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窓際に置かれたソファに腰掛けた和彦は、半ば感心しながら辺りを見回す。前回、この場所を訪れたのは、桜の花が見頃を過ぎた頃だったが、あれから一か月少々しか経っていないというのに、ずいぶん様子が変わっていた。
「すごいな。もう一週間もすると、開店できるんじゃないか」 和彦の言葉に、段ボールの中を確認していた秦が顔を上げる。普段、スーツで決めていることの多い男だが、今日はジーンズにTシャツという軽装だ。だが、嫌味なぐらい様になっている。「とりあえず、雑貨屋としての体裁を整えておく必要がありますから、商品の手配だけは急がせたんですよ」「急がせてどうにかなるものなんだな」「持つべきものは、手広く商売をやっている親族です。少々高くつきましたが、店の改装費用を抑えられたので、まあ長嶺組長も笑って許してくれるでしょう」 和彦は立ち上がると、店内のあちこちに置かれた大きな段ボールを避けつつ、歩いて見て回る。元はカフェだったというテナントは、夜桜見物をしたとき**** 窓際に置かれたソファに腰掛けた和彦は、半ば感心しながら辺りを見回す。前回、この場所を訪れたのは、桜の花が見頃を過ぎた頃だったが、あれから一か月少々しか経っていないというのに、ずいぶん様子が変わっていた。「すごいな。もう一週間もすると、開店できるんじゃないか」 和彦の言葉に、段ボールの中を確認していた秦が顔を上げる。普段、スーツで決めていることの多い男だが、今日はジーンズにTシャツという軽装だ。だが、嫌味なぐらい様になっている。「とりあえず、雑貨屋としての体裁を整えておく必要がありますから、商品の手配だけは急がせたんですよ」「急がせてどうにかなるものなんだな」「持つべきものは、手広く商売をやっている親族です。少々高くつきましたが、店の改装費用を抑えられたので、まあ長嶺組長も笑って許してくれるでしょう」 和彦は立ち上がると、店内のあちこちに置かれた大きな段ボールを避けつつ、歩いて見て回る。元はカフェだったというテナントは、夜桜見物をしたときにはあったテーブルもイスも片付けられており、その代わり、木製のシェルフやラック、デスクが運び込まれている。これだけで、ここが雑貨屋に生まれ変わるのだと感じられる。「壁紙を張り替えはしましたけど、床材は木目できれいだったので、そのまま使っているんです。あとは、照明器具ですね。商品が届いたので、今週中にでも揃えて、早々に工事をしてもらう予定です」 秦の説明を聞きながら和彦は、カウンターの向こう側を覗き込む。きれいに片付けられた小さな厨房があった。「ここはどうするんだ? 雑貨屋なら、使わないだろ」「お客様に紅茶やハーブティーをお出ししましょうか。水廻りを潰すとなると、それはそれで費用と手間がかかりますし。雑貨に囲まれてお茶会を開くというのも、楽しそうですね」「……君が店に出ると、雑貨を見るためじゃなくて、君に相手をしてほしい女性客が殺到するんじゃないか」「先生も、クリニック経営の息抜きに、店に出てみませんか? 雑貨屋としての儲けは期待されていないとはいえ、経営者としては、やっぱりあれこれ努力は
**** 和彦の緊張が電話越しに伝わったのだろう。いつもなら他愛ない世間話から始める里見が、今日はまっさきにこう切り出した。『何かあったのか?』 さすがに鋭いなと、内心で苦笑を洩らした和彦は、携帯電話を一度顔から離す。軽く呼吸を整えてから、努めて落ち着いた声で答えた。「――兄さんから、連絡があったんだ。ぼくの携帯に……」 たったこれだけで、察しがよすぎるのか、それとも心当たりがあったのか、里見は事情が理解できたようだ。『わたしのせいだな……』「里見さん、ぼくの番号、〈K〉で登録してあるんだってね。甘い、と兄さんが言ってた」『……迂闊と言ってくれていい。