しばらくして、侑斗からSNSでメッセージが届いた。
ー 「この前の話が解決したから、家に来て待ってて、今、福岡だから」
ー 「忙しそうだね、無理せずに今度で大丈夫だよ」
ー 「お土産も渡したいんだ」
ー 「そっか、ありがとう、じゃあ、待ってるね」
ー 「うん、13:30東京着だから」
ー 「了解」
少し早かったけれど、午後二時に侑斗の家に着き、呼び鈴を鳴らすと、お母さんが出て来て、笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい、華ちゃん。
侑斗から聞いているわよ。 とりあえず入って待ってて。」「はい、お邪魔します。」
玄関の扉をくぐると、まず広々とした土間が目に入る。
磨かれた木の床は艶やかに光り、靴箱の上には季節の花が生けられいた。高級感があり、落ち着いた家のようすは以前から変わらずで、小さなアパート暮らしの私を少し緊張させる。
「久しぶりね、元気にしてた?」
「はい。」
「そう、良かったわ。
もう少ししたら、侑斗が帰るから待っててね。」「はい。
ありがとうございます。」居間には低めのソファと深い色合いのテーブルが整然と置かれていて、お母さんはそこに私を座らせると、お茶とクッキーを差し出した。
そして、微笑みながら探るように私を見る。「華ちゃんは、侑斗の好きなタイプを知ってる?」
「いやー、聞いたことはないですね。
そう言う話は、侑斗はあまりしないから。」「そうなの?
華ちゃんならわかるかなあと思ったんだけれど、残念。ここから先の話は侑斗に内緒なんだけど、実はね、弁護士婦人会の皆さんから、お見合いの写真がたくさん届いているのよ。
まだ早いと侑斗から怒られそうだけど、きちんとお付き合いしてから結婚するとなると、早めにお相手を決めておかないとね。」
「そうですね。」
「忙しいと後回しにしてたら、良い子はどんどん結婚しちゃうのにね。
呑気なものよ。 この前なんてね、仕事が忙しいって、一カ月まるまるお休みが取れなかったの。そんなはずないと思って、お父さんに確認したら、なんでも友人の案件を引き受けているから、お休みがなかったんですって。
侑斗は人が良いから、困っている友人に相談されて放っておけなかったのね。
昔からそんなところがあるのよ。」「そうですね。」
侑斗を心配する彼のお母さんに、その問題を抱えた友人が自分だとはとても言えない。
優しい侑斗に泣きついて、お願いしただなんて。私は自分が追い込まれたから、侑斗が助けてくれるとわかっていて、甘えてしまったのだ。
だとしても、まさか彼の一カ月分の休みを奪ってしまっていたなんて。でも、そのぐらいよく考えたらわかることだ。
まだまだ若手の侑斗は日々精一杯仕事をしているだろうから、それ以外に案件を増やすには、休みの日を使うしかないのだ。なのに私は、それに気づかず依頼して、自分は新しい恋に夢中になり、懲りずに再び彼を頼ってしまった。
私はなんて酷い人間なんだろう。
侑斗のお母さんの言う通り、彼の優しさにつけ込んでいる。「ちょっと見てもらってもいい?」
「はい。」
お母さんは引き出しから、何冊かのお見合い写真を取り出し、お気に入りの女性の写真を見せてきた。
その女性達は、どの女性も綺麗で、上品な顔立ちの人ばかりで、侑斗のことを好きな私を怯ませた。彼のお母さんにお見合いを持ちかけるぐらいだから、きっと家柄も良く、両親に大切にされて育ったのだろう。
「この子なんてどうかしら?
