Share

第24話

last update Date de publication: 2026-01-08 19:00:00

震える手でリボンを解き、箱を開けると──。

中には、小さなネックレスが入っていた。

シルバーのチェーンに、小さな雪の結晶のペンダント。

「あ……」

氷室という名を持つ彼から贈られた、氷の花。

シンプルだけれど、光を受けてキラキラと輝いている。

「氷室、様……これ……」

私の問いかけに、彼は夜の静寂しじまに溶けそうなほど穏やかな声で、短く答えた。

「……君に、似合うと思ったんだ」

「綺麗」

思わず声が出た。

「気に入ってくれたか?」

「はい……ですが、こんな高価なもの……」

「高価?」

氷室様は、少し首を傾げた。

「値段なんて気にするな。君に似合うと思って選んだんだから」

『君に似合うと思っ

Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Latest chapter

  • 月給80万円の偽装花嫁   第135話

    4月11日、金曜日。結婚式前日。私は萌花と一緒に、実家の旅館へ向かう車の中にいた。母が『最後に家族でゆっくり過ごしましょう』と言ってくれ、蓮さんも「ご両親と、大切な時間を過ごしてきて」と、背中を押してくれた。窓の外を流れるのは、何度も通ったはずの田舎道。山々、田んぼ、小さな商店街。子供の頃から見慣れた風景。けれど、今日だけは少し違って見えた。「この景色を『森川咲希』として見るのは、これが最後なんだね……」助手席から漏れた私の呟きに、萌花が優しく、だけど力強くハンドルを叩いた。「そうだよ。次に来る時は、かっこいい旦那様の奥様として、だね」萌花の言葉に、口元がゆるんだ。シートベルトの下で、心臓がやけにうるさく鳴り続けている。緊張なのか、期待なのか、もう自分でも分からなかった。やがて、車は実家の旅館に着いた。玄関の前で、両親が待っていてくれた。「咲希、おかえり」「ただいま」私は母の方へ歩み寄った。父も、穏やかな表情で私を見ていた。「ついに明日だな」「うん……楽しみで、ちょっと怖いくらい」父が、静かに笑った。「そりゃそうだ」それだけ言って、父は大きな手を私の頭に乗せた。旅館を切り盛りしてきた、固くて少しざらついた、父の手。「泣くな。明日、もっと泣くんだから」そう言った父の目が、少しだけ赤くなっているのを私は見逃さなかった。◇その夜。私は母と萌花と三人で、旅館の温泉に入った。貸し切りの露天風呂に浸かると、白く立ち上る湯気が夜の冷たい空気と混ざり合い、肩を優しく包み込む。「咲希、明日は思いっきり楽しみなさいね」母が、私の手を取った。お湯の中で触れ合う母の手は、子供の頃から変わらない。「お母さんも、お父さんと結婚した日のこと、今でも覚えてるわ。緊張したけど、幸せだった。きっと咲希も、明日のことを一生忘れないわよ」その言葉が、静かに胸に落ちた。

  • 月給80万円の偽装花嫁   第134話

    次にやって来たのは、ダイニングテーブルのコーナー。私は、小ぶりな二人掛けのテーブルの前で立ち止まった。「これで十分ですよね、二人なら」蓮さんが、テーブルを見た。「……いや、こっちにしよう」そう言って蓮さんが指さしたのは、四人掛けのテーブルだった。「え?でも、二人なのに」「今は二人だが」蓮さんが、窓の外の春の空を見た。「将来、賑やかになるかもしれない」「賑やかに……?」蓮さんが、私を見た。その目が、少し遠くを映しているような気がした。「君に似た子が、このテーブルで笑っている姿が……想像できるんだ」頬が、一気に熱くなった。「れ、蓮さん……」「変なことを言ったか?」「変じゃないですけど、急に……」私が言葉を失っていると、蓮さんが軽く咳払いをした。「……まあ、そういうことだ。頼む」私は蓮さんのシャツの袖を、そっと掴んで下を向いた。──四人掛けのテーブル。蓮さんが思い描いた未来の食卓。その景色が、私の胸の中でじわりと広がった。私も、同じ未来を見たいと思った。◇食器のコーナーで、私はあるカップの前で立ち止まった。シンプルで素朴な佇まいの、ペアのマグカップ。手に取った瞬間、しっくりきた。「これ……すごく持ちやすいです。蓮さんの大きな手でも、持ちやすそうで」蓮さんが、もう一方を手に取った。しばらく、黙って手の中で確かめていた。「ああ、いいな」「明日からのコーヒーが楽しみになります」「俺もだ」「蓮さんはブラックですよね。私は少しだけミルクを入れて……このカップが並んでいるところを想像すると、なんだか不思議な気持ちになります」「不思議?」「こんなに当たり前の毎日が、私には夢みたいで」蓮さんが、私を見た。何かを言いかけて、やめた。代わりに、カップを静かにトレーに置いた。

