Beranda / BL / 血と束縛と / 第8話(39)

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第8話(39)

Penulis: 北川とも
last update Terakhir Diperbarui: 2025-12-10 20:00:35

 鷹津から言われた言葉が、ずっと頭の中を駆け巡っている。あの男は嫌いだが、今のこの状況から和彦を引き上げてくれる唯一の存在かもしれない。それがわかっていながら、即座に鷹津を頼れなかったのは、あの男の放つ胡散臭さのせいばかりではない。

 今の生活から本当に抜け出したいのか、和彦の中でもはっきりしていないからだ。仕事の見返りとして与えられる報酬以上に、自分を縛り付けてくる怖い男たちの執着が、何よりもの充足感を与えてくれる。

 それを失って元の生活に戻れる自信が、和彦にはなかった。

 黙り込んでしまった和彦のあごの下を、賢吾がくすぐってくる。

「秘密を持つ先生の顔は艶っぽくて好きだが、今、抱えている秘密は性質がよくないものだな。せっかくの色男ぶりがくすんで見える。それはそれで、妙に嗜虐的なものを煽られるが」

 賢吾が身を屈め、もう一度和彦の唇を塞いでこようとする。今度は、素直に受け入れた。柔らかく唇を吸われ、ぎこちなく和彦も応じているうちに、舌先を触れ合わせるようになる。賢吾は優しかった。

 和彦の頬を撫で、髪を梳きながら、思いがけない提案をしてきた。

「――明日一日、先生に三田村をつけてやる。その間、組からは一切連絡を入れない。自由に二人で過ごせ」

 目を丸くする和彦に賢吾は笑いかけてきたが、身の内に大蛇を潜ませている男は、ヒヤリとするようなことを言った。

「その一日で、抱えた秘密を三田村に吐き出せ。三田村は、その秘密を抱えて俺のところに戻ってくる。俺に直接話すより、気は楽だろ?」

 この男は実は、和彦が抱えてしまった秘密をすでに把握しているのではないかと思い、身震いする。

 鷹津から、元の生活に戻してやれると唆されたことだけでなく、秦が何かしら企んでいることも、すべて――。

 賢吾の唇が耳に這わされ、和彦は声を洩らす。羽毛でくすぐるような愛撫を施してきながら、さらに賢吾は、魅力的なバリトンで鼓膜を震わせてきた。

「お前は、大事で可愛いオンナだから、俺はここまでしてやるんだぜ。傷つけないよう、怯えさせないよう、な。お前は何も怖がる必要はない。そうだろ?」

 怖気とも疼きとも取れる感覚が背筋を駆け抜ける。優しい囁きだけで屈服させ
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     和彦の言葉に、ただでさえ嫌な険を宿した鷹津の目が、さらに険しくなる。相変わらずこの男の目は、ドロドロとした感情の澱が透けて見え、和彦の嫌悪感や警戒心を煽り立てる。「当たり、みたいだな。……組の人間は、あんたがヤクザ相手に何をしでかしたのか詳しく話してくれないし、ぼくも聞こうとは思わなかった。あんたを悪党だという組長の言葉と、あんた自身を見ていたら、十分だ」 鷹津が大股で側にやってこようとしたので、和彦はすかさず逃げ、ソファセットを挟んで対峙する。隙を見て寝室か書斎に駆け込めば、中から鍵がかけられるうえに、そこから電話ができる。「刑事だからと調子に乗りすぎて、ヤクザにハメられたんだろ。あんたがクズだと見下していた連中は、さぞかし気分がよかっただろうな」「……ああ。ご丁寧に、わざわざ俺の目の前で、嘲笑ったクズがいた。ぶちのめしてやったら、血塗れの顔でのた打ち回ってたな」 鷹津が下卑た笑みを口元に浮かべ、和彦は怖気立つ。鷹津の凶暴性が怖いと同時に、血の濃厚なイメージが重なり、吐き気がした。さきほど肩を捻り上げられたせいで、痛みを想像するのも容易だ。 よほど顔色が変わったらしく、鷹津はニヤリと笑った。「長嶺のオンナのくせに、ずいぶんお上品で繊細だな。俺の話を聞いただけで、顔が青くなったぞ。さっきまでの強気はどうした」 和彦は反射的に、寝室に通じるドアにちらりと視線を向ける。これ以上、鷹津と対峙するのは無理だと思ったのだ。 次の瞬間、鷹津がソファを乗り越えて、テーブルの上に立つ。驚いた和彦は思わず立ち尽くしてしまうが、すぐに我に返って逃げようとする。だが、鷹津が獣のように飛びかかってくるほうが早かった。「あっ」 乱暴に絨毯の上に押し倒され、衝撃に数瞬息ができなくなる。その間に、鷹津は悠然と和彦の上に馬乗りになっていた。 あごを掴み上げられた和彦は、なんとか身を捩ろうと足掻きながら、鷹津を睨みつける。一方の鷹津は、余裕たっぷりに笑っていた。その顔がまた、和彦の嫌悪感を増幅させる。触れられているところから、まるで毒が染み込んでくるようだ。「何が、目的だ&helli

