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死んで五年、兄はまだ私があの子に謝るのを待っている

死んで五年、兄はまだ私があの子に謝るのを待っている

작가:  染谷律완결
언어: Japanese
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9챕터
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死んでから五年、私の遺体は今も安置所に置かれたまま誰にも引き取られていなかった。 親友の岡田由衣(おかだ ゆい)は、残っていたお金をすべてつぎ込んだ。それでも払えた安置費用はあと一週間分だけだった。 職員からはこのまま引き取り手が現れなければ遺体を火葬すると告げられた。 家族の引き取りがなければ、遺骨も施設側で処理されるという。 どうすることもできなくなった由衣は、ついに私の兄の松井直哉(まつい なおや)へ電話をかけた。 「直哉、妹同然に可愛がってるあの子のためなら、実の妹の遺体まで見捨てるつもりなの?」 兄は冷たく笑った。 「自分が悪かったと認めたくないからって、今度は死んだなんて嘘までつくのか?紗良に伝えとけ。死ぬなら今度こそちゃんと死ねって。数日したらまた何事もなかったみたいに戻ってくるのはやめろってな」 由衣にはもうどうすることもできなかった。結局、私、松井紗良(まつい さら)の遺体は火葬された。 そして由衣は私の死亡証明書を手に、兄の家へ向かった。

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1화

第1章

由衣が玄関のチャイムを鳴らしたとき、兄は石田真奈(いしだ まな)と食事をしていた。

外は雨だった。一刻を争う状況で、由衣には家へ傘を取りに戻る余裕もなかった。

そのせいで全身ずぶ濡れになっていた。

大きな屋敷の中は明るく照らされ、ほどなくして使用人が玄関を開けた。

由衣が中へ入った途端、真奈が眉をひそめる。

「ちょっと待って!そんなびしょ濡れの格好で、誰が入っていいって言ったの?」

由衣は相手にする気もなく、そのまま兄のもとへ向かい、死亡診断書をテーブルに叩きつけた。

「紗良は本当に死んだの!あなた兄でしょ?それでも何もしないつもり?」

直哉は箸を置くと、テーブルの上から紙ナプキンを一枚取り、ゆっくりと手を拭いた。

由衣のほうを見ようともしない。

「金が欲しいんだろ。紗良が戻ってきて真奈に謝るなら、いくらでも払ってやる」

由衣は怒りで顔を青ざめさせると、テーブルの上の死亡診断書をつかみ、直哉の目の前に突きつけた。

「何回言えば分かるの?紗良は死んだの!死んだのよ!死んだ人間がどうやって謝るのよ!これが死亡診断書!私の言うことが信じられなくても、これなら信じられるでしょ?」

直哉が目を細め、不機嫌そうに何か言おうとした、そのときだった。

真奈が突然駆け寄ってきて、由衣の手から死亡診断書を奪い取り、びりびりと何度も引き裂いた。

「こんなの誰が信じるの?あなたは紗良の親友でしょ?お兄ちゃんがあなたの言うことなんて信じるわけないじゃない」

床に散らばった紙切れを前に、由衣は信じられないものを見るように目を見開いた。

それでも直哉は、真奈を咎めるどころか庇った。

「真奈の言うとおりだ。俺の妹は真奈だけだ。紗良とはとっくに縁を切ってる。どうしても謝らないっていうなら、もう帰れ」

宙に浮かびながらそれを聞いていた私は、由衣と同じように苦笑した。

まさか五年も経った今でも、兄がたった一言の謝罪にこだわり続けているなんて。

由衣は目を真っ赤にし、歯を食いしばった。

「紗良に、どうしてあんたみたいな兄がいるのよ……」

そう吐き捨てて踵を返す。

だが玄関まで来たところで、五年前に私が話したことを思い出したのだろう。

由衣は足を止め、涙をこらえながら、震える声で言った。

「紗良が生前、一番望んでたのは死んだら家のお墓に入ることだった。遺骨は今、大通り沿いの葬儀場にある。三日以内に家族が引き取らなければ、施設側で処理される。直哉。あとは自分で決めて」

