เข้าสู่ระบบ夕飯を済ませ、美紀がデザートを取りに行こうと立ち上がった、丁度その時――。
〝見つけたわぇ……〟
どこからともなくそんな声が聞こえ、それと同時に部屋の中がどす黒い、ねっとりとした
――来た!
忘れもしない。
この感じは、二十数年前に彩音を攫った鬼の気――。「
「なっ……!?」
いくらしっかりしているとはいえ、美紀はまだ四つだ。尋常ならざる事態にさらされて、平気でいられるはずがない。 カエルが潰れたような引きつった声を発すると、玉郎の腕の中でぐったりとうなだれてしまった。それを見て、二人と、邪気が漂ってくる気配との間に割って入る帝太郎。
手にはズボンのポケットから取り出した封じの玉を握っている。「美紀ちゃんは!?」
「大丈夫。気ぃ〝ならばわらわもお前が一番大切にしているものを奪ってやろうぞ……!〟 鬼女の視線の先には壁にもたれかかった状態で気を失っている帝太郎の姿――。「帝太郎!」 すぐにでも傍に駆け寄って主人を敵の手から遠ざけたい玉郎だが、彼は今、彩音と美紀を護ることで手一杯なのだ。 きっと今、結界を破って彼を助けるような真似をしたら、帝太郎は酷く怒るだろう。 帝太郎なら大丈夫だ――。 だから玉郎には帝太郎のことを信じるしか出来ない。 ぞろり。 ぞろり。 ぞろり。 身動きが取れず見守ることしか出来ない玉郎の前で、鬼女は襦袢の裾を引き摺りながら、悠然と帝太郎のほうへと歩んでいく。(遊女?) 着物の着崩し方。歩く所作。 眼前の鬼を見て、玉郎は直感的にそう悟った。そう言えば、『遊びをせんとや~』の歌は娼妓が歌ったものではなかったか。 ぞろり。 ぞろり……。 ぞろり…………。 帝太郎と悪鬼の間は、今や一メートルもない。「帝太郎!」 微動だにしない帝太郎の様子に、さしもの玉郎も不安が募る。 今や女の手は、帝太郎の頬へ触れんばかりの位置に達していた。 と、突然、帝太郎の腕が上がった。身体は依然壁にもたれかかったままだが、上げられた腕の動きだけは早かった。 うつむいたままの帝太郎が、素早く手刀で九字を切ると、明らかに鬼の動きが鈍ったのが分かる。九字によって場が清められたのだ。「ノウマクサンマンダ・バサラダンセン・ダマカラシャダソワタヤ・ウンタラタカンマン」 結ばれた印は内縛印。これによって鬼女の動きが封じられたのが、見ている玉郎にもはっきりと分かる。異形から放たれる妖気が弱まったからだ。 しかし、帝太郎は未だ意識を取り戻している風には見えないのだ。何だか生への執着という本能だ
真っ白な襦袢を朱に染めた鬼の姿は、異形と分かっていてもどこか妖艶で美しい。そして、それ故に物悲しい印象を受ける。〝わらわの娘を返せ!〟 鬼女が、少女を「娘」と呼んだ途端、玉郎から殺気が薄らいだ。そればかりか敵の視線から逃れるように目を逸らしてしまったではないか。「あれは貴女の子供じゃない!」 押され気味の玉郎と鬼女との間に立ち塞がると、帝太郎は鬼と真っ向から向かい合った。 そんな帝太郎を押し戻すかのように、鬼の放つ怒りの念が妖気というかたちをとってビョウビョウと吹き付ける。〝あれはわらわの産んだ子じゃ……!〟「違う!」 並みの術者ならば立っているのもやっとなほどの濃厚な妖気に包まれているはずなのに、帝太郎はそんなことを微塵も感じさせない様子でそう返すと、視線を逸らすことなく鬼へと一歩前進した。「……あれは……そいつの妹だ! あんたの子じゃねぇ!」 空中に出現したその瞬間から分かっていた。 あれは帝太郎の妹――彩音――だと。 玉郎の跳躍力をもってすれば、この程度の高さに浮いている少女など、容易く引き寄せることが出来たのだ。 それを躊躇わせたのはその事実。 過去に自分が守ることが出来なかったという負い目からか、玉郎は彩音に手を掛けることが出来なかったのだ。 