로그인二度目の電話も、やはり何の反応もないままだった。――もしかすると、夫と一緒にいるのだろうか?だから電話に出られないのか?唐沢も、海渡は最近、いくつものパーティーに出席し、自分の名声を高めようとしていると言っていた。しかも、妻を一途に愛する夫というイメージを大々的に売り出しているらしい。それなら当然、パーティーにも妻を伴って出席するはずだ。礼都の脳裏に、海渡の隣に立つ梨沙の姿が浮かんだ。二人は誰が見ても絵になる、お似合いの夫婦に見えた。その光景が、妙に目障りだった。礼都はスマホを病床の上へ放り投げた。望は唇を尖らせる。今にも泣き出しそうだった。礼都は手話ができず、望は文字を読めない。叔父と甥は、ただ黙って互いの顔を見つめ合った。やがて望の目から、大粒の涙が次々とこぼれ落ちた。声を上げてわんわん泣いてくれたほうが、まだよかった。ところが望は、小さな身体でおとなしくベッドに座り、声も立てずに涙を流していた。その姿を見ていると、礼都の胸に苛立ちにも似た焦燥がこみ上げる。彼はネクタイを緩めた。そのとき突然、望が布団をはねのけた。ベッドから降りると、裸足のまま一目散に病室の外へ走り出す。礼都は険しい顔で数歩のうちに追いつき、子猫でもつまみ上げるように、ひょいと望をつかまえた。捕まった望はまるで小さなイノシシのように、ありったけの力を振り絞って暴れ続けた。礼都の顔色はひどく険しかった。叔父と甥が互いに一歩も譲らず、にらみ合っていたそのとき。千暁が病室へ入ってきた。「おいおい、二人とも何をしているんだ?相撲?」礼都は望の腕をつかんだまま、急かすように言った。「早くこいつに、何がしたいのか聞いてくれ」千暁は小児科医だけあって、手話も少しは理解できた。彼はその場にしゃがみ込み、望と手話で話し始める。礼都には意味の分からない二人の手振りを、ただ見下ろしていた。しばらくして、千暁が顔を上げ、礼都に伝えた。「お母さんを捜しに行きたいんだってさ」礼都は言葉を失った。「......もう遅いから、明日にしろと伝えてくれ」千暁が間に入り、その言葉を望へ伝えた。望はたちまち空気の抜けたボールのようにしょんぼりし、ひどく落ち込んだ。千暁の肩を軽く叩き、慣れな
翌日。海渡のもとに朗報が届いた。飛田コーポレーション最大の競争相手である土岐グループが、なぜか突然、今回の入札から撤退したのだ。理由は分からなかった。だが海渡にとって、これほど喜ばしい知らせは生まれて初めてだった。土岐グループの撤退によって、飛田コーポレーションの落札はほぼ確実となった。海渡はすっかり有頂天になっていた。......唐沢は我慢できず、礼都の前で不満を漏らした。「土岐様、最近の飛田海渡がどれほどもてはやされているか、ご存じないでしょう。児童養護施設を支援したのは明らかにうちなのに、今ではメディアまで飛田の功績として報じています。それに、秋谷さんと彼の恋愛話も、いったいどれだけ脚色されたことか。とうとう映像化権まで買われて、テレビドラマになるそうですよ」礼都は手にしていた書類を置いた。「ボランティアは、見せびらかすためにやるものじゃない。ほかに用は?」「......」彼は首を横に振った。礼都は顔も上げずに言う。「なら、出ていけ」唐沢は部屋を出る前に尋ねた。「今日は病院へ望様のお見舞いに行かれますか?」礼都は短く返事をした。唐沢が「分かりました」と答えると、礼都はさらに続けた。「定時になったら帰れ。病院には俺一人で行く」唐沢は目を見張った。――あの仕事の鬼が、部下を気遣う日が来るとは。唐沢はうれしそうに返事をして、部屋を出ていった。――これで今日の昼は、お見合いに行ける!礼都が病院へ到着すると、千鶴と顔を合わせた。千鶴は気さくに声をかける。「お弁当を多めに持ってきたんだ。土岐さんも一緒にどうだい?」礼都はやんわりと断った。「もう済ませました。お気遣いありがとうございます」彼はそばに座り、ノートパソコンを開いた。視界の端には、千鶴が望に食事をさせている姿が映っている。礼都は低い声で尋ねた。「秋谷さんは今日も望に会いに来ていないのですか?」千鶴は、梨沙の計画を知っていた。この数日、梨沙から電話はなかった。心配で何度もこちらから電話をかけようとしたが、彼女の計画を台なしにしてしまうのではないかと思い、ずっと我慢していた。礼都に尋ねられても、千鶴はただため息をつくだけだった。「とても忙しいらしくてね。しばら
