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第10話 鉄の狼たち

last update 최신 업데이트: 2025-08-11 20:27:50

 広場で老人が私兵に虐げられていた光景は、セレスティナの心に深く、冷たい楔を打ち込んだ。それはもはや、漠然とした恐怖や悲しみではなかった。より明確で、輪郭のはっきりとした絶望。この国そのものが、根底から腐敗しているという、揺るぎない認識だった。

 父が守ろうとした正義も、母が信じた慈愛も、そしてアランが囁いた愛さえも、すべてはこの巨大な腐敗の前では、儚い砂上の楼閣に過ぎなかったのだ。

 その日を境に、セレスティナの纏う空気はさらに変わった。彼女の中から、最後の人間的な揺らぎさえも消え失せたように見えた。恐怖に震えることもなく、ただ静かに、冷徹な観察者のように、この灰色の町で繰り返される日常を見つめる。

 彼女はもはや、ただの「人形令嬢」ではなかった。その人形の硝子の目には、この世界の醜悪な真実が、焼き付くように映り込んでいた。

 相変わらず、追放者たちの朝は早い。

 乱暴な怒声に叩き起こされ、広場へと引きずり出される。そして、その日の労働現場へと、家畜の群れのように追い立てられていく。セレスティナもその無言の行列の中にいた。埃にまみれた銀髪が、鉛色の空の下で鈍い光を放っている。

 その日の作業場所は、町の北側、城壁に近い地区だった。ここは他の地区に比べて、瓦礫の撤去がいくらか進んでいるように見えた。崩れた建物の残骸が整然と積み上げられ、再利用可能な木材や石材が分別されている。

 そして、その作業を指揮しているのは、これまでセレスティナが見てきた中央の役人やその私兵たちではなかった。

 屈強な体つきに、統一された黒鉄の鎧をまとった兵士の一団。彼らこそが、噂に聞く辺境伯直属の兵団、「鉄狼団」だった。

 セレスティナは、初めて彼らを間近で見た。

 その姿は、中央の私兵たちとはあらゆる点で対照的だった。私兵たちがだらしなく着崩した、けばけばしい装飾の鎧とは違い、鉄狼団の鎧は実用性のみを追求した、無駄のないデザインをしている。磨き上げられてはいるが、そこかしこに歴戦の傷跡が刻まれており、彼らが本物の戦場を生き抜いてきた者たちであることを物語っていた。

 彼らは作業中、ほとんど私語を交わさない。指揮官の簡潔な命令一下、まるで一つの生き物のように統率の取れた動きで、重い石材を運び、崩れた壁を解体していく。その動きには一切の無駄がなく、驚くほど効率的だった。

 そして何より違うのは、彼らが追放者や労働者たちに向ける視線だった。そこには、中央の役人たちのような侮蔑や、私兵たちのような嗜虐的な愉悦はない。ただ、道具を見るような、無機質で無感情な視線を向けるだけだ。彼らは労働者が怠ければ叱責するが、そこに個人的な感情は含まれていないようだった。ただ、作業の遅延という事実に対して、合理的な対処をしているに過ぎない。

 セレスティナは、そんな彼らの姿を、瓦礫を運ぶ手の合間に遠巻きに眺めていた。

 血も涙もない、鉄の心臓を持つ狼の集まり。

 噂は、ある意味では正しかったのかもしれない。彼らは、人間的な感情を排した、ただ任務を遂行するためだけの効率的な殺戮機械。だからこそ、あの戦争で恐るべき手柄を立てることができたのだろう。

 彼女は、彼らに対して新たな種類の恐怖を感じた。それは、予測不能な暴力への恐怖とは違う。理解の及ばない、異質な存在に対する、冷たい畏怖だった。

 昼餉の時間が訪れた。

 労働者たちは、それぞれの持ち場で地面に座り込み、配給された硬いパンとぬるいスープを口にする。セレスティナも、少し離れた場所で、壁の残骸に背を預けていた。

 鉄狼団の兵士たちも、少し離れた場所で同じように休息を取っていた。彼らは車座になり、黙々と自分たちの携帯食料を口に運んでいる。その様子は、やはり感情というものを感じさせない、規律正しい光景だった。

