名前に、萌子は思わず見入った。久間田警視総監とは、まさに海星の父親だ。萌子は慌てて先ほど投げたスマホを拾い、ネットニュースを見た。「辞職ですって……?逮捕の可能性も……?」それに加え、六年前の事件についても公になっていた。遺族の強い願いで再捜査することになったのだという。萌子は焦りの色を隠すことができなかった。嘘よ、こんなの信じない。連絡がつかないということは、海星はもしかして――萌子の脳裏に、最悪の事態がよぎった。このまま海星と自分が捕まれば、美里と宗助は完璧な幸せを手に入れるだろう。自分たちはどん底に落ち、あの二人はその裏で幸せを享受する。彼女の頭に、美里と宗助の笑い合う姿が浮かび上がった。(いや……そんなこと絶対にあってはならないわ……)萌子は気を取り直した。そんなのは絶対に認められない。私の全てを奪ったあの二人が、幸せになるのを見過ごすわけにはいかない。(どうせ捕まるのなら……最後にあの二人に一泡吹かせてやらないと……)
数日後、警視庁のトップが緊急記者会見を開き、今回の件について弁明した。警察は身内の不祥事を庇う傾向にあるけれど、今回ばかりはさすがに擁護はできなかったようだ。久間田警視総監は辞任することが決まった。しかし、それでもまだ人々の非難は収まらないのだという。海星のやってきたことを考えれば当然だった。週刊誌の記事には、六年前の事件についても掲載されていた。海星が深く関与し、彼の父親が隠蔽したであろうあの事故。そして、警視庁の長官は記者会見でしっかりと言った。――六年前の事故について、再捜査すると。父親がその座から退いた今、海星はきっと捜査の手から逃れることができないだろう。悪事を働いた者は、必ず報いを受けるのだ。***「クソがッ!!!どういうことだ!?」その頃、海星は家でテレビを見ながら震えていた。動揺を隠しきれないようで、声を荒らげながら机を拳で叩いた。「六年前のあの事件が今になって再捜査だと!?こんなのは馬鹿げている!」海星は怒りを露わにしたが、このときかなり焦っていた。あの事件のことは後悔していた。殺すつもりは無かったし、被害者の男子生徒に対する後ろめたさだってあった。しかし、時間が経つと人は忘れるものだ。六年の年月が流れ、彼の記憶からあの事件のことが消えていた頃だった。海星は週刊誌のページをビリビリッと破り捨てた。顔を手で押さえ、何度も深呼吸を繰り返した。――捕まったり、しないよな……?呆れたことに、彼は自身の保身しか考えていなかった。海星は震える手で父親に電話をかけた。「親父……頼むよ……どうにかしてくれよ……親父ならあの事件をもみ消すことくらいどうだってことなかったはずだろ?」「……私はもう警察を辞めた。お前はやりすぎたんだ。いつまでも親に頼っていないで、あとのことは自分でどうにかしろ」父親は自分のことで手一杯なようで、海星にかまっている時間はないようだ。彼は悔しさで唇を噛んだ。今からでも証拠は全て捨てておかなければならない。元凶となった萌子との縁も切っておくべきか。彼は悩んだ末に、彼女の連絡先を携帯から削除した。これで仮に自分が捕まったとしても、萌子にまで捜査の手が及ぶことはない。最後に萌子を庇おうとしているのは、かつて心から愛した女だからだろうか。彼女に対する未練はもうないと思っていたが、どうやらまだ捨てられなかった
その頃、美里は家で治療を受けていた。宗助がギリギリのところで間に合ったため、無事だったものの、男に掴まれた腕が赤く腫れていた。傷付いた美里を見た両親は顔面蒼白になり、メイドたちも大慌てだった。「一体誰が美里にこんなことを……」「ただじゃおかないわ……八つ裂きにしてくれる!」「父さん、母さん、落ち着いて」今すぐにでも家から飛び出していきそうな両親を、美里は何とか宥めた。彼女が性的暴行されそうになったことを宗助から聞いているのだろう。「アイツは必ず刑務所にブチ込んでやる!」「ええ、そうよ!私たちの可愛い美里をこんな風にしたんだから当然よ!」「……父さん、母さん。あの男を捕まえたところで何の意味もないわ」美里は憤慨する両親に対し、冷静に言い放った。「どういうことだ?美里」「この事件の裏には黒幕がいるのよ」美里は父親の肩にそっと手を置いた。