サラリオside
「国王とは話をしたが、あまり報告できるような内容はなかった。国の課題を言うことは弱点を伝えることにもなりかねないから、警戒しているようだったよ。ただ、アンナ王女からは少し話が聞けた。」
私が目配せをすると、ルシアンが話を続けた。
「水の資源確保は求めることになるだろうと言っていた。服飾が盛んなゼフィリア王国では、製造の際に大量の水を使う。その水はバギーニャ王国から湧き出た水で、川を渡って流れ出てきたものを使っているそうで、そこをせき止められたら、死活問題だと。それと……。」
「私たちからは以上だ。」
ルシアンがそれ以上の説明をしようとしたので、私は話を止めた。ルシアンは驚いて無言でこちらをじっと見つめていたが、それ以上は言わなかった。
「葵って悪い魔女みたいなイメージを持たれているね。」
キリアンは小さく笑いながら葵をからかった。葵は、少し困ったような表情を浮かべている。
「でも、誘惑はしていないけど、魅力にどっぷりハマった人たちはいるよね?」
ルシアンは悪戯な笑みを浮かべて、私とアゼルを見ていた。私たちは、その言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。私を含め、葵の魅力に抗えない者たちがここにいる。
サラリオside「国王とは話をしたが、あまり報告できるような内容はなかった。国の課題を言うことは弱点を伝えることにもなりかねないから、警戒しているようだったよ。ただ、アンナ王女からは少し話が聞けた。」私が目配せをすると、ルシアンが話を続けた。「水の資源確保は求めることになるだろうと言っていた。服飾が盛んなゼフィリア王国では、製造の際に大量の水を使う。その水はバギーニャ王国から湧き出た水で、川を渡って流れ出てきたものを使っているそうで、そこをせき止められたら、死活問題だと。それと……。」「私たちからは以上だ。」ルシアンがそれ以上の説明をしようとしたので、私は話を止めた。ルシアンは驚いて無言でこちらをじっと見つめていたが、それ以上は言わなかった。「葵って悪い魔女みたいなイメージを持たれているね。」キリアンは小さく笑いながら葵をからかった。葵は、少し困ったような表情を浮かべている。「でも、誘惑はしていないけど、魅力にどっぷりハマった人たちはいるよね?」ルシアンは悪戯な笑みを浮かべて、私とアゼルを見ていた。私たちは、その言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。私を含め、葵の魅力に抗えない者たちがここにいる。
葵side薬学を広める。そう意気込んでいたが、簡単なことではなかった。効果を知っている者からすれば有効な物でも、知らない一般人からすれば、得体のしれないものを飲まされたり、皮膚に貼られたりすることには抵抗があり、いくら良いと言われても躊躇してしまうのであった。私たちは、人々の意識を変えるには長い年月が必要だと痛感し、薬学の普及は一旦諦め未病の対策として別の案を考えていた。「生活の衛生面を整えるとか?ここは綺麗な水が溢れているもの。水の儀式みたいに身体を清めて綺麗にしていれば皮膚病が発生する可能性も減るわ。」私の提案に、キリアンが首を振る。「あれは祭典の儀式だから、日常的に行うものではないかな。それに、効果としては目に見えにくい。未病は、大病になる前に対処するから効果があるんだろ?軽傷だったら、対策の効果として認識するだろうか?」ルシアンも難しい顔で、そう付け加える。「未病を成果として持ってくるには弱いかもしれない。」その後も、各々意見
葵side私とキリアンは、国内の侍女や執事を集めて、薬草の知識や未病の大切さを丁寧に伝えていった。参加者たちの熱心な姿を見るたびに、きっとこの国の医療は変わる、そう信じてやまなかった。しかし―――――「……え?薬を作っても男爵や婦人が難色を示して嫌がっている?」この日、サラリオ様の執務室で貴族たちの反応を確認しようと皆で集まり、側近の報告を受けていた。側近は、申し訳なさそうな顔をして困惑しながら告げた。「はい、教えて頂いたとおりに行っても、庭に生えている葉っぱを肌につけるのも汚らわしいと嫌がっているようでして、薬に関しては苦くてとても飲めたものではないと吐き出してしまわれるそうです。」その報告に室内に重い空気が流れた。王子や侍女たちは、私への信頼からすぐに話を聞いてくれたが、他の者たちからしたら、馴染みのない得体の知らないものを飲まされる、肌に貼られることに拒否反応を示し、いくら効果を教えても役に立つことはないらしい。「まずは、薬学というものが怪しい物ではないと分かってもらうところから始めなくてはいけないのね……。」私の言葉は、力なく虚しく響いた。「葵。僕たちは薬学に馴染みがないから、病が治る、防げると言われても
