Short
妻の座は親友に譲ります。復縁はお断り!

妻の座は親友に譲ります。復縁はお断り!

Por:  夕葉Completado
Idioma: Japanese
goodnovel4goodnovel
10Capítulos
1.4Kvistas
Leer
Agregar a biblioteca

Compartir:  

Reportar
Resumen
Catálogo
ESCANEA EL CÓDIGO PARA LEER EN LA APP

私、篠原寧音(しのはら ねね)が、夫の篠原智景(しのはら ともかげ)と結婚してから3年が経つ。 けれど不思議なことに、私たちが夫婦で出かける時には決まって、共通の友人である森園茜(もりぞの あかね)が、当たり前のような顔をしてついてきた。 そして、街の人々から「夫婦」だと勘違いされるのは、いつも夫と茜の方だった。 休日に買い物をすれば、店員は二人にカップル限定のサービスを勧め、お洒落なレストランでは、夫婦向けの記念日コースを案内される。 旅行先で「本当にお似合いのご夫婦ですね」と微笑む通行人からカメラを渡され、二人の記念写真を撮らされるのは、本当の妻である私の役目だった。 最初は私も戸惑い、傷ついた。 けれど、智景は決して誤解を解こうとはしない。 いつも茜が、「もう、私たちって雰囲気が似てるから勘違いされやすいのよ。寧音、気にしないでね?」と笑って場を収めるだけ。 その言葉を信じて、私は何度も自分の心に蓋をしてきた。 転機が訪れたのは、年に一度開かれる、篠原家の盛大な親族の集まりでのこと。 「今年こそ、正式に妻として一族に紹介する」 そう言ってくれた智景のために、私は3ヶ月前から作法を学び直し、必死に準備を重ねて義父母の待つ本邸へ向かった。 しかし、屋敷に着くなり、義母の貴子(たかこ)が満面の笑みで手を握ったのは私ではなく、またしてもついてきた茜だった。 「いらっしゃい!まあ、智景が今日正式に紹介したい相手って、やっぱり茜ちゃんのことだったのね! 昔から、見れば見るほどお似合いの二人だと思っていたのよ」 私が智景の本当の妻だとは夢にも思っていない親戚たちも、それに同調して場が盛り上がる。 「智景と茜ちゃんは、本当に長年連れ添った夫婦みたいだな」 広間に、どっと楽しげな笑い声が響き渡る。 私は一人、その場に立ち尽くし、すがるような思いで智景を見つめた。 せめて彼だけは、否定してくれると信じて。 だが彼は、否定するどころか、照れたように笑う茜の耳元にかかった髪を、愛おしそうに指で払い、耳にかけてやったのだ。 その瞬間、私の中で張り詰めていた糸がプツリと切れた。 ああ、やっとわかった。 彼は、面倒だから周囲の誤解を解かなかったわけじゃない。 彼の心の中で「本当の妻」であるべき女性は、最初から私ではなかったのだと。 ――ならもう、私があなたの妻でいる必要、ありませんよね? これは、愛を信じ、居場所を失った私が、偽りの夫婦ごっこを終わらせて新しい未来へと歩き出すまでの物語。

Ver más

Capítulo 1

第1話

篠原家の本邸の豪奢なエントランスで、私は完全に空気と化していた。

義母は、茜の手をしっかりと握りしめ、まるで本物の娘を可愛がるように長々と褒めちぎっている。

ひとしきり盛り上がった後、彼女はふと、その後ろで静かに立ち尽くしている私にようやく視線を向けた。

「あら?そちらの方は?」

「あ、私は――」

私が名乗ろうと唇を開きかけた瞬間、智景が横からすっと手を伸ばし、私の持っていた手土産の紙袋をひったくるように奪い取った。

「ああ、こいつは茜の友人ですよ。今日は茜の荷物持ちとして手伝ってくれたんです」

――荷物持ち。

その短すぎる一言が、私の3年間という結婚生活を、いとも容易くゴミ箱へ蹴り落とした。

義母は私にはもう微塵も興味を示さず、嬉々として紙袋から豪奢な装丁の木箱を取り出した。

「まあ!これ、主人がずっと探していた幻の銘茶じゃないの!

それに、こっちは私が欲しがっていた血圧を安定させる特注のサプリメント……!