本当に、わたしのミスだ』「それはいいんだ。もう。知られてしまったんなら仕方ない。里見さんもまさか、兄さんが携帯電話を盗み見るなんて思いもしなかったんだろ」 里見の返事は、重いため息だった。和彦としては、英俊の行為にいまさら愚痴をこぼすつもりはなかった。結果として、こちらが行動を起こすきっかけとなったのだ。 昼の休憩に入って静かなクリニックとは違い、電話越しに慌しい空気が伝わってくる。本来はゆっくり話せるよう、連絡は夜にすべきなのかもしれないが、和彦としては、里見と話し込み、決意が揺れるのが怖かった。「兄さんと少し話した。相変わらずだったよ」『彼は、身近な人間に対しては言葉を選ばない。わたしも、彼の上司だったときは、それなりに敬ってはもらっていたが、今はまあ……。彼なりの、親しさの表現かもしれない』「優しいな、里見さんは」 皮肉でもなんでもなく、本当にそう思った。少なくとも和彦は、実の兄に対して好意的な表現はできない。肉親と他人の違いと言ってしまえば、それまでかもしれないが。「兄さんと電話で話して、キツイことを言われた。それで、いろいろ考えたんだ。一度兄さんと会って、こちらの希望をきちんと伝えるべきじゃないかって」『希望?』「…
「何度も言ってるだろ。お前は、俺にとって大事で可愛いオンナだと。それは、他人とは言わない。恋人でもない。こっちの世界じゃ……、いや、長嶺の男にとってそれはもう、家族と呼ぶんだ」 不覚にも、胸が詰まった。ヤクザの口先だけの言葉など、と返すことすらできなかった。 賢吾に唇を吸われてから、魅力的なバリトンで囁かれる。「もう一度呼んでみろ」 反射的に顔を背けた和彦だが、反応を促すように賢吾に腰を揺らされ、内奥深くまで埋め込まれた欲望の興奮を知らされる。今すぐにでも引き抜かれそうで、はしたなく締め付け、襞と粘膜で奉仕する。「ほら、早く呼べ」 和彦は、賢吾を軽く睨みつけてから、ぎこちなく呼びかけた。「――……賢、吾」「もう一度」「……賢吾」 何度も賢吾に求められ、そのたびに和彦は応じる。まるで、甘い睦言のようなやり取りだった。その間も律動は繰り返され、内奥から否応なく肉の悦びを引きずり出される。賢吾の下で煩悶しながら和彦は、抑え切れない嬌声を上げていた。「うあっ、あっ、あっ、い、い……。気持ち、いいっ――」「ああ、俺もだ。俺をこんなに感じさせてくれるのは、お前だけだ」 嬉しいと、率直に思った。和彦は意識しないまま笑みをこぼし、誘われるように顔を寄せた賢吾と、激しい口づけを交わす。 それだけでは満足できない和彦は、言葉にならない強い求めを知らせるため、筋肉が張り詰めている逞しい肩にぐっと爪を立てる。和彦の求めがわかったのだろう。賢吾は猛々しい鋭い目つきで和彦を見下ろしてきながら、内奥深くに熱い精をたっぷりと注ぎ込んできた。** 賢吾とのセックスはいつでも激しく濃厚だが、今日は特別だったと和彦は思う。 剥き出しの肩先を撫でられて、それだけで淫らな衝動が胸の奥で蠢く。暴れ出さないよう、慎重に息を吐き出した和彦は、賢吾の肩にのしかかるように描かれた刺青に触れる。「――そうやって先生に触れられるだけで、まだ興奮する」 本音半
和彦がぎこちなく手を動かしているのとは対照的に、賢吾の指の動きは巧みだ。確実に和彦の弱みを探り当て、弄んでくる。すべてを賢吾に委ねた証として、無意識のうちに力が抜け、自ら大きく足を開いて愛撫を求めてしまう。そんな和彦を見下ろしながら、賢吾はそっと目を細めた。 オンナの従順ぶりを愛でているようでもあり、そのオンナに、同じような愛撫を施した男の動きを追っているようでもある。「どの男に対しても、こんなにいやらしい蜜を垂らして悦んで見せているんなら、少し仕込みすぎたかもしれねーな」 ゾッとするほど優しい声で囁いた賢吾の片手が、反り返り、先端から尽きることなく透明なしずくを垂らしている和彦の欲望にかかる。