アンナ王女side「ごめんなさい。私、自分の立場も弁えずにでしゃばった真似を……。」自分の感情があふれてしまい、私は思わずそう謝罪して掴んでいた服の袖を離した。しかし、すぐに今度はルシアン様が私の腕を掴んできた。グローブ越しにルシアン様の手の感触が伝わってくる。なんでこんな時にグローブなんかしていたんだと、少しだけ自分を恨みながらも心臓は大きく跳ねていた。「アンナ王女のお気持ち、とても嬉しかったです。真剣に考えてみます。」(真剣に考える?何を?もしかして、私との恋?……いやいや、それはないわ。だってルシアン様から恋のような好意を感じていないもの。でも、でも、もしも、万が一、私の願いどおりだったとしたら……きゃーーーーー!!!)私の頭の中は、ルシアン様が迎えに来て、愛の告白を受けてめでたく結ばれハッピーエンドの展開が繰り広げられていた。庭園のバラの香りが、その妄想をさらに甘くする。そんな一人、舞い上がっている中、目の前のルシアン様は、とてもとても冷静で真剣な顔をして私に話しかけてきた。「詳しくは言えないのですが、私が国のために出来ることはなにか、どうすれば全てうまくいくのだろうと。と考えていて。自分の中で案はあるのですが、迷いもあるのです。」ルシアン様の言葉は、抱える重荷の大きさ
アンナ王女side「ルシアン様ほどの方なら、人知れないご苦労や悩みがあることと思います。ましてや、私は隣国の人間です。出来ることはないかもしれない。」ルシアン様の袖を掴んだまま、震える声でそう告げた。彼の立場と、私の身分との間にあるどうしようもない壁が、私を打ちのめす。だけど、私の心は諦めきれなかった。「……それでも、自分に何か出来たらいいのに、元気にさせられたらいいのに、と思ってしまって。」彼の悲しみに満ちた瞳を見ていると、自分の無力さを突きつけられたような気がして、胸が張り裂けそうだった。「そんなことないです。アンナ王女、お心遣いありがとうございます。その気持ちだけで十分嬉しいです。」ルシアン様は、私の言葉に驚いて少しだけ戸惑った後、頭を下げてから口角を上げて笑ってみせた。しかし、その瞳はいつもの輝きを宿さず、深い悲しみを湛えたままだった。その笑顔は私の心をさらに締め付ける。この時、ルシアン様への思いが憧れから、真実の「恋」に変わったことに気がついた。今までももちろん大好きだったけれど、それは見た目や立ち振る舞いを遠くから眺めているだけで幸せという、手の届かない存在への憧れだった。しかし、今、彼の弱っている姿を見て、自分のように悲しくてつらい。彼の苦しみを私の手で取り除いてあげたいと強く願った。
アンナ王女side「ルシアン様、ルシアン様――!」名前を小さく呟きながら庭園と向かうと、遠くに椅子に腰を掛けて私を待っているルシアン様の姿が見えた。しかし、その背中はいつもと違い、どこか寂しげで覇気がなかった。「はぁ……どうすればいいんだ。やっぱり……」ルシアン様の独り言が、風に乗って私の耳に届く。元気がなく、何か思いつめたような表情をしている。いつも明るい太陽のように輝いているお方だと思っていただけに、その影のような表情は私の胸を締め付けた。「ルシアン様。」私が声を掛けると、彼は驚いたように振り返り、いつものような明るい笑顔を見せた。「アンナ王女、お待ちしていました。」愛しいルシアン様と庭園を歩いていると言うのに、先ほど見せた影のような顔が気になって話が耳に入らない。私の心は、彼が抱えているであろう悩みに、不安でいっぱいになっていた。「……王女、アンナ王女?」気がつくと、ルシアン様が心配そうな瞳でこちらを見つめていた。「ルシアン様?」「どうされたのですか?体調が悪いようなら部屋に戻りましょうか。」ルシアン様を心配していたのに、これでは私の方が心配をかけている。心の中の私が、叫ぶように激励を飛ばした。(アンナ、何をやっているの。あなたが心配されてどうするの。ここは、あなたの気持ちを伝えるのです―――)「ち、違うのです。まだ戻らないでください―――。」「え?」私は、ルシアン様の袖を掴み、泣きそうな目で顔を見上げながら言った。「さきほど庭に出てきた時、ルシアン様が何か思いつめたような顔で考え事をされているのを見てしまって。いつも輝いている私の王子様のルシアン様の悲しい顔を見るのは胸が苦しくて、それで……。」勢いあまって『私の王子様』と言ってしまったが、本当のことだから仕方がない。ルシアン様は、私の言葉に驚いて目を丸くしていた。そして、その瞳には、私の知らない深い悲しみが宿っているように見えた。私は、彼が一人で抱え込んでいる苦しみを少しでも分かち合いたいと強く思った。