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第205話

Auteur: るるね
last update Date de publication: 2026-08-19 23:23:09

「どうして……こんなに、変なの……」

 異常な火照りに頭の芯まで侵されているのか、紗月の思考はひどく鈍っていた。

 自分の身体に何が起きているのか考えようとしても、まとまった思考にならない。

 慎一はそんな紗月の様子をしばらく見つめたあと、反応の鈍い身体を軽々と抱え上げ、そのまま一緒に車を降りた。

 腰を抱え込むようにしっかりと支え、自分の身体へ密着させたまま、最上階へ向かうエレベーターまでゆっくりと連れていく。

 歩いている途中も、慎一は何度となく紗月の様子を確かめるように顔を覗き込んだ。

 あまりにも距離が近く、身体を支えるために顔を寄せるたび、唇が熱を帯びた頬や唇の端へ触れそうになる。

 腕の中にある紗月の体温も、無防備に預けられる柔らかな身体も、酒の回った慎一の理性を容赦なく揺さぶっていた。

 それでも、今の紗月がまともに判断できる状態ではないことくらい、慎一にも分かっている。

 込み上げる衝動を押し殺すように一度深く息を吐き、彼女の顔を覗き込んだ。

「紗月、キスしたくないか?」

 耳元でそう尋ねられても、紗月はすぐには反応しなかった。慎一が何を言っているのか、熱に浮かされた
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  • 愛し続けた彼を、私は手放すことにした   第259話

     その姿を目にした瞬間、紗月の眉間に深い皺が寄る。 どうして、またここにいるのだろう。 昨日、屋敷であれほど嫌な思いをしたばかりだというのに、今度は自宅にまで訪ねてくるとは思わなかった。 紗月は扉を開けることなく、通話ボタンだけを押した。「朝倉社長、何かご用なの?」「先にドアを開けてくれないか?」「……朝倉社長、ご用があるなら電話で伝えてくれれば済むでしょう。わざわざ訪ねてくる必要はないと思うけど」 慎一の声を聞くだけでも、先ほどまで練習に集中していた気持ちが少しずつ削がれていく。 紗月はできることなら、このまま用件だけを聞いて通話を終わらせたかった。 そんな彼女の気持ちなど知ってか知らずか、モニターの向こうにいる慎一は、少しも悪びれる様子を見せなかった。「紗月、どうやら先に自己紹介をするのを忘れていたらしい」 その言葉の意味がわからず、紗月は訝しげに眉を寄せた。 慎一は相変わらず平然とした口調で続ける。「お前の隣の部屋を買った。だから、俺たちは今日から……隣人ということになるな」 わざとらしく一度言葉を切り、まるでごく当たり前のことを伝えているかのように、さらに言葉を重ねた。「その隣人が今、少し困っている。助けてもらいたくて来たんだ」 慎一の言葉を聞いた瞬間、紗月の思考はぴたりと止まった。 何を言われたのか、すぐには理解できなかった。隣の部屋を買ったという言葉だけが頭の中で繰り返され、その意味を飲み込むにつれて、胸の奥にじわじわと嫌な予感が広がっていく。「あなた……」「聞きたいことがあるなら、ドアを開けてくれ。そうしたら説明する」 紗月は何も答えず、しばらくモニターの向こうにいる慎一を見つめていた。 できることなら、このまま通話を切ってしまいたかった。けれど、慎一には立ち去る気配がまるでない。いつまでも玄関先に居座られては困るし、何より、隣の部屋を買ったという話が本当なのか、確かめずにはいられなかった。 長い沈黙の末、結局は紗月のほうが折れ、渋々玄関の扉を開けることになった。 扉の向こうには、薄く笑みを浮かべた慎一が立っていた。 紗月が姿を見せても、彼はすぐに何かを言おうとはしない。意外なことに、勝手に部屋へ入ってこようとする様子もなく、ただ余裕のある表情で彼女を見つめている。「……何の用なの?」「引っ越してき

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     「わかりました。ありがとうございます」 紗月は家政婦へ丁寧に微笑みかけ、差し出された書類を受け取った。家政婦が一礼して立ち去るのを見届けてから、紗月は手元の書類を開く。 中に入っていたのは、印刷された芸能活動に関する契約書だった。 何枚にも及ぶ分厚い書類を、紗月は一枚ずつめくりながら、ざっと内容を確認していく。 記載されている契約条件も、利益の配分も、驚くほど紗月に有利なものばかりだった。違約金や損害賠償など、彼女に大きなリスクを負わせるような条項も見当たらない。商業的な観点から見れば、これほど好条件の契約を提示される機会など、滅多にないだろう。 慎一が紗月のために、相当な譲歩をしたことは明らかだった。 それでも紗月は、最後まで詳しく目を通すことなく、静かに書類を閉じた。 どれほど条件がよくても、これ以上、慎一との間に新たな繋がりを持ちたくなかった。 ただでさえ、二人を縛りつけている契約結婚の取り決めだけでも、紗月にとっては十分すぎるほど煩わしい。ようやく自分の意思で歩き始めた仕事の道まで慎一と深く結びついてしまえば、これから先、どれほど息苦しい思いをすることになるのだろう。 仕事のたびに慎一の顔色を窺い、何をするにも彼の意向を気にしなければならなくなるかもしれない。 そんな生活へ戻ることなど、想像するだけでも嫌だった。 紗月は閉じた契約書をしばらく見つめていたが、再び開こうとはしなかった。 * その日は昼間も祖父と一緒に屋敷で過ごした。 久しぶりにゆっくり話をすることができ、祖父も終始機嫌がよさそうだった。やがて祖父が日課の書道を始める時間になると、紗月は別れを告げ、自宅へ戻ることにした。 マンションに到着すると、建物の前には大型のトラックが二台停まっていた。 車体には引っ越し業者のロゴが入っており、スタッフらしき人たちが忙しそうに荷物を運んでいる。どうやら、新しい住人が引っ越してきたらしい。 このマンションでは、住人が入れ替わることも珍しくない。 紗月は特に気に留めることなく、いつものようにエレベーターへ乗り、自分の部屋がある階へ向かった。 ところが、廊下へ出た途端、思いがけない光景が目に飛び込んできた。 自宅のすぐ隣にある部屋の扉が、大きく開け放たれていたのだ。 引っ越し業者のスタッフが慌ただしく出入りし、ソフ

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