屋敷を出た由衣は、道端にしゃがみ込むと、声を上げて泣き始めた。

私はそばまで漂っていき、その隣に腰を下ろした。由衣は顔を両手で覆い、泣き崩れながら何度も謝っていた。

「紗良、ごめん……私、頑張ったんだよ。本当に、できることは全部やったの……」

「分かってるよ」

聞こえるはずのない声でそう答え、私はそっと由衣を抱きしめた。

この五年間、本当に由衣には苦労をかけた。

あの頃、私は真奈のことで直哉と大喧嘩をした。

行き場をなくした私を家に迎え入れてくれたのが、由衣だった。何も心配しなくていいからと、自分の家に住まわせてくれた。

でも、その暮らしは長く続かなかった。間もなく私は死んだ。

川から遺体が引き上げられたのは、行方が分からなくなってから一週間後だった。長い間水に浸かっていた遺体は、見る影もないほど変わり果てていた。

あの日も由衣は、今と同じように声を上げて泣いていた。

「紗良、ごめん……!私、家に帰ったんだと思ってた。だから連絡するのがこんなに遅くなって……。どうして……どうしてこんなことに……」

警察官が険しい表情で尋ねた。

「亡くなった方に、ご家族はいらっしゃいますか?司法解剖の結果、生前に性的暴行を受けた痕跡が確認されています。事件に巻き込まれた可能性が高いと見ています」

由衣は驚いて顔を上げた。みるみるうちに顔色が真っ青になり、震える手で慌ててスマートフォンを取り出す。

「い、います!お兄さんがいます。今すぐ電話します!」

由衣は直哉に電話をかけたが、何度呼び出しても兄が電話に出ることはなかった。

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松坂 美枝
松坂 美枝
妹の死を5年後に知るアホの極み兄 死んでも妹が身を翻すほど嫌がられる 自分から謝りに来るのを5年も待ったとか すぐ調べりゃわかったことなのに 両親も天国で地獄に落ちるお前を呆れながら見下ろしてるよ
2026-10-09 10:52:17
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9 챕터
第1章
由衣が玄関のチャイムを鳴らしたとき、兄は石田真奈(いしだ まな)と食事をしていた。外は雨だった。一刻を争う状況で、由衣には家へ傘を取りに戻る余裕もなかった。そのせいで全身ずぶ濡れになっていた。大きな屋敷の中は明るく照らされ、ほどなくして使用人が玄関を開けた。由衣が中へ入った途端、真奈が眉をひそめる。「ちょっと待って!そんなびしょ濡れの格好で、誰が入っていいって言ったの?」由衣は相手にする気もなく、そのまま兄のもとへ向かい、死亡診断書をテーブルに叩きつけた。「紗良は本当に死んだの!あなた兄でしょ?それでも何もしないつもり?」直哉は箸を置くと、テーブルの上から紙ナプキンを一枚取り、ゆっくりと手を拭いた。由衣のほうを見ようともしない。「金が欲しいんだろ。紗良が戻ってきて真奈に謝るなら、いくらでも払ってやる」由衣は怒りで顔を青ざめさせると、テーブルの上の死亡診断書をつかみ、直哉の目の前に突きつけた。「何回言えば分かるの?紗良は死んだの!死んだのよ!死んだ人間がどうやって謝るのよ!これが死亡診断書!私の言うことが信じられなくても、これなら信じられるでしょ?」直哉が目を細め、不機嫌そうに何か言おうとした、そのときだった。真奈が突然駆け寄ってきて、由衣の手から死亡診断書を奪い取り、びりびりと何度も引き裂いた。「こんなの誰が信じるの?あなたは紗良の親友でしょ?お兄ちゃんがあなたの言うことなんて信じるわけないじゃない」床に散らばった紙切れを前に、由衣は信じられないものを見るように目を見開いた。それでも直哉は、真奈を咎めるどころか庇った。「真奈の言うとおりだ。俺の妹は真奈だけだ。紗良とはとっくに縁を切ってる。どうしても謝らないっていうなら、もう帰れ」宙に浮かびながらそれを聞いていた私は、由衣と同じように苦笑した。まさか五年も経った今でも、兄がたった一言の謝罪にこだわり続けているなんて。由衣は目を真っ赤にし、歯を食いしばった。「紗良に、どうしてあんたみたいな兄がいるのよ……」そう吐き捨てて踵を返す。だが玄関まで来たところで、五年前に私が話したことを思い出したのだろう。由衣は足を止め、涙をこらえながら、震える声で言った。「紗良が生前、一番望んでたのは死んだら家のお墓に入ることだった。遺骨