茜ちゃん、主人の好みや私の体調のことまで、こんなに気遣ってくれていたのね!」

それを聞いた茜は、一瞬だけきょとんとしたが、すぐにその美しい顔に柔らかな笑みを浮かべ、つつましく頷いた。

「ええ。お気になさらないでください。当然のことをしたまでですから」

胸の奥が、ギリッと音を立てて軋んだ。

その茶葉は、私が知人に頼み込み、遥か遠方の産地からようやく取り寄せた希少な品だ。

サプリメントだって、義母の体調を調べ上げ、1ヶ月も前から特別に手配して準備していたものだった。

結婚してからの3年間、智景は私を一度も両親に会わせようとはしなかった。

「篠原の家は格式を重んじる。君のような一般的な家柄では、親族がすぐには受け入れられない。俺が上手く立ち回るから、もう少し時間をくれないか」

その言葉をずっと信じていた。

いつか彼らに認められ、光の当たる場所で堂々と「お義父様、お義母様」と呼べる日が来る。

そう信じていたからこそ、会ったこともない義父・宗介(そうすけ)の好む茶の銘柄を覚え、義母の健康を誰よりも気遣い、見えないところで尽くし続けてきたのだ。

「本当に、この子は昔から気が利くのよねえ」

義母は愛おしそうに、茜の手をぽんぽんと撫でた。

その贈り物を、本当は誰が、どんな思いで用意したのか。

誰も問わない。

私がなぜ、こんな入り口にポツンと立ち尽くしているのか。

誰も関心を持たない。

……

広々としたダイニングルームに通されると、茜は当たり前のように智景の隣に腰を下ろした。

一方の私は、まるで部外者のように一番遠い下座へと追いやられていた。

前菜が運ばれてくる直前、智景は少しだけ席を立つと、私の腕を掴んで部屋の隅へと引き寄せた。

「……さっきの玄関でのこと、これがあなたの言う両親への挨拶なの?」

私が小声で問い詰めると、彼は悪びれる様子もなくため息をついた。

「前に母さんが、俺と茜のツーショット写真を見て彼女だと勘違いしちゃってさ。

母さんは心臓があまり良くないだろ?だから今日は、とりあえず話を合わせておいてくれないか」

「でも――」

「いいか?いくらここで茜を妻だと思わせたところで、俺たちがすでに籍を入れている事実に変わりはないんだ。少しの間だけ我慢してくれ」

私が反論する隙も与えず、彼はさっさと席へ戻り、茜のために優しく椅子を引いてやった。

食事が始まると、智景の目は茜に釘付けだった。

茜の皿から彼女の苦手な食材をごく自然に避け、メイン料理も彼女が食べやすいように、わざわざナイフで一口大に切り分けてから彼女の前に置き直してやる。

茜が「少し胃が痛いかも……」と呟いただけで、彼は即座にスープの温度を確かめ、使用人に胃薬と温かい白湯を持たせた。

「だから、胃の調子が悪い時は冷たいものを飲むなと言っただろう?」

口調こそ咎めるようだったが、その手つきも眼差しも、甘やかでとろけるように優しかった。

――結婚2年目のことだ。

私が39度の高熱を出し、ベッドの中で彼のシャツの裾を握りしめて「病院に連れて行ってほしい」と懇願した日があった。

だが彼は、ベッドサイドに解熱剤の箱をポンと置いただけだった。

「今日はどうしても外せない重要な会議があるんだ。とりあえずその薬を飲んで、自分でなんとかしてくれ」

そう言い残して去った彼。結局、意識が混濁した私を見かねて救急車を呼んでくれたのは、隣に住む住人だった。

けれど、恋人だった頃の智景は違った。

雨の日に私が足を捻挫した時、彼は高級なスーツが濡れるのも構わず、私をおぶって2キロもの道のりを歩いてくれたのだ。

病院に着く頃にはずぶ濡れだったのに、しゃがみ込んで私の足を優しく撫でながら、こう言ってくれた。

「俺がいるんだから、もう一人で無理して強がらなくていいんだよ」

……ああ、そうか。

今、彼が心から大切に想い、守りたいと願う相手は、もう私ではないのだ。

食後、満ち足りた空気の中で、義母がベルベットの小箱を取り出した。

「茜ちゃん。これはね、篠原家の正妻に代々受け継がれてきた指輪なのよ」

義母は満面の笑みで、そのアンティークの指輪を茜の薬指にはめた。

茜は頬を赤らめ、「こんな大切なもの……!」と遠慮がちに外そうとする。

しかし智景は、そんな彼女の細い手をそっと包み込むように押さえた。

