로그인死んでから五年、私の遺体は今も安置所に置かれたまま誰にも引き取られていなかった。 親友の岡田由衣(おかだ ゆい)は、残っていたお金をすべてつぎ込んだ。それでも払えた安置費用はあと一週間分だけだった。 職員からはこのまま引き取り手が現れなければ遺体を火葬すると告げられた。 家族の引き取りがなければ、遺骨も施設側で処理されるという。 どうすることもできなくなった由衣は、ついに私の兄の松井直哉(まつい なおや)へ電話をかけた。 「直哉、妹同然に可愛がってるあの子のためなら、実の妹の遺体まで見捨てるつもりなの?」 兄は冷たく笑った。 「自分が悪かったと認めたくないからって、今度は死んだなんて嘘までつくのか?紗良に伝えとけ。死ぬなら今度こそちゃんと死ねって。数日したらまた何事もなかったみたいに戻ってくるのはやめろってな」 由衣にはもうどうすることもできなかった。結局、私、松井紗良(まつい さら)の遺体は火葬された。 そして由衣は私の死亡証明書を手に、兄の家へ向かった。
더 보기それから兄は毎日、昔の私の部屋にこもるようになった。何度も謝り、後悔の言葉を繰り返す。「ごめん……俺が間違ってた」昔の私なら、夢に見るほど聞きたかった言葉だった。でも今ではもう聞き飽きるほどだった。三か月後、裁判の結果が出た。警察は当時私を襲った男を突き止めた。男は犯行を認め、懲役20年の判決を受けた。そして真奈もまた、犯行を指示した罪で無期懲役を言い渡された。だが直哉はそれでも納得しなかった。誰にも知らせずに刃物を用意し、真奈のいる場所へ押しかけた。そして何も言わず、その刃を真奈の胸に突き立てた。宙に浮かんでいた私は、思わず口元を押さえた。真奈の顔から血の気が引く。信じられないという顔で、直哉の手をつかんだ。「お兄ちゃん……正気なの?紗良のために……人殺しまでするの?私、もう無期懲役なんだよ……そこまでする意味あるの?」直哉は苦しむ真奈を冷たい目で見下ろした。「無期懲役じゃ軽すぎる。足りない。全然、足りないんだよ。お前は死ぬべきだ」やがて真奈は力を失い、その場に倒れ込んだ。もう動くことはなかった。直哉はその姿を見つめながら笑った。長い間、壊れたように笑い続けていた。やがて目から涙を流しながら、ぽつりと呟いた。「紗良……真奈を家に連れてきたことが、俺の人生で一番の間違いだった。でももう大丈夫だ。お兄ちゃんが……仇を取ったから」兄は壊れてしまった。私はそう確信した。なぜか胸の奥が締めつけられた。そんな兄を見ていると、息苦しいほど胸が重くなった。昔は本当に願っていた。兄に私の味方をしてほしかった。真奈を家から追い出して、私の手を握って、これからはずっと守ると言ってほしかった。でも、まさか、人を殺してほしかったわけじゃない。直哉はその場に座り込むと、妙に落ち着いた様子でスマートフォンを取り出し、由衣へ電話をかけた。由衣は出るなり苛立った声を上げた。「何?もう連絡してこないでって言ったでしょ!」直哉は淡々と答えた。「会社の株は、秘書に頼んで全部お前へ譲る手続きをした。昔、紗良を引き取ってくれたことへの礼だ。この五年間、本当に苦労をかけた。ありがとう」由衣は何かがおかしいと気づいたらしい。訝しげに尋ねた。「何言ってるの?私、お金なんていらないよ。紗良の面倒を見てたのは、お金
パンッ!直哉は真奈の頬を思い切り叩いた。口元が切れ、血が滲む。「俺の実の妹は、紗良だけだ!言え!紗良の遺骨をどこへやった!」直哉の目に浮かぶ激しい怒りを見て、真奈は泣きじゃくりながら叫んだ。「捨てた!骨壺ごと割ったの!あそこの窓の下!もう風でどこかに飛んでいったと思う!」直哉のこめかみに青筋が浮かんだ。すぐさま外へ駆け出し、ベランダの真下へ向かう。そこには確かに、割れた骨壺の破片が散らばっていた。安物の骨壺だった。由衣が、とりあえず遺骨を納めるために買ってくれたものだ。兄が私の死を知ればあとはきちんと葬ってくれる、と由衣はそう思っていた。まさか兄が、私が死んだことすら信じないなんて思わなかったのだ。直哉は散らばった陶器の破片を見つめ、信じられないというように首を振った。目は真っ赤に充血していた。地面に残っていたのは、ほんのわずかな骨片だけ。直哉はその場に崩れ落ちるように膝をついた。そしてひとつひとつ拾い集める。骨片を強く握りしめたせいで、掌が傷つき、血が流れた。それでも痛みなど感じていないかのように、もう片方の手で胸元を押さえた。「ごめん……紗良。お兄ちゃんが悪かった……」それだけ呟くと、直哉は糸が切れたように意識を失った。……病院の中で、私は兄のベッドのそばを漂っていた。医師によれば、強い感情の高ぶりで一時的に意識を失っただけで、大きな問題はないらしい。二時間ほどして、直哉はゆっくり目を覚ました。手の甲に刺さっていた点滴の針を抜くと、すぐにスマートフォンを取り出す。そして由衣へ電話をかけた。今度の声には、これまでのような傲慢さはなかった。掠れた声で、必死に言う。「由衣……全部知った。俺が悪かった。本当に、二人には申し訳ないことをした……紗良は……生前、何か言ってなかったか?頼む。教えてくれ」電話の向こうで、由衣が冷たく笑った。「今さら後悔したの?直哉、この五年間、私が何回あんたに連絡したと思ってるの?あの偉そうな態度はどうしたのよ。最低だよ、あんた。紗良が私に何を話してたとしても、絶対に教えない」直哉の唇が震えた。目尻から涙が一筋流れる。その声は、縋るように弱々しかった。「俺は……真奈があんなことをしてるなんて、本当に知らなかった。知ってたら、放っておくわけないだろ
