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第8話(39)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-12-10 20:00:35

 鷹津から言われた言葉が、ずっと頭の中を駆け巡っている。あの男は嫌いだが、今のこの状況から和彦を引き上げてくれる唯一の存在かもしれない。それがわかっていながら、即座に鷹津を頼れなかったのは、あの男の放つ胡散臭さのせいばかりではない。

 今の生活から本当に抜け出したいのか、和彦の中でもはっきりしていないからだ。仕事の見返りとして与えられる報酬以上に、自分を縛り付けてくる怖い男たちの執着が、何よりもの充足感を与えてくれる。

 それを失って元の生活に戻れる自信が、和彦にはなかった。

 黙り込んでしまった和彦のあごの下を、賢吾がくすぐってくる。

「秘密を持つ先生の顔は艶っぽくて好きだが、今、抱えている秘密は性質がよくないものだな。せっかくの色男ぶりがくすんで見える。それはそれで、妙に嗜虐的なものを煽られるが」

 賢吾が身を屈め、もう一度和彦の唇を塞いでこようとする。今度は、素直に受け入れた。柔らかく唇を吸われ、ぎこちなく和彦も応じているうちに、舌先を触れ合わせるようになる。賢吾は優しかった。

 和彦の頬を撫で、髪を梳きながら、思
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  • 血と束縛と   第20話(23)

    **** バレンタイン当日、男としての面目が立つ程度に、和彦は成果を上げていた。 クリニックのスタッフに、何度かカウンセリングに訪れている患者、そして、エレベーターでときどき一緒になる、クリニックの下の階で働いている女性事務員から、チョコレートをもらったのだ。 前に勤めていたクリニックでは、まるでシステムが出来上がっているように、朝、医局のデスクにチョコレートが素っ気なく置いてあるのが常だった。そのせいか、手渡しされるというのは非常に新鮮で、純粋に和彦は喜んでいた。三田村が言う世俗的なイベントの楽しみ方を、初めて理解したかもしれない。 しかし、無邪気に喜んでいる場合ではない。 この日、最後の患者を見送った和彦はデスクにつき、真剣な顔で考え込む。自分がバレンタインデーを堪能したから、あとは素知らぬ顔をしていい道理はなく、和彦は和彦で、しっかり役目がある。 昨日デパートで買ったものを、日ごろ〈世話〉になっている人間に渡さなくてはならないのだ。あくまで、誕生日を祝ってくれた礼のためであって、男の身でバレンタインデーに積極的にチョコレートを配り歩くわけではない。たまたま、今日なのだ。 近しい男たちに説明したところで、ニヤニヤと笑われるのが目に浮かぶような理由を、和彦は必死に心の中で繰り返す。 やはり、一日ぐらいズラしたほうがいいのではないかと思わなくもないが、それはそれで自意識過剰な気もする。何事もない顔をして、淡々と渡すのが一番無難なのだろう。 時間通りにクリニックを閉めて、他のスタッフとともに掃除を始める。 処置室で器具の数を確認してから、掃除機をかけていたところで、ふと和彦は自分の体の異変を感じた。本当は、今朝マンションを出るときから漠然と違和感はあったのだが、さほど気にかけていなかった。 それが時間とともに無視できなくなり、とうとう――。 掃除機のスイッチを一度切って、大きく息を吐き出す。少し動くのも息が切れるほど、体がだるかった。暖房が効きすぎているのかやけに顔が熱く、なんとなく気分がすっきりしない。首を撫でた和彦は心当たりを考えて、すぐにピンときた。 

  • 血と束縛と   第20話(22)

