「あの、私たち、鳥飼《とりかい》さんから赤のソリオでお迎えがあるって聞いてたんですけど」
不意に、すぐ横から四季《しき》ちゃんの声がして、私はそういえば、って思う。「あ、ごめんなさい。温和《はるまさ》……、あ、えっと、主人が……。大学前に横付けは恥ずかしいって言うものですから」
言って、音芽《おとめ》さんが指差す先。少し離れた路肩に、赤い車が停車しているのが見えた。
「兄のことだからきっと、いつもこの辺に堂々と横付けして迎えに来てたんだと思うんですけど……うちの人はそういうのダメなタイプで。本当ごめんなさい」
言われて、私も四季ちゃんも逆に恐縮してしまう。
「あ、いえっ。その反応、普通だと思いますっ」
四季ちゃんはそう言ってから、ハッとした様に「あっ! お兄さんが変っていうわけではなくてっ」としどろもどろになった。私は四季ちゃんのそんな姿を見たのが初めてで、ちょっぴり驚かされてしまう。
「いえいえ。兄が図太すぎるんです、きっと」
音芽さんがそんな四季ちゃんの緊張をほぐすようにニコッと笑ってくれて、四季ちゃんもホッとしたように肩の力を抜いた。
「ちょっと、2人とも! 奏芽《かなめ》は図太くなんてないし、変でもないわよ!? パパより堂々としててかっこいいだけだわっ!」
ぷぅっと頬を膨らませて、和音《かずね》ちゃんが奏芽さんを弁護する。私たちは3人で顔を見合わせて、思わず笑い合ってしまった。
「ちょっと! 一緒になって笑ってるけど、お姉さん……えっと……向井さん?だって私と同じ気持ちでしょう!?」
いきなり和音《かずね》ちゃんから名指しで同意を求められて、私は瞳を見開いた。
ふと視線を落とした先、和音《かずね》ちゃんから「そう思っていないなら奏芽の横にいることは認めない」って目で訴えられているような気がして、私は「もちろん」って答えたの。
さっきまで物凄く緊張してしんどかったのが
そんな風に思う私の横から告げられた和音《かずね》ちゃんの言葉に、私はいつかのぶちゃんと一緒に行ったお寿司屋さんで、奏芽《かなめ》さんの足元にしがみついていた彼女のことを思い出した。 あの時は和音《かずね》ちゃんを奏芽さんのお嬢さんだと思って、モヤモヤしたんだった!「ああいういの、私が生まれた時からずっと毎月欠かさずなんだって」 和音《かずね》ちゃんの言葉に、私は驚いて瞳を見開く。「パパとママにせめて月に1回ぐらいは恋人に戻れる時間を作ってあげたいっていう奏芽の優しさよ」 言われて、私は奏芽さんのおふたりへの愛情の深さを垣間見た気がしたの。それと同時、私には絶対入り込めない絆みたいなものを感じて、少しだけ胸が苦しくなった。「和音《かずね》ちゃんは……寂しかったりしないの?」 自分が寂しいものだから、思わずそう聞いてしまってから、愚問だったと思ったの。だって和音《かずね》ちゃん、奏芽さんのこと大好きだもの。 大好きな人と一緒にいられる時間が寂しいものであるわけがない。 そう思ったんだけど。「前までは嬉しくて堪らなかったんだけど……ここ数ヶ月は少し寂しいかな」 ムッと小さく口をとんがらせる和音《かずね》ちゃんの予想外の返答に、私は驚いて彼女の横顔を見やった。「お姉さんのせいなんだからね?」 言われて、私はやっと悟った。 私の存在。和音《かずね》ちゃんが何とも感じてないわけなかった。「ごめんなさっ」 謝ろうとしたら「そういうの嫌い」って遮られてしまう。「お姉さん、あの時一緒にいたお兄さんじゃなくて奏芽《かなめ》を選んだってことでしょう? 奏芽の方が素敵だって思ったってことでしょう?」 真剣な目で射すくめるように見つめられて、私は一瞬言葉に詰まった。 でも、すぐにハッキリと「はい」って答えてうなずいたの。 私の返答に、和音《かずね》ちゃんが小さく吐息を漏らした。「奏芽にも言われたのよ。お姉さんとのことは本気だか