椿大卒で、とても優秀なの。」「そうですね。」
侑斗のお母さんの言葉が、頭をすり抜ける。
「見てみて。
こちらは弁護士さんよ。 夫婦で弁護士っていうのも良いわね。 やはり将来、子供が弁護士を目指すなら、お母さんも優秀じゃないとね。 遺伝子の問題もあるわ。」「…はい。
そうですね。」侑斗を好きな私にとって、その言葉は胸に深く突き刺さる。
私は高卒で、自分ではそれなりに頑張ったつもりでいたけれど、侑斗と比べたら、私の勉強は頑張ったとは言えない。
私が侑斗に相応しい人間になりたいのなら、彼と同じぐらい勉強して、せめて大学に行くべきだったんだ。
私は母に負担をかけたくなくて、高校を卒業すると同時に、働き出した。
当時は、特になりたい職業もなく、最初から働く道しか考えていなかった。
けれども、もし望んでいたら、母は無理をしてでも、大学に行かせてくれたはずだ。結局、たいした努力もせずに、彼を好きでいる私は、迷惑でしかない。
侑斗だって、両親に胸を張って紹介できる相手と付き合いたいはずだ。それに最近の私は、無理な依頼をすることで彼の仕事量を増やし、私生活にまで支障きたす原因になってしまっている。
侑斗にとってはいくら幼馴染といえども、ここまで来ると迷惑でしかないだろう。
そう思うと、自分のせいだとわかっていても胸が痛んだ。その時、出張から戻った侑斗が居間に慌ただしく入って来て、彼のお母さんはその写真をパッと見えないように隠した。
「華、待たせて悪かったね。」
「ううん、おかえり。」
「おかえり。」
「ああ、母さんもただいま。
二人にお土産があるんだ。 母さんは明太子、華には博多ラーメン。」「ありがとう。」
「ありがとう。」
「じゃあ、華、二階行こうか。」
「うん。
おばさん、クッキーありがとうございました。」「こちらこそ。
話し相手になってくれて、ありがとう。」そうして二人は、侑斗の部屋に向かう。
居間から続く階段は、緩やかで幅が広く、ゆったりと奥へ続いていた。「二人で何の話してたんだ?」
「侑斗のタイプの女性はどんな人かなって話。」
「なんだそれ。」
「そう言えば、私達付き合いが長いけど聞いたことなかったよね?」
「いいだろ、別に。」
「えー、気になる。
教えてくれたっていいじゃない。」「今度な。」
そうして侑斗は、答えをはぐらかした。
長い間、胸につかえていた棘が取れて、スッキリとした華とは裏腹に、帰りの電車の中からずっと、侑斗は無口なままだった。 今日の出来事は、侑斗にとっては初めて知った事実だから、心の整理がつくまで時間が必要だと、私はあえて話題にしなかった。 家に帰ってから夕食を終えて、ソファで寛いでいると、彼が口を開いた。「華、もしもだけど、さっきの話がなかったら、俺の司法試験があったとしても、もっと俺達は一緒にいれた?」「好きな気持ちをお互いに言えたら、一緒にいたと思う。 でも、侑斗は司法試験が終わるまでは、気持ちを口にしなかったよね? 私も本当は大学を卒業してから付き合いたかったし。 二人はそう思っていたんだから、変わらないんじゃないかな?」 「そうか。 母さんとのことがなかったら、華からもっと早く好きだと言ってくれることはなかった?」「ないと思う。 少なくとも司法試験が終わるまでは、侑斗の気持ちを乱すようなことを私は言わなかったと思う。 だっていつの間にか、侑斗が弁護士になることは、私の夢にもなっていたの。 プレッシャーになるから、言わなかったけれど。」「なるほどな。」「うん。 結局、私達が私達である以上、変わらないよ。」 二人はお互いを思いあって、距離を置いていた。 だから、繰り返してみても同じ結果になる。 侑斗は小さくため息をつき、少し沈んだ声で続けた。「俺はさ、華が変な男と付き合うの我慢して見て来たし、華が大学に通い始めた頃、距離を取られて辛かった。 もし、母さんとのことが無ければ、それがなかったかもしれないと思ったんだ。」「それは、ごめん。 