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第2章
由衣は何度も何度も電話をかけた。ようやく直哉が出たかと思えば、苛立った声で怒鳴りつけられた。「紗良に伝えろ!謝る気がないなら、二度と連絡してくるな!」それだけ言うと、直哉は電話を切り、そのまま電源まで落としてしまった。警察に勧められ、由衣は直哉の家にも足を運んだ。けれど使用人から返ってきたのは、「直哉様は真奈様と海外旅行に出ています」という言葉だった。結局、事件はそれ以上進展しないまま、私の遺体だけが安置所に残された。それから五年間、由衣はずっと私の遺体の安置費用を払い続けてくれた。そしてようやく、世界一周旅行に出ていた直哉と真奈が帰国した。由衣は思った。これでようやく、私を両親の眠る墓に入れてあげられる、と。だが直哉は、由衣が嘘をつき、私と口裏を合わせて芝居をしているとしか思っていなかった。激しい雨が降りしきる中、由衣は翌朝までずっと泣き続けた。泣き腫らした目で、顔に張りついた前髪をかき上げ、ようやく家へ帰った。帰宅すると、由衣は何も感じていないかのような足取りでベッドのそばへ向かった。そして棚の奥から、一冊の日記帳を取り出した。手早く梱包し、宅配便を手配して、直哉の会社宛てに送る。荷物を持って遠ざかっていく配達員の背中を見つめながら、由衣は静かに目を閉じた。「紗良……私にできるのは、もうこれくらいしかないよ」私は兄の会社へ向かった。オフィスでは、秘書が一冊の日記帳を直哉に差し出していた。「松井社長、お荷物が届いています。日記帳のようです。差出人は岡田由衣さんです」直哉は顔も上げず、書類に目を走らせていた。「読んでくれ」秘書は日記帳を開き、一ページ目から淡々と読み上げた。「2020年12月23日。今日、私は兄に家を追い出された」その言葉が響いた瞬間、部屋の空気が一気に冷え込んだように感じた。直哉が顔を上げる。その目にはあからさまな嘲りが浮かんでいた。「今度はこんな芝居か。面白いな。続けろ」秘書はうなずき、再び日記を読み始めた。――今日、私は兄に家を追い出された。真奈を平手打ちしたからだ。あの子は、私がうつ病と診断されたことを知ると、意地の悪い笑みを浮かべて言った。「やっぱりね。いっそ、おじさんとおばさんみたいに、あの地震で死んでればよかったのに。そうしたら
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第3章
だから私は、兄のためなら全部我慢しようと決めた。たった半年で、兄に言われなくても、いいものは自分から真奈に譲るようになった。真奈が欲しいものも、やりたいことも、絶対に取り合わない。だがその代償は大きかった。私はうつ病になった。病院を受診したときにはすでに重度と診断された。カウンセラーには、両親を亡くしたときから、心の中にはすでにうつの種があったのだと言われた。真奈の存在は、その種を芽吹かせるきっかけになっただけなのだと。私は次第にぼんやりしている時間が増え、笑うことも少なくなった。兄に「どこか遊びに行こう」と誘われても、何もする気になれなかった。そんな状態が続くうちに、兄も苛立つようになった。私のことを冷たい人間だと言った。心が狭い、真奈が幸せになるのが気に入らないんだろう、と。挙げ句の果てには、俺にまでそんな態度を取るのかと責められた。