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第586話

Author: 夜月 アヤメ
修は微かに目を伏せ、小さく「うん」とだけ答えた。「俺はお前に後ろめたさを感じてる。でも......愛してはいない」

その瞬間、雅子はバサッと布団を跳ね飛ばし、ベッドから飛び降りて窓のほうに駆け出した。

修はその動きを見て、慌てて雅子の後を追い、叫んだ。「雅子!」

彼は矢のように素早く雅子のそばに駆け寄り、その腕を掴んだ。

しかし、雅子は強引に前へ進もうとする。「放して!放してよ!」

「雅子、そんなことするな!」修は必死で彼女を引き戻そうとした。

「嫌よ!死なせてよ!生きてたって意味なんかない、死なせて!放してよ、放して!」

雅子は泣きながら修の力に逆らい、しかしそのまま引き戻される形で彼の胸に飛び込んだ。彼の胸に顔を埋めて、震える声で泣きじゃくる。

「どうしてこんなことするのよ!どうして......結婚するって言ったじゃない!約束したじゃない!」

「雅子、医者の言葉を聞いてなかったのか?感情を抑えなきゃダメだ」

「そんなのどうでもいい!せっかく生き延びたのに、あんたにこんな仕打ちをされるくらいなら死んだほうがマシよ!死なせてよ!」

修は彼女の肩を掴み、胸からそっと引き離した。そして、真剣な表情で一言一言を丁寧に問うた。

「雅子、そんなに俺と結婚したいのか?」

雅子は涙で潤んだ目で修をじっと見つめ、「そんなの聞くまでもないでしょ?」と震える声で返した。

「俺が愛してなくても、それでも『修の奥さん』になりたいのか?」

「愛してるかどうかなんて関係ない!あんたが私に約束したことを守ればそれでいい。修、私はあんたを愛してる。それで十分じゃない!私の愛をあんたに分けてあげる。いや、たくさん分けてあげる。それでもまだ無限に残ってるわ!この愛はこの世の何にも比べられないくらい大きいのよ。ただあんたのそばにいられれば、それだけでいい。私は何もいらない、ただそれだけ......」

修は肩を落とし、目を伏せた。

彼の脳裏には、別の女性―若子の悲しげな顔が浮かんでいた。

それは絶望そのものだった。

修が若子にこんなにも絶望を与えたことはなかった。だが、その絶望は自分自身から生まれたものだった。若子との未来がないことは明白だったし、彼女が修を許すことも二度とないだろう。

若子はもう西也と結婚してしまった。覆水盆
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千恵
修、大馬鹿ねー ほら、結婚するってなった
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