でも私は、侑斗と付き合えると思ってなかったから、違う人を探そうとしていたし、その後も侑斗に彼女がいるなら、甘えたらダメだと思って、大学の勉強に一人で集中していたの。」「そうか。」「お互いに好きな気持ちを言わないでいたから、両思いだって知らなかった。 でも、伝えたことで勉強に集中できないで、侑斗の司法試験が長引くのを二人は望んでいないから、これで良かったんだよ。 後半は私が誤解して、一人で頑張りたいと思っちゃったから、それはごめんだけど。」「そうだな。 もっと一緒にいたかったけれど、何年も試験を受け続けることを考えたら、これで良かったんだろうな。」「うん、私は努力して弁護士にな
侑斗の助けもあって通信制の大学を無事卒業した私は、ついに侑斗と付き合っていることをお互いの親に報告することになった。 もちろん、結婚を見据えてである。 大学を履修した今なら、きっと侑斗のご両親も、お付き合いを認めてくれるはず。 そう思いながらも、子供の頃に味わった「侑斗を遊びに誘わないで。」と言われて抱いた気持ちは、今でも胸に消えない棘のように残っている。 それを私はまだ、侑斗に打ち明けられずにいた。 だから、隣で両親に祝福してもらうつもりで浮かれている侑斗に、この思いをどう説明していいかわからない。「ほら、そんなに緊張するな。 華のことはうちの両親だって、よくわかっているんだから、喜んでくれるさ。」「そうかな? 不安だよー。」 侑斗の実家へ行く道すがら、落ち着かない私を見て、彼はくしゃりとはにかんだ。「俺と結婚したいって、不安そうにしてる華すごく可愛いよ。 大好き。」 そう私の耳元で囁いて、侑斗は道の真ん中で、頰に素早くキスをする。「もう、侑斗、私真剣に悩んでいるのに。」「そう思うならさ、ウチの両親の前で、俺のことを好きで好きでたまらないって言って、抱きついて。 そしたら親も、反対するのがアホらしくなるだろ?」「ふふ、確かにそこまで言い切る二人に、ダメなんて言っても無駄だと思うかも。」「だろ? 俺もそれ以上の熱量で返すからさ。」「わかった。 反対されたらやってみる。 でも、私の親の前では侑斗がやるんだからね。」「おう。 受けて立つ。」「ふふ、私の母は反対しそうもないわ。」 見つめあった二人は、クスクスと笑い合う。 周りから「あの二人はバカップルだ。」と思われたら、呆れてもう誰も止めようなんて思わないよね。 一生に一度くらい恥ずかしくても、お互いに好きなんだから、夢中で想いを伝え合ってもいい。 二人が同じタイミングで、恥ずかしいを通り越して好きなことって、長い人生でもそんなにないことだと思うんだ。 だったら、もういい。 侑斗の浮かれた気分が伝染して、私の心もフワフワとしてきた。 彼に導かれ、弾むような足取りで、実家にお邪魔する。「ただいま、母さん、華を連れて来た。」 侑斗は私と手を繋いだまま居間のソファに座る。「あら、おかえり。 華ちゃんも久しぶりね。」 笑顔を向ける侑斗の母は、以前と変わ
数日後から、侑斗は私の部屋に通い、勉強を教えてくれるようになった。 私はテキストを広げ、隣に座る彼にずっと悩んでいた問題を相談する。「ここ、どうしてもわからないの…。」「どれどれ。」 小声でつぶやくと、法律の専門書を読んでいた彼が体を傾け、肩と肩がかすかに触れる距離まで近づいてきた。 侑斗の指先がテキストに触れるたび、思い出す。 ああ私、ずっと彼の手の形が好きだったな。 少しごつごつしているのに、器用そうな指。 きっと私、たくさんの手の模型があったとしても、侑斗の手を探し出すことができる。 ふふ。 そんな能力があっても、使えるところなんてないのにね。「この言葉の指す場所がわかると、答えが導き出せるんだ。」 解説を話す彼の声が響き、無心で聞き入ってしまう。 私、侑斗の声も好き。 低く響く声は私を離さず、ずっと聞いていたいと思わせる。 せっかく教えてくれているんだから、内容を頭に入れようと思っても、今度は温かい香りが私に届き、体が自然に彼の方へ引き寄せられ、抱きつきたくなる手を止めることすら難しい。 