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底辺助手、上場企業の頂点に立つ

底辺助手、上場企業の頂点に立つ

By:  美然Completed
Language: Japanese
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控え室にあるモニター越しに、私、浅井和花(あさい わか)は夫の授賞式を最後まで見届けた。 眩いスポットライトが彼を照らし出し、司会者の華やかな声が響く。「今、この瞬間、最も感謝を伝えたい方はどなたですか?」 彼は指先で金縁の眼鏡をそっと押し上げ、カメラに向かって、非の打ちどころのない温和な微笑みを浮かべた。 「俺が最も感謝すべきなのは、元妻の森下遥香(もりした はるか)です。 彼女があの時、俺の元を去ってくれたからこそ、今の自分へと生まれ変わることができたのです」 その言葉に私の手首が震え、彼のために持っていたトロフィーが指先から滑り落ちそうになった。 五年だ。 私は彼の法律事務所で二十四時間待機する助手の「浅井さん」であり、親族の集まりでは台所仕事に追われる「手伝いに来た遠縁の親戚」であり、彼の息子の作文の中では「週末にやってくるお手伝いさん」だった。 これまでの私の献身は、とうの昔に冷たくなった愛情という名の骸を弔う、孤独な通夜に過ぎなかったのだ。 そして今、彼が公衆の前で放った「元妻」という言葉が、この婚姻の最も残酷な真実を、容赦なく全員の前にさらけ出した。

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Chapter 1

第1話

控え室にあるモニター越しに、私、浅井和花(あさい わか)は夫・松本智也(まつもと ともや)の授賞式を最後まで見届けた。

眩いスポットライトが彼を照らし出し、司会者の華やかな声が響く。「今、この瞬間、最も感謝を伝えたい方はどなたですか?」

彼は指先で金縁の眼鏡をそっと押し上げ、カメラに向かって、非の打ちどころのない温和な微笑みを浮かべた。

「俺が最も感謝すべきなのは、元妻の森下遥香(もりした はるか)です。

彼女があの時、俺の元を去ってくれたからこそ、今の自分へと生まれ変わることができたのです」

その言葉に私の手首が震え、彼のために持っていたトロフィーが指先から滑り落ちそうになった。

五年だ。

私は彼の法律事務所で二十四時間待機する助手の「浅井さん」であり、親族の集まりでは台所仕事に追われる「手伝いに来た遠縁の親戚」であり、彼の息子の松本健太(まつもと けんた)の作文の中では「週末にやってくるお手伝いさん」だった。

これまでの私の献身は、とうの昔に冷たくなった愛情という名の骸を弔う、孤独な通夜に過ぎなかったのだ。

そして今、彼が公衆の前で放った「元妻」という言葉が、この婚姻の最も残酷な真実を、容赦なく全員の前にさらけ出した。

私は朦朧とした意識のままトロフィーを抱え、司会者の手に渡した。

智也が颯爽と席に戻ると、二人の実習生がすぐに甲斐甲斐しく立ち上がった。

一人が椅子を引き、もう一人が温かい飲み物を差し出す。

「松本先生は本当に一途ですね。奥様が国を離れて長いというのに、今もあの方を待っていらっしゃるなんて」

「これほど事業を成功させ、健太くんも立派に育て上げるなんて、本当に感心します」

智也は称賛の嵐の中で、あのトレードマークである穏やかな笑みを浮かべていた。

「浅井さん」一人の実習生が振り返って私を呼んだ。「早く松本先生に熱いお茶を淹れてきてください。あ、ついでにティッシュもお願いしますね」

私は硬直したまま、動かなかった。

「浅井さん?」あの実習生がもう一度私を呼ぶ。

智也は相変わらず微笑みながら周囲と談笑しており、私には一瞥もくれない。

そう、彼らが知っているのは、学生時代から一途に愛を育み、そのまま結ばれた元妻のことだけなのだ。

けれど、ここに立っている私が、智也と結婚して五年になることは、誰も知らない。

私は麻痺した感覚のまま湯呑みを持ち、給湯室へ向かった。

お湯を注ぐ際、煮え立つ熱湯が手の甲に跳ね、瞬間に赤い痕が浮かび上がる。

刺すような痛みが、私を現実に引き戻した。

私は智也が最も好む六十度というこだわりの温度にお茶を淹れ直し、ティッシュを握りしめて、再びホールへと足を進めた。

智也は実習生たちに、自分の腕時計を見せていた。

私はずっと知っていた。それが遥香から贈られた腕時計であることを。彼のその一途さこそが、かつて私が彼との結婚を決めた理由でもあった。

「これは、遥香が最初の給料で俺に買ってくれたものなんだ」

「奥様は本当に松本先生を大切にされていたのですね」

「遥香はずっと優秀だった。俺より先に司法試験に受かり、弁護士になったんだ」

彼の口調には誇らしさが満ちていた。「当時、彼女は俺と健太のために留学を諦めようとしたんだ。だが、俺は彼女をもっと高い場所へと羽ばたかせてやりたかった。俺が彼女の背中を押したのさ」

「先生、素晴らしすぎます!私が追い求めていた『理想のパートナー像』が、今、目の前で完成しました」

「真の愛とは、相手がより輝ける場所へ行くのを誰よりも喜べることだからね」

智也の言葉が針のように私の心に突き刺さる。

お茶を差し出す時、私の手がわずかに震え、茶が智也の腕時計のベルトにこぼれた。

「何をするんだ!」彼の顔色が豹変した。「このベルトは本革なんだぞ!」

智也は私の手からティッシュをひったくり、焦った様子で文字盤とベルトを拭き始めた。

「何をやっているんだ!お茶一杯すら、まともに運べないのか!」

彼は拭きながら私を睨みつける。

今夜、彼が初めて私を真っ向から見た瞬間だったが、その視線はナイフのように鋭かった。

空気が一瞬凍りつき、私は思わず半歩後退した。

「浅井さん、これは奥様が松本先生に贈られたかけがえのないお品なんですよ。どうしてそんなに不注意なんですか?」

「よかった、綺麗に拭き取れましたね」

「ええ。松本先生の愛情がこれほど深いからこそ、ベルトも新品同様に保たれているんでしょうね」

智也は腕時計に異常がないことを確かめると、ゆっくりといつもの穏やかな仮面を被り直し、淡々と言った。

「もういい、下がりなさい。俺にこぼしたから良かったものの、もしクライアント相手だったら、君はもうこの仕事は続けられなかっただろう」

彼はそう言い捨てて私から顔を背けると、再び実習生たちと遥香との眩い学生時代の思い出話に花を咲かせ始めた。

羨望と感嘆の声が渦巻く中、私はぐっしょりと濡れたティッシュの塊を拾い上げ、誰にも気づかれないようにその場を離れた。そして、物置部屋の隣にある、あの薄暗い自分の席へと静かに戻った。
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