「いいんだ。母さんが喜ぶから、今日は着けたままにしておいてよ」

そのやり取りは、誰がどう見ても本物の家族だった。

智景の言葉に、茜がはにかみながら「お義母様」と微笑みかける姿は、あまりにも自然で。

私はふと視線を落とし、自分の空っぽの指先を見つめた。

「両親に認めてもらえたら、その時は俺の手で、篠原家に伝わるあの指輪を君に贈るから」

入籍したあの日、彼が私に誓った甘い約束。

その言葉だけを信じて待ち続けた3年間は、一体何だったのだろう。

それだけでは終わらず、義母はさらに分厚いアルバムを持ち出し、茜がどれほど篠原家と親密な関係を築いているかを私に見せつけてきた。

ページをめくると、お盆の墓参りや義父の誕生日祝いなど、家族の重要行事には必ず茜の姿がある。

そして、一枚の家族写真。

茜が智景の腕に親しげに絡みつき、義父と義母の間に立って微笑んでいる。

写真の日付は、去年の大晦日だった。

――あの日、智景は「急な海外出張が入った」と言って家を出た。

私は彼が帰ってくるかもしれないと、一人で二人分の年越し蕎麦を用意し、大晦日の夜から元日の朝までずっと待ち続けていたのだ。

年が明けた瞬間に送った【あけましておめでとう】のメッセージ。

彼から【ああ】という素っ気ない返信が来たのは、それから6時間も経った後だった。

アルバムを閉じた義母が、思い出したように私の両親の職業を尋ねてきた。

「両親は早くに他界し、祖母に育てられました」

そう答えた途端、彼女の顔からスーッと笑顔が消えた。

「……なるほど。そういうことね」

Expandir
Siguiente capítulo
Descargar

Último capítulo

Más capítulos

reseñas

ノンスケ
ノンスケ
読んでる途中で、あまりにひどい夫と親友の態度に気分が悪くなった。夫はなぜ自分の親に妻を紹介できないのか?妻がいながら妻の親友といちゃついて挙句に妻と離婚して入籍したのか。妻のお婆さんの命まで人質にとって。彼が途中で言ってたけど、妻はずっとそばにいると思っていた。そして妻は強いから放っておいてもいいと思った。彼女は頼りなくて守ってやらなくちゃいけないと思った、と。まぁ勝手な男!でもおばあちゃんは無事だったし、妻も仕事復帰して成功してるし、バカな人たちは自滅したし。さっさと離れるのが1番だね。
2026-09-28 20:51:21
1
0
松坂 美枝
松坂 美枝
おばあちゃんが死ななくて良かった 読みながら踏み潰したくなるようなゴミクズどもから脱出して華麗に復讐してくれた主人公に拍手 クズ男は今更遅いんだよ
2026-09-28 10:25:55
6
0
10 Capítulos
第1話
篠原家の本邸の豪奢なエントランスで、私は完全に空気と化していた。義母は、茜の手をしっかりと握りしめ、まるで本物の娘を可愛がるように長々と褒めちぎっている。ひとしきり盛り上がった後、彼女はふと、その後ろで静かに立ち尽くしている私にようやく視線を向けた。「あら?そちらの方は?」「あ、私は――」私が名乗ろうと唇を開きかけた瞬間、智景が横からすっと手を伸ばし、私の持っていた手土産の紙袋をひったくるように奪い取った。「ああ、こいつは茜の友人ですよ。今日は茜の荷物持ちとして手伝ってくれたんです」――荷物持ち。その短すぎる一言が、私の3年間という結婚生活を、いとも容易くゴミ箱へ蹴り落とした。義母は私にはもう微塵も興味を示さず、嬉々として紙袋から豪奢な装丁の木箱を取り出した。「まあ!これ、主人がずっと探していた幻の銘茶じゃないの!それに、こっちは私が欲しがっていた血圧を安定させる特注のサプリメント……!茜ちゃん、主人の好みや私の体調のことまで、こんなに気遣ってくれていたのね!」それを聞いた茜は、一瞬だけきょとんとしたが、すぐにその美しい顔に柔らかな笑みを浮かべ、つつましく頷いた。「ええ。お気になさらないでください。当然のことをしたまでですから」胸の奥が、ギリッと音を立てて軋んだ。その茶葉は、私が知人に頼み込み、遥か遠方の産地からようやく取り寄せた希少な品だ。サプリメントだって、義母の体調を調べ上げ、1ヶ月も前から特別に手配して準備していたものだった。結婚してからの3年間、智景は私を一度も両親に会わせようとはしなかった。「篠原の家は格式を重んじる。君のような一般的な家柄では、親族がすぐには受け入れられない。俺が上手く立ち回るから、もう少し時間をくれないか」その言葉をずっと信じていた。いつか彼らに認められ、光の当たる場所で堂々と「お義父様、お義母様」と呼べる日が来る。そう信じていたからこそ、会ったこともない義父・宗介(そうすけ)の好む茶の銘柄を覚え、義母の健康を誰よりも気遣い、見えないところで尽くし続けてきたのだ。「本当に、この子は昔から気が利くのよねえ」義母は愛おしそうに、茜の手をぽんぽんと撫でた。その贈り物を、本当は誰が、どんな思いで用意したのか。誰も問わない。私がなぜ、こん