ダメだ。 侑斗のことが気になって、内容が全然入って来ない。「…もう一回、教えてくれる?」 彼の手も声もすべてが、私を勉強に集中させてくれない。 教えてくれているのに明らかに違うことを考えているのが恥ずかしく、赤くなった顔をそらす私を見て、彼が手を伸ばし、私の手にそっと触れる。 二人の指が絡み合い、静かにその繋がった手をお互いに見つめる。 すると、肩が触れる距離で、彼の視線が熱く私を見つめてきた。 それを受けて、私も彼を見つめ返す。「そんな顔で見つめられたら、勉強に集中しろって、怒れない。 好きだよ、華。 大学を卒業してなくても、付き合おう。 好きって言い合うだけじゃ俺、満足できないし、待てない。 ちゃんと卒業するまでフォローするから。」「…うん、本当は私も早く付き合いたい。 でも、親に伝えるのは、卒業してからでもいい?」「うん、華がそうしたいなら。」「うん、だったらいいよ。」「よし、じゃあ今から、俺達は恋人同士だぞ。」「わかったわ。」「はー、今すぐイチャイチャしたいけど、約束したし、とりあえず先に勉強しちゃおう。 それまで、恋人モードはおあずけ。 だから華もニヤニヤすんな。 そのかわり、終わった
ボクサーラーメンのカウンターで、久しぶりのラーメンを味わう。 湯気の向こうにもやしとチャーシュー、黄金色のスープがふわりと香る。 濃厚な味噌の香ばしさが心にじんわりと染みていく。 そう言えば、侑斗以外とここのラーメンを食べに来たことは、なかった。 私達二人はずっと「味噌派」だけど、普段は相手に合わせて、別のも食べる。「やっぱりここのラーメンは最高だな。」「一人でも食べに来てた?」「ないなあ、ラーメンは好きなんだけど。 ここって華と来るイメージ。」「わかる。 私もなんとなくそう思ってた。」「あのさぁ、疑問なんだけど、何でよりにもよって、森田とかき氷ばかり食べに行ってたわけ? 刑事に言われて、俺も不思議だった。」「えっ、だって森田君とはとにかく意見が合わなくて、白熱して議論してると暑くて喉が渇くから、帰りにティラミスかき氷が食べたくなるんだよね。 そしたら、たまたま森田君もかき氷好きだって言うから、課題の後はかき氷が定番だったの。 それが、どうかした?」「いや、華が知るわけないしいいんだけど、ティラミスかき氷は俺も食べたい。」「えっ、侑斗もかき氷好き? じゃあ、一緒に食べに行こうよ。 彼女いないならいいよね。 確認だけど、私が行きたいかき氷屋さんって、混んでるけど、並んでも食べたい人?」「華と一緒なら、並んでもいい。」「えー、楽しみ。 じゃあ、どこにするか、調べておくね。」 私がかき氷のお店を思い浮かべて、一緒に行きたいところを考えていると、侑斗がフッと笑った。「華は相変わらずだな。」「えっ?」「さっきまで容疑者として留置所にいて、ぐったりしていたのに、もう意識が先に向いてる、本当呑気。 でも、そこが可愛い。」 そう言って、侑斗は私を笑顔で見つめる。「えっ、侑斗に可愛いって言われたの初めてかも。」 急な侑斗の褒め言葉に、驚きつつもニヤけてしまう。「いつも思ってたよ。 でも、そんなことを言う資格はまだ俺にはないと思って、言わなかっただけ。 司法試験通る前は、口が裂けても言えなかったし…。 でも、もういいよな。 俺、ちゃんと弁護士になったし。 華は今、彼氏いないんだろ?」「まぁ、そうだけど…。」 とは言え私は、相変わらず理想の自分になれていないため、言い淀む。「何? 俺とはやっぱり距離置き