梨沙は勢いよく二歩詰め寄り、信じられないという顔で尋ねた。「私を監禁するつもり?」海渡は両手を上げた。その手のひらに力を込め、梨沙の両肩を強く押さえつける。その重圧は、彼女の心まで押し潰してしまいそうだった。海渡は梨沙の耳元で、一語ずつ区切るように告げた。「君を信用して放っておくことはできない。この事業は俺にとって何よりも重要なんだ。誰であろうと、邪魔する隙は一切与えない。君がおとなしくしてさえいれば、おばあちゃんも、琉生も、望も無事でいられると約束する」乾いた音が響いた。平手打ちを受けた海渡の顔が横を向く。数秒後、彼はゆっくりと顔を戻した。口の中には、生臭く甘い血の味が広がっていた。海渡は奥歯を舌でなぞりながら言う。「......逆らうなら、その後どうなっても知らないぞ」また乾いた音が響いた。二度目の平手打ちだった。梨沙は全身を震わせながら叫んだ。「望は手術を終えたばかりよ。私は病院へ戻らなきゃならないの!私を監禁したら警察に通報するわ。監禁罪で訴えてやるから!」梨沙の肩を押さえていた海渡の指が、ゆっくりと後ろへ移動した。絹のように柔らかく長い髪の中へ指を差し入れ、突然、少しずつ力を込めて握りしめる。梨沙は無理やり顔を上げさせられた。目の前では、海渡の顔の筋肉が一つ一つ引きつっている。その形相は醜悪そのものだった。海渡は唇をつり上げた。「いい子だから、言うことを聞け。俺たちは幼い頃から一緒に育ったんだ。君に手荒なことはしたくないんだ、梨沙」声が優しくなるほど、その奥に潜む危険な気配は濃くなっていった。梨沙は部屋に閉じ込められた。正確に言えば、監禁された。足首には鉄の鎖をつけられた。鎖の長さはわずか3メートルで、どうにかトイレへ入れる程度しかなかった。海渡は梨沙のスマホを取り上げ、千鶴の番号を表示した。「おばあちゃんに電話して、無事だと伝えろ。これから数日間は俺と一緒に事業のPRをするから、そっちへは戻れないと説明して、安心させるんだ」当然、梨沙は拒んだ。海渡は笑った。「琉生がまだ病院で寝たきりだということを忘れるなよ。梨沙、まさか琉生の命を賭けるつもりじゃないだろう?」梨沙の目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。そのとき、千鶴に電話がつ
梨沙は、全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。いつの間にか海渡に外されていた補聴器を見つめたまま、呆然とソファに横たわっている。頭の中を埋め尽くしていたのは――もし海渡が、彼女と真希子の計画まで知っていたら、どうすればいい?もし彼が、自分の手元に不倫の証拠があることまで知っていたら?口封じのために、殺されるのではないか?廊下を抜けてきた風が、外に舞う粉雪を連れてリビングへ吹き込んだ。その風は、梨沙の心の中にまで入り込む。全身が痺れるほど寒かった。まるで身体中に氷の破片がまとわりつき、身動きひとつ取れなくなったかのようだった。海渡は梨沙の補聴器を無造作にローテーブルへ放り投げた。乾いた音が響く。その音に、梨沙の肩がびくりと震えた。海渡は歩み寄り、手のひらで梨沙の頬をなでた。その手をゆっくりと下へ滑らせていく。やがて、親指と人差し指の間で梨沙の首を挟むように手をかけた。ただし、力はまだ込めていない。「いったいいつから聞こえるようになったんだ?梨沙、教えてくれ。何を聞いた?」梨沙の喉が大きく上下した。海渡の冷たい手は影のように首筋へまとわりつき、次の瞬間にも首をへし折られるのではないかという錯覚を抱かせる。それでも、梨沙は鼻で笑った。「怖くなったの?」