เข้าสู่ระบบ「ちょっと待て」
「はい」
混乱する頭を整頓するため、ルシアンはアリアに待ったをかけた。
アリアは本当に待った。
(素直だな)
視線を少し外して、ルシアンの要求通り『待つ』姿勢のアリアにルシアンは新鮮な驚きを覚える。
ルシアンにとって、貴族は話しをよく聞かない。
特に、ルシアンの元にやってくる貴族令嬢たちは、ルシアンを落とすという目標に燃えているので、ルシアンの都合はお構いなしで、待ったも聞かずに襲い掛かってくる。
ルシアンにとってはその認識なのだが、貴族令嬢側にも事情がある。
彼女たちはルシアンの立場が欲しくて、ルシアンの容姿も知らずにやってくる。
例えブ男でも、魔塔から出てこないルシアンと夫婦をやる必要はなく、見映えのよい男性なら愛人を作ればいいと思いながら、彼女たちはルシアンのもとにやってくる。
そのルシアン、本人は至極面倒臭がりだが、神様は彼を作るときにかなり手間暇をかけたと思える。
ルシアンの容姿は社交界の中でも一、二を争うレベル。
対抗馬となる王太子セドリックとは違ったタイプのイケメンなので比べるのは難しいが、ルシアンを認め見た瞬間に貴族女性たちのやる気は最大値になる。
やる気が最大値、言葉を変えれば「なりふり構っていられない状況」になるのだった。
「えっと……そもそも、どうして俺に求婚を? どこかで、会ったことが?」
「ないです」
「……あ、そう」
(これは……どうも、調子が狂う)
ノクトは眉間に手を当てた。
「ルシアン様に求婚したのは……」
(ん?)
「ちょっと待ってくれ。君は、聖女なんだよな?」
「そうですが、なにか?」
アリアが首を傾げる。
銀色の髪が、艶やかな絹糸のようにさらりと流れた。
(うん、聖女っぽい)
「聖女なら、王太子と結婚するんだろう?」
「しませんよ」
アリアが、不貞腐れたように頬を膨らませてみせた。
感情をそのまま映す、アリアの素直な表情にルシアンの口元が自然と緩んだが、本人は気づいていない。
そのわずかな笑みも……。
「ズボンのベルトが緩い男はお断りです」
アリアの少女らしい潔癖さと、心底軽蔑している様な表情に、ルシアンは思わず自分の腰もとに意識を向ける。
基本的にベッドの上でゴロゴロしているので、邪魔なベルトはつけていない。
(ベルトは……どこにしまったか)
何となく、明日からはベルトをきちんとつけようとルシアンは思った。
「信じられますか? 求婚状に、使者も立てた正式な求婚状に、他の女性宛ての夜のお誘いの手紙を送ってきたんですよ」
「それは……でも、内容はどうであれ……」
「どうであれって、求婚ですよ?」
「……言い方が悪かった。すまない」
使者までたったのだから、その求婚は正式なものなのではないか。
王族からの求婚は、いわば“命令”ではないのか。
ルシアンはそう言いたかったが、なかなかそこまで辿りつけない。
アリアの王太子セドリックへの怒りはそれほどまでに強かった。
(ここで王太子と結婚しなくていいのかなんて言った日には、一瞬で首から上が胴体からおさらばしそうだ)
そんなことを思いつつも、ルシアンはアリアから目が離せなかった。
怒ってはいるが、激怒だが、そのアリアの姿はイキイキとしていた。
(楽しい、なんて思ったのはどのくらいぶりだろうか……)
コロコロ変わる表情。
憤りで声は大きいけれど、甲高くはなく、不思議と耳障りも悪くない。
何より……。
(生気に満ち溢れている)
こんな貴族女性もいるんだなと、ルシアンが思ったとき……。
「だから、私が女王様になることにしたんです!」
「ちょっと待て」
(どこからきた、“だから”……王太子からクソみたいな求婚状がきたことは分かった。それに北部辺境伯家が怒り、辺境四家が結託して王位簒奪の計画を立てたことは分かった。ん? それが“だから”なのか?)