  • 血と束縛と   第9話(44)

     ビクリと肩を震わせて、和彦は振り返る。鷹津が軽くあごをしゃくり、仕方なく受話器を置く。部屋に上がるまで、ずっと腕を捻り上げられて痛みを与えられ続けていたせいで、激しい反抗心まで捻じ伏せられたようだ。 鷹津は、逆らえば容赦なく、和彦に痛みを与えてくる。その点はヤクザと同じだ。「このリビングだけで、俺が寝起きしている部屋の何倍だろうな」「……ぼくに、なんの用だ」「この間、いいものを見させてもらったから、礼を言いに来た」 ようやく和彦は、鷹津を睨みつける。秦の店での、賢吾との行為を指しているのだと、すぐにわかった。あんなものを見せつけられて、屈辱に感じない男ではないはずだ。礼どころか、報復に来たのだ。「礼なら、長嶺組長に言えばいい。あんなことをしでかしたのは、あの男だ」「お前のご主人さまだろ。その言い方はよくねーな」 ゆっくりとした足取りで鷹津がこちらに向かってくるので、和彦は後退るようにして距離を取ろうとする。緊迫した空気の中、一瞬たりとも気が抜けない追いかけっこをしているようだ。 沈黙が訪れるのが怖くて、必死に頭を働かせる。話題はなんでもよかったが、この状況で和彦は、長嶺組のために情報を引き出そうとしていた。「――……あんた昨日、長嶺組のシマのことで、何かしたか?」 和彦の問いかけに、鷹津は無精ひげが生えたあごを撫でる。「シマ、か。ヤクザの言葉が身についてきたみたいだな。……お前が言うそのシマを担当区域にしている警察署の生活安全課に、長嶺に飼われているネズミがいると、俺が教えてやっただけだ。ウソの手入れ情報を流してネズミを泳がせ、ヤクザを踊らせる――なんて悪辣なことまでは、俺は関知していない」「長嶺組に対する嫌がらせか」「嫌がらせ? 俺は刑事だぜ。あいつらを駆除するのがお仕事だ。長嶺には、総和会なんて厄介なものまで引っ付いてるんだ。一気に潰すのは不可能だが、じわじわと弱体化させるのは可能だ。俺は、ヤクザが嫌がる手口をよく知ってるからな」「……手口をよく知るぐらい、ヤクザとべ