     和彦に姿を見られたくないというより、和彦の中でまだ覚悟が決まっていないことを見抜いているのだろう。相手の老獪さと狡猾さを思えば、そうであっても不思議ではない。 結局相手は、一言も発することなく部屋を出て行った。ドアが閉まる音を聞いて数分ほど待ってから、和彦はやっと目隠しを取る。慎重に体を起こし、乱れたベッドの様子を目の当たりにして密かに恥じ入りながら、バスローブを拾い上げて着込む。 目隠しをしていた間に世界が一変するわけもなく、なのに和彦自身は、自分を取り巻く世界がなんらかの変化を起こしたように感じていた。〈長嶺の守り神〉と体を繋ぐということは、こういう感覚の積み重ねなのかもしれない。 明日も仕事なので、ここで寝入ってしまうわけにもいかず、バスルームに向かう。激しさとは無縁だが、時間をかけての交わりは、驚くほど和彦の体力を消耗する。しかし、歩けないほどではない。とにかく一刻も早く、休みたかった。 じっくりと体を温めたいのを我慢して、バスルームで簡単に体を洗うと、手早くスーツを身につける。髪は手櫛で整えただけで、鏡を覗く余裕すらなかった。 まるで追い立てられるように部屋のドアを開けた瞬間、和彦は声を上げた。目の前に南郷が立っていたからだ。落ち着いた態度からして、どうやら和彦が出てくるのを待っていたようだ。 南郷は無遠慮に和彦をじろじろと見たあと、指先を軽く動かした。「俺についてきてくれ、先生。オヤジさんから、あんたをしっかり送り届けるよう言われている」 ためらいは覚えたが、南郷を無視するわけにもいかない。先を歩く南郷のあとを、仕方なくついていく。 ホテル前にはすでに車が待機しており、和彦は南郷とともに後部座席に乗り込んだ。 車が走り出しても、シートに体を預けることなく、頑なに外の景色に視線を向け続ける。とてもではないが、ホテルの部屋での濃厚な行為のあとに、平然と正面を向くことはできなかった。南郷のほうを見るなど、論外だ。 しかし南郷は、そんな和彦に容赦なく視線を向けてくる。なぜわかるかというと、ウィンドーに南郷の姿が反射して映っているため、どれだけ嫌でも目に入るのだ。 まるで根競べのように顔を背けていたが、南郷が口元に

  • 血と束縛と   第20話(21)

     相手の手に、発情して熱くなった体をまさぐられていた。それどころか、繋がってひくつく部分を指先でなぞられる。おそらく、しっかり見つめられてもいるだろう。和彦が相手の姿を見られないというのに、相手は和彦の痴態のすべてを目に焼き付けているのだ。「あっ、あっ、んあっ――」 頭の芯が溶けていくような肉の愉悦に、声が抑えられない。和彦の恥知らずな声に刺激を受けたように、緩やかに内奥を突き上げられる。それだけで深い感覚が波のように広がっていた。 背後から貫かれ、しっかりと繋がった姿勢のまま、一度律動は止まる。和彦は大きく荒い呼吸を繰り返しながら、体の中心からじわじわと広がる肉の快感を、より明確なものとして実感していた。 内奥深くに埋め込まれた熱い欲望を、きつく締め付ける。あさましいとわかってはいるが、どうしようもできない。物欲しげな襞と粘膜が勝手に蠢き、欲望に奉仕する。その奉仕に対する褒美のように、さらに愛撫が与えられた。「はっ、あぁっ……」 腰から背にかけて撫で回され、胸元にも触れられる。敏感に凝った胸の突起を摘み上げられると、意識しないまま和彦は腰を揺らす。すかさず、内奥深くで息を潜めていた欲望が動き、強い疼きが背筋を這い上がっていた。「はあっ――、あっ、うくっ……ん」 内奥に受け入れたものと、一つに溶け合ったような感覚を覚えていた。ただ、違和感はあった。 他の男たちと体を重ねながら感じる、荒い息遣いも、貪るような口づけも、濃厚な汗の匂いもない。体を繋いではいるが、体を重ねているわけではないのだ。これは、対等なセックスではない。 相手の存在を体に刻みつけられ、相手好みの快感で調教されているようだ。 胸元を撫でていた手が、みぞおちから腹部を撫でて、両足の間に差し込まれる。和彦は喉を鳴らすと、枕の端を両手で掴んだ。再び反り返り、熱くなって震えるものを優しい手つきで扱かれ、身悶えるほどの快感が腰に広がる。 ここでふいに、繋がりを解かれた。肩を掴まれた和彦は促されるまま、素直に仰向けとなり、両足を抱え上げられる。淫らに喘ぐ内奥を、すぐにまたこじ開けられ、欲望を呑み込まされた。

  • 血と束縛と   第20話(20)

