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第4話

作者: 小粒キャンディ
「西園寺家にですか?」一花はまた強調して尋ねた。

「ええ、西園寺家でございます。これからは一花様のお家でございます」

それを聞いて一花は一瞬黙ってしまった。西園寺匠は一花の実の父親だ。兆を超える遺産がまるで棚から牡丹餅のように一花のもとへ降ってきた。そして遅かれ早かれ西園寺家に戻る運命なのだ。隠れもできないし、隠れる必要すらない事実だった。

一花は首を傾げた。「それもいいですね。私の家なわけだから、いつかは行ってみるべき場所なのだし」

それが遅いか早いかだけの違いだ。

そしてその途中、古谷が簡潔に西園寺家の現状について説明した。

西園寺家が展開している事業は広範囲に及んでいる。そのほとんどの資産は匠に帰属している。残り一部分の資産は匠の父親、つまり一花の祖父と、匠の兄のもとにある。

そして今、その匠の莫大な遺産が一花の手の中にあるということだ。つまり、一花は西園寺グループの筆頭株主となった。

現在、祖父にあたる西園寺幸雄(さいおんじ ゆきお)は海外で療養中だ。それで西園寺家は今、匠の妻である和香(わか)が一族の管理をし、会社は養子である西園寺陸斗(さいおんじ りくと)が責任者として率いている。

一時間後、ロールスロイスファントムが西園寺家の本宅に到着した。

300坪を超える庭は見る者を圧倒する雰囲気だった。門を入って屋敷に到着するまで、車でも十数分かかった。

西園寺邸の建物は普通の豪邸と比べても雄大で壮観だった。足元の石畳ひとつ取っても相当な価値がありそうなくらいだ。

一花は生まれて初めてここまで贅沢に金を使って造られた豪華絢爛な場所に来て、緊張しないと言えば嘘になる。しかし、できるだけ平静を装っていた。

彼女は古谷の案内で本館の応接間へとやって来た。重々しい雰囲気の扉をメイドが開けると、全面ガラス窓の前には優雅で高貴そうな人影が現れた。

貴婦人の傍には二人の付き人が立っていて、ソファにはスーツに革靴の若い男性の姿があった。

一花が現れると、その女性は軽く一花に視線を走らせ、近づいてきた。

この時、古谷が小声で一花に、目の前にいる女性は西園寺匠の妻である西園寺和香であると紹介した。

そしてソファに腰掛けているのは、匠と和香の養子である一花の名義上の兄、西園寺陸斗だ。

和香が視線を上げると、古谷が他の使用人を連れて部屋を離れた。そしてこの時、広い応接間には一花と和香、陸斗だけになった。

「あなたが水瀬一花さん?」

一花は頷いた。和香は微笑んではいるものの、そこまで友好的な感じではなかった。

「座ってください。自分の家に帰って来たんだから、緊張しなくていいんですよ」

和香の次に、陸斗が一花に向かってそう言った。彼は礼儀正しい口調で言っていたが、和香と同じく距離感があった。

一花は二人と視線を合わせながら、向かい側のソファの端に座った。「奥様、私をここへ呼んだのは……」

「単刀直入に申し上げます。今日あなたをここへ呼んだのは、一部相続権を破棄していただくためです」

和香が一花の言葉を遮った。

陸斗のほうを見ると、彼は事前に用意していた同意書を一花の前に差し出した。

「水瀬さん、父が急逝してしまい、あなたが継ぐのは父名義の全ての遺産です。しかし、会社の経営権はあなたに譲るわけにはいかないことを、お分かりいただきたい。その補償として、20億を現金でお支払いします」

陸斗の声は冷淡で、まるで話し合いというより、ただの通達を受けているかのように感じられた。

一花は驚き、その同意書を手に取って確認した。

「西園寺グループ全ての株を放棄すること。会社の経営権、及び西園寺家名義の全ての不動産を……」

和香はお茶を手に取ると、一口すすった。

「あなたの事情は把握しています。あなたの母親は匠と一時的にそういう仲になり、うっかりあなたを妊娠してしまった。あなたは3歳になると児童施設に預けられ、ここまで苦労をしてきたのでしょう。

この20億はあなたにとってはかなりの金額のはずです。だけど、西園寺家の後継者を外に捨てられた隠し子などに渡すわけにはまいりません。この点、あなたにも分かっていただきたいのです。

それでも、あなたが匠の娘であることには変わりありません。つまりこの西園寺家の血を引く人間だということです。今後、あなたは西園寺家の令嬢という肩書を持つことになるのだから、何か必要な時は、いつでも私に相談してちょうだい」