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     どこかに出かけるとき、和彦には必ずといっていいほど護衛がつき、外で一人になることはほとんどない。この生活に入ったばかりの頃は、比較的自由だったのだが、今となっては、その頃の解放感が懐かしい。 長嶺組での和彦の重要性が増したうえに、ある男の登場によって、自由は侵食されつつあった。 そんな状況下で、夜のコンビニにふらりと出かけることは、和彦のささやかな楽しみとなっていた。もちろん、組員たちはいい顔をしないが、賢吾が何か言ったのか、黙認される形となっている。 マンションからコンビニまで、片道ほんの数分ほどの道のりをのんびりと歩きながら、濡れた髪を掻き上げる。秋めいてきたとはいえ、日中は陽射しの強さによっては暑いぐらいのときもあるのだが、さすがに夜風はひんやりと冷たくなってきた。ただ、シャワーを浴びて火照った頬には、その風が心地いい。 このまま夜の散歩といきたいところだが、さすがにそれは自重しておく。 和彦は、昨夜、三田村から聞かされたことを思い出し、そっと眉をひそめていた。 結局、警察による手入れはなかったが、風営法違反の際どいサービスを行っている店もいくつかあったため、警察に踏み込まれるのを恐れて臨時休業したらしい。手入れがあるという情報がもたらされた以上、しばらくは警察の動きを警戒して、まともな営業は望めないそうだ。 情報に振り回されたと、三田村は淡々とした口調で電話で話していた。警察内で何が起こっているのか和彦には知りようがないが、〈誰か〉は、長嶺組がこの状態に陥ることを狙っていたはずだ。この程度で組が危機に陥ることはないが、煩わされるのは確かだ。 落ち着くまで長嶺の本宅で過ごしたらどうかとも三田村に言われたのだが、さすがにそれは断った。一日、二日をあの家で過ごすのはかまわないが、何日ともなると、和彦の精神が参りそうだ。 そもそも和彦は、人と一緒に暮らすことに慣れていない。これまで何人かの恋人とつき合ってきたが、同棲にまで至らなかったのは、そのためだ。 コンビニで牛乳とガムを買い、まっすぐマンションに戻っていた和彦だが、ふと足を止めて振り返る。三田村と交わした会話のせいではないが、さすがに和彦も、自分の危なっかしさを自覚し、最低限の自衛手段

  • 血と束縛と   第9話(41)

    「今、対応を話し合っているそうだ。俺も戻ってから、若頭の元に顔を出さなきゃいけない」 和彦は返事をしないまま、残っていたコーヒーを飲み干す。すると、すかさず伸びてきた三田村の手に缶を取り上げられた。二人はゴミ箱の前で立ち止まり、示し合わせたように互いの顔を見つめる。「……今、警察がイレギュラーな動きをしていると聞くと、ある男の顔がまっさきに頭に浮かぶんだが、ぼくの考えすぎか?」 和彦の言葉に、三田村は首を横に振る。「警察の詳しい内情まではわからないが、鷹津が長嶺の周辺をうろついている限り、考えすぎということはないだろう。慎重すぎるほど慎重になって間違いはない。特に、先生は」 三田村に促され、並んで歩きながら車へと戻る。「いざとなれば組は、誰も立ち入れない鉄の壁そのものになる。必要とあれば、誰かが犠牲になるが、それすら、組を守るためだ。その中で先生は、組長だけじゃなく、組そのものにとっての弱点になる。かけがえのない存在だからだ。だからこそ俺たちは守るし、反対に、警察は目をつけるかもしれない」「なんだか、大事だな……」「怯えて暮らしてくれと言っているわけじゃない。ただ、俺たちに守られてほしいんだ」 三田村が〈助手席〉のドアを開けてくれ、乗り込みながら和彦は、ため息交じりに洩らした。「そんなにぼくは、危なっかしいか」「ようやく自覚してくれたな、先生」 生まじめな顔で三田村に言われ、和彦としては苦笑を洩らすしかなかった。**** 冷蔵庫を開けた和彦は、あっ、と小さく声を洩らす。シャワーを浴びて出て飲むつもりだった牛乳がなかったからだ。必要なものがあれば、連絡さえしておけば組員が買ってきてくれるのだが、頼むのをうっかり忘れていた。 ペットボトルのお茶はあるので、それで我慢しておこうかとも思ったのだが、欲しいものが冷蔵庫にないと、気になって仕方ない。 少し考えてから和彦は、着込んだばかりのパジャマから、カーゴパンツとシャツに着替え、その上から上着を羽織る。髪は

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