Leer más
第2話
義母は値踏みするような冷たい視線を私に向けた。「智景の隣に立つ女性は、家柄も教養も申し分ないお嬢様でなければならないの。あなたみたいな出自の人が、茜ちゃんのお友達でなければ、篠原の家と関わることなんて一生なかったでしょうね」そして、ひどく残酷な提案を口にした。「でも、せっかく茜ちゃんの大親友なのだから、二人の結婚式ではぜひブライズメイドを務めてちょうだいね」私は無言で智景を見た。彼は茜のグラスに水を注ぐのに夢中で、私の方など一瞥もくれなかった。帰り際、智景は当然のように高級ブランドのドレスカバーを私に押し付けてきた。「これ、茜が明日着る予定のドレスだから。帰り道にクリーニング屋に出しておいてくれ」私は何も言い返さず、それを受け取った。彼に背を向け、一人で帰る道すがら、私はスマートフォンを取り出した。3年前に彼との結婚のために辞退した、遠方の都市でのビッグプロジェクト。その責任者だった人物の連絡先を呼び出し、メッセージを打ち込む。【結城社長、ご無沙汰しております。以前お話しいただいたチーフデザイナーのポジションですが、まだ空きはございますでしょうか?】送信ボタンを押した瞬間、私の中で何かが完全に冷え切ったのがわかった。……数日後、事態はさらに信じられない方向へ動いた。すっかり茜を「未来の嫁」だと信じ込んだ義父母は、結婚式の準備を主導するため、なんと私と智景が暮らす都心のマンションへ数日間滞在すると言い出したのだ。それを知った智景は、私に冷酷な命令を下した。「母さんが数日マンションに寝泊まりすることになった。俺たちが結婚している痕跡を、完全に消しておいてくれ」彼の指示通り、自分の私物を片付けるために主寝室の扉を開けた私は、思わず立ち尽くした。壁に飾られていたはずの私たちのウェディングフォトは、すでに取り外されていた。代わりに飾られていたのは、智景と茜が雪山のふもとで寄り添う旅行の写真だった。茜が彼の肩に頭を乗せ、幸せそうに笑っている一枚。――その写真をカメラを構えて撮ったのは、他でもない私なのに。私がこだわって選んだベッドカバーも、オーダーメイドのカーテンも、リビングの食器もすべてそのままだった。後日、マンションにやってきた義母は、私が窯元で買い付けた手作りの陶器の皿を撫
Leer más
第3話
その日の夜、遠方の企業からメッセージが届いた。【チーフデザイナーのポジションは現在も空いております。新規プロジェクトは40日後に始動予定です】私はその誘いを引き受ける返信を打ち、着任日を「離婚手続きが完了した直後」に指定した。そして迎えた結婚式当日。私はブライズメイドのドレスを着て、誰よりも早くホテルへ向かった。ゲストが集まり始めると、義母は私を「新婦の親友」として受付に立たせ、ご祝儀の受け取りと芳名帳の管理を押し付けた。迎賓スペースでは、茜が智景の腕に絡みつき、幸せそうに参列者に挨拶をしている。やがてウェディングマーチが響き渡った時、私は会場に流れているBGMが、やはり私の選んだ曲であることを悟った。司会者が読み上げる愛の誓いの言葉も、私のウェディングノートから丸写しされたものだ。婚姻届を出した日、智景は私を抱きしめてこう言った。「この誓いの言葉は、大勢の前で君を妻として迎える時までとっておくよ」ドレスも、指輪も、音楽も、誓いの言葉も、あの日の約束のままなのに。私はただステージの下に立ち、彼が別の女性を娶る姿を見上げることしかできなかった。指輪交換の時間が近づき、智景が私にステージへ上がるよう合図を送る。茜は満面の笑みで私に手を差し出した。「最高の親友だもの。寧音の手で、私を送り出してね」私は、本来なら自分の指にはめられるはずだった結婚指輪を智景に差し出した。彼がその指輪を受け取り、茜の薬指に通そうとした、まさにその瞬間だった。