「俺は、王太子との結婚が気に入らないから王位簒奪の計画を立てたのか?」
ルシアンの疑問に、アリアはキョトンとした。
「いけませんか?」
「……えっと、どうだろう……」
(王位簒奪が、いけない理由……)
「国が、荒れる?」
「すでに、荒れてますよね?」
「……そうだな」
ルシアンはさらに考える。
「多くの血が流れる?」
「誰の?」
「……誰の、だろう……とりあえずは、国王と王太子の、二人?」
「あの二人なら、いいのではありませんか?」
(確かに。国民には、被害はないだろう。ヴァングリム家だけでも、剣を向けようとする者はないというのに、辺境四家が揃って蜂起するのだからな)
攻めるにしても、守るにしても、正規の騎士団では圧倒的に力が足りない。
攻めるも、守るも、この国は全て辺境四家に任せてきた。
そして王都にいる貴族たちは、王都という安全な世界の中で遊興に耽ってきた。
「確かに……何が、いけないんだろうな?」
「ですよね」
ルシアンの言葉に、アリアがにこっと笑った。
「え、いいんですか?」あっさりし過ぎたのか、今度はアリアのほうが戸惑った。一方的に驚かされ続けたルシアンとしては、驚くアリアの表情に楽しさを覚えた。(こんな顔もするんだな)「ああ」「結婚、面倒じゃないんですか?」「面倒だが、金があれば我慢できる」アリアは、目を輝かせた。「札束で、頬を張り倒した甲斐がありました」「国家予算の二割、分厚い札束だった」ルシアンは、再びベッドに倒れ込む。疲れたが、達成感があった。 (そうだった……)「俺からも、条件がある」「なんでしょう?」「俺は、ほんっとうに動かないぞ」「分かりました。膀胱炎だけは気をつけて、トイレにだけはちゃんと行ってくださいね」「……ああ」 「政治の手助けはしないぞ」「別に構いませんよ。私がやるわけではないので」「……君が、女王になるんだろう?」「いまの王様も政治をやっていないではありませんか」「確かに……宰相殿が頑張っているからな」「それなら、城を落としたあとは宰相様をスカウトに行ってきます」「おう、頑張れ」できる人に任せようという姿勢のアリア。意外といい統治者になりそうだとルシアンは思った。 「あと」「“あと”?」「恋愛もしない」「……はい?」怪訝そうな顔をしたアリアに、ルシアンは、少しだけ目を細めた。そんなルシアンを、アリアはジッと見る。そして、「あ」と気づいた。「もしかして、私が愛してほしいというと思っていますか?」「…&hellip
それができるほど、ルシアンの魔力は膨大だ。高位貴族でも珍しい魔力量である。そんな子どもが平民の両親から生まれたため、母親は不貞を疑われた。父親は「俺の子じゃない」と言ってルシアンを殴り、不貞を責めて母親を殴り、母親は血を流しながら「化け物」と泣き喚いてルシアンを叩き続けた。ルシアンの幼い頃の記憶は、そんな地獄の風景に染まっている。そんなルシアンを、うわさを聞き付けた先代魔塔主が引き取った。彼はルシアンに、魔力を制御させることを覚えさせた。桁違いの魔力を隠さなければ、ルシアンを武器として使う者が出てくると、先代魔塔主はそれを危惧していた。いまルシアンの魔力を計測しても、本来の魔力の三十分の一ほど。それでも、魔塔の主の位は揺るがない程度の魔力量になっているのだが、ほとんどの魔力を抑え込んでいるせいで、ルシアンは常に疲れている。(常に防御魔法を展開することで魔力が消費できれば、俺にとって悪い条件ではない。さて、この女は俺の“できること”を知ってどうする?)アリアは革命を起こそうとしている。それなら、戦力はあるだけいいだろう。(……笑って、いる?)アリアの反応は、ルシアンの想像しているものと違った。「何か、おかしいことを言ったか?」「だって、あなたは究極の面倒臭がりと聞いていたので……」「……それが?」本気で分からずにルシアンが聞くと、アリアの笑い声が大きくなった。「侵略戦争とか、すっごく面倒臭いではありませんか「そうか? 土地が拡がれば、資源も増えるぞ?」「文句を言う人の数が増えるだけではありませんか。いまルクスハイム王国は悪政を敷いているからそこかしこで王族の悪口ばかりですが、どんなに善政を敷いたって口の数が多ければそれだけ文句も増えるんですよ」「なるほど……面倒臭いな」
(この女は、王位を獲る……獲れない理由も、止める言葉も、全く見つからない……なるほど、それで、俺に求婚か)ここにきてようやく落ち着いたルシアンは、アリアの求婚の理由を察した。「法典か」王配となる男がいないと、女性は女王にはなれない決まりがある。「王位は奪うのに、法典は守るのか?」「王位を奪ってはいけませんって、法典に書いていないでしょう?」当たり前である。でも、とんでもない理屈だが、ルシアンにはアリアの言いたいことがなんとなく分かった気がした。 ルクスハイム王国には王制があるが、法治国家である。例え、王様といえども、法典は守らなければいけない。(ヴァングリム家は国に対する忠誠心の高い家。王家ではなく、法典に従うということか……)ルシアンは一人勝手に想像して、ジンッと感動していたが、それは違う。ヴァングリム家は、ルールに関しては幼い頃から厳しくしつけられている。ルールを守ることは、厳しい北の地を生き抜くための必須条件。ヴァングリム家で一番重要とされるルールは、人の食べ物はとらないこと。魔物と戦い続けるヴァングリム家は常に腹を減らしており、食べ物に対する執着心は半端なものではなく、あのアリアを溺愛する父ローデリヒすら、アリアが彼の分の食事を奪うと怒るのだった。だから、アリアが法典を守るのはただの条件反射。法典を重く見ているわけでも、国に対する忠誠心でもない。「法典って厄介ですよね」「厄介なのが法典。それで、なんで、俺なんだ?」「女王になることは比較的簡単にできると思うのです。うち、攻めるの得意なので」「そうだな。牙は最強の武力集団だもんな」(そもそも、彼女の三人の兄が攻めれば数分で王城は陥落するだろう……なんだろう。その三人が、武装はしていないだろうが、傍にいる気がする)ルシア
