結婚しても仕事を続け出世にも意欲を示す目の前の女性に私は不信感を露わにしていた。
「…そう。女性が活躍する時代ですものね」
明らかに沈んだ冷たい声で言った。
「でも、結婚となると家庭も大切になってきますわ。啓介も、会社を経営していて大変だと思うの。それに結婚したら夫を支えるのも妻の役目でしょう? お仕事が忙しくて家庭を放っておくことになるのはどうかしら」
「仕事への情熱」に水を差そうとする発言に息子がたまらず口を開こうとしていたのを佳奈はそっと手で制した。
「もちろん家庭も大切にします。啓介さんとは、お互いの人生を尊重し支え合っていくと決めております。彼の仕事に支障をきたすようなことは決してございませんし、私も、彼がいるからこそ一層仕事に打ち込めると思っております。」
佳奈は穏やかに微笑んだが、私は面白くなくて表情は険しくなるばかりだった。
先ほどから佳奈の言葉がひどく耳障りに聞こえている。自身のキャリアを優先し輝くことを目的とする佳奈の言葉からは、啓介を「支える」「尽くす」という言葉が一切出てこない。
(結婚して妻になるということは、夫を支え、家庭を守り、子育てに励むことなのに……この子まるで分かってない!)
「啓介は、昔から本当に頑張り屋でね。私も、啓介
(子どもは授かりものですからって?私たちが跡継ぎ、孫の誕生を楽しみにしているのが分からないのか。なんて無責任なの…!)私は怒りでわずかに声が震え始めていた。子どもが産める時期や自然に妊娠しなかった場合のことも考えて不妊治療も考慮するように諭した時だった。隣に座っていた啓介が静かに口を開いた。彼の声は穏やかだったが目つきはひどく鋭かった。「母さん、今はお互い仕事が好きで大切なんだ。子どもが欲しいと思ったら、その時に俺と佳奈で考えていくよ。」(何を言っているの、啓介! あなたは高柳家の長男なのよ! 私がどれだけ孫を望んでいるかを知っているはずだわ!)私の心臓が激しく波打った。息子までこの女に感化されてしまったのか。啓介までが高柳家の未来を軽く見ているというのか。私は、睨みつけるように今度は佳奈に問いかけた。啓介がどうであれ、女性であれば結婚して子どもが欲しいと思うのは当然のことだろうと信じていたからだ。佳奈が私に同調し啓介を説得してくれることを期待していた。「でも佳奈さんはそれでいいの?出産や子育てのことを考えるのであれば年齢的に早い方がいいんじゃないかしら?」しかし、私の期待は残酷なまでに打ち砕かれた。「ありがとうございます。でも、私も啓介さんと同じ考えなので問題ありま
リビングに漂う香ばしい紅茶の匂いと、時折響くカップとソーサーの触れる音だけが高柳家の静寂を破っていた。啓介と佳奈、そして啓介の母親の三人の間に流れる空気は、さっきまでよりも一層重く冷ややかになっている。私の胸の奥には、熱く煮えたぎるような感情が渦巻いていた。(私は夫を支え家庭を守ることに人生を捧げてきた。それが、妻としての当然の務めであり、家族の幸福を築く礎だと信じて疑わなかった。家庭を守ってきたからこそ、夫も安心して仕事に邁進できたはず。だから、息子の妻にも同じように啓介を心から支えたいと願う女性であって欲しいと思っていたのに……。)先ほどの佳奈の「結婚後も働き続けたい、上を目指したい」という言葉が私の心に深く引っかかっていた。私が描く「理想の息子の嫁」の姿とはあまりにもかけ離れていたからだ。私は、この女性が本当に啓介の妻としてふさわしいのか試すような気持ちで、穏やかな口調を装いながら佳奈に尋ねた。「でも、子どもが産まれたらお仕事だって今のままというわけにはいかないでしょ?」妻として、そして母としての佳奈の覚悟を問うための私なりの最終確認のつもりだった。結婚したら、子どもを産み育てるのは女性にとって当然のことだろう。そして、それを前提にキャリアを考えるべきだというのが私の揺るぎない信念だった。しかし、佳奈は私の期待を裏切った。彼女は一瞬考えた後に朗らかな笑顔で迷いなく答えたのだ。