更に、追い討ちを掛けるように放たれた、女の「娘を返せ」という言葉に、鬼女の悲しみまで知ってしまった気がして、彩音は眼前の異形に返すべきではないかとまで思ってしまった。 自分と同じように、大切なものを失った悲しみに耐え切れず鬼となってしまったのだろう鬼女。その気持ちが分かるが故の不憫さからか、一瞬でも敵に同調してしまった自分が口惜しい。 己に悲しいことがあったからと言って、他者に同じ思いをさせても良いという理由にはならないのだ。 帝太郎は、どんな気持ちで彩音と悪鬼の間に立ち塞がっているのだろう? 尚も水滴を滴らせながら浮かぶ彩音を見上げ、玉郎はグッとこぶしを
「引き離しに成功したら……もう一方の気配が善い奴か悪い奴か玉郎ならすぐに判断つくよね? 悪くない奴だったら……即座に美紀ちゃんと一緒に結界で守ってあげて!」 もう二度と悪い気配に取り込まれなくて済むように……。「もし悪い奴だったらっ!?」「その時は美紀ちゃんだけ」 そう言って淡く微笑む帝太郎に、玉郎は「お前はどうするんだ!」という言葉を飲み込んだ。 スッと立ち上がった帝太郎の横顔が、とても凛としていて……。それ故にその力強いオーラに気圧されてしまったのだ。「僕は一人でも何とか耐えられるから」 玉郎の心中を察したのか、ひたと前方を見据えたまま、帝太郎がそう呟く。「だから美紀ちゃんのこと、頼んだよ?」 玉郎にならば、大切な命を任せることが出来る。そのくらい帝太郎は玉郎のことを信頼している。「分かった」 玉郎がそう答えると同時に、帝太郎が九字を切る。「臨兵闘者皆陣列在前!」 ――兵として闘いに臨む者は、皆陣列の前に在れ! 手刀によって描かれた九字が、帝太郎の前方で火花を散らしながら炸裂する。 姿が見えないとはいえ、吹き付けてくる妖気の方向から敵の大体の位置は把握出来る。「玉郎!」 スパークと同時にまるで空中に降ってわいたかのように、全身ぐっしょりと濡れそぼった少女が出現した。 それを確認したと同時に彼女の真下に駆け寄る玉郎。美紀も左腕に抱き留めたままの状態で、瞬時にそこまで跳躍出来たのはさすがだ。 しかし落ちてくるはずの女の子は、玉郎の伸ばした手が届かぬギリギリの位置で宙に浮いたままだった。 伸ばされた玉郎の手が触れることが出来たのは、その子のまとう服から滴り落ちる水滴ばかり。 ジャンプすれば十分届く距離に居
夕飯を済ませ、美紀がデザートを取りに行こうと立ち上がった、丁度その時――。〝見つけたわぇ……〟 どこからともなくそんな声が聞こえ、それと同時に部屋の中がどす黒い、ねっとりとした靄に覆われ始める。――来た! 忘れもしない。 この感じは、二十数年前に彩音を攫った鬼の気――。「玉郎!」 言われるまでもなく、玉郎は美紀をその腕に抱いている。「なっ……!?」 いくらしっかりしているとはいえ、美紀はまだ四つだ。尋常ならざる事態にさらされて、平気でいられるはずがない。 カエルが潰れたような引きつった声を発すると、玉郎の腕の中でぐったりとうなだれてしまった。 それを見て、二人と、邪気が漂ってくる気配との間に割って入る帝太郎。 手にはズボンのポケットから取り出した封じの玉を握っている。「美紀ちゃんは!?」「大丈夫。気ぃ失っただけだ」 ぐったりとした美紀を抱えて、玉郎が答える。〝おや、このにおい……。小賢しいこと。またあの鬼がいるんだねぇ……〟 あの鬼、とは恐らく玉郎のことだろう。 間違いない。彩音を奪った奴だ! 今の言葉を聞いて、帝太郎はそう、確信する。 ギリリと歯噛みする帝太郎を見て、玉郎が彼をなだめる。「落ち着け。焦っちまったらこっちの負けだ」 ごうごうと吹き付ける生暖かい風。 その風のにおいが、帝太郎の心をより一層逆撫でする。「いいな、帝太郎。お前は玉封師だ。分かるな?」 彩音を奪われた、何にも出来なかった子供の頃とは違うのだと言外に含ませる。冷静に対処すれば必ず勝機はあるはずだ、と。 過去の感情に振り回されて的確な判断が出来ない状態になったら負けだ。 〝今、この時〟を、そして〝未来〟を護ること。それだけを念頭に置け。