海渡はかすかに笑った。「梨沙、今の君は俺の手の中だ」梨沙は尋ねた。「私を殺すつもり?」海渡は唇を引き結び、奥歯を強く噛みしめた。「そんなわけがない。君を殺せるはずがないだろう?」梨沙の顔には嘲りが満ちていた。しかし海渡は、あくまで優しい声で問いかける。「梨沙、教えてくれ。いつから聞こえていたんだ?」梨沙はもう、どうにでもなれという気持ちで答えた。「あなたが露木と関係を持っていたときよ。私を汚いって、露木はあなたと500回寝たって言ってたこと。父の命日にも、あなたは露木に会いに行ったくせに、会社で緊急事態が起きたと私に嘘をついたこと。それから、村上先生に指示して、私の補聴器に細工までさせていたこと......」一つ、また一つと罪を並べられるたびに、海渡の顔から血の気が失われていった。梨沙はおかしそうに尋ねた。「どうしたの?知られたくなかったのなら、最初からしなければよかったでしょ
梨沙は笑いながら首を横に振った。だが、今になって気づいたとしても、決して遅くはない。彼女はまだ若い。いくらでもやり直せる。家へ到着する直前、海渡が再び口を開いた。「梨沙、俺が成功してもうれしくないのか?祝ってもくれないのか?昔は、俺がどんなに小さな仕事を取ったときでも、あんなに喜んで、俺を誇りに思ってくれただろう......?」やがて家に着き、車が止まった。梨沙は車のキーを手に取ると、後ろを振り返った。その顔には何の感情も浮かんでいない。「今の飛田社長なら、祝福してくれる人には困っていないでしょう?」海渡は口元に笑みを浮かべ、人差し指を伸ばして軽く左右に振った。「君はあいつらとは違う。俺の妻だ」梨沙はドアを開けて車を降りた。海渡もあとに続く。二人は前後になってリビングへ入った。梨沙は言った。「私は病院へ戻って、望に付き添うわ」そう言って背を向け、立ち去ろうとした瞬間、海渡が彼女の手首をつかんだ。「梨沙、行かないでくれ......頼むから、行かないで......」梨沙は力任せにその手を振り払った。「望を一人で病院に残しておくなんて心配なの」しかし次の瞬間、再び行く手を阻まれた。梨沙を見つめる海渡の目には、欲望が浮かんでいた。胸に不安が走り、梨沙は慌てて彼を押しのけようとしたが、腰をつかまれてしまう。海渡は酒の勢いに任せ、梨沙をソファに押し倒した。「梨沙、もう俺を避けないでくれ......ずっと会いたかった。本当に、どうしようもないほど君が恋しかったんだ......」梨沙は必死に抵抗し、海渡の頬を何度も平手で打った。苛立った海渡は、片手で彼女の両腕をまとめてつかんだ。そのまま頭上へ持ち上げ、力ずくで押さえつける。彼の唇が梨沙の鎖骨に触れた。太ももに押し当てられた感触から、彼の欲望が高まっていることがはっきりと伝わってくる。梨沙の胃から、激しい吐き気がこみ上げた。「......これ以上、私にあなたを憎ませないで」海渡の動きが止まった。顔を上げ、おかしそうに言う。「梨沙、俺たちは夫婦だぞ。夫婦なのに、しないほうがおかしいだろう?」酒に酔った海渡は、梨沙の身体を力任せに押さえつけていた。彼女には、振りほどく隙すらない。強烈な酒の臭いと、男
柊治は大きく手を振った。そして、とうとうと持論を語り始める。「今の男はろくでもないのが多いですからね。とにかく猫をかぶるのがうまくて、結婚前はあんなにいい男だったのに、結婚した途端、別人みたいに変わったりするんです!離婚の何が悪いんですか。別に恥ずかしいことじゃないでしょう。うまくいっていないのに離婚しないなんて、自分を苦しめるだけじゃなく、相手まで苦しめることになります。俺に言わせれば、離婚も転職も本質的には同じです。今の環境が合わないから、もっといい未来を求めて次へ進む。それだけのことでしょう?」そこまで聞いて、千鶴は内心、喜びを抑えきれなくなった。指先をもじもじといじりながら言う。「そういう考え方もあるよね。それに、離婚した女性に子どもがいたら、結婚したその日から、その子にお父さんと呼んでもらえるんだよ。