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【21】上書き

Author: 猫宮乾
last update Last Updated: 2025-07-22 18:00:12

 それから、五日が経過した。

 ――最近は、お腹の調子が良い。

 そんな事を考えながら、珍しく朝、俺は起きた。すると時島が大学に行く準備をしていた。図書館に出かけるらしい。俺は暑い外にわざわざ出たくなかったので、クーラーをつけて、布団の上にいた。

「紫野が来ると言っていた」

「そっか。じゃあ、俺は部屋でダラダラしとく」

 俺は時島を見送ってからトイレに入った。快便だった。すごく気分も良い。

 それからシャワーを浴びて、俺は上がると麦茶を飲んだ。紫野が来たのはその時の事だ。

「ああ、時島は、大学に行ってるんだってな」

 ガチャリと紫野が鍵をかけた。何だろうかと見守っていると、振り返った紫野が溜息をついた。

「危ないから、鍵は一人でもちゃんとかけておけよ。時島は合い鍵を持ってるんだからさ。俺まで一個預かってるし。それと、家にいるんならチェーンも」

 確かにそれはそうだとも思うのだが――……俺は俯いた。

「それだと、何かあった時に、逃げられないだろ?」

 強姦された事がまた頭を過ぎった。どれだけ俺は気にしているのだろう。

 俺の表情に、紫野は察したようだった。

「――中に不審者が入ってくるよりマシだろ」

「だよな」

 俺は笑って誤魔化して、紫野の分の麦茶を用意した。それから雑談をした。「四年になると、思いの外サークルに顔を出さないな」とか、「暇になったのに不思議だよな」だとか、「就活効果は偉大だ」とか、「新卒採用企業が多すぎる」だとか。紫野は、以前はテレビの話が多かったのだが、この日はしなかった。あまり話が合わないと気づいているのだろう。この家のテレビは、あまり稼動しないのだ。時島はテレビを滅多に見ない。俺はネットで事足りているから、見ようと言わない。見たいドラマがあればレンタルして、まとめて見るタイプだ。朝のニュースを時々、眺めるだけである。

「なぁ……左鳥。嫌な話をしても良いか?」

「ん? 何?」

「お前がタクシー運転手にヤられてから、男と二人でいるのが怖いってやつ」

「ああ……」

 紫野は優しいから、気にしてくれているのだろう。

 ――『格好良い?』と、聞いてきた碧依君の事を不意に思い出しつつ、苦笑してしまった。ただ碧依くんの反応は、あの時の俺には、とても助かったのだが。普通は、紫野のような反応をするのかもしれない。

「平気だよ。その……あんまり、気にしないでくれ」

「……俺、考えたんだよ。左鳥の事だし、気にしないでなんていられない」

「何を考えたんだ? 警察に行くとか?」

「違う」

 そう言うと、俺の隣に座っていた紫野が、ずいと身を乗り出した。そして膝で立って俺の顔を覗き込んできた。

「上書き、したら良いと思う」

「上書き?」

 どういう事だろうかと、僅かに仰け反りながら、俺は問い返した。距離が近い。

「その――だから、SEXするんだよ。男と」

「は?」

「それで、それが例えばそれが善かったら、嫌な記憶も上書き出来るんじゃないか?」

「何言ってるんだよ……」

 考えただけで震えが走った。驚いて紫野を見る。すると紫野は、非常に真剣な顔をしていた。

 ただ確かに、紫野の言っている事は、一理あるような気もする。我ながらおかしいとは思うのだが……根拠めいたものもあったのだ。それは、時島との関係だ。一度時島と体を重ねて以降は、男と二人でいる時の恐怖が少し和らいでいる気がする。例えば今も、こうやって密室で、紫野と二人でも居られるようになった。昔は、鍵がかけられたら、絶対に無理だった。最初に時島が俺の家にやって来た時も、サークルの誰かが来た場合も、その性別が男で、二人きりの状況ならば、必ず俺は鍵を開けていたのだ。ただ……場所が、この部屋だからなのかもしれないが。何故なのか時島の部屋は安心するのだ。

「もしも、だ。俺で良かったら――」

「おい! 待ってくれ、紫野。何だよそれ。お前、好きな奴がいるんだろ?」

「……左鳥って鈍いよな」

 そう言って溜息をついた紫野は、体勢を直すと鞄から、和紙の包みを取り出した。三角形におられている、小さな袋を見る。

「何それ?」

「俺の実家は、N県なんだけどな、そこにも『薬売り』がいるんだよ」

「薬売り?」

「これは体の力を抜けさせて、頭をぼーっとさせる効果がある」

「何でそれを、今ここで取り出したんだよ?」

「左鳥。俺はお前を楽にしてやりたいんだよ」

 中に入っていた二つの錠剤を手に取ると、紫野が俺に差し出した。何とはなしに受け取る。すると紫野が、麦茶のコップを手に取って、俺に渡した。そちらも受け取る。

「飲め」

「なんで……?」

「必ず、楽にしてやるから」

 俺は何度か瞬きをしたのだが、相手は紫野だ。信頼できる友達なのだ。それに薬だというのだから人体に害は無いだろう。そう考えて、思い切って飲んでみる。特に深く考えていなかったのだ。

「飲んだぞ。それで? これと、さっきの話が、どう関係するんだよ?」

「ああ。さっきの話――上書きだ」

「……上書きね……だけど、考えたくもない」

 紫野に対して、俺は首を振った。

「お前さ、痛みとか恐怖とか、そう言うのと、抱かれるっていうのをセットで考えてるから、悪夢を見るんじゃないか? 俺はそう思うぞ」

「それは、まぁ」

「だったら、痛くなく、怖くなく、つまり優しく抱かれるんだったら――って考えた事は無いか?」

「だって相手は男なんだろ? あるわけがないよ」

 俺が半眼になると、紫野が身を乗り出すようにして続けた。

「男同士だって別に良いだろ……いやその、これは俺がその……好きな相手が男だから、そう思うだけかもしれないけどな……でもな、男女だって後ろでする奴らもいるだろ?」

 そう言う問題なのだろうか。しかし否定したら、紫野を傷つける気がする。

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