「ああ! 大丈夫! 気にしないで?」 言ってから、「温和《はるまさ》、いいよね?」と運転席のご主人に言い聞かせるような口調。 これは……既婚者の余裕というやつかしら。 なんて思った私だったけど、ふと視線を転じた先、ご主人の雰囲気に「おや?」と思う。 もしかして……隣に好きな人以外を座らせたくないのは音芽《おとめ》さんじゃなくて……。 そう思い至ってじっと運転席のスーツ姿の男性――奏芽《かなめ》さんとは別の意味で、正統派な感じのハンサムな男性だ――を見つめた。 彼、絶対めちゃくちゃムスッとしている、よね。 と、私の視線に気づいたご主人――温和《はるまさ》さん?――が、こちらを見るなり嘘みたいにニコッと笑った。 年齢《とし》は確か、奏芽《かなめ》さんと……同い年、だったよね? 〝温和《はるまさ》〟だから奏芽さん、「ハル」って呼んでおられるのねって思いつつ。「奏芽の彼女って言うから、どんな女性が来るのかと構えてたんですけど。すごくお綺麗な方で安心しました。初めまして。奏芽の幼馴染みの霧島《きりしま》温和《はるまさ》といいます。あなたみたいな愛らしい方に隣に座っていただけるとか、とても光栄です」 何だかわざとらしいくらい褒め殺された気がする。「初めまして。今日はわざわざすみません。その……よ、よろしくお願いします」 言いながら、そっと音芽さんを窺い見たら、ムッとした表情をしていて、ひゃー、これ、音芽さん、絶対怒ってるっ! って思った。 霧島《きりしま》ご夫妻の様子に、助手席への扉を開けたままフリーズしてしまった私を助けてくれたのは、1人先に運転席後ろでジュニアシートに収まっていた和音《かずね》ちゃんだった。「パパもママもいい加減にしてよ。お姉さん、困ってるじゃない! ママ、さっさと助手席に座って! パパはママに謝る! お姉さんは私の隣《こっち》ね」 ポンポンと、自分の隣――助手席
「あの、私たち、鳥飼《とりかい》さんから赤のソリオでお迎えがあるって聞いてたんですけど」 不意に、すぐ横から四季《しき》ちゃんの声がして、私はそういえば、って思う。「あ、ごめんなさい。温和《はるまさ》……、あ、えっと、主人が……。大学前に横付けは恥ずかしいって言うものですから」 言って、音芽《おとめ》さんが指差す先。少し離れた路肩に、赤い車が停車しているのが見えた。「兄のことだからきっと、いつもこの辺に堂々と横付けして迎えに来てたんだと思うんですけど……うちの人はそういうのダメなタイプで。本当ごめんなさい」 言われて、私も四季ちゃんも逆に恐縮してしまう。「あ、いえっ。その反応、普通だと思いますっ」 四季ちゃんはそう言ってから、ハッとした様に「あっ! お兄さんが変っていうわけではなくてっ」としどろもどろになった。 私は四季ちゃんのそんな姿を見たのが初めてで、ちょっぴり驚かされてしまう。「いえいえ。兄が図太すぎるんです、きっと」 音芽さんがそんな四季ちゃんの緊張をほぐすようにニコッと笑ってくれて、四季ちゃんもホッとしたように肩の力を抜いた。「ちょっと、2人とも! 奏芽《かなめ》は図太くなんてないし、変でもないわよ!? パパより堂々としててかっこいいだけだわっ!」 ぷぅっと頬を膨らませて、和音《かずね》ちゃんが奏芽さんを弁護する。 私たちは3人で顔を見合わせて、思わず笑い合ってしまった。「ちょっと! 一緒になって笑ってるけど、お姉さん……えっと……向井さん?だって私と同じ気持ちでしょう!?」 いきなり和音《かずね》ちゃんから名指しで同意を求められて、私は瞳を見開いた。 ふと視線を落とした先、和音《かずね》ちゃんから「そう思っていないなら奏芽の横にいることは認めない」って目で訴えられているような気がして、私は「もちろん」って答えたの。 さっきまで物凄く緊張してしんどかったのが
「あ、あの……。向井《むかい》……凜子《りんこ》さん?」 と、背後から不意に声を掛けられて、私は思わず「あ、はいっ」って答えて身体を跳ねさせる。 振り返ると、奏芽《かなめ》さんによく似た顔立ち――でも目はシャープな印象の奏芽さんと違って、愛らしい様相のぱっちり二重――の、おさげ姿の女性が、小学生くらいの女の子と一緒に立っていた。 髪の色は少し赤みがかかって見えて……私と同じブリュネットに近い、かな? 身長は私と同じくらいだと思う。でも、身にまとった雰囲気《オーラ》がハムスターとかリスとか……とにかくそんな感じの小動物系で、何だか私よりも小柄に見える気がしたの。 年上なはずなんだけど、なんて言うのかな。思わずギュッ!ってしたくなるような可愛さというか。 そんな彼女とは、一度だけ奏芽さんとスーパーでお買い物をしていた時にお会いしたことがある。「あっ、後ろから急に声掛けてごめんなさい。霧島《きりしま》音芽《おとめ》です。鳥飼《とりかい》奏芽《かなめ》の妹の」 前に一度お会いしましたよね?と言われるまでもなく、彼女――音芽さん――のことは私も覚えている。 見た目から、奏芽さんの血縁者なことは容易に推測できる、でも奏芽さんとは全く身に纏う趣《おもむき》の違う妹さん。 それに、何より私、音芽さんの横に立つ女の子とも面識があるの。その少女のことは、ある意味音芽さんより印象に残っているかもしれないくらいで。「奏芽がどうしてもって言うから、和音《かずね》、あなたの事、見つけるお手伝いに来てあげたのよ。パパはお姉さんとは会ったことないし、ママもぼんやりしててあてにならないところがあるから」 ツンとした様子で私を睨みつけてくるその女の子。うん。私も彼女のことはよく覚えてる。奏芽さんの姪っ子の和音《かずね》ちゃんだ。 そっか。音芽さんと和音《かずね》ちゃんが一緒だから……。だからハルさん《相手》には私が分かるっておっしゃったんだ。