説明したかったが、何から話せばいいのか分からなかった。それから兄との関係はどんどん悪くなっていった。そして今では、お互い意地になって、どちらからも折れられないところまで来てしまった。私は由衣の家へ向かった。由衣の家までは本当に遠かった。三時間も歩き続けたせいで、足には靴ずれができて血まで滲んでいた。由衣は傷に薬を塗りながら、怒ったように言った。「何なの、あのお兄さん。どう考えてもおかしいでしょ!もう帰らなくていいよ。ここにいればいいから!」私は由衣に笑いかけながら、胸の奥の苦しさを必死に押し込めた。「でも帰るよ。きっと何日もしないうちに、お兄ちゃんが迎えに来てくれるから」もうすぐお正月だった。生まれてから今まで、私たちは一度だって離れて年を越したことがない。だから信じていた。兄だって私と離れたままではいられないはずだと————秘書の声がそこで途切れた。少し間を置いてから、彼女は口を開いた。「松井社長、このページはここまでです」直哉は手の中のペンを弄びながら、嘲るような笑みを浮かべた。「よくもまあ、ここまで話をすり替えられるな。真奈のことが気に入らなくて嫌がらせしてたのは自分のくせに、今度は真奈にいじめられたことにするのか。やっぱり、あのとき家から追い出したのは正解だったな」そう言って、直哉は冷たい目を秘書に向けた。意図を察した
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第4章
秘書は小さくため息をつき、また一ページめくった。だがそこに書かれた文字を見た瞬間、目を見開いた。声まで震え始める。「2020年12月31日、大晦日。今日、私はレイプされた」……私は夕飯を買いに外へ出ただけだった。由衣は自分の実家で一緒に年を越そうと誘ってくれた。でも家族水入らずの時間を邪魔したくなくて断った。帰り道、ふと兄のことを考えた。お兄ちゃんは今、何をしてるんだろう。真奈と一緒に雪だるまを作ったり、年越しのごちそうを食べたりしてるのかな。ああ、そうか。今どこの国にいるのかさえ分からないんだった。そこに雪が降るのか、そもそも新年を同じように祝う場所なのか。それすら分からない。私は自嘲するように笑った。うつ病の薬をずっと飲んでいないせいか、頭まで鈍くなってしまったらしい。道沿いの家々には明かりが灯り、遠くでは年越しのイベントの音楽が響き渡った。私はゆっくり歩きながら、その光景をぼんやり眺めていた。そのとき突然、視界が真っ暗になった。次の瞬間には、何人もの男に腕をつかまれ、人気のない路地裏へ引きずり込まれていた。押さえつけられ、服を剥ぎ取られた。その夜、私の悲鳴は、新年を祝う音楽にかき消された。……地獄のような時間が終わったのは夜が明ける頃だった。私は何も考えられないまま、地面に横たわっていた。目の前の景色を、ただぼんやりと眺めていた。男の一人が私の上から立ち上がり、顔に唾を吐きかけた。「真奈に手を出した罰だよ。自業自得だ」私は何も言えなかった。遠ざかっていく男たちの背中を、ただ呆然と見つめた。しばらくしてから体を起こし、服を着た。そして由衣の家へ戻った。今の私は、きっとまともな文章を書けていない。何があったのか、一つの出来事として順序立てて書くことさえできない。文字を書こうとするたび、手が震える。ペンすらまともに握れない。私は由衣に一枚のメモを残した。――私の最後のお願い。死んだら、家のお墓に入れてほしい。お父さんとお母さんの隣に埋めて。お兄ちゃんには、もういらないって言われたから。私は、お父さんとお母さんのところへ行く。由衣には私が死んでもあまり悲しまないでほしい。それから、お兄ちゃんが私の遺体を見たら、もう許してくれますように。もう謝れなんて言わ
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第5章