私のスマートフォンが、けたたましく着信を知らせた。病院からだった。祖母が心臓の発作を起こし、緊急搬送されたというのだ。原因は、近所の住人から転送されてきた結婚式のオンライン配信のURLだった。画面の中で、自分の孫娘が、愛する夫の結婚式でブライズメイドを務めている異常な光景を見てしまったのだ。電話口で、看護師が切迫した声で告げる。「お祖母様が、手術前の準備を頑なに拒否されています。配信に映っていた結婚式は一体どういうことなのか、ご主人様の口から直接説明を聞くまでは絶対に手術室に入らないと……!」私は参列者全員の目が注がれる中、初めて智景の腕を力強く掴んだ。「一緒に病院へ来て。お祖母ちゃんに、これは何かの誤解だって、たった一言伝えてくれるだけ
Leer más
第4話
祖母が集中治療室へ移された直後、義父母と茜が病院へ怒鳴り込んできた。義母は、人が行き交う廊下で私を指差し、金切り声で罵倒した。「家柄も教養もないくせに、姑息な真似ばかりして!茜ちゃんを利用して近づいて、智景にまとわりつくなんて、恥というものを知らないの!」少し遅れて智景も駆けつけてきた。茜は、その薬指に篠原家代々の指輪を光らせながら、目を赤くして彼の背中に隠れた。まるで、自分こそが私に深く傷つけられた被害者であるかのように。私は智景を見た。今回ばかりは、彼が真実を話して誤解を解いてくれると信じて。しかし彼は、冷ややかな目で私の腕を掴み、廊下の隅へと引きずって行った。「この件は、俺が早急に処理する」その日の夜、智景は一枚の離婚届と、マスコミ向けの声明文の原稿を持って私の前に現れた。声明文の内容は目を疑うものだった。私が智景と茜が愛し合っていることを知りながら、祖母の重病を盾に彼を脅し、秘密裏に籍を入れさせたこと。二人はただの戸籍上の夫婦であり、結婚後もずっと別居状態であったこと。過去のプロポーズの写真や親密な写真は、茜に嫌がらせをするために私がわざと流出させたものだということ。これにサインをすれば、私は自らの口で「彼らの愛を引き裂いた悪女は私です」と世間に認めることになるのだ。私は彼をじっと見つめ返した。「3年前、私にプロポーズをしてくれたのは誰?祖母のベッドの傍らでひざまずいて、一生私を守ると誓ったのは、一体誰だったの?」智景は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに冷たい声を出した。「この件に関して、茜は完全に無実の被害者だ」「……じゃあ、私は何か間違ったことをしたと言うの?」彼は少し苛立ったように、集中治療室の扉へ視線を向けた。「病院の下には、すでにゴシップ誌の記者たちが張り込んでいる。君がこれに協力しないなら、うちの両親が直接お祖母さんに問い詰めることになるぞ。孫娘の略奪婚をそそのかしたのはあなたなのか、とな。一命を取り留めたばかりの彼女が、そんな刺激を受けてどうなるか……君が一番よくわかっているはずだ」彼はまたしても、私の最愛の祖母を人質にして、茜のために身を引けと要求しているのだ。私はついに諦め、ペンを手に取った。そして、声明文と離婚届に自分の名前を書き込んだ
Leer más
第5話
通知の一番上には、智景から送られてきたメッセージが並んでいた。【入籍祝いの食事会が終わった】【今どこに住んでる?住所を送れ】10分後。【意地を張るのはやめろ。迎えに行くと言っているだろう】30分後。【寧音、なぜ電話に出ない?】そして、3分前に届いた最後の一文。【君の仮住まいのマンションに来たんだが……君、どこに行ったんだ?】私は何一つ返信しなかった。ただ静かに、彼の連絡先をすべてブロックリストに放り込んだ。到着ロビーに出ると、支社の同僚が私の名前が書かれたプレートを掲げて待っていてくれた。彼女は私のスーツケースを受け取ると、満面の笑みで迎えてくれた。「水瀬さん、お帰りなさい」お帰りなさい。その言葉に、私は思わず立ち尽くした。3年前。このビッグプロジェクトのチーフデザイナーとして誘われた時、私は智景のためにそのオファーを断ったのだ。当時の彼は、起業したばかりでオフィスの家賃すら払えないほど困窮していた。私は昼間に自分の仕事をこなし、夜は徹夜で彼の事業計画書を手直しした。彼のために初めてのスポンサーを見つけようと、慣れない接待の飲み会を何十件もハシゴした。ついに胃潰瘍で血を吐いて倒れ、病室のベッドで点滴を受けていたあの日。