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96話「朝の食卓」

مؤلف: 団紡るう
last update تاريخ النشر: 2026-09-18 07:00:40

 灯は前に続きを、いつもの調子で話していた。瑠衣は向かいに座り、手元の本を閉じたまま聞いている。灯はカップへ手を伸ばして一口飲み、それから視線をテーブルへ戻した。

「朝、目が覚めると、知らない部屋でした」

 灯の声は静かだった。昨夜のことを特別な出来事として扱う様子もない。ただ、覚えていることを順番に置いていくように話している。

「昨夜借りた本が枕元にありました」

 瑠衣は小さく頷いた。灯の指がカップの取っ手から離れる。

「廊下を歩くと、台所から音がしていて」

「祖父が朝食を作っていました」

「起きたか、とだけ言われました」

「はい、と答えました」

 瑠衣は黙って聞いていた。灯はそれ以上朝のことを付け足さず、本の表紙へ目を落とした。瑠衣は閉じた本の表紙へ目を落とす。朝の食卓で祖父が何を話したのか、灯がどんな顔で食事をしていたのか。細かなところまでは聞かされていない。それでも、灯が覚えているのは本だけではなかった。起きたときの部屋、廊下の音、台所から聞こえた物音まで、灯の言葉には残っている。<
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  • 結婚式当日、妹と寝た婚約者を退け、叔父の妻となる   139話「深く知るということ」

     月曜日。瑠衣はいつもより少し早く出勤し、机の上に届いていた資料を種類ごとに分けた。確認が必要な箇所に付箋を貼り、日付を確かめてからファイルへ収める。廊下の向こうでは社員が出勤の挨拶を交わし、複合機から印刷された紙が出てくる音も聞こえた。 灯はすでに仕事を始めていた。デスクに向かい、書類を確認しながら必要な箇所に印をつけている。ときおり手を止めて本を開き、数行読んでからまた書類へ戻る。その姿はいつもと変わらない。瑠衣が資料を持って近づくと、灯は顔を上げて受け取った。「ありがとうございます。確認しておきます」「お願いします」 それだけのやり取りを終え、瑠衣は自分の机へ戻った。ファイルを開き、整理した資料を順番に並べていく。日付を確かめ、抜けている書類がないか一枚ずつ指で追った。手を動かしている間にも、ふとした拍子に先週の声が浮かんだ。 瑠衣さんがいるから、そう思います。 資料の端を揃えた瑠衣は、次の束を手元へ引き寄せた。確認を終えた書類を棚へ戻し、空いた場所に新しいファイルを差し込む。背表紙の向きを整えてから、机に残った付箋を一枚ずつ片づけた。 昼休みになると、瑠衣は給湯スペースでお茶を用意していた。紙コップを手にした御厨が通りかかり、棚に置かれた本へ目を向ける。灯が先ほどまで読んでいた本だった。瑠衣が湯呑みを持ち上げると、御厨が何気ない調子で声をかけてきた。「社長って、昔から本好きなんですかね」「そうみたいですね」 瑠衣は湯呑みを両手で持ち、少し冷ましてから口をつけた。御厨は棚の本を眺めていたが、やがて思い出したように続けた。「なんか、最近特に楽しそうで」 瑠衣の手が湯呑みの縁で止まった。御厨は特に返事を待つ様子もなく、手にしていた紙コップを持ち直している。「……そうですか」「ええ。まあ、気のせいかもしれませんけど」 御厨は軽く手を振り、そのまま自分の部署へ戻っていった。呼び止める者もなく、廊下には昼休みの話し声が戻る。瑠衣は湯呑みを置き、使ったスプーンを洗ってから給湯スペースを出た。机に戻る途中で藤堂とすれ違い、軽く会釈を交わす。午後の予定を確かめるため

  • 結婚式当日、妹と寝た婚約者を退け、叔父の妻となる   4話「書庫の家」

    駅前のベンチに座った。 キャリーケースを足元に置いて、スマホでホテルを検索した。最寄り駅周辺、今夜から、一名。画面に価格が並んだ。一泊八千円。一週間で五万六千円。一か月で……計算したところで閉じた。 ネカフェでもいい。足さえ伸ばせれば。いや、足を伸ばしたい。今日一日立ったり座ったり、笑い声を聞いたり無視されたり、それだけで体が限界に近かった。 ポケットから鍵を出した。 メモを見た。相沢灯。住所。知らない地名。 今日初めて会った人間の家の鍵が、手の中にある。状況だけ取り出すと相当おかしい。しかし今夜の選択肢を並べると、これが一番まともだった。「……行くか」 独り言が出た。誰もい

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  • 結婚式当日、妹と寝た婚約者を退け、叔父の妻となる   2話「人生最悪の日、乾杯」

     招待メッセージを三回読んで、やっと気づいた。 "披露宴開始 13:00"  式の時刻が書いていない。私は披露宴にしか呼ばれていない。  駅から会場まで、十分ほど歩いた。招待状を持って、一人で歩いた。  歩いて、何度か立ち止まった。 (あれ、なんで私こんなことしてるんだろう)  もっと怒っていいはずなのに、邪魔しようと考えてもいいはずなのに。  それより心にあるのは"無"だった。  感情より足が動くことがあるんだな、と瑠衣は自分自身に感心していた。 (一番バカなのは、私かもしれない) 受付に並んで、順番が来た。 「江品家で招待されている、江品瑠衣です」  スタッフの女

  • 結婚式当日、妹と寝た婚約者を退け、叔父の妻となる   1話「婚約破棄の夜」

     瑠衣は今日も仕事で帰りが遅くなった。  "江品"という表札の門をくぐった時に、違和感を感じた。実家なのに、自分が住んでいる家なのに、何か違う感じがした。そしてそれは、玄関に入った時に確信した  玄関に靴が多い。  父のスリッパ、母のパンプス、妹の真衣のスニーカー、それから男物のローファーが二足。 仕事帰り、鍵を回す手が一瞬止まった。いやな予感というより、答えの見えた数式を解く前の感覚に近かった。  リビングのドアを開けると、全員いた。父、母、真衣、婚約者の深内雅之、そして見覚えのある顔が二つ——雅之の両親だ。テーブルを囲んで

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