三十分後、直哉は大通り沿いの葬儀場に到着した。中へ入ると、棚には骨壺がずらりと並んでいた。直哉は眉をひそめ、一つひとつの名前を素早く目で追っていく。その表情は複雑だった。よく見れば、目の奥には隠しきれない不安が滲んでいる。職員が近づいてきた。「どなたのご家族でしょうか?」直哉は小さな声で答えた。「松井紗良です」職員の表情が一瞬だけ変わった。それから、何事もなかったように台帳をめくり、最後には笑顔を作った。「申し訳ありません。そのお名前の方は、こちらにはいらっしゃいません」その言葉を聞いた瞬間、直哉の瞳がわずかに揺れた。明らかにほっとしていた。けれど次の瞬間には、強く拳を握りしめる。「紗良……やっぱり俺を騙してたんだな!」私は宙に浮かびながら苦笑した。お兄ちゃん。私の遺骨なら、とっくに真奈が先に持ち出してるよ。お兄ちゃんはずっと、真奈のほうがいい子で、素直で、妹らしいと思っていた。でも考えたことはない?本当はあの子こそ、羊の皮をかぶった狼だったかもしれないって。葬儀場を出たあとも、直哉の怒りは収まらないようだった。考えれば考えるほど腹が立つのか、顔色は見る見る険しくなり、額には青筋まで浮かんでいた。車を運転する秘書は冷や汗をかきながら、口を開くことすらできない。しばらくして、直哉が冷たく言った。「由衣がどこへ行ったか調べろ。紗良にはほかに頼れる友達なんていない。どうせ由衣について行ったんだろ。ここまで俺をコケにしたんだ。今度は俺が直接見つけ出す」私は小さくため息をついた。この五年間、兄は一度だって、私がどこにいるのか調べようとしなかった。自分から探しに来てくれたこともない。ずっと待っていたのだ。私のほうから折れて、謝りに来るのを。まさか、ようやく兄が自分から私を探してくれる日が来るなんて。それが私の死後になるとは思わなかった。三十分後、車は屋敷の前に停まった。直哉が帰宅すると、すぐに真奈が駆け寄ってきた。「お兄ちゃん!今日は肉じゃがを作ったの。食べてみて!」直哉は疲れたように眉間を揉んだ。「真奈、先に食べててくれ。少し休みたい」真奈は心配そうに尋ねた。「どうしたの?今日、仕事すごく忙しかった?」「紗良のことだ」直哉は眉を寄せた。「
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第6章
「家のお墓に入りたいんだっけ……絶対にそんな願い叶えさせない」そう言うと骨壺の蓋を閉め、足早にベランダへ向かった。そして窓の外へ、思い切り骨壺を投げ捨てた。ガシャン!陶器の壺が砕け、私の遺骨が辺り一面に散らばった。「今の音、何だ?」突然、直哉が部屋の入口に現れた。真奈は慌てて振り返った。「か、花瓶を落としちゃって……」直哉は怪訝そうに真奈を見つめた。「怪我は?」「大丈夫。ありがとう、お兄ちゃん。さっきのことで怒ってるのかと思ってた……」直哉は笑った。「怒るわけないだろ。お前に悪気がなかったのは分かってる」真奈は目に見えてほっとした。だが気づいていなかった。兄は笑っていたものの、その目は少しも笑っていなかったことに。両親を亡くしたあと、直哉はたった一人で会社を立ち上げた。海千山千の大人たちを相手に、ここまで会社を大きくしてきた人だ。人の顔色を読むことには慣れている。ほんのわずかな表情の変化だって見逃さない。案の定、寝室へ戻った直哉は、すぐに秘書へ電話をかけた。声は冷え切っていた。「紗良と由衣のことを調べるついでに、真奈のことも調べろ。あいつ、何か隠してる」それから数日、直哉は少しずつ真奈を警戒するようになった。表向きはこれまでと何も変わらない。相変わらず優しく笑い、真奈を可愛がっていた。「最近、天気が崩れやすいから、外に出るなら暖かくしていけよ」そんなふうに毎日のように声をかけていた。だが実際には、これまで真奈に任せていた会社の仕事を、「無理して体を壊したら困るから」という理由で、少しずつほかの社員へ回していた。直哉は密かに真奈を会社から遠ざけ始めていた。一週間後、秘書が直哉のオフィスへ入ってきた。顔色はひどく悪かった。部屋に入ってからも、しばらく何も言わない。書類の山に目を通していた直哉が、苛立ったように顔を上げた。「何か分かったなら言え」秘書は覚悟を決めるように口を開いた。「松井社長……心の準備をしてください」直哉が眉をひそめる。「何だ?」秘書は一度目を閉じた。「紗良さんが日記に書いていたことは、全部本当でした。本当に性的暴行を受けています。そして……紗良さんは、本当に亡くなっています」カラン。直哉の手から、ペンが床へ落ちた。