 セレスティナは、彼らから意識的に視線を外し、手の中の黒パンを見つめた。味はしない。ただ、生きるために必要な燃料を、体内に送り込む作業だ。

 その時だった。

 町の通りから、二人の子供が姿を現した。兄と妹だろうか、十歳にも満たないであろう兄が、さらに幼い妹の手を引いている。二人とも、ぼろぼろの服をまとい、手足は泥にまみれて痛々しいほどに痩せこけていた。この町のどこにでもいる、戦争孤児だった。

 子供たちは、労働者たちが食事をしているのを見つけると、おずおずと近づいてきた。そして、物欲しそうな目で、彼らの手元にあるパンをじっと見つめる。だが、誰も彼らにパンを分け与えようとはしなかった。誰もが、自分のことで精一杯なのだ。明日の我が身さえ分からないこの場所で、他人に施しをする余裕など、誰にもなかった。

 やがて、子供たちは諦めたように、鉄狼団の兵士たちがいる方へと視線を向けた。

 セレスティナは、思わず息を殺した。

 まずい。あの狼たちに近づいては。

 彼女の脳裏に、先日見た私兵たちの姿が蘇る。彼らなら、物乞いに来た子供など、容赦なく蹴り飛ばし、嘲笑うだろう。この鉄の心臓を持つ狼たちが、それ以上に残酷なことをしないという保証はどこにもない。

 子供たちは、何も知らずに、鉄狼団の輪に近づいていく。

 セレスティナは、固く目を閉じてしまいたい衝動に駆られた。これから起こるであろう、無慈悲な光景を見たくなかった。

 だが、予想に反して、怒声も暴力も起こらなかった。

 セレスティナが恐る恐る目を開けると、信じられない光景が広がっていた。

 鉄狼団の兵士の一人が、立ち上がっていた。彼は、この辺境では見慣れないほど背の高い、屈強な男だった。顔には大きな十字の傷跡があり、一見すれば子供が泣き出しそうなほどの強面だ。

 その男が、子供たちの前に無言で立ちはだかった。子供たちは、その威圧感に怯えたようにびくりと体を震わせ、後ずさろうとする。

 男は何も言わず、ただじっと子供たちを見下ろしていた。その無表情の裏で何を考えているのか、全く読み取れない。

 長い、沈黙の時間。

 やがて、男は不意に、周囲を素早く見回した。他の兵士たちや、遠巻きに見ている労働者たち、そして物陰にいるセレスティナの存在にも気づいているのかもしれない。誰かの視線がないことを確認すると、彼は素早く自分の懐に手を入れた。

 セレスティナは、彼が武器を取り出すのではないかと身構えた。

 だが、男が取り出したのは、剣ではなかった。

 それは、彼の私物であろう、布に包まれた携帯食料だった。男は無言のまま、その包みの中から、一枚の大きな乾パンと、干し肉の塊を取り出した。そして、子供たちの前に無造作に差し出す。

 兄妹は、目の前で起こったことが信じられないというように、ただ呆然と男の顔と、差し出された食料を見比べている。

 男は、少し苛立ったように、子供たちの小さな手に、それを半ば押し付けるように握らせた。

 そして、その強面の顔に、ほんのかすかな、困惑とも照れともつかないような表情を浮かべると、自分の唇に人差し指を一本、とんと当ててみせた。

 誰にも言うな。

 その無言のメッセージを、子供たちは正確に理解したようだった。兄の方は、はっと我に返ると、妹の手を取り、何度も何度も、声にならないお辞儀を繰り返す。そして、大切な宝物を抱えるようにして、一目散に路地の向こうへと走り去っていった。