唇を噛んで声を堪えたが、反応そのものを堪えることはできない。賢吾の手が動くたびに腰を揺らし、熱くなったものを震わせる。「ふっ……」 凶暴な熱の塊が、ひくつく内奥の入り口に擦りつけられる。それだけで和彦の背筋に、痺れるような疼きが駆け抜けていた。指で解されたとはいえ、まだ狭い場所をゆっくりとこじ開けられ、痛みと異物感が生まれはするものの、大蛇の化身のような男に内から食らわれるという高揚感の前には、あまりに淡い感覚だ。 和彦はすがるように賢吾を見上げながら、逞しい腕に懸命にしがみつく。そんな和彦を見下ろしながら、賢吾が残酷な質問をぶつけてきた。「――こんなふうに、南郷を受け入れたか?」 瞬間的に怯えた和彦だが、欲望の太い部分を内奥に呑み込まされ、強い刺激に気を取られてしまう。さらに追い討ちをかけるように、賢吾が緩く腰を揺する。「んあっ、あっ、あうっ……」「どうだ」 反り返った欲望を、賢吾の下腹部に擦り上げられながら、唇の端を軽く吸われる。吐息をこぼした和彦は、ようやく言葉を発することができた。「……な、い……。受け入れて、ないっ……」「本当か?」 賢吾の口調が穏やかだからこそ、腹の内に滾っているものを想像して恐怖する。和彦は恥らう余裕もなく、事実を答えていた。
念を押すように賢吾に問われ、顔を背けながら和彦は頷く。ここで一旦賢吾が体を起こし、ベッドに沈められそうな圧迫感から解放される。だが、ほっとはできなかった。顔を背けたままの和彦の耳には、しっかりと衣擦れの音が届いていたからだ。 再びのしかかられ、今度はしっかりと素肌同士が重なる。全身で感じる賢吾の体の重みと熱さに和彦は、一気に高まった高揚感から眩暈に襲われる。その間にも膝を掴まれて両足を広げられると、逞しい腰が割り込まされる。擦りつけられた賢吾の欲望は、すでに猛っていた。「先生、俺を見ろ」 傲慢に命令され、和彦はおずおずと従う。見上げた先で、賢吾は唇に薄い笑みを浮かべていた。かつては酷薄そうに見えていた笑みだが、今は違う。ひどく官能を刺激される魅力的な表情だと思った。「あっ……」 こちらの求めがわかったように、賢吾に唇を吸われる。和彦は箍が外れたように賢吾の唇を吸い返しながら、夢中で両腕を広い背へと回し、てのひらで存分に大蛇を撫で回す。口づけの合間に賢吾に問われた。「――こいつが愛しいか?」 和彦は息を喘がせながら、賢吾の目を覗き込む。背だけではなく、この男は身の内にも大蛇を棲まわせている。残酷で獰猛なくせに、蕩かしそうなほどオンナを甘やかしながら、底知れない強い執着心と独占欲を持つ生き物だ。だからこそ、己の手から離れると知ったとき、この生き物は容赦なく、オンナの首をへし折ってしまうだろう。他人の手に渡るぐらいなら、と。「そんなわけ……ない。こんな、怖いもの……」「だが、欲しいだろ?」 甘く優しい声で囁かれ、和彦は賢吾を睨みつける。しかし賢吾の唇が瞼に押し当てられると、もう抗えなかった。「……欲し、い」 指にたっぷりの唾液を絡めた賢吾が身じろぐ。予期したとおり、濡れた指が内奥の入り口をまさぐり始め、和彦は反射的に腰を揺らしていた。内奥をこじ開けるようにして指を挿入され、堪えきれず呻き声を洩らしていたが、賢吾は冷静に和彦の内を探る。 きつい収縮を繰り返す内奥から指を出し入れし、確実に入り口を解してい
反論は唇に吸い取られ、そのまま舌を絡め合う。賢吾の指が器用に動き、ネクタイを解かれ、ワイシャツのボタンを外されていく。賢吾の指がわずかに肌を掠めるだけで、鳥肌が立ちそうなほど感じてしまい、浅ましく愛撫をねだってしまいそうになる自分が忌々しい。「……そんな、気分じゃ、ない……」 ほんの一時間ほど前に会った南郷の顔がちらつき、情欲のうねりとは裏腹に、拒否感がチクリと胸の奥を刺激する。嫌でも、あの男に触れられたときのことを思い出していた。 そして、賢吾に申し訳ないと感じてしまうのだ。「生憎だが、俺は、そんな気分だ。