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色を奪われた、わたし②

작가: 藍沢咲良
last update 게시일: 2026-10-23 20:00:33

九条家に嫁いで三年になる。

結婚する前、私は東都先端科学研究所で、医療機器などに使われる高機能素材の研究をしていた。毎日が、新しい発見の連続だった。仲間たちからは、将来を楽しみにされていた。「いつかノーベル賞を獲るんじゃないの?」とまで、言われたこともあった。研究は楽しいし、仲の良い職場だったし、最高だった。

結婚が決まったとき、研究所での仕事は辞めるよう命じられた。九条家の嫁が外で働いているなど、言語道断。外聞が悪い。それが理由だった。

屋敷の中では私は常に爪弾きだった。名門の出ではないからだ。九条家の嫁であるはずだったのに。家ではずっと、使用人たちと共に働くことを強いられていた。

使用人たちでさえ、私を蔑んでいた。義母であるはずの佐和子大奥さま。義姉であるはずの玲香奥さま。このふたりが私を認めないとわかった途端、それまで恭しい態度で接してきていた使用人たちは手のひらを返した。

使用人頭の小田切雅代おだぎりまさよが完璧な敬語で、でも無表情で仕事を振ってきたのが始まりだった。

「奏様、奥様から本日の客間のお掃除を仰せつかっております」

それ以来、使用人たちはこぞって私に仕事を押し付けるようになった。小田切さんとは違って、にやにやしながら。敬語も語尾を伸ばして崩しながら。特に女性の使用人たちからの当たりが強かった。

結婚さえしなければ。私は今もきっと、あの楽しかった研究所で仲間たちと研究に没頭できただろう。そしていつか、愛し愛される結婚をして、子どもを産んで幸せに暮らしていた。……はずなのに。

考えても仕方がない。けれど、涙は勝手にどんどん落ちてくる。皿洗いの最中でよかった。掃除をしているときに涙が溢れたときはひどかった。

「奏さまあ?掃除中に更に汚すのやめてもらえませんかあ?」と大きな声で使用人に囲まれ、嘲笑されていた。洗い場の使用人たちも冷たいが、掃除担当の使用人よりは静かだ。

「……奏さま。ここは、あとは私が」

「いいの。沙織さん、また目立っちゃうよ」

私より一歳下の使用人、藤原沙織さん。

かつて沙織さんが高価な壺を割ったことにされ、辞めさせられそうになったことがあった。

「私、見ていました。沙織さんが立っていた位置から壺に触れることは不可能です。防犯カメラを見てください」と証言した。使用人頭の小田切さんも目撃していたはずなのに、彼女は沙織さんを守らなかった。

「……奏さまは玲香奥さまよりも、ずっと穏やかで優しい人です。お子さまさえ授かれば、きっと大奥さまにも気に入ってもらえます」

他の使用人に聞こえないように、沙織さんは小さな声で私を励まそうとしてくれた。無言で微笑み返す。沙織さんは、良かれと思って言ってくれてるんだ。悪意は無い。

だって沙織さんは、私が篤志さんに抱かれていないということを知らないから。悪気は無い。悪気が無いから、余計につらかった。

厨房を出て中広間へ向かう。厨房の皿洗いの次は中広間の窓拭きをするよう小田切さんに命じられていた。途中、玄関の近くを通った。視線の先に、玲香奥さまと娘の麗愛ちゃんの姿があった。

「あら奏さん。暇そうねえ。ほおら、麗愛ちゃんの靴下と靴」

玲香奥さまは麗愛ちゃんの靴下と靴を私の目の前に投げ捨てた。仕方なく拾う。麗愛ちゃんは玲香奥さまと同じ目つきで靴下と靴を拾う私を見下ろしていた。そのまま玄関に座り、私が靴下と靴を履かせるのを待っていた。

「奏。早く」

言い方まで玲香奥さまにそっくり。このまま大きくなって、玲香奥さまみたいな大人になるのだろう。人を見下すことに慣れた大人。

私が麗愛ちゃんに靴下と靴を履かせるのは初めてではない。履かせる度に脚を蹴り上げて靴下や靴を遠くに投げる。それを取りに行って戻ってくる私を嘲笑する。そこまでがセットだった。

「さすが東大出身の才女ねえ。シッターまで覚えるのが早いなんて。 もし本当に不妊だったら、これからは麗愛ちゃんの面倒を見るのにも役立つわね」

「やめろ」

低音が割って入った。征臣さまだ。九条家の現当主であり、篤志さんのお兄さま。

「恥ずかしくないのか玲香。お前がやってることは真っ当な人間がすることじゃない。麗愛。靴下と靴ぐらい自分で履け。小学生だろう。できるはずだ」

「あらごきげんよう、征臣さん。奏さんはね、ご自分がやりたくて、やってるのよ?麗愛ちゃんだって、自分で履こうとしていたのを、奏さんが。ねえ?麗愛ちゃん」

「そうだよお父さま。麗愛が自分で履くって言ってるのに奏が勝手に」

征臣さんは麗愛ちゃんの目線の高さまでしゃがむと静かに告げた。

「麗愛。平気で嘘をついたり、人を傷つけたりする人間になってはいけない。麗愛は奏さんにしたことを、お友達にも、学校の先生にも、同じことをしているのか?」

麗愛ちゃんは目を逸らした。口元に指を持っていき、涙が出ているように見せようとした。その最中に征臣さんと目が合ったようで、やはり目を逸らして不貞腐れた。

「麗愛にこんな教育をするな。玲香。奏さんに謝れ。母親が見本を示せ」

「な、なんで私が」

抵抗を試みた玲香奥さまは、征臣さんの迫力にたじろいだ。

「行きましょ、麗愛ちゃん。お父さまはお忙しいみたいだから」

玲香奥さまと麗愛ちゃんは慌てる風でもなく、でも少し緊張感を孕んだ優雅さで玄関の外に出た。

征臣さんが私に視線を向けた。

「君は、いつも他人の言うことに従うだけの女性ではないと思っていた。 自分まで、自分を使用人のように扱うな」

冷たい低音が鼓膜を優しく揺らした。征臣さんの言っていることが、私には理解できなかった。

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