彼は私の手を固く握りしめ、涙ぐみながら言ったのだ。「会社が安定したら、必ず君に最高の恩返しをするから」やがて事業が軌道に乗り、会社が安定した途端、彼は言い放った。「女がそんなにキャリアに執着する必要はないだろう。君が遠方で働いたら、誰がこの家を守るんだ?俺が一生養ってやるから、家にいてくれ」私はその言葉を信じた。自分の仕事を辞め、彼の傍にいることを選んだのだ。その結果がこれだ。私は妻としての身分すら公にされない、日陰の存在に成り下がった。懐かしくも変わらないこの街の空気を吸い込んで、私はようやく気がついた。私が3年間で手放したものは、ただの仕事なんかじゃない。私自身の人生そのものだったのだ。空港から市街地へ向かう車の中で、私のスマートフォンが鳴った。病院からだった。祖母が無事に集中治療室から一般病棟へ移ったという知らせに、私は深く息を吐いた。「お祖母様、目を覚まされてからずっと、寧音さんの行方を気にされていますよ」主治
Leer más
第6話
この街で仕事を再開してからの1ヶ月間、私は過去を振り返る暇もないほど多忙な日々を送った。会社は、3年前に私が辞退したことで凍結されていたプロジェクトを、再び私に託してくれた。同僚の話によれば、私が去った後、二人のチーフデザイナーが引き継いだものの、私が最初に作った企画書のクオリティにはどうしても及ばなかったらしい。私は過去の資料をすべて整理し直し、チームを率いて何日も徹夜で会議を重ねた。そしてついに新しい企画案が役員会議で承認された日、オフィスは割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。プロジェクトの責任者が、私のデスクに真新しいネームプレートを置いて微笑んだ。「水瀬さん、改めて……私たちのチームへお帰りなさい」【チーフデザイナー 水瀬寧音】そう刻まれた自分の名前を見下ろした瞬間。ずっとぽっかりと空洞になっていた私の胸の奥が、温かい何かで少しずつ満たされていくのを感じた。ほどなくして、祖母もこの街の総合病院へ無事に転院してきた。再会した日、私は祖母の顔をまともに見ることができなかった。ただ俯いて、「お祖母ちゃん、ごめんなさい」と震える声で謝ることしかできなかった。すると祖母は、私が幼い頃にそうしてくれたように、私の頭を優しく撫でた。「あなたは誰にも謝る必要なんてないのよ。寧音に、ひたすら我慢してでも家族の形を守らなきゃいけないと思い込ませてしまった……不甲斐ない私の責任よ」せき止めていた涙が、堰を切ったように溢れ出した。祖母は私の首元に手を伸ばし、ずっと身につけていた古いネックレスをゆっくりと外した。そこには、私が3年もの間、誰にも見られないように服の裏側に隠し続けてきた結婚指輪が通されていた。「こんなものは、もう捨ててしまいなさい。向こうが堂々と認めてくれない妻の座なんて、私たちにはもう必要ないのよ」祖母の言葉に背中を押され、私はその指輪をネックレスごとゴミ箱へ落とした。カラクリと、とても軽い音がした。ずっと、手放す時は身を引き裂かれるほど痛いのだろうと思っていた。けれど、しがらみから完全に解放された今、私の心に残っていたのは、凪いだ海のような深い静寂と穏やかさだけだった。一方、智景と茜の新婚生活は、智景の両親が思い描いていたような円満なものではなかった。マンションの
Leer más
第7話
新規プロジェクトが世間に発表される段階に入ると、私の名前は業界のニュースで再び取り上げられるようになった。新作発表会見の当日、会場には提携先が招待した数多くのメディアが詰めかけていた。私がプレゼンテーションを終えた直後の質疑応答で、一人の記者がマイクを握った。「水瀬さん、一つお伺いします。あなたは3年前、ご結婚を機にこのプロジェクトから一度身を引かれていますよね?今こうして第一線に復帰されて、当時の選択を後悔していらっしゃいませんか?」ざわついていた会場が、一瞬だけ静まり返った。私は手元のマイクをしっかりと握り直し、顔を上げて堂々と答えた。「ええ、後悔しています。ですがその理由は、一つの結婚生活を失ったからではありません。かつて、自分自身の人生の決定権を、他人の手に委ねてしまったことに対してです」新作発表会の後、あの質疑応答の様子は短い動画に切り取られ、またたく間に業界のトレンドニュースのトップに躍り出た。