和香は相手に有無を言わさぬ口ぶりで、一花が拒否することができないと決めつけているかのようだった。

一花はいたって落ち着いた様子でその同意書を置くと。また和香へ視線を向けた。

和香は非常に美しかった。肌の手入れもよくされていて、その年齢は見た目だけでは判断できない。

「水瀬さん、問題がなければサインをしてください」

陸斗が再びテーブルの上に置いてあったサインペンを一花のほうへ寄せた。

「お断りします」

一花は西園寺家が簡単にこの「私生児」を認めないことは分かっていた。話し合いと言う名目であるが、これは相手に圧力をかけて、人のものを強奪するような行為だ。

一花は一瞬だけ黙り、淡々とした口調で拒否する言葉を吐き出した。

そして、引き続き声のトーンを低くして話し始めた。「奥様は私を『隠し子』だとおっしゃっていますが、実際に血を継ぐ私を法は認めるはず。それに、父が自ら遺言を残し、雇った弁護士を通して私に相続のサインを求めました。そんな父の遺言と、血縁を決定付けるDNA鑑定があれば、私のほうこそ相続人に相応しいと法で認められることでしょう」

その瞬間、和香の表情は暗くなった。そして彼女は再び一花をじろじろと奇異なものでも見るかのように見つめていた。

和香は一花が拒否するとは思っていなかったのだ。

「水瀬さん、あなたはただの『私生児』であると分かっているはずです。西園寺家の事業をあなたに託したところで、それを経営していく実力などあなたにはないでしょう」

和香は思わず冷笑した。

陸斗のほうも少し驚いていた。この南関において、彼の母親に逆らう者など唯の一人もいないことは誰もが知っていることだ。

「水瀬さん、あなたはきっと何か勘違いされているのでしょう。これは話し合うことではないのです。西園寺一族は巨大な一族、あなたの知る一般家庭とはわけが違うのですよ。あなたの決定が全ての一族に関係してくるのです。もちろん、あなた一人だけでは全ての西園寺一族に対抗することなど不可能」

陸斗は一花が理解できないと思い、はっきりとそう言った。

しかし、一花はよく分かっていた。この二人はただ圧力をかけて言うことを聞かせようとしているのだ。

彼らのように名家出身者は権力があり地位も高いため、その力で他人を抑え込むことに慣れている。それで当たり前のように20億さえあげておけば、簡単に言いくるめることができると思い、馬鹿にしているのだ。

しかし、一花はこれしきのことで弱腰になるような女ではなかった。

「西園寺さんは、これは話し合いではないとおっしゃるのですね。つまり通達だと?残念ですが、法律上、相続権というものは誰かの一言で簡単に奪えるようなものではないのですよ。

西園寺家の資産、それから株に関して、私はここ数日の間にすでにいろいろと学ばせてもらいました。不動産業は見積もりだけでも2兆、グループの収益は年間安定して1兆5千億は超えている。そして私にただ20億の『賠償』を渡すですって。それではただグループ傘下の小さな店を一軒買うのが関の山でしょうね。20億と2兆。その違いなら私にだって分かりますよ。これは補償という聞こえの良いものではなく、ただ私から強奪する行為ですよね」

一花は薄く笑った。そう言い終わると、同意書を閉じ、何もせぬまま陸斗に突き返した。

「……」

この時、和香と陸斗はこんなはずではなかったのに、という表情で互いに目を合わせていた。

「他の用がなければ、私はこれでおいとま致します。法に従うか、遺産相続の規定に従って話し合うかです。西園寺さん、あなたは父の養子ですよね。そもそも法律上では実子の私よりも後ろにあなたは位置しているのです。まさか西園寺家は、血縁の一切ない養子に父の遺産全てを相続させるような一族なのですか?」

そう言い終わると、一花は踵を返して去ろうとした。

そして扉を開けようとした時、和香が陸斗に目配せし、彼が低く沈んだ声で一花を呼び止めた。「待ってください」

応接間の外にはボディーガードが二列に並んで待機していた。一花はそれを見て、今日は簡単には帰れそうにないと悟った。

彼女はその場に立ち止まり、和香へ視線を向けた。「奥様、つまり強引な方法で私に相続権を破棄させるおつもりですか?」

和香は冷たく鼻で笑った。その声は相変わらず傲慢な様子だ。「水瀬さん、あなたはまだ私がどのような人間なのか分かっていないのです。あのね、私がまだ我慢しているうちに、きちんと話し合ったほうがいいですわよ」

すると陸斗が立ち上がり、大きなその影が、圧力を感じさせるオーラを纏いだんだん近寄ってきた。そして不機嫌そうに「水瀬さんが納得できないというなら、補償の金額をあげることも可能ですが」と言った。