「ちょっと待て」「はい」混乱する頭を整頓するため、ルシアンはアリアに待ったをかけた。アリアは本当に待った。(素直だな)視線を少し外して、ルシアンの要求通り『待つ』姿勢のアリアにルシアンは新鮮な驚きを覚える。ルシアンにとって、貴族は話しをよく聞かない。特に、ルシアンの元にやってくる貴族令嬢たちは、ルシアンを落とすという目標に燃えているので、ルシアンの都合はお構いなしで、待ったも聞かずに襲い掛かってくる。ルシアンにとってはその認識なのだが、貴族令嬢側にも事情がある。彼女たちはルシアンの立場が欲しくて、ルシアンの容姿も知らずにやってくる。例えブ男でも、魔塔から出てこないルシアンと夫婦をやる必要はなく、見映えのよい男性なら愛人を作ればいいと思いながら、彼女たちはルシアンのもとにやってくる。そのルシアン、本人は至極面倒臭がりだが、神様は彼を作るときにかなり手間暇をかけたと思える。ルシアンの容姿は社交界の中でも一、二を争うレベル。対抗馬となる王太子セドリックとは違ったタイプのイケメンなので比べるのは難しいが、ルシアンを認め見た瞬間に貴族女性たちのやる気は最大値になる。やる気が最大値、言葉を変えれば「なりふり構っていられない状況」になるのだった。 「えっと……そもそも、どうして俺に求婚を? どこかで、会ったことが?」「ないです」「……あ、そう」(これは……どうも、調子が狂う)ノクトは眉間に手を当てた。「ルシアン様に求婚したのは……」(ん?)
黒曜魔塔・最上階。ルシアン・ノクスは執務室の隣、寝室のベッドの上で書類を読んでいた。指を動かすのもおっくうで、書類を宙に浮かせて読んでいた。「……はあ」ため息一つで、三枚の書類がひっくり返る。いずれも研究費削減により、研究できなくなったものだった。「……金、かあ」世知辛い呟きである。 コンコン。(……ん?)隣の執務室と繋がった扉ではなく、廊下に繋がった扉からノックの音がした。(珍しいな)ルシアンのところに来るのは、研究の相談がある者ばかり。執務室にいないと分かってそのままここに来るから、廊下側の扉を叩く者は滅多にいない。「……誰だ?」(清掃担当者か? 何カ月ぶりだ?)「ルシアン・ノクス様ですか?」「そうだが……」(若い女性? 夜這いか?)ルシアンは元平民だが、魔塔の主となったときに男爵位を与えられている。一代限りの爵位だが、ルシアンは貴族女性に人気がある。貴族は、生まれたときは貴族である。しかし、爵位を継ぐか爵位を持つ貴族と結婚しないと、平民になってしまう。家からの援助がある場合、かなり裕福な平民となり生活にも困らないが、「貴族です」を前面に出して「平民なんて」と笑っていた身に平民落ちは堪える。そのため、一代限りであっても派閥なく、ついでに五月蠅い姑たちがいない爵位持ちのルシアンは好物件。ルシアンが塔から出てこないことは有名で、結婚しても実際は単身赴任状態。「亭主、元気で留守がいい」を地で行く、自由が約束された結婚への手形なのだ。(……いや、夜じゃないから、”夜這い”じゃないか)ルシアンは、夜這いを歓迎してはいない
黒曜魔塔。王都の端、聖堂や貴族街から意図的に距離を取らされた場所に、その塔はそびえ立っていた。その塔の入口に、四人の人影が立っていた。四人は揃って全身を長いマントで包んでいる。「……ここ?」「そうだ」訝し気なアリアの言葉に、カイムが頷く。「ここって、お城から大分離れてはいるけれど、お城の敷地内なんだよね」「そうだ」首を傾げるアリアに、レオンハルトが頷く。「お城に侵入するのがこんなに簡単でいいの?」「だからアリアが国王たちを討つって言ったとき、誰も無理だとは言わなかったんだな」アリアとフィンは地面を蹴って、これが現実であるということを確かめた。 「さて、これからの計画だが……」カイムが懐から幾重にも折った紙を取り出した。「母上に、現地の確認をしておけと言われたから、俺とレオンハルトはこれの確認をしてくる」「「これ……」」カイムが広げた紙は城の見取り図。エリスの古巣の友人が“協力の証”として送ってくれたものだが……。「これ、何人の協力者がいるんだ?」地図に書き込まれた“注意点”の筆致は様々。一人や二人ではない。さらに“注意点”として書き込まれている内容は、【見張りの兵、常に四名】など実用的なものもあれば、【見晴らし最高】や【城内案内受付所】のように観光マップかと思ってしまうものもある。さらには……。「【占拠後におすすめ☆アリア様の部屋候補③】……って、①と②があるのか?」「どこかにあるだろう。見ているだけで、目が痛くなる地図だ」「これ、全部確認しなきゃだめか?」「…&hell