  • 月給80万円の偽装花嫁   第133話

    4月4日、土曜日。結婚式まで、あと7日。朝食を片付けていると、蓮さんのスマートフォンが鳴った。画面を確認した彼は、短く「祖父上からだ」と告げて通話ボタンを押した。「はい」しばらく聞いていた蓮さんの眉が、わずかに上がった。「……言われなくても、そのつもりです」また聞いている。「分かりました。では、そのように」電話を切った蓮さんが、少し呆れた顔で私を見た。「祖父上から指令が出た」「指令?」「今日、買い物に付き合ってくれ。新居……いや、今の部屋を、君が使いやすいように整えたい」「私が選んでいいんですか?」「それが指令だ」蓮さんが、少し間を置いてから付け加えた。「俺も、そうしたいと思っていた」それだけだった。多くを語らない。でも、その一言の重さを、私はちゃんと受け取った。◇青山にある家具店は、ショールームというより美術館のようだった。吹き抜けの天井、柔らかい照明、どこを見ても洗練されたものばかり。入った瞬間、足がすくんだ。「どうした」「少し、圧倒されてしまって」蓮さんが、私の隣に並んだ。「値段は見なくていい。君の心が動くものを選んでくれ。これから一生使うものだから」その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。スタッフの方に案内されながら、広い店内を歩く。洗練された家具が並ぶ中、リビングコーナーの一角に、ひときわ目を引く大きなソファがあった。チャコールグレーの落ち着いた色味に、ふかふかとした厚みのあるクッション。蓮さんが、その前で立ち止まった。「座ってみよう」五人は掛けられそうな、ゆったりとしたサイズ。私が端に座ろうとした、その時だった。「咲希、こっちだ」蓮さんが、自分のすぐ隣をぽんぽんと叩いた。広いソフ

  • 月給80万円の偽装花嫁   第132話

    応接室には、二人の姿があった。エレガントなスーツを着た女性──レイラちゃんのお母様。そして、その隣で。「咲希さん!」小さな女の子が、私の方を向いて笑顔になった。あの時より少し大きくなったレイラちゃんが、そこにいた。流暢な日本語で、私の名を呼んでくれた。「レイラちゃん……!」「咲希さん、会いたかった!」レイラちゃんが駆け寄ってきて、私に抱きついた。温かくて、柔らかくて──生きている。この子が生きている。それだけで、もう十分だった。「大きくなったね」「うん、もう9歳だよ!」レイラちゃんは、誇らしげに笑った。お母様が、優雅に立ち上がった。「森川さん、お久しぶりです」流暢な日本語だった。「お久しぶりです。本日は、お時間をいただきありがとうございます」私は深く頭を下げた。「こちらこそ。どうぞ、お座りください」ソファに腰をおろすと、レイラちゃんが私の隣にぴたりとくっついた。「森川さん、あの時は本当にありがとうございました」お母様の言葉に、私は顔を上げた。怒っていない。責めてもいない。その目は、穏やかだった。「あなたが何度も確認してくださったこと、すべて見ていました。伝達メモを3部作成して、口頭でも何度も確認してくださった」「でも……私が、もっとちゃんと……」「いいえ」お母様が、首を横に振った。「あなたの細やかな配慮があったおかげで、厨房の他のスタッフがすぐに気づき、エピペンも用意できていた。あなたがいてくれたから、レイラは助かったんです」鼻の奥が、ツンとした。「実は……退院した後のレイラが、毎晩あなたの話をしていたんです」お母様の表情が、柔らかくなる。

  • 月給80万円の偽装花嫁   第131話

    4月2日、木曜日。春の柔らかな日差しが差し込む前に、私は目を覚ました。今日──レイラちゃんのお母様に会う日。隣で蓮さんが、静かに寝息を立てていた。私はそっとベッドから抜け出し、キッチンへ向かった。朝食を作りながら、ぼんやりと考える。総支配人から、お母様が私を認めてくださっていると聞いた。でも、直接会うのは別だ。救急車のサイレン。母親の悲鳴。あの事故の夜、倒れた娘を抱きしめていたお母様の顔が、ちらりと過ぎった。ちゃんと、彼女の顔を見て話せるだろうか。手に力が入らず、卵を割り損ねそうになった。「……ふう」深く息を吸って、なんとか気持ちを落ち着ける。「咲希」振り返ると、蓮さんが立っていた。「おはようございます」「おはよう。早いな」蓮さんが私のそばに来る。「眠れなくて……」蓮さんが背後から包み込むように、私の肩を抱いた。「今日は俺がいる。それだけ覚えておいてくれ」その言葉に、少しだけ心が落ち着いた。◇朝食を食べた後、私たちは支度を始めた。鏡の前に立ち、久しぶりに黒のスーツに袖を通す。そして、髪を丁寧にまとめ上げる。かつて、毎日繰り返したルーティンだけれど。ホテルを辞めてからは、いつもエプロン姿だったから。なんだか変な感じ。胸元には、蓮さんから贈られた雪の結晶のネックレス。冷たいシルバーが、今日は不思議と温かく感じられた。鏡の中の私は──あの田中くんたちと会った時よりも、少しだけ顔が違う気がした。怯えていない、とは言えない。でも、逃げようとも思っていなかった。「……よし」小さく呟いて、自分に気合を入れる。「咲希、行こう」蓮さんの呼びかけに、私は静かに頷いた。◇午前10時、車はホテル・グランシエル東京の前に停まった。車を降りると、春風が頬