智景は社長室に籠り、その動画を午後じゅうずっと食い入るように見つめていたという。秘書が「重要な会議の時間が迫っております」と声をかけても、彼は上の空だった。彼が何度も繰り返し再生していたのは、私が「一つの結婚生活を失った」と口にした瞬間の表情だった。そこに怨みはない。未練も一切ない。まるで、ずっと昔に終わった他人の出来事を淡々と語るような、完全に吹っ切れた顔。その日の夜。彼はついに、私が現在暮らすこの街へとやって来た。私が残業を終えてオフィスビルから出てくると、エントランスの前に彼が立っていた。たった一ヶ月見ない間に、彼はひどくやつれ、頬がこけている。その手には、私がかつて好きだった有名店のケーキの箱が握られていた。「寧音……少し、話を聞いてくれないか」私は彼を無視して通り過ぎようとした。だが、すかさず彼に手首を強く掴まれる。「どうして……どうして俺に黙ってこんな遠くへ行ったんだ」私は立ち止まり、彼を冷ややかに見つめた。「ちゃんと言い残したわ。離婚届を出したあの時、別れの言葉として、おめでとうございますって」智景の顔からスッと血の気が引いた。「俺はてっきり、君が怒って意地を張っているだけだと……茜と籍を入れたのは、両親を納得させ、世間からの彼女の悪評を防
Leer más
第8話
3日後、私にサインを強要したあの声明文が、再びネットニュースのトレンド入りを果たした。だが、情報をリークしたのは私ではない。3年前に私と智景の婚姻届を受理した役所の職員が、一連のニュースを見て義憤に駆られ、正確なタイムラインをメディアに提供したのだ。3年前の婚姻届の受理記録。智景が私にプロポーズした時の動画。祖母が入院した際、彼が自筆でサインした「一生大切にする」という結婚の誓約書。そして、あのマンションでの3年間にわたる共同生活の記録。それらすべてが、動かぬ証拠だった。私が、偽装結婚を利用して彼に付きまとった略奪女などではなく、彼と生活を共にし、法的に守られた本物の妻であったという絶対的な証明だ。追いうちをかけるように、結婚式場のホテルからも監視カメラの映像が流出した。そこには、病院からの緊急連絡を受けた私が、一緒に来てほしいと智景にすがりついて懇願する姿が映っていた。しかし彼は、車のキーを私に押し付けると、振り返って茜の薬指に指輪をはめたのだ。さらに、病院の廊下で私が声明文にサインさせられた時の映像までが、音声付きで公開された。「君がこれに協力しないなら、うちの両親が直接お祖母さんに問い詰めることになるぞ」祖母の命を盾にして私を脅す智景の肉声が、はっきりと録音されていた。世間の世論は一瞬にしてひっくり返った。篠原家は、茜と智景が婚姻届を持ったツーショット写真を公開することで、彼女こそが正妻であるとアピールするはずだった。しかし今やその婚姻届の受理証明書は、茜が「男が離婚した直後に、間髪入れずに正妻の座に収まった略奪女」であることの何よりの証拠に成り下がってしまったのだ。その日の午後、智景の母から電話がかかってきた。彼女の口から出たのは謝罪ではなく、相変わらずのヒステリックな詰問だった。「あのふざけた証拠の数々、あなたがメディアに売ったんでしょう!?あなた、智景と篠原の家を完全に破滅させないと気が済まないの!?」私は静かに問い返した。「貴子様。今になってようやく、私が一体何者だったのかお分かりいただけましたか?」電話の向こうが、ピタリと静まり返った。先日、本邸で彼女と会話をした時。私の両親が他界していると知るや否や、彼女は家柄が釣り合わないと私を冷たく見下した。
Leer más
第9話
記者会見の後、智景は茜に離婚を突きつけたらしい。しかし、茜はそれに納得しなかった。あろうことか彼女は、結婚式で着ていたあの白いドレス姿のまま、智景の母と大勢の記者を引き連れて私のオフィスビルに乗り込んできたのだ。そして、オフィスのエントランスで衆人環視の中、私の目の前で床に泣き崩れた。「寧音……っ、智景はあなたにお返しするわ!だからお願い、これ以上私たちを破滅させないで!」事情を知らない人が見れば、まるで私の方が彼女の家庭を壊した悪女のようだった。同僚たちが慌てて警備員を呼ぼうとしたが、私はそれを手で制し、会議室からプロジェクターを運ばせるよう指示した。そして、ロビーの白い壁に、一連の結婚騒動の裏で、茜が智景に送っていた生々しいメッセージの履歴を大写しにしたのだ。