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第7章
直哉は何も言わず、いきなり職員の顔を殴った。「な、何すんだよ!」職員は訳が分からないという顔をした。直哉は険しい表情のまま、その胸ぐらをつかむ。目には抑えきれない怒りが浮かんでいた。「松井紗良の遺骨はどこだ。ここにはないなんて、もう言わせない。もう一度嘘をついたら、今度は訴える」職員の目に明らかな動揺が走った。「し、知らない!松井紗良なんて名前、聞いたこともない!」「そうか」直哉は手を離すと、後ろにいた秘書へ言った。「警察を呼べ」「はい、松井社長」秘書がスマートフォンを取り出し、電話をかけようとする。すると職員はとうとう耐えきれなくなった。その場にへたり込み、慌てて叫ぶ。「待って!警察はやめてくれ!話す!全部話すから!」直哉は拳を強く握りしめたまま、冷たい目で職員を見下ろした。職員は震える声で話し始めた。「一週間前、石田真奈って女が来たんだ。松井紗良の家族だって言って、遺骨を引き取りたいって……。それで、誰にも言わないでくれって、大金を渡されて……」直哉の顎が、みるみる強く引き締まっていく。奥歯を噛みしめた頬がわずかに動き、その目には嵐のような怒りが渦巻いていた。秘書が声を荒らげる。「何を考えてるんですか!遺骨を、身元もろくに確認せず渡したんですか?家族じゃないことくらい分からなかったんですか!」職員はむっとしたように言い返した。「そんなに大事だったのか?松井紗良の遺体は、ここに五年も置かれてたんだぞ。岡田由衣って人以外、誰も引き取りになんて来なかった!火葬したあとの遺骨だって、引き取り手がなければこっちで処理する決まりだった。そこへ突然、金を払うから引き取りたいって人が現れたんだ。あんたなら断ったのかよ?」秘書は言葉を失った。その横で直哉の体がわずかに揺れた。職員はさらに続けた。「あんたたち、あの人の親族なのか?だったら、今まで何してたんだよ。そんなに大事な人だったなら、どうして五年間、一度も来なかったんだ?」「黙れ!」直哉は図星を突かれたのか、怒鳴った。その声は、これまで聞いたことがないほど激しかった。両親が亡くなったあの日以来、兄がこれほど感情をむき出しにする姿を、私は見たことがなかった。どんなことが起きても、いつも冷静な人だった。何億円規模の仕事が
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第8章
パンッ!直哉は真奈の頬を思い切り叩いた。口元が切れ、血が滲む。「俺の実の妹は、紗良だけだ!言え!紗良の遺骨をどこへやった!」直哉の目に浮かぶ激しい怒りを見て、真奈は泣きじゃくりながら叫んだ。「捨てた!骨壺ごと割ったの!あそこの窓の下!もう風でどこかに飛んでいったと思う!」直哉のこめかみに青筋が浮かんだ。すぐさま外へ駆け出し、ベランダの真下へ向かう。そこには確かに、割れた骨壺の破片が散らばっていた。安物の骨壺だった。由衣が、とりあえず遺骨を納めるために買ってくれたものだ。兄が私の死を知ればあとはきちんと葬ってくれる、と由衣はそう思っていた。まさか兄が、私が死んだことすら信じないなんて思わなかったのだ。直哉は散らばった陶器の破片を見つめ、信じられないというように首を振った。目は真っ赤に充血していた。