 男は、その小さな背中を見送ることもなく、何事もなかったかのように自分の仲間たちの輪に戻り、再び黙々と食事を再開した。他の兵士たちも、その一連の出来事を見て見ぬふりをしている。まるで、それが彼らの間での、暗黙の了解であるかのように。

 セレスティナは、その場に座り込んだまま、動けなかった。

 頭が、ひどく混乱していた。

 今、目の前で起こったことは何だったのだろう。

 血も涙もない、鉄の狼。それが、彼らの評価ではなかったのか。

 だが、あの兵士の行動は、どう見ても「血も涙もない」人間のそれではない。見返りを求めるでもなく、誰かに賞賛されるためでもなく、ただ、空腹の子供を憐れんで、自分の食料を分け与えた。それは、紛れもない、人間的な情の発露だった。

 なぜ?

 気まぐれだろうか。それとも、あの兵士が、鉄狼団の中では例外的な存在なのだろうか。あるいは、彼らの冷徹さは、すべて見せかけで、本当は……。

 思考が、ぐるぐると同じ場所を巡る。

 彼女の凍りついていた心に、初めて「なぜ」という、純粋な疑問が、熱い鉄を押し当てられたようにじりじりと音を立てて生まれた。

 それは、希望ではなかった。彼らへの恐怖が消えたわけでもない。

 ただ、これまで白と黒、光と闇、善と悪で単純に割り切っていた彼女の世界に、説明のつかない、灰色の領域が生まれた瞬間だった。

 父を陥れたヴァインベルク公爵の悪意は、純粋な黒だった。婚約者だったアランの裏切りも、保身という分かりやすい動機があった。中央の役人や私兵たちの腐敗も、強者の欲望という、醜いが理解できる論理に基づいている。

 だが、鉄狼団の行動は、理解できなかった。

 彼らは、噂通りの冷酷さで効率的に作業をこなし、規律を乱す者には容赦しない。その一方で、誰にも知られないように、最も弱い者へ慈悲を見せる。

 その矛盾は、セレスティナの心をひどくかき乱した。

 彼女は、何ヶ月ぶりかに、自分の内側から湧き上がる強い感情に戸惑っていた。それは怒りでも悲しみでもない。もっと知的な、真実を知りたいという渇望に近い感情だった。

 その日の午後の作業中も、セレスティナの頭からは、あの光景が離れなかった。

 彼女は、鉄狼団の兵士たちを、これまでとは違う目で観察し始めている自分に気づいた。彼らの無駄のない動きの一つ一つに、何か意味があるのではないか。彼らの無表情の仮面の下に、どんな顔が隠されているのか。

 作業が終わり、追放者たちの列がそれぞれの塒へと戻っていく。セレスティナも、その流れに従いながら、町の景色を目で追っていた。

 昨日までと同じ、灰色の町。だが、彼女の目には、昨日までとは少し違って見えていた。

 道の隅で横行する私兵たちの理不尽な暴力。それを黙認する役人たちの腐敗した笑み。そして、町の城壁の周りを、規律正しく巡回する鉄狼団の黒い影。

 この町は、二つの全く異なる規律によって支配されている。

 一つは、腐敗と暴力という、無秩序の規律。

 もう一つは、鉄の規律と、その下に隠された不可解な慈悲。

 そして、その頂点にいるのが、辺境伯ライナス。「狼」と呼ばれる男。

 彼は、一体どちらの規律を体現する存在なのだろうか。

 セレスティナは、自分の寝床である廃屋に戻ると、扉を閉め、その場に座り込んだ。

 配給されたパンを手に取るが、食べる気にはなれない。

 彼女の心は、久しぶりに激しく揺れ動いていた。

 「人形令嬢」の仮面に、また一つ、大きな亀裂が入る。その亀裂から、ほんのわずかだが、外の世界の光が差し込んできたような、そんな予感がした。それはまだ、頼りなく、不確かな光だったが、彼女がこの灰色の町に来てから初めて感じる、未知の色をしていた。

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