  • 月給80万円の偽装花嫁   第130話

    3月25日、水曜日の夜。カレンダーをめくれば、4月12日の「その日」まで、残された時間はあとわずか。私はリビングのキッチンで、鼻歌を歌いながら夕食の片付けをしていた。今日の献立は、蓮さんの好物である和風ハンバーグ。「美味しいな」と短く、けれど満足げに呟いてくれた彼の声を思い出すだけで、指先の水仕事も全く苦にならない。リビングのソファでは、蓮さんがゆったりと寛ぎながら、仕事の書類に目を通している。時折、ペンを動かす手が止まり、ふと顔を上げた彼と視線がぶつかる。すると蓮さんは、困ったような、けれどこれ以上なく優しい微笑みを私に投げかけてくれた。ああ、幸せだ……。心からそう思った。一時は全てを失い、絶望の淵にいた私が、今こうして愛する人の隣で、穏やかな夜を過ごしている。このまま、この温かな光の中にずっといられたら。名字が変わり、本当の家族として歩んでいく未来を想像するだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。その時だった。幸せの余韻に浸る私の耳に、スマホの無機質な着信音が響いた。液晶画面に表示されたのは、見知らぬ番号。少し迷ったが、私は電話に出た。「もしもし」『……森川さん。夜分に、突然申し訳ありません』聞き覚えのある声に、私の心臓がドクンと嫌な跳ね方をした。ホテル・グランシエル東京の総支配人だった。「総支配人……どうされたんですか、こんな時間に」今さら何の用があるのだろう。田中くんの証言で、私の身の潔白は証明されたはずなのに。『……実は、どうしてもお耳に入れたい相談がありまして。本来なら私が断るべき案件なのですが、お相手が……』「相談……ですか?」『はい。VIPのお客様が、森川さんを指名されているんです』「え?」布巾を持つ手が、止まった。もう私はあのホテルの人間ではない。それなのに、なぜ。『どうしても、直接お会いし

  • 月給80万円の偽装花嫁   第26話

    「どんな猫だったんですか?」私がそっと尋ねると、氷室様は遠くを見るような目をした。「白い猫だった。名前は、ユキ」その名を聞いた瞬間、私の指先が自然と首元のネックレスに触れた。雪の結晶。ユキ。……彼は、自分が失った最も大切なものの名前を、私に贈ってくれたのだろうか。「ユキ……」「母が拾ってきた。雪の降る日に、捨てられていたらしい」氷室様の声が、少しだけ柔らかくなった。「母は優しかった。ユキを大切に育てた。俺も、ユキが好きだった」「…

    last updateDernière mise à jour : 2026-03-21
  • 月給80万円の偽装花嫁   第22話

    12月24日。クリスマスイブ。昨夜、氷室様から『明日、10時にリビングへ。私服で構わない』とメッセージが届いて以来、不安と期待が交錯し、私はほとんど眠れなかった。◇朝10時、私はリビングで氷室様を待っていた。紺色のワンピースに、ベージュのコートを羽織っている。控えめにメイクし、髪は後ろで一つにまとめた。鏡で何度も確認したが、そのたびに心臓が激しく鳴った。どこに行くのか、何の用事なのか。そして――なぜ、私なんだろう。廊下から足音が聞こえ、息を呑む。氷室様が、リビングに現れた。黒い

    last updateDernière mise à jour : 2026-03-20
  • 月給80万円の偽装花嫁   第20話

    深夜2時。トイレに起きた私は、喉の渇きを覚えて廊下に出た。冬の夜の冷たい空気が、肌をさす。キッチンへ向かう途中──氷室様の部屋から、低いうめき声が聞こえた。「くっ……」苦しそうな声に、私は思わず足を止める。ドアの前に立ち、耳を澄ます。中から、何かが壁にぶつかったような鈍い音。そして、荒く途切れ途切れの呼吸。ノックすべき?でも、氷室様の部屋は立ち入り禁止。神崎さんにも、はっきりと言われている。私の手がドアノブに伸びかけ、途中で止まった。もし、怒られたら

    last updateDernière mise à jour : 2026-03-20
  • 月給80万円の偽装花嫁   第21話

    数時間後。私がリビングで洗濯物を畳んでいると、廊下から物音がした。そっと廊下を覗くと、氷室様の部屋の前に置いたトレイが、きれいさっぱり空になっている。生姜湯のカップも、鎮痛剤の包装も、冷却シートの袋も。全て、部屋の中に持ち込まれていた。よかった……!ほっと、胸をなでおろす。少しでも、楽になってくれたらいいな。◇夕方、17時を過ぎた頃。私がキッチンで夕食の準備をしていると──廊下から足音が聞こえ、氷室様がリビングに現れた。黒いシャツに、

    last updateDernière mise à jour : 2026-03-20
Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status