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第1章:001

last update publish date: 2026-05-23 15:44:51

(あぁ……嫌だ。どうしよ……)

職場のトイレで相良 渚は手洗い場の鏡の前から動けずにいた。鏡に映るのは、薄化粧を施した顔。肩にかかるくらいのミディアムストレート。丁寧に整えれば、綺麗に見える筈なのに、どこか少しだけ不揃いで、自分のために髪を整えることに、まだ慣れていない。

そんな渚の表情は両眉が情なく下がり、胸の前で指をずっと弄っている。

「どうしよ……」

一週間前、渚が働く化粧品会社に事業部長が海外本社から異動してきた。本社で実績を残し、日本支部も盛り上げるため、という理由での異動。

異動自体は珍しくない。渚が新卒で入社した時の事業部長は半年後に海外に転勤になったくらいだ。よくあることだった。

だが――今回の異動は異例中の異例だった。

(事業部長が男性だなんて……)

女性が占める世界だからこそ、渚はこの会社に入社したというのに、そこに男性の存在。

新事業部長はガタイがよく筋肉質。男らしさが前面に出ていて、渚がもっとも苦手とする男性のタイプだった。

視界に入れなければいい。だけど、どうしても入ってしまう。渚のデスクが彼のオフィス前にあるのだ。透明なガラスで区切られているため、嫌でも視界に入った。

男性の姿が視界に入る度、無意識に肩に力が入る。呼吸が浅くなってしまう渚にとって、この現状は仕事どころではなかった。

(面談がある……しかも個室で二人きり)

どうして面談の順番が最後なのかが気になってしょうがない。

二人きりになる時間が、一番長いからじゃないか――そんな考えが頭を過る。

(あぁ……でも、玲には悪いことをしちゃった……)

毎週金曜日から日曜日は玲の家で寝泊まりをしている。

先日の金曜日は渚が生理でセックスは出来なかった。そういう夜は玲の腕の中で寝て朝を迎えるのだが……男性が毎日近くにいるせいで、昔のトラウマが蘇ってしまい、玲と一緒のベッドで一緒にいられる自信がなくて断ってしまった。

『今回流血がすごくて、生理痛もひどいの……シーツを汚すといけないから……』

『お腹を温めて寝た方がいいって聞くよ。湯たんぽ用意するから、ちょっと待っててね』

流血が酷いのも、生理痛も嘘。

嘘を吐いてしまったせいで、玲に気を遣わせてしまった。

いっそ、玲に相談しようと思った。新事業部長が男性で不安でしょうがない、夜も眠りが浅いと言えば心配して『俺と一緒に過ごそう』と言ってくれるかもしれない。

(でも、余計な心配をかけたくない。それに……)

玲に言えば、きっと助けてくれる。でもそれは……逃げることになる気がした。

渚は自分が男性恐怖症のままでいいとは思ってはいなかった。

時計に視線を落とすと、もうすぐ面談の時刻が迫っていた。

渚は鏡に映る自分を真っ直ぐに見据える。

「大丈夫じゃなくても、行かなきゃ」

そう呟いて、渚はトイレを後にした。

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  • 壊したいほど好きだから、   第1章:003

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