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色褪せた愛の果て、記念日に届いた離婚届
色褪せた愛の果て、記念日に届いた離婚届
Auteur: ミントソーダ

第1話

Auteur: ミントソーダ
結婚3周年の記念日、九条澪(くじょう みお)は夫の九条慎也(くじょう しんや)への贈り物として、離婚届を用意した。

澪は、誰もいない向かい側の席に目をやり、弁護士の岡本翔太(おかもと しょうた)に電話をかけた。

「岡本先生、離婚協議書の準備はできましたか?」

この時、澪は一人ダイニングテーブルに座っていた。揺れるキャンドルの炎が彼女の横顔を照らし、表情をぼんやりさせていた。彼女は離婚がスムーズに進められるよう弁護士に頼んで「離婚協議書」を用意させていたのだ。

「はい、もう準備はできていますので、レターパックで送りました」そう言って翔太は少しためらった後、戸惑ったように尋ねた。「ですが……今日はお二人の結婚3周年の記念日ですよね?そんな大切な日に、本当に離婚を切り出すおつもりですか?」

大切な日?

澪は、とっくに冷めてしまった料理に目を落とし、自嘲するように口元を歪めた。

夫婦がお互いに覚えていてこそ、記念日には意味がある。

言うまでもなく、慎也との間でこの日を覚えていたのは、自分だけだった。

そう思って彼女が電話を切ると、ちょうど玄関のドアが開く音がした。

慎也が、疲れきった顔でドアを開けて入ってきた。けれど、その声には喜びがにじみ出ていた。

「美羽の離婚裁判が終わったんだ。これでようやく、彼女はあのDV男から解放される」

1ヶ月ぶりに顔を合わせたというのに、慎也の口から出た最初の言葉。それは、彼の初恋の人がついに離婚した、という報告だった。

澪はうつむいて、軽く嘲笑いを浮かべた。

「おめでとう」

すると、慎也は口角を上げ、満足そうにうなずいた。

「ああ。だいたい、お前さえいなければ、俺と美羽はとっくに結婚していたんだ。そうすれば、あの子も不幸な結婚生活を送らずに済んだ。やっと苦しみから解放されたんだから、お前も喜んでやるべきだ」