――他の男の毒気にあてられたオンナを、さっさと正気に戻してやらねーとな」 大蛇が潜む目でじっと見据えられ、危うく息が止まりそうになる。一見、普段と変わらない――むしろ機嫌がよさそうにすら見えた賢吾だが、胸の内では激しいものが吹き荒れているのだと、この瞬間、思い知らされた。 怯えた和彦が何も言えなくなった間に、賢吾にワイシャツのボタンをすべて外され、ベルトも緩められる。「うっ……」 賢吾の熱い体が覆い被さってきて、首筋に唇が押し当てられる。所有の証を刻み付けるように、強く肌を吸い上げられた。さらに舌で舐め上げられ、このとき和彦は、首筋に牙を突き立てる大蛇の姿を想像し、恐怖で竦み上がる。 和彦の体の強張りを感じ取ったのだろう。皮肉げな口調で指摘される。「俺が怖いか?」「……ぼくはいつでも、あんたが怖い」「あんたじゃない。賢吾さんだろ。今は」 再び首筋に唇を這わされながらワイシャツを脱がされ、腹部から胸元へとてのひらが這わされる。愛しげに丹念に肌を撫で回されているうちに、寸前の会話を忘れ、簡単に身を任せてしまいそうになっていた。 期待と興奮で硬く凝った胸の突起を、焦らすように指の腹でくすぐられてから、摘まみ上げられる。小さく声を洩らした和彦は、無意識のうちに賢吾の頭に手をかけていた。 和彦の求めがわかったらしく、賢吾の唇が首筋から移動し、胸元に押し当てられる。「
** 気が高ぶっているせいで、おとなしく書斎に閉じこもる気にもなれず、冷蔵庫を開ける。食料は大して入っていないのに、飲み物の種類は豊富だ。外食が主の和彦の生活パターンに合わせて、この部屋に通ってくる組員たちがよく飲み物を補充してくれるのだ。 グラスに氷を放り込み、オレンジジュースを注ぐ。しばらくアルコールは自重したかった。 和彦はソファに腰掛け、グラスに口をつけながらテレビのニュース番組をぼんやりと眺める。だが、ある暴力団の幹部が撃たれたというニュースが流れると、無意識に眉をひそめてチャンネルを替えていた。 こんな生活に
** 夜、中嶋の部屋に向かう手順は前回と同じだ。二度目とはいえ、さすがにマンションの前からタクシーに乗り込むまでは、緊張のあまり指先が冷たくなって痺れていた。 しかも、いざ中嶋の部屋の前まできても、違う緊張感が和彦を襲う。 秦がまた、何か仕掛けてくるのではないか――。 それを予期していながら、こうして部屋を訪れるのは、まるで自分が何かを期待しているようで、嫌でたまらなかった。だが、中嶋と約束したため、いまさら引き返すわけにもいかない。 これが、和彦の甘さだろう。ヤクザにいいように利用されるとわかっていても、持
秦が洩らした熱い吐息が唇に触れ、再び秦の舌を口腔に受け入れてしまう。それどころか――。「んっ……」 舌先が触れ合い、探り合っているうちに、秦に舌を搦め捕られていた。握られていた手が放され、秦の左手が和彦が腰にかかる。この瞬間、ゾクリとするような疼きを感じた。 本意ではないものの、秦と緩やかに舌を絡め合う。妙な脅迫による口づけを終わらせるためには、やむをえなかった。 そのうちに、後頭部にかかっていた秦の手が退けられる。同時に熱っぽい吐息を洩らし、つらそうに目を閉じた。 和彦は少々意地の悪い気持ちになり
唇を引き結んだ和彦を、賢吾が意地の悪い笑みを浮かべてからかってきた。「なんだ、フォローはなしか、先生。やっぱり俺は腹黒いか?」「人に聞かなくても、自分でわかっているだろっ」 機嫌を損ねたふりをして、さりげなく賢吾から離れようとしたが、それを許すほど甘い男ではない。反対に、さらに引き寄せられた挙げ句、あごを掴まれて唇を塞がれた。熱い舌に無遠慮に唇をこじ開けられ、口腔に押し込まれる。和彦は一瞬だけ体を強張らせたが、すぐに力を抜き、身を委ねた。 たっぷり口腔の粘膜を舐め回され、引き出された舌を吸われたかと思うと、甘噛みされる。身震いしたくなるよ