そう、あの男を捕らえたところで意味がない。真の黒幕は別にいるのだから。美里はそのことをよくわかっていた。「そのことで……一つ、お願いしたいことがあるんだけど……」「何だ?美里」美里は父親の耳元に唇を近付け、そっと囁いた――***それから数日後。黒川区内を衝撃的なニュースが駆け巡った。とある警察の上層部が、過去の悪行を告発されたのだ。その日に発売された週刊誌の見出しを大きく飾った。『久間田警視総監 過去の不正に加え親族の悪事隠蔽か』久間田警視総監――警察の上層部であり、海星の実の父親だった。記事には彼が過去に不正を行っていたことや、息子である海星の悪行を隠蔽していたことなどが暴露されていた。その一件で国民は大騒ぎ。正義を遂行するべきはずの警察が、裏で悪事を重ねていたのだからそうなるのは当然だった。(……うまくいったようね)美里は週刊誌を膝の上に置き、そのページをじっと眺めていた。もうすぐ警察による記者会見が開かれるはずだ。今回のことが明らかになった以上、彼の辞職は免れないだろう。いや、やったことがやったことだからそれだけでは済まないかもしれない。最悪逮捕されることもありそうだ。彼の不正や隠蔽については、事前に瑠璃子から情報を得ていた。それをリークしたのが美里の両親だった。久間田警視総監は上級国民だろうが、永山家と城田家を同時に相手にできるほどの権力は持ち合わせていない。彼に個人的な恨みは無
その頃、萌子は永山家の邸宅の近くで身を潜めていた。彼女の視線の先には、宗助の秘書に付き添われて邸宅内へ入って行く美里の姿があった。多少服は汚れているが、ピンピンしていた。(……アイツ、失敗したんだわ)見るも無残な姿になることを望んでいたのに。萌子は悔しさで唇を噛んだ。美里の予想通り、一連の事件の黒幕は萌子だった。彼女は学生時代、自分に惚れていた男を使い、美里を襲わせたのだ。元々絶世の美女とまで言われていた萌子だ。彼女の頼みを断れる男なんてこの世に存在しない。恋愛経験の少ない男ならなおさらだった。一度寝ればすぐ彼女にのめり込み、都合のいい駒になった。萌子はそのことに対して全く罪悪感を感じていなかった。(一度きりの夢を見させてあげたんだから……それくらいはして当然でしょう?)萌子とて、何の対価も無しに股を開いたりはしない。何もせずに良い女を抱けるなど、考えが甘いのだ。彼女は美里のいる邸宅をじっと眺めた。宗助の秘書がついていたということは、きっと彼主導で捜査が進められているのだろう。城田家の手から逃れられるだなんて、そんなこと思ってはいない。(アイツは私のことを絶対言わないだろうけど……)万が一のことを考えて、早々に手を打っておくべきだろう。そう考えた萌子は、ある場所へ電話をかけた。「もしもし、海星?」「萌子、どうかしたか?」彼女が電話をかけた相手は協力関係にある久間田海星だった。萌子の大学時代の恋人で、絶対に知られてはならない秘密を共有する相手でもある。海星は父親が警察の上層部にいる上級国民だ。横暴な彼はこれまでに何度も警察のお世話になるような事件を起こしてきた。そのたびに父親が権力を使ってもみ消していた。それでも、あの事件以降父親との仲は良くないらしいけど。「実は、ちょっと計画が失敗しちゃってね……」「何だお前、独断で動いたかと思えば急に失敗だと?」スマホから海星の険しい声が聞こえてくる。彼女の失敗を咎めているのだということは、萌子にも伝わった。(何よ、父親がいないと何もできない間抜けのくせに)萌子には既に海星への愛など残っていなかった。おそらくそれは海星も同じだろう。ただお互いに都合のいい存在だから利用し合っているだけ。愛とも呼べない、何とも歪な関係性だった。「それで、俺に何をしてほしいんだ?」海星が呆れたように尋ねた。萌