その心ない言葉は、重いハンマーのように澪の胸を打ちつけた。

そう、慎也の言う通りだ。もし自分がいなければ、彼と夏目美羽(なつめ みう)は結婚していたはずだ。

澪は幼い頃から、九条家の嫁として育てられてきた。

九条家の計らいで、幼い頃から互いが慣れ親しめるように、彼女と慎也は幼稚園の頃からずっと同じクラスだった。

そんな中、毎日、慎也の完璧とも言えるほどの整った顔を前にしていると、澪も当然のようにときめいてきたものだった。

大人になったら慎也と結婚すると分かっていたから、その日が来るのを心待ちにしていた。

そんな日々は、高校生の時、クラスに美羽という貧しい転校生がやってくるまで続いた。

美羽は貧しい家庭の出だったが、芯が強く、まるで高嶺に咲く気高い一輪の花のようだった。

そんな彼女の性格は、慎也の興味を引いた。

慎也は最初、お金をちらつかせて美羽をからかっていた。でも美羽はいつも、怒ってお金を地面に叩きつけ、彼を「親のスネかじり」だと罵った。

そして慎也は次第に、彼女の両親が病気で寝たきりであること、そして学費も生活費も、すべて彼女がアルバイトで稼いでいることを知るのだった。

すると彼は真剣に美羽へ謝り、放課後には彼女と一緒にアルバイトをするようになった。

そうして毎日一緒に過ごすうちに、二人は付き合い始めた。

そうなると、澪の立場は気まずいものになった。まるで、主人公たちを引き裂くために婚約者という立場に居座る悪役令嬢のようだった。

それから大学入学共通テストが終わると、慎也は澪との婚約を取り消したいと申し出た。彼は大学を卒業したら、美羽と結婚するつもりだったのだ。

けれど、九条家がそんな貧しい学生との結婚を許すはずもなかった。

そして絶え間ないプレッシャーに、先に耐えられなくなったのは美羽の方だった。

彼女は別れを告げ、別の街の大学へ進学した。

それ以来、慎也はすっかり落ち着き、言われるがまま大学へ進学し、卒業後は会社を継いだ。

彼は美羽のことも、そして澪との婚約のことも、口にしなくなった。

だから澪は、もう二人が結婚することはないのだろうと思っていた。

3年前、慎也が血走った目で彼女の前に現れるまでは。

「結婚しよう」

そう言って彼女の腕を掴む慎也の力は、痛みを感じるほど強かった。でも、当時の澪は長年の願いが叶った喜びに酔いしれ、そんなことは気にもせず、すぐに頷いた。

そして新婚の夜。慎也はひどく酔っぱらって帰ってきて、酒の匂いをさせたまま、彼女をベッドに押し倒した。

あの日、部屋の雰囲気が上り詰めるのにつれて、澪の心も甘い期待で満たされていった。

しかし、慎也は澪を強く抱きしめ、身を沈めると、彼女の耳元でささやいたのは、美羽の名前だった。

「美羽、どうして待っていてくれなかったんだ?もう少しで、会社を完全に手に入れてお前を迎えに行けたのに。どうして……他の男と結婚なんかしたんだ?」

その瞬間、澪の心は凍り付いた。

なるほど。慎也が結婚を言い出したのは、美羽が他の男と結婚して、絶望したからだったのか……

そう思うと澪の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

それが体の痛みからなのか、心の痛みからなのか、彼女には分からなかった。

だが、翌朝、澪は何事もなかったかのように振る舞った。慎也もおそらく、自分が言ったことなど覚えていないようだった。

ただ、彼が責任感のある夫であることは、認めざるを得なかった。

結婚後、慎也は「九条夫人」としての体面を十分に保ってくれた。パーティーへの同伴はいつも澪にさせていたし、新作の宝飾品も季節ごとに家に届けさせていた。

あの頃、誰もが澪は愛されて結婚したのだと言った。

けれど、彼女自身だけは慎也とはまるで、同じ家に住む他人同士のようだと感じていた。

肌を重ねる時だけは慎也のぬくもりを確かに感じられたが、それ以外の時間に、澪が面と向かうのはただガランとしている部屋だった。

もともと、澪は気にしていなかった。

これから一生一緒にいるのだから、いつか慎也も自分を愛してくれるようになるだろう、と思ったからだ。

けれど、1か月前の澪の誕生日、事件は起きた。一緒に食事をすると約束していた慎也が、その夜、一向に姿を見せなかったのだ。

そして、翌日になって、彼女はようやくその理由を知った。美羽がDVを受けており、離婚するつもりらしい。

その知らせを聞いた慎也は、弁護団を連れて、夜のうちにプライベートジェットで美羽の住む街へと駆けつけ、離婚裁判を手伝っていたのだ。

そしてこの1か月、慎也は会社と美羽の街とを行き来するばかりだった。

一方、澪との「家」だけは彼に取り残されてしまったかのようだ。

孤独な夜をいくつも過ごすうちに、澪はようやく悟ったのだ。

愛があるのと、そうでないのとでは、大きく違っているのだ。

たとえどれだけ長く慎也のそばにいても、彼が自分を愛してくれることはない。慎也の心の中から、美羽の存在を消すことなんてできないのだ。

だから二人の関係にとって、離婚こそが最良の選択だろう。

「お前は、まさか美羽を追い出そうなんて考えてないだろうな?彼女はもうバツイチになって、何もかも失ったんだぞ。だけど、お前はまだ俺の妻でいられるじゃないか。これ以上なにを望むんだ?」

想いを巡らせていると慎也の、警告をにじませた声が、澪を現実に引き戻した。

胸がずきりと痛み、彼女は虚しく笑って、首を横に振った。

慎也の目には、自分はそんな、目的のためなら手段を選ばない女に映っているのだろうか。

「そんなつもりはないわ」

自分はただ離婚して、彼と美羽を一緒にさせてあげたいだけなのに。

だけど、慎也は明らかに信じていなかった。何か言いかけたが、インターホンの音に遮られた。

澪がドアを開けると、配達員が彼女に一つの封筒を差し出した。

中身は、作成を依頼していた離婚協議書だ。

それに気づいて慎也は眉をひそめて尋ねた。

「何だ?」

澪は静かに答えた。

「結婚記念日のために用意した贈り物よ」

そう言われ慎也はきょとんとして、ようやくダイニングテーブルに並んだ料理に気づいた。それはすべて彼の好物で、キャンドルまで灯されているのだった。

すると慎也の顔から冷たさが少しずつ消えていき、目には申し訳なさが浮かんだ。

「すまない。最近、美羽の離婚裁判で忙しくて、忘れていた」

だが、澪は封筒を開け、署名欄のあるページを開いて、彼に差し出した。

「もう気にしなくていいのよ。ここにサインして」
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