     体がじわりと熱くなってきたところで和彦は、相手の意図を知った。 三日前、和彦は鷹津と体を重ねた。そのとき鷹津から受けた愛撫の痕跡がまだいくつか肌に残っており、それを辿っているのだ。 急に羞恥と後ろめたさに襲われて身じろごうとしたが、すかさず敏感なものをてのひらに包み込まれて動けなくなる。 和彦のささやかな抵抗すら封じ込めると、相手の手つきは、冷静に体を検分するものから、官能を刺激するものへと変わる。そして和彦は、逆らえない。 相手がベッドを下りる気配がした。もちろん、行為がこれだけで終わるはずもなく、和彦の耳に衣擦れの音が届く。すぐにベッドが揺れ、再び相手の手が和彦の体に触れる。 愉悦を与えられる手順の何もかもが、あの夜と同じように思えた。 和彦のものは再びてのひらに包み込まれ、緩やかに上下に扱かれる。もう片方の手が腿から腰、胸元へと這わされ、撫で回してくる。相手の手つきはあくまで丁寧で、緊張で強張っている体を解そうとしているのだ。 和彦はゆっくりと呼吸を繰り返し、てのひらの感触が肌に馴染んでいくのを感じていた。目隠しの下で目を閉じながら、さきほどまで自分が身を置いていた状況を思い返し、目まぐるしく思考を働かせる。 あの場にいた男たちに、自分はどんな存在として認知されているのだろうか。ふとそれが気になったが、喉元にまでてのひらが這わされて我に返る。一瞬、首を絞められるのではないかと危惧したのだ。 当然だが、そんな物騒なことはされなかった。 あごの下をくすぐられ、頬を撫でられて、耳の形をなぞられる。唇には指先が擦りつけられた。考えてみれば、前回は顔全体に布をかけられていたため、このように触れられることはなかったのだ。 そしてまた、胸元から腰にかけててのひらを這わされる。「ふっ……」 腰の辺りに疼くような心地よさが広がり、和彦は小さく声を洩らす。絶えず愛撫を与えられている和彦のものは、すでに身を起こしていた。それを待っていたように相手の手が、今度は和彦の柔らかな膨らみにかかった。 爪先をベッドに突っ張らせて、和彦はビクビクと腰を震わせる。怖い、と咄嗟に思ったが、足を閉じ

  • 血と束縛と   第20話(19)

    「知ることで、どんどんこの世界の深みにハマる。そうやって、長嶺の男たちが大事にしている先生を、逃がさないようにしている」 本気とも冗談とも取れることを言って、守光は声を上げて笑った。さすがにその声に驚いたのか、店内の男たちが一斉にこちらに向き、和彦一人がうろたえてしまう。 視線を避けるようにグラスを取り上げ、水割りを飲もうとしたところで、膝の上に置かれたままの守光の手に気づいた。その手が意味ありげに動き、膝を撫でて離れる。たったそれだけのことだが、肌に直接触れられたような生々しさを感じ、和彦は体を硬直させる。「――賢吾も千尋も、あんたをこの世界から逃すまいと、必死だ。そしてわしも、同じ気持ちだ」 片手を出すよう守光に言われ、おずおずと従う。てのひらにそっとカードキーがのせられた。それが何を意味しているか瞬時に理解した和彦は、顔を強張らせつつも、体が熱くなっていくのを止められなかった。「あんたをもっと、この世界の奥深くに取り込みたい。わしの家で一泊したあとも、あんたは長嶺の庇護の下から逃げ出さなかった。つまり、こう解釈できる。あんたはどんな形であれ、長嶺の男〈たち〉を受け入れてくれる、と」「……よく、わかりません……。いろいろと考えることが多くて、ぼくはどうすればいいのか……」「だが、佐伯和彦という人間はここにいる。わしの隣に、こうして行儀よく座ってな。それはもう、流されているにせよ、一つの選択肢を選んだということだ」 守光が顔を寄せ、耳元にあることを囁いてくる。和彦は瞬きもせず守光の顔を凝視していた。 いつも賢吾に対してそうしているせいか、半ば習性のように目の奥にあるものを探る。息づいているのは大蛇ではなく、だが確かに物騒な気配を漂わせた〈何か〉だ。 怖いが、目を背けられず、触れてみたいとすら思ってしまう。 和彦は視線を伏せると、浅く頷いた。** バスローブ姿でベッドの隅に腰掛けた和彦は、閉じたカーテンをぼんやりと眺めていた。カーテンの向こうには、いくら眺めても飽きないほどの夜景が広がっているとわかっ

  • 血と束縛と   第20話(18)