「久しぶり。」 警察署の接見室に入って来た侑斗を見つめた瞬間、華は堪えきれず俯いた。 次に会う時は、大卒になったと胸をはれる自分でいたかったのに、よりによってこんな場所で会うなんて。 理想とかけ離れた再会に、胸が締めつけられる。 あれから必死に努力して、勉強を重ねてきたのに、どうして私はいつもこうなるのだろう。 ガラス越しの侑斗は、スーツ姿で相変わらず眩しいくらいに爽やかそのものなのに、私は疲れ果てた顔で、シワだらけの服を着ている。 どうあがいても、二人が生きる世界は、こんなにも遠いということだろうか?「侑斗…。」「どうしてすぐに連絡しなかった?」 侑斗は受話器を持ったまま椅子から立ち上がり、ガラス越しに真剣な目で問いかける。「…侑斗に知られたくなかった。」「何で?」「だって…。 こんな姿…見せたくない。」「そんなことを言っている場合じゃないだろ。 俺は真っ先に華に頼って欲しかったよ。 俺達友達だし幼馴染だろ?」「うん。 そうだけど…、迷惑かけちゃうし。」「こんな時のための俺じゃないのか? 琴音が俺に助けを求めてきて、やっと知ったんだ。 とにかくここからすぐに出してやるからな。 安心しろ。」「私が悪いことしたかもって、疑わないの?」「当たり前だろ。 華が犯罪なんて犯すはずがない。」 彼は迷いなく言い切った。「侑斗…。 でも私、何か間違ったことをしちゃったのかも。」「大丈夫だ。 華は何も悪くない。 ここまで一人でよく頑張ったな。」「…。」 連日の取り調べで、自分の行いに自信がなくなっていた私は、その一言で張り詰めていた緊張が解け、目に涙が滲む。 私が容疑者として捕まっていても、侑斗は一瞬でも疑わないんだね。 どんな時でも私の味方になってくれる人。 彼の顔を見るだけで、こんなに安心するなんて。「華には俺がついてる。 だから、何も心配しなくていい。 俺の言うことだけ信じるんだ。 できるよな?」「うん。」「先に申立書を提出してある。 受理されたらすぐに連れて帰るから。」「ごめん。」「謝らなくていい。 俺は華を助けるんだろ? 子供の頃、決めたじゃないか。 だから、勉強頑張って、ちゃんと弁護士になったんだ。」「それ、まだ覚えてたの?」「当たり前だ。 俺達、約束したよな。」「
侑斗には結婚を前提とした女性がいる。 華はそう諦めつつも、一年後には仕事を続けつつ通信大学の過程をこなしていた。 いつか彼と再び会えたら、大卒の自分でありたい。 そんな、小さな夢を抱いている。 その時はきっと、自分を卑下せずに胸を張っていれると思うのだ。 ある日の夜、通信大学のSNSグループで知り合った仲間六人は、その内の一人である大森君宅に集まり、手巻き寿司パーティーをしていた。「課題が期日内に終わったことに乾杯。」「みんなで一緒にやれて良かった。 一人だったら、間に合った自信ないわ。」「大森君の活躍が大きかったよね。」 何度か一緒の課題に取り組んでいる内に親しくなり、飲み会を開く気心の知れた仲間だった。「はぁー、もうお腹いっぱい。」「こんなに食べたの久しぶり。」 それぞれに好きなネタで散々手巻き寿司を食べて、お腹も満腹になった頃、突然、アパートの玄関のベルがなり、夜遅くの訪問の知らせに首を傾げながら、大森君はドアを開けた。「こんな時間に誰だよ。」「大森だな。」「そうだけど。 どちらさん?」「薬物所持の疑いで逮捕状が出ている。 22:32家宅捜査を開始する。」 ドアの先にいたのは、眼光鋭い刑事達だった。「ちょっと待ってくれ。 今、人が来てるんだ。」「その者達にも用がある。」「関係ないって!」 だが、大森君の静止は叶わず、突然、八畳の小さな部屋に五人もの刑事達が、一斉に押し入って来た。 八畳の部屋は瞬く間に人であふれ、私たちはただ呆然とするしかなかった。「全員そのまま動くなよ。」「離せ!」 大森君は取り押さえようとした刑事を振り解こうと暴れるが、すぐに拘束されてしまう。「大森、暴れるな。」「くそっ。」「他の者達も大人しく従わないと、手錠をかけるからな。」 そう言って、刑事達は私達の動きを、完璧に封じる。 これが現実に起きているのが信じられない私達は、互いに目を見開き、固唾を飲んで、成り行きを見守るしかなかった。「よし、そのままだ。」 動けない私達を尻目に、刑事達は素早い動作で、それぞれに部屋中のありとあらゆる場所を捜査していく。「ねぇ、私達この先どうなるの?」 隣に座る小池さんが小声でつぶやく。「わからない。」 私も小声で返す。 こんな経験はもちろんないし、薬物だなんてテレビでしか