この学校は、そういう意味でセキュリティが甘めなんだと改めて実感させられた。 自分がこうなってみて初めて気付かされたけど、これって結構怖いことなのかも?「ね? 気をつけないとって思ったでしょ?」 四季《しき》ちゃんが私の表情を見て、そう声を掛けてきて、私は神妙な面持ちでうなずいた。 今までは、学内にいれば安全だって勝手に思いこんでいたけれど、そんなことはないみたい。*** 買ったもの――四季《しき》ちゃんはコーヒー、私はミルクティー――を学生ホールで2人並んで飲んでから、その足で待合場所《正門》を目指す。 予め届いた奏芽《かなめ》さんからのメールによると、迎えに来てくださる方たちの仕事が終わるのは16時40分とのことで。大学《ここ》には17時までには着けるだろう、と書かれていた。 時計を見ると16時45分。 奏芽さんがいつも迎えに来てくださる辺りに立っていたらいいのかな? メッセージによると、お相手の車は〟ワインレッドのミニバン(ソリオバンディット)〟らしいのだけど、車に疎い私はミニバンもソリオバンディットもぴんと来なかった。 それでさっき、ミルクティーを飲みながらスマホで「ソリオバンディット」を検索してみたの。 その様子に気付いた四季ちゃんが、「私、ソリオなら知ってるから大丈夫だよ」って言ってくれたけど、私、自分でも知っておかなくちゃ、何だか落ち着かない性分で。 「赤って、白や黒に比べたら台数も少ないし、目立つはずだよ? もう少し力抜いて構えてても平気だよ」って、と苦笑いする四季ちゃんに、「でも四季ちゃんの彼氏さんの車……」ってつぶやいたら、「あ。ごめん、うちのも赤でした」と。 そう、そうなの。実は四季《しき》ちゃんの彼氏さんの車も赤だから。 四季ちゃんは、赤は多くないって言うけれど、車種によっては決して少なくないお色だとも思ってしまう。 私が調べてみた感じだと、ソリオバンディットという車も、赤――クラレットレッドメタリックというらしい――はカタログの表紙になって
とりあえず次の教室に移動しながら話そうってことになって、四季《しき》ちゃんと並んで歩きながら、ポツポツと自分が感じた違和感も交えて起こった出来事を話していたら、少しずつ自分の中でも心の整理ができてくるようで。「凜子《りんこ》ちゃん、その男、知ってる人だった?」 四季ちゃんに問いかけられて、私は小さく首を振る。 そういえば、向こうは私の名前を知っているみたいだったけど、私は彼の顔を見てもクラスメイトという認識にならなかったし、当然名前も思い浮かばなかった。あちらから自己紹介も受けていなければ、こちらから聞くような真似もしなかった。 それを伝えると、「何それ。あっちだけ凜子ちゃんのことを知ってるとか……ますます気持ち悪いね。けど、こっちが相手に興味を持ってるって思われるのは危なそうだし、凜子ちゃんから名前を聞かなかったのは正解だと思う!」って四季ちゃんが眉根を寄せてまくし立てる。 私のことなのに、まるで自分のことみたいに考えてくれる四季ちゃんの存在が、本当にありがたいって思ったの。 そこでふと、私はあることを思い出した。「あ、でもね、四季《しき》ちゃん。私、その人のこと、どこかで見たことがある気もして――」 言ったら、「え!? どこで!?」って詰め寄られる。 私は四季ちゃんの迫力に、しばし自分の記憶を手繰り寄せながら考える。 彼に既視感を覚えたのは……あの人が教室を出て行った際。帽子を被った後ろ姿を目にした時、だ。 そんな姿の男性を目にしたのは……確か。「多分……バイト先のコンビニ」 ゴミ箱のところで声をかけてきた、あの人の後ろ姿に似ている気がしたんだ。 口調とか雰囲気なんかが合致しなくてすぐにはピンとこなかったけど、あの後ろ姿だけは同一人物にしか思えない。 そう答えたら、四季《しき》ちゃんが驚いたように瞳を見開いた。「ちょっと! それ、すっごくマズイじゃん! だって凜子《りんこ》ちゃん、今まで変な気配、コンビニ