「気にしなくていいよ。美紀ちゃん、今日は沢山お手伝いしてくれたんだもの」「おかずも作ってくれたしな?」 湯気のくゆる盆を手に、玉郎がニッと笑ってウインクをする。「そうなの?」「ああ!」 味噌汁作りの時もおから作りの時も、美紀は本当によく手伝ってくれたのだと玉郎が太鼓判を押す。 あんまり手放しに褒められたからか、美紀がくすぐったそうに首をすくめて頬を染めた。その姿が何とも愛らしくて、自然と笑みのこぼれてしまう帝太郎。「玉郎先生、あたし、お茶碗運ぶ!」 照れくささに居たたまれなくなったのか、そう言って台所へと駆け出す美紀。「茶碗はそこの棚ん中な」 言いながら玉郎は熱々の味噌汁がよそってある汁椀を三つこたつの上に並べると、それとは別に真ん中に大きな鉢を置く。中にはこれでもかと言わんばかりの量のおから。「玉ちゃんたちもご飯まだなの?」「お前が帰って来るまで食わねぇってごねられちまって……」 何とも美紀らしい。苦笑しながらそう告げる玉郎に、帝太郎も微笑み返す。「素敵な奥さんになるだろうね」 帝太郎が、玉郎が思ったのと全く同じ感想を述べた時、茶碗と箸を手にした美紀が戻って来た。「菜奈子先生のこと?」 まさか自分のことを話しているのだとは露ほども思っていないのだろう。 きょとんとした顔でそう問いかけると、帝太郎の顔を覗き込んだ。「いや、菜奈ちゃんのことじゃなくて」「まさかべつの女の人のはなし? 帝太郎先生、浮気はダメよ!?」 ますます話がややこしくなる。「そいつ、美紀ちゃんのこと言ってたんだぜ?」 黙って見ているのも面白いかも知れないが、それで食事が冷めてしまうのも面白くない。 そう判断したのか、珍しく助け舟を出してくれた玉郎に、帝太郎がホッと安堵の溜め息をつく。「あたし?」「そう」 またもや褒め攻撃にあってしまい、ドギマギしてしまう美紀。 そのぎこちなさを払拭するよ
「ただいまぁ~」 アパートに帰り着いてドアを開けると、ほんのりと甘い味噌の香が鼻孔をくすぐる。 菜奈子を家に送り届けた辺りからちらつき始めた雪。その中を歩いて冷えきってしまった身体に、温かい汁物は有難い。「お帰り。お疲れさん」 帝太郎の帰宅を察して味噌汁の入った鍋に火を入れながら、玉郎がねぎらいの声をかける。「美紀ちゃんは?」「お前が帰るまでは……って頑張ってたんだがな……」 玉郎の視線を追って部屋の奥へと目を向けると、端に追いやられたこたつの横に布団が敷いてあるのが見えた。「やっぱりしっかりしてるように見えても子供だね」 あどけない寝顔を見つめながら帝太郎が微笑む。「まぁな」 恋愛に関して言うならば、お前よりは彼女のほうがよっぽど卓越してると思うがな、という言葉を飲み込む玉郎。「先に飯にするだろ?」 風呂も沸かしておいたが、せっかく温めたのだ。食事を先にしてくれるほうが台所も早く片付いて助かる。「うん、有難う。実はお腹ぺこぺこなんだ♪」 コートをハンガーに掛けながら帝太郎が舌を出して見せる。 そうしながら思い出したようにコートのポケットに手を突っ込んで中を探ってみたが、左右どちらにも何も入っていなかった。 次いでズボンのポッケを叩いてみて、その一つに小さな異物が納まっているのを確認する。「無垢玉の所在確認たぁ、感心、感心」 帝太郎のその仕草を見遣って玉郎がニヤリと微笑う。 帝太郎、実は玉封師という仕事柄、いついかなる時に真っさらな封じの玉が必要になるか分からないので、玉郎のものとは別に何も封じていない玉――無垢玉という――を一つ二つ、ポケットなどに忍ばせることを常としている。 しかし、のほほんとした性格なので、よくそれを不用意に落っことしては玉郎に叱られてしまうのだ。 今日は美紀がいるので少し気を引き締めたらしい。