一花はその彼の目線と対峙し、一歩も退かず確固たる意志を持ってこう告げた。「私が要求する金額をあなた達が差し出すことは不可能でしょう。父が残した2兆を超える遺産の一円たりとも譲る気はありません」

「それなら、交渉決裂だな」陸斗は怒りと殺意を込めた眼差しで睨みつけた。

その言葉が出ると、一花の後ろにいたボディーガードはすでに動きだし、勢いよく駆け寄ってきた。

和香は窓のほうへ体の向きを変えて歩いていった。そして応接間の扉がゆっくりと閉じられようとしていた。

この時、一花は背筋をまっすぐに伸ばし、自分に近づく者たちを冷ややかな目で見つめていた。

するとこの瞬間、廊下から突然、慌ただしい足音が伝わってきた。

十数名の漆黒のスーツを身に着けた男たちがなだれ込んできて、その後ろには古谷もついていた。

陸斗は驚いていたが、そのやって来た者たちの格好を見ると、動揺したように瞳を震わせ、素早く和香へ目を向けた。

「奥様」

古谷は小走りで和香の傍へ来ると、コソコソと何かを話した。すると彼女の顔色が一変した。「何ですって?」

「おじい様から先ほどご連絡がありまして、確認いたしました。伊集院家はすでに一花様に決めたと」

古谷がそう言い終わると、こちらにも男が一人一花のほうへやって来た。

「失礼いたします。あなた様が西園寺一花様でいらっしゃいますか?」

一花はこの状況に少し呆気にとられていて、状況の把握ができていなかったが、一応頷いておいた。

「我が家の主人が、明日の夜、一花様とディナーをしたいと申しております。こちらは主人の名刺でございます」

すると、その男は黒地に金で印刷された名刺を一花に差し出した。

一花がそれを受け取り何か言う前に、相手はすでに他の人を連れて去っていた。

彼女は再びその名刺に視線を落とした。精巧に作られたそのカードには、名前と携帯番号が印刷されていた。

その名は、伊集院柊馬(いじゅういん とうま)。

スーツの男達が去った後、一花の目の前にいるボディーガードもどうすればいいのかと陸斗に視線を送っていた。

陸斗は躊躇った後、和香が手を挙げ指示を出したことで、彼は頷き一花を解放した。

一体何が起きたのか全く理解できていない一花だったが、この場に長居することなく、さっさと離れた。

一花が去ると、陸斗も大股で和香のもとへ近寄った。「母さん、彼女を解放してよかったの?」

「じゃなかったらどうしろと?あなたも見たでしょ、あれは伊集院家よ」

和香は声を低くし、拳を握りしめていた。

一花は速足で歩き、邸宅の門を出たところで、ある車の列がゆっくりとこの場を去っていくのが見えた。

それは数台の黒いセダンで、どれも南関市のナンバープレートだった。

真っ黒で中が見えない車の窓から、一花はなぜか誰かに見られているような気がして、身震いした。

「水瀬一花さん」

自分を呼ぶほうへ振り返ると、そこには白のベントレーがいつのまにか横に止まっていた。

車の窓が下がり、カジュアルなスポーツウェアを着て、シンプルな格好をした中年くらいの男性が彼女に声をかけてきた。

「自己紹介しましょう。私はあなたの伯父にあたる西園寺勇(さいおんじ いさむ)と言います。さ、車に乗って。送って差し上げましょう」

一花が彼をよく見てみると、男の目元が確かに自分に少し似ているように感じた。

しかし、さっき起きた出来事を思い出し、彼女はやはり淡々とこう言った。「ありがとうございます。ですが、私は自分で帰れますので」

「警戒しないでください。私はあなたがさっき会った連中とは違います。私はあなたを助けるためにやって来たんですよ」

一花は立ち止まることなく、勇がゆっくりと車で彼女についていった。

一花が自分を信用しないのを見て、勇はこう言うしかなかった。

「あなたは隠し子です。突然兆を超える遺産を継ぐことになったのだから、どの一族であってもあなたを野放しにはしておかないでしょう。

しかし、とてもラッキーでしたね。伊集院家に見染められたのですから。あなたの政略結婚が成立すれば、あなたの西園寺家における地位はゆるぎないものになるでしょう。あの和香さんたちもあなたには手を出せなくなりますよ」

その勇の言葉がやっと一花の興味を引いた。

「政略結婚って何ですか?」

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コメント (2)
goodnovel comment avatar
陽子
今度は今まで他人だった親族の攻撃かー
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kozakura hime
伊集院て後ろ盾が出来て良かったね! でないと馬鹿母息子に何されるか分かんないからねー
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