結婚しても仕事を続け出世にも意欲を示す目の前の女性に私は不信感を露わにしていた。「…そう。女性が活躍する時代ですものね」明らかに沈んだ冷たい声で言った。「でも、結婚となると家庭も大切になってきますわ。啓介も、会社を経営していて大変だと思うの。それに結婚したら夫を支えるのも妻の役目でしょう? お仕事が忙しくて家庭を放っておくことになるのはどうかしら」「仕事への情熱」に水を差そうとする発言に息子がたまらず口を開こうとしていたのを佳奈はそっと手で制した。「もちろん家庭も大切にします。啓介さんとは、お互いの人生を尊重し支え合っていくと決めております。彼の仕事に支障をきたすようなことは決してございませんし、私も、彼がいるからこそ一層仕事に打ち込めると思っております。」佳奈は穏やかに微笑んだが、私は面白くなくて表情は険しくなるばかりだった。先ほどから佳奈の言葉がひどく耳障りに聞こえている。自身のキャリアを優先し輝くことを目的とする佳奈の言葉からは、啓介を「支える」「尽くす」という言葉が一切出てこない。(結婚して妻になるということは、夫を支え、家庭を守り、子育てに励むことなのに……この子まるで分かってない!)「啓介は、昔から本当に頑張り屋でね。私も、啓介
「ねえ変じゃない?なんか慣れなくてムズムズする」啓介の実家へ向かう途中、そわそわと落ち着かなかった。啓介からお母さんの好みと聞いて、清楚で落着いた雰囲気のネイビーのAラインワンピースを選んだのだ。普段はパンツスーツや鮮やかな色のワンピースを好むため、控えめな色で丈の長いワンピースは新鮮だがどこか落ち着かない。ここまで清楚な装いは自分ではないようだった。「そんなことないよ。すごく似合っている。いつもとは違う雰囲気でこれはこれで俺は好きだけどな」「お母様に気に入ってもらえるかな?何か聞かれたら好かれるように話した方がいい?」「大丈夫。俺が隣にいるし助けるから。ありのままの佳奈でいてくれればいいよ。」啓介は優しく微笑み私の手を握りしめた。隣にいる啓介の存在が何よりも心強かった。☆高柳家の玄関では、啓介の母がそわそわしながら到着を待っていた。一週間前、啓介からの「紹介したい人がいる」という連絡に最初は凛のことだと思い喜んだが、佳奈という名を聞いた時の衝撃は大きかった。啓介から電話をもらう
数日後、啓介から電話がかかってきた。「もしもし、母さん?この前の話なんだけど来週の土曜日どうかな?二人で行くから」「大丈夫よ。今一人?食べたいもののリクエストがあったら教えてね。作っておくわ。」「あ、隣にいるよ。ちょっと待ってて。佳奈、食べたいものあるって母さんが。」息子の言葉に一瞬、固まった。(今、「カナ」と言ったような……。)瞬時に嫌な予感がよぎる。凛が、啓介がまだ好きだと涙ながらに語っていたこと。そして、応援すると息子が好きなレシピを教えてしまったことに罪悪感が芽生えた。(私は啓介が連れてくる人はてっきり凛ちゃんだと思っていた。明るくて勉強熱心で、なによりも啓介のことを大事に思う凜ちゃんなら啓介にピッタリだと思っていたのに……。)「カナ…?連れてくる方はカナさんと言うの?」聞き間違いであることを祈りながら、息子に確認をした。「初めまして。坂本佳奈と申します。突然、お邪魔してすみません。土曜日楽しみにしています。」啓介に聞いたのだが、返ってきたのは女性
数日後、啓介から電話がかかってきた。「もしもし、母さん?この前の話なんだけど来週末の土曜日どうかな?二人で行くから」「大丈夫よ。今一人?食べたいもののリクエストがあったら教えてね。作っておくわ。」「あ、隣にいるよ。ちょっと待ってて。佳奈、食べたいものあるって母さんが。」息子の言葉に一瞬、固まった。(今、「カナ」という女性の名前を言ったような……。)瞬時に嫌な予感がよぎる。凛が、啓介がまだ好きだと涙ながらに語っていたこと。そして、応援すると息子が好きなレシピを教えてしまったことに罪悪感が芽生えた。(私は啓介が連れてくる人はてっきり凛ちゃんだと思っていた。明るくて勉強熱心で、なによりも啓介のことを大事に思う凜ちゃんなら啓介にピッタリだと思っていたのに……。)「カナ…?連れてくる方はカナさんと言うの?」聞き間違いであることを祈りながら、息子に確認をした。「初めまして。坂本佳奈と申します。突然、お邪魔してすみません。土曜日楽しみにしています。」啓介に聞いたのだが、