    「人間の価値を決めるのは本人ではなく、関わりを持つ人間たちだ。あんたにとっては、世間から嫌われ、恐れられている我々ということだ。わしらに価値を認めてもらったところで、嬉しくはないだろうがね」 和彦は、静かに視線を周囲に向ける。守光を絶対の存在として仕えている総和会の男たちは、鉄の壁だ。総和会という組織と、総和会会長を守るための。そんな男たちが和彦という存在にどれだけの価値を見出しているのか、推し量る術はない。ただ、守光が言うのなら、それが男たちにとっては絶対となるのだろう。「あなた方が、佐伯家についてどれだけ調べているのか知りませんが、佐伯家にとってぼくは、そう価値がある存在ではありませんでした。佐伯の姓を持つから、存在を認めてもらっているんです。正直、こんなに大勢の人たちに、ここまで大事にしてもらったことはありません」 ここでボーイがスマートな動作で歩み寄ってきて、空になった和彦のグラスを取り替えてくれる。さきほどからこの繰り返しで、意識しないまま和彦の酒量は増えていた。「――近いうちに、春の行事の打ち合わせも兼ねて、泊まりでちょっと遠出することになっている。医者であるあんたに同行してもらえるとありがたいんだが」 グラスに口をつけた和彦に、守光が思いがけない提案をしてくる。唐突な話題に戸惑うと、守光は物腰の柔らかさには似合わない、ゾクリとするほど冷徹な眼差しを向けてきた。いや、本当は眼差しすらも柔らかいのかもしれないが、少なくとも和彦にとっては怖かった。「泊まった先で、おもしろい話をしてやろう。千尋はもちろん、賢吾すら知らない話だ。わしとあんたの秘密……というには大げさだが、あんたにとっても興味深い話のはずだ」 守光の眼差しは、怖くある反面、強烈に和彦を惹きつける。太く艶のある声で語られる言葉には、好奇心を刺激される。「ぼくの、一存では……」「賢吾が許可すれば、来てくれると?」 ためらいつつも、和彦は頷く。守光ほどの人間が、子供騙しのようなウソをつくとは思えなかった。「わかっているとは思いますが、ぼくは内科は専門外です。同行しても、いざというときお役に立てるかは――」

  • 血と束縛と   第2話(19)

    「あっ、あっ、千尋っ、も、う……、ドアを閉めて、くれ――」 「三田村の仕事を奪ったらダメだよ。その男は、何があっても先生を見守る仕事をオヤジから与えられたんだ。俺が先生に危害でも加えない限り、そうやってただ見守るだけだ」  これが千尋なりの、父親への反抗であり、執着心の表し方なのかもしれない。  バカなガキだと思いながらも、和彦は千尋に対して怒りは覚えないのだ。  和彦は三田村から目を離さないまま、内奥を強く抉られて絶頂に達する。 「うっ、うぅっ、い、い……、あっ、イクぅっ……」  ふっと一瞬、意識が遠のきかける。それぐらい、よ

    last updateLast Updated : 2026-03-18
  • 血と束縛と   第3話(8)

    「……長嶺組との関わりですら荷が重いのに、この間、総和会の仕事をさせられたぞ。お前の部屋にいたところを、お前の父親に踏み込まれたときのことだ。覚えているだろ?」 「うん。――先生、あまり総和会に気に入られないようにしてよ」 「どういう意味だ」 「長嶺組から総和会に、先生が召し上げられる可能性があるってこと」  召し上げられるという表現が気に食わないが、今は置いておく。最近の和彦は、組関係で気になることがあれば、詳しく説明を聞く方針にしたのだ。 「今の先生の存在は、言葉は悪いけど、所有権は長嶺組にあるんだ。だから先生を自由に使える」

    last updateLast Updated : 2026-03-18
  • 血と束縛と   第3話(28)

    「はっ……」  内奥で賢吾のものがドクンと力強く脈打ち、震える。賢吾が獣のように低い唸り声を洩らし、熱い精を放った。和彦は腰を震わせ、歓喜しながら賢吾のものをきつく締め付け、放たれた精をすべて自分の内で受け止める。 「――書くか?」  荒い息を吐きながらの賢吾の言葉に、逆らう術もなく頷いていた。 「いい子だ。それでこそ、俺のオンナだ」  そう言って賢吾が、内奥から自分のものをゆっくりと引き抜いていく。和彦はうろたえ、なんとか振り返ろうとするが、体内に留まり続ける快感のせいで、自由が利かない。少しでも動けば、せっかく育てた快感が逃げていって

    last updateLast Updated : 2026-03-18
  • 血と束縛と   第3話(24)

     エレベーターを六階で下りると、さほど広くないエレベーターホールは電気がついていないせいもあり少し薄暗かったが、廊下に出ると、外からの陽射しをたっぷり取り入れているため明るかった。ビルの前を歩道と車道が通っているが、遮音は万全のようだ。  廊下の先にホールがあり、そのホールに面して六つのドアがあった。かつて入っていたテナントの名残りか、ドアにはプレートが貼ってあった形跡がある。 「前まではこのフロアに、小さな会社が二つ、三つ入っていたらしい。会社として考えると、部屋の一つ一つは手狭だが、このフロア全体をクリニックにすると、広さはちょうどいい。診察室に手術室、安静室に事

    last updateLast Updated : 2026-03-18
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