直哉は何も言わず、いきなり職員の顔を殴った。「な、何すんだよ!」職員は訳が分からないという顔をした。直哉は険しい表情のまま、その胸ぐらをつかむ。目には抑えきれない怒りが浮かんでいた。「松井紗良の遺骨はどこだ。ここにはないなんて、もう言わせない。もう一度嘘をついたら、今度は訴える」職員の目に明らかな動揺が走った。「し、知らない!松井紗良なんて名前、聞いたこともない!」「そうか」直哉は手を離すと、後ろにいた秘書へ言った。「警察を呼べ」「はい、松井社長」秘書がスマートフォンを取り出し、電話をかけようとする。すると職員はとうとう耐えきれなくなった。その場にへたり込み、慌てて叫ぶ。「待って!警察はやめてくれ!話す!全部話すから!」直哉は拳を強く握りしめたまま、冷たい目で職員を見下ろした。職員は震える声で話し始めた。「一週間前、石田真奈って女が来たんだ。松井紗良の家族だって言って、遺骨を引き取りたいって……。それで、誰にも言わないでくれって、大金を渡されて……」直哉の顎が、みるみる強く引き締まっていく。奥歯を噛みしめた頬がわずかに動き、その目には嵐のような怒りが渦巻いていた。秘書が声を荒らげる。「何を考えてるんですか!遺骨を、身元もろくに確認せず渡したんですか?家族じゃないことくらい分からなかったんですか!」職員はむっとしたように言い返した。「そんなに大事だったのか?松井紗良の遺体は、ここに五年も置かれてたんだぞ。岡田由衣って人以外、誰も引き取りになんて来なかった!火葬したあとの遺骨だって、引き取り手がなければこっちで処理する決まりだった。そこへ突然、金を払うから引き取りたいって人が現れたんだ。あんたなら断ったのかよ?」秘書は言葉を失った。その横で直哉の体がわずかに揺れた。職員はさらに続けた。「あんたたち、あの人の親族なのか?だったら、今まで何してたんだよ。そんなに大事な人だったなら、どうして五年間、一度も来なかったんだ?」「黙れ!」直哉は図星を突かれたのか、怒鳴った。その声は、これまで聞いたことがないほど激しかった。両親が亡くなったあの日以来、兄がこれほど感情をむき出しにする姿を、私は見たことがなかった。どんなことが起きても、いつも冷静な人だった。何億円規模の仕事が
「家のお墓に入りたいんだっけ……絶対にそんな願い叶えさせない」そう言うと骨壺の蓋を閉め、足早にベランダへ向かった。そして窓の外へ、思い切り骨壺を投げ捨てた。ガシャン!陶器の壺が砕け、私の遺骨が辺り一面に散らばった。「今の音、何だ?」突然、直哉が部屋の入口に現れた。真奈は慌てて振り返った。「か、花瓶を落としちゃって……」直哉は怪訝そうに真奈を見つめた。「怪我は?」「大丈夫。ありがとう、お兄ちゃん。さっきのことで怒ってるのかと思ってた……」直哉は笑った。「怒るわけないだろ。お前に悪気がなかったのは分かってる」真奈は目に見えてほっとした。だが気づいていなかった。兄は笑っていたものの、その目は少しも笑っていなかったことに。両親を亡くしたあと、直哉はたった一人で会社を立ち上げた。海千山千の大人たちを相手に、ここまで会社を大きくしてきた人だ。人の顔色を読むことには慣れている。ほんのわずかな表情の変化だって見逃さない。案の定、寝室へ戻った直哉は、すぐに秘書へ電話をかけた。声は冷え切っていた。「紗良と由衣のことを調べるついでに、真奈のことも調べろ。あいつ、何か隠してる」それから数日、直哉は少しずつ真奈を警戒するようになった。表向きはこれまでと何も変わらない。相変わらず優しく笑い、真奈を可愛がっていた。「最近、天気が崩れやすいから、外に出るなら暖かくしていけよ」そんなふうに毎日のように声をかけていた。だが実際には、これまで真奈に任せていた会社の仕事を、「無理して体を壊したら困るから」という理由で、少しずつほかの社員へ回していた。直哉は密かに真奈を会社から遠ざけ始めていた。一週間後、秘書が直哉のオフィスへ入ってきた。顔色はひどく悪かった。部屋に入ってからも、しばらく何も言わない。書類の山に目を通していた直哉が、苛立ったように顔を上げた。「何か分かったなら言え」秘書は覚悟を決めるように口を開いた。「松井社長……心の準備をしてください」直哉が眉をひそめる。「何だ?」秘書は一度目を閉じた。「紗良さんが日記に書いていたことは、全部本当でした。本当に性的暴行を受けています。そして……紗良さんは、本当に亡くなっています」カラン。直哉の手から、ペンが床へ落ちた。
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