「……」美里を救出したあと、宗助は一人書斎で頭を悩ませていた。美里を実家に帰したあとから、彼はずっとそんな様子だった。「萌子……」彼の脳裏に、明るく笑う美しい女性が浮かんだ。かつて、彼が心から愛した女性。しかし、今はとても愛などという感情を抱けなかった。彼女に対してあるのは底知れない憎しみだけ。「よくも……」机の上で軽く握りしめられていた宗助の拳に力が入った。たとえ昔の恋人であろうと、美里に手を出した時点で宗助は容赦する気はなかった。萌子の本当の姿にショックを受けていないわけではないが、美里に危害を加えられたことのほうが問題だった。――どんな手を使ってでも、必ず彼女を断罪する。昔の情など、この時点で捨てたも同然。彼はそう決意を固め、秘書の青山を呼び出した。「お呼びでしょうか、宗助様」「ああ……お前に話がある」神妙な面持ちの彼に、部屋の空気が一瞬にして変わった。彼がそのような顔をするときは、何かを決めたときだと青山は知っていた。「――今野萌子、彼女の罪を全て明らかにし、裁きにかける」「宗助様……」青山は驚いた。萌子は彼のかつての恋人であり、彼が愛した数少ない人だった。「では、やはり……今回の件は萌子さんが絡んでいるということですか?」「ああ、おそらく……まだ確定ではないが、あの男の背後にいる人間を調べればすぐにわかるだろう」青山は二度目の衝撃を受けた。長く宗助の傍にいる彼は、当然萌子のことも知っていた。いつも宗助の隣で上品に微笑んでいた萌子。とてもそのようなことをする人には見えなかった。人は見かけによらない、とはまさにこういうことを言うのだろうか。「お前は萌子の動向を見張れ。何か怪しい行動を取り次第、すぐに俺に伝えるように」「はい、宗助様」青山は胸に手を置いて一礼した。彼は目の前に座っている宗助を見て実感した。彼は絶対に萌子を逃がすつもりはないのだということを。もし、萌子が黒幕なら彼女はきっと全てを失うことになるだろう。城田家と永山家を敵に回した代償は大きい。「それと、宗助様……一つだけお伝えしたいことが」「何だ?」青山は気まずそうに彼に声をかけた。ずっと話すべきか悩んでいたことだった。しかし、このようなことが起きた以上伝えないわけにはいかなかった。「実は……萌子さんについて一つ気にかかることがありまして」「
美里は何とか抵抗を続けた。男の狙いはこうやって彼女を傷物にすることで永山家の醜聞とし、宗助との婚約を破棄させることだろう。萌子がそのような汚い手を考えたのは驚きだが、絶対に彼らの思惑通りになるわけにはいかない。「他の男と寝たくらいで私たちの婚約は破棄されないわ。宗助は私を愛しているもの」「それはお前が”襲われた”場合の話だろう?」「……どういうこと?」美里の問いに、男はニヤリと口角を上げた。「――最悪の場合、お前が死んでもかまわないと彼女から言われている」「なッ……!?」ただ傷物にするだけでは足りないというのか。命まで取る萌子の考えに、美里は戦慄した。男は美里の腹部を指でなぞった。ゾワッと不快感が押し寄せる。宗助に触られたときとはまるで違う。「こういうシナリオはどうだ?永山家のご令嬢は婚約者とは別に関係を持っている男がいたが……痴情のもつれで男に殺害されてしまった……」「最低ね、あなたたち」美里がこの世からいなくなれば自然と婚約はなくなるし、被害者である彼女の名誉を貶めることもできるため、彼らにとっては一石二鳥だ。「そんなことをしたとして、私の家族や城田家の人たちが黙っていないわ。必ず黒幕を捜し出し、裁きにかけるはずよ」「余裕ぶっていられるのも今のうちだけだ」男は強引に美里の足を開かせた。「キャアッ!」「彼女以外の女を抱くのは癪だが……この際仕方が無い……」荒い息を吐きながら、彼は美里に覆いかぶさった。両腕を一つにまとめられ、ガッチリと固定される。「やめて、私アンタなんかに抱かれるくらいなら死ぬわ!」男は彼女の言葉など耳に入っていないのか、美里の服を片手で脱がせた。(助けて、宗助!)美里は心の中で彼の名前を叫んだ。しかし、こんな誰も知らないような場所に助けに来るはずがない。彼女の視界が絶望で真っ暗に染まっていく。このままこの男に汚されてしまうのか。そう覚悟したそのとき、爆音と共に部屋の扉が吹き飛ばされた。「な、何だ……!?」「――彼女から離れろ」扉から中に入ってきたのは、何と彼女が待ち望んでいた宗助だった。「そ、宗助!」彼は美里の上に覆いかぶさる男を引きはがすと、腹部に蹴りを入れた。「グッ……!」一発だけでは足りず、何度も何度も。男はそのたびにうめき声を上げて床を転がり、次第にピクリとも動かなくなった。