【ご両親、私のことをすごく気に入ってくれているみたい。急いで誤解を解く必要はないんじゃない?】【彼女には、数日だけ仮住まいの部屋に移ってもらいましょうよ。それくらい平気でしょ?】【彼女がブライズメイドをやってくれれば、誰もが私が本物の花嫁だって信じるわ】そして、一番最後。結婚式の最中に送られたメッセージ。【寧音のお祖母さんのこと、本当にそんなに重要なの?】【もしあなたが今この場を離れたら、私が他人の夫を奪った女だと思われるじゃない!】これらのスクリーンショットは、智景が公に謝罪した際、自身の非を認める証拠として提出したものだった。巨大なスクリーンに映し出された生々しい裏の顔を見て、茜の顔からさぁっと血の気が引いていく。私は彼女を冷ややかに見下ろした。「あなたは、私たちの関係を誤解していたわけじゃない。最初から私が彼の本当の妻だと知っていたわよね。それに、巻き込まれて仕方なく話を合わせたわけでもない。あのマンションも、結婚式も、篠原家代々の指輪も、正妻の座も……すべてあなたが自分から望んで奪おうとしたものじゃない」記者たちのカメラが一斉に茜に向けられ、無数のフラッシュが焚かれる。ついに可憐な被害者の仮面を維持できなくなった茜は、立ち上がり、涙と怒りで顔を歪めて私に叫んだ。「だって、あなたは最初からすべてに恵まれているじゃない!優しいお祖母さんもいて、立派なキャリアもあって、三年間も智景の隣にいた!私はただ、一度くらいみ
Leer más
第10話
それから1年後。私がチームと共に心血を注いだプロジェクトは、名誉ある国際的なデザイン賞を獲得した。盛大な授賞式の会場。客席の最前列には、私がプレゼントした真新しい服を着て、目を細めて笑う祖母の姿があった。ステージの上で、司会者が私にマイクを向けた。「水瀬さん、今、一番感謝を伝えたい相手はどなたですか?」私は客席の祖母を真っ直ぐに見つめた。「私がすべてを失い、何も持っていなかった時。愛されるために、自分を殺してまで誰かに尽くす必要なんてないのだと、そう教えてくれた人に……心から感謝します」会場が温かい拍手に包まれる。祖母はそっと目元を拭いながら、私に向かって優しく頷いてくれた。海外での授賞式から戻った数日後、私の手元に一つの宅配便が届いた。中に入っていたのは、分厚いアルバムだった。1ページ目には、私と智景が婚姻届を出したあの日の写真が収められていた。写真の裏には、見慣れた彼の字でこう書かれている。【もしやり直せるなら、今度は絶対に、誰よりも先に君を俺の実家へ連れて行くよ】次のページからは、この3年間、私がマンションの部屋で撮り溜めていた日常の風景が綴られていた。オーダーメイドのカーテン。二人で囲んだダイニングテーブル。洗面所に並んだペアのマグカップ。そして、結婚式で私のために開けられるはずだった、あのヴィンテージワイン。アルバムの最後のページには、智景からの長文の手紙が挟まれていた。手紙によれば、智景の両親はすっかり肩身が狭くなり、逃げるように故郷へ戻ったらしい。会社のプロジェクトも次々と凍結され、事業規模は大幅に縮小された。茜は彼と離婚した後、逃げるようにこの街を去ったという。そして彼は今も、あのマンションに一人で住み続けている。家具は一つも変えていない。私が落として割ってしまったマグカップも、わざわざ職人に頼んで金継ぎで綺麗に修復したのだと。彼は手紙の最後に、こう綴っていた。【寧音。俺、やっとこの部屋を、君がいた頃と同じ状態に戻せたよ】【いつ、帰ってきてくれる?】私はそこでアルバムをパタンと閉じ、それ以上読むのをやめた。彼は、根本的なことを何一つわかっていないのだ。「家」というのは、ただの部屋や建物のことではない。カーテンでも、ダイニ
Leer más
Explora y lee buenas novelas gratis
Acceso gratuito a una gran cantidad de buenas novelas en la app GoodNovel. Descarga los libros que te gusten y léelos donde y cuando quieras.
Lee libros gratis en la app
ESCANEA EL CÓDIGO PARA LEER EN LA APP
DMCA.com Protection Status