地面に残っていたのは、ほんのわずかな骨片だけ。直哉はその場に崩れ落ちるように膝をついた。そしてひとつひとつ拾い集める。骨片を強く握りしめたせいで、掌が傷つき、血が流れた。それでも痛みなど感じていないかのように、もう片方の手で胸元を押さえた。「ごめん……紗良。お兄ちゃんが悪かった……」それだけ呟くと、直哉は糸が切れたように意識を失った。……病院の中で、私は兄のベッドのそばを漂っていた。医師によれば、強い感情の高ぶりで一時的に意識を失っただけで、大きな問題はないらしい。二時間ほどして、直哉はゆっくり目を覚ました。手の甲に刺さっていた点滴の針を抜くと、すぐにスマートフォンを取り出す。そして由衣へ電話をかけた。今度の声には、これまでのような傲慢さはなかった。掠れた声で、必死に言う。「由衣……全部知った。俺が悪かった。本当に、二人には申し訳ないことをした……紗良は……生前、何か言ってなかったか?頼む。教えてくれ」電話の向こうで、由衣が冷たく笑った。「今さら後悔したの?直哉、この五年間、私が何回あんたに連絡したと思ってるの?あの偉そうな態度はどうしたのよ。最低だよ、あんた。紗良が私に何を話してたとしても、絶対に教えない」直哉の唇が震えた。目尻から涙が一筋流れる。その声は、縋るように弱々しかった。「俺は……真奈があんなことをしてるなんて、本当に知らなかった。知ってたら、放っておくわけないだろ
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第9章
それから兄は毎日、昔の私の部屋にこもるようになった。何度も謝り、後悔の言葉を繰り返す。「ごめん……俺が間違ってた」昔の私なら、夢に見るほど聞きたかった言葉だった。でも今ではもう聞き飽きるほどだった。三か月後、裁判の結果が出た。警察は当時私を襲った男を突き止めた。男は犯行を認め、懲役20年の判決を受けた。そして真奈もまた、犯行を指示した罪で無期懲役を言い渡された。だが直哉はそれでも納得しなかった。誰にも知らせずに刃物を用意し、真奈のいる場所へ押しかけた。そして何も言わず、その刃を真奈の胸に突き立てた。宙に浮かんでいた私は、思わず口元を押さえた。真奈の顔から血の気が引く。信じられないという顔で、直哉の手をつかんだ。「お兄ちゃん……正気なの?紗良のために……人殺しまでするの?私、もう無期懲役なんだよ……そこまでする意味あるの?」直哉は苦しむ真奈を冷たい目で見下ろした。「無期懲役じゃ軽すぎる。足りない。全然、足りないんだよ。お前は死ぬべきだ」やがて真奈は力を失い、その場に倒れ込んだ。もう動くことはなかった。直哉はその姿を見つめながら笑った。長い間、壊れたように笑い続けていた。やがて目から涙を流しながら、ぽつりと呟いた。「紗良……真奈を家に連れてきたことが、俺の人生で一番の間違いだった。でももう大丈夫だ。お兄ちゃんが……仇を取ったから」兄は壊れてしまった。私はそう確信した。なぜか胸の奥が締めつけられた。そんな兄を見ていると、息苦しいほど胸が重くなった。昔は本当に願っていた。兄に私の味方をしてほしかった。真奈を家から追い出して、私の手を握って、これからはずっと守ると言ってほしかった。でも、まさか、人を殺してほしかったわけじゃない。直哉はその場に座り込むと、妙に落ち着いた様子でスマートフォンを取り出し、由衣へ電話をかけた。由衣は出るなり苛立った声を上げた。「何?もう連絡してこないでって言ったでしょ!」直哉は淡々と答えた。「会社の株は、秘書に頼んで全部お前へ譲る手続きをした。昔、紗良を引き取ってくれたことへの礼だ。この五年間、本当に苦労をかけた。ありがとう」由衣は何かがおかしいと気づいたらしい。訝しげに尋ねた。「何言ってるの?私、お金なんていらないよ。紗良の面倒を見てたのは、お金
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