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第15話

Author: ゴシップ好き
啓介の部下たちは、すぐに現場へ駆けつけた。

悠が彼を押しのけようとしたその瞬間――

自分の手が、啓介にしっかりと掴まれていることに気づいた。

どれだけ救助隊が力を込めても、啓介の手は微動だにしなかった。

「ほら、朝霧さん」

手を振りほどこうと何度か試みたが、状況は一向に変わらず――

啓介の容体がどんどん悪化していくのを目の当たりにし、悠は仕方なく救急車に同乗することを決めた。

病院に到着した頃には、啓介の秘書もすでに待機していた。

悠の姿を見たその瞬間、彼は驚いたように目を見開いたが――

すぐに顔をほころばせ、嬉しそうに声をあげる。

「奥さま……!」

しかし、その言葉を冷たく遮ったのは、悠だった。

「人違いです。私は彼の奥さんじゃありません」

秘書が何かを言いかけたそのとき、ストレッチャーに乗せられた啓介が、急患として運ばれてきた。

医師が手術室に運び入れようとした――が、

「……っ」

啓介の手は、まだしっかりと悠の手を握りしめていた。

仕方なく、医師が鎮静剤を投与すると、ようやくその手の力が緩んだ。

悠はそっと、自分の手を抜き取る。

赤く残る指の跡を見つめながら、深く息を吐いた。

手術室のランプが赤く灯り、それを見届けた悠は、ようやくその場から立ち去ろうとする。

――これで、義理は果たした。

少なくとも、彼が自分のために傷ついた以上、病院へ運ぶくらいはすべきだった。

けれど、それ以上は……必要ない。

だが、その背を――秘書が遮った。

「奥さま……神崎社長は、本当にあなたを愛していたんです!あなたが姿を消してからというもの、彼は……ずっと『奥さま』と呼ぶように私たちに指示して、毎晩お酒なしでは眠れないほどで……やっと眠れても、寝言でずっと『悠』って、あなたの名前を呼んでて――」

「……それで?」

悠の冷たい声が、秘書の言葉をぴたりと遮った。

信じられない、といった顔をする彼を一瞥し、悠はさらに続ける。

「それが何なんですか?今になって、そんな『感動話』を並べて、誰に同情してほしいんですか?彼がどれだけ『深く愛してる』ふりをしたところで……

あのとき、私を何度も何度も傷つけた事実は消えませんよね?私が『死んでから』やっと愛した?――そんな愛、いらないです。

もう、放っておいて!」

悠はそう言い放つと、振り
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