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第84話

Auteur: 小円満
翌朝、食堂に降りていくと、奈央が景也に話している声が耳に入った。

「ほんと、あんたが嘘をついてくれて助かったわ。あんな優子なんか、うちの嫁になんて絶対に無理!」

孝之も続けた。「そうだな。最初は彼女のゴシップなんて記者の作り話だと思っていたが……まさか、全部本当だったとは。芸能界ってのはやっぱり怖い世界だな」

奈央は真剣な目で景也を見た。「景也、はっきり言っておくよ。たとえ一生結婚しなくてもいい。けど、あんな女なんて嫁にするのだけは、絶対に許さない!」

景也の顔に一瞬、複雑な影が差した。けれど私に気づくと、慌てて話題をそらすように声を上げた。「昭乃も来たな。さあ、朝ごはんにしよう。みんなお腹すいただろ」

私は彼をじっと見つめた。

――やっぱり、景也と優子の関係は普通じゃない。

証拠はまだ何もないけど、きっといつか尻尾を出すはずだ。

食事の席で、奈央は心配そうに私の皿にどんどん料理を取り分けながら聞いてきた。「昭乃、昨日の夜、時生に電話した?誤解ってことはないの?」

私はとうとう隠すのをやめて、両親に打ち明けた。「時生はずっと前から優子と一緒にいるの。二人の間には子どもまでいて、その子と一緒に、ひと月くらい前から私の家に住んでる」

そう言いながら、横目で景也の反応をうかがった。

彼は表情を変えなかったが、握りしめた箸の指先は真っ白になるほど力が入っていた。

孝之は箸を音を立てて置いた。「なぜもっと早く言わなかったんだ!一人でどれだけ苦しんできたんだ、この子は」

私は苦笑して首を振った。「心配かけたくなかったのよ。それに……正直に言えば、結城家の商売がここまでやってこれたのは、彼のおかげでもあるから」

奈央は涙をこぼしながら私の手を握った。「昭乃……私たちが情けなかったのね」

……

食後、奈央は私を連れて、別荘の裏庭にある小さな屋根裏部屋へ向かった。

足を踏み入れた瞬間、懐かしさと一緒に、遠い記憶が胸に押し寄せてきた。

「覚えてる?」奈央はやさしく微笑んだ。「子どもの頃の、あなたの秘密基地よ」

私は口の端を少し上げてうなずいた。「……覚えてる」

あのとき私は五歳。実の母が事故で意識を失い、結城家に引き取られたばかりだった。

見知らぬ家族に囲まれて怖くて仕方なかった私にとって、この狭い屋根裏の空間だけが唯一の逃げ場だった。

奈央
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