すてきじゃないか」いくら柊治が鈍くても、ここまで言われれば彼女の意図に気づく。笑いながら尋ねた。「千鶴さん、まさか秋谷さんを私に紹介しようとしているんですか?」千鶴は少し気まずそうな顔をした。軽く咳払いをしてから答える。「いやだねえ、ちょっと言ってみただけだよ。梨沙はまだ離婚していないんだから。でも、もしもの話だよ。もし梨沙が離婚したら、紹介してもいいかい?」それを聞いた柊治は、横目で礼都をちらりと見た。そして臆面もなく答える。「もちろんです。秋谷さんは美人なうえに、あれほど優秀な方ですからね。断る理由なんてありませんよ!」そう言いながら、柊治は礼都に向かってしきりに目配せした。「兄さんもそう思うだろ?」礼都の冷えきった視線が柊治を射抜いた。柊治は思わず首をすくめる。礼都はさっさと立ち上がると、バルコニーへ出て唐沢に電話をかけた。「事務局と交渉して、土岐グループの入札書を取り下げろ」それを聞いた唐沢は息をのみ、声を潜めて思いとどまらせようとした。「それは......入札はすでに締め切られています。今になって入札書を取り下げれば、入札保証金が返還されないだけでなく、場合によっては信用記録にも傷がつきますよ!」礼都は眉をひそめた。「だから、事務局と交渉しろと言っている」さらに一言付け加える。「どんな代償を払っても構わない。金ならいくらでも出す」唐沢は
スマホをしまい、梨沙が振り返った瞬間だった。ふいに足元から力が抜け、その場に倒れ込みそうになる。身体の奥深くから、じわじわと熱が込み上げてきた。骨の隙間から這い出してくるような熱。それに伴う、どうしようもない渇望と空虚感。梨沙の脳裏に、天音が渡してきたスパークリングワインがよぎる。――酒に薬を入れられていた。おそらく、指示したのは天音の祖母だ。梨沙は深く息を吸った。個室へ戻る気は、一瞬で失せた。もし戻れば、海渡と――そう思っただけで吐き気がした。汚い。梨沙は迷わず踵を返し、ふらつきながらレストランの外へ向かって走る。その時、派手なアロハシ
「海渡さんと梨沙さんが結婚して2年の間に、私たち、500回もしたんだよ?ねえ、海渡さん、梨沙さんってこれを知ってるのかな?」甘ったるい声が、ドアの隙間から漏れ聞こえてきた。秋谷梨沙(あきや りさ)はその場に立ち尽くした。全身の血が、一瞬で冷え切っていく。耳が聞こえるようになったことを飛田海渡(ひだ かいと)に伝えたくて、浮き立つ気持ちのまま彼のオフィスへ来たのに。そこで聞かされたのは、海渡の裏切りだった。相手は他の誰でもない。海渡の義妹――そして、弟を植物状態に追い込んだ元凶でもある、露木明里(つゆき あかり)。梨沙は目を伏せた。――聞こえるって、こんなにも
梨沙は食事を作り、望と二人で夕飯を済ませた。食後、望は窓辺に張りつき、きらきらした目で夜空を見上げる。「ママたちが設計した花火って、今日打ち上がるんだよね?」梨沙は花火デザイナーだ。飛田傘下に自身の花火工房を構えている。三か月前、都市中心広場の花火演出コンペを勝ち取り、チームと共に三か月もの歳月をかけ、何度も試験を重ねて完成させたのが、「天の川を君に」。その花火が、今夜――大晦日の夜に、初めて夜空を彩る。梨沙は望の前にしゃがみ込み、優しく問いかけた。「望、広場で花火見ようか?」望は勢いよく頷いた。ちょうどその時、梨沙のスマホが鳴る。画面には「夫」の一
雪は音もなく降り積もる。まるで、この世のすべてを埋め尽くしてしまうかのように。車内では、森下の声だけが静かに響いていた。「結婚後、夫婦の財産管理はずっと飛田さんが握っていましたよね?一度、彼の資産状況をきちんと調べた方がいいと思います」梨沙は不思議そうに首を傾げる。「以前、IT企業のトップが『年収1円』だった件を思い出したんです......いえ、飛田さんがそこまでしているとは思いませんが。結婚当初からあなたを騙すつもりだったとは、さすがに考えにくい」梨沙は黙って頷いた。「調べてみます。その前に、銀行へ寄ってもらえますか」銀行を出て帰宅した梨沙は、玄関を開けた瞬間