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#13

last update Dernière mise à jour: 2025-10-05 07:27:24

母は元気だろうか。最後に会ったのは師の神門に修行入りする前日。手紙のやり取りは許されたが、人界へ逃げ出した今では叶わない。

父もだ。とっくに自分のことは耳に入り、師から話がいっていることだろう。申し訳ないと同時に、戦慄した。千華は父が怒ったところを見たことがない。

母が、あの人は怒ると私よりずっと怖いですよ、と言っていたことを思い出した。その時は本気にしていなかったが……成長した今ならその言葉の意味が分かる。

しかしあのまま修行を続けていたら本気で心が壊れていたと思うし、本当に苦渋の選択だった。

「千華さーん、お客様!」

「あ、はい!」

天界の追想は、活気のある声や足音で掻き消された。慌てて店の出入口に向かい、お客を席へ案内する。

天界に生きる自分は今やいない。いるのは、飲み屋で必死に接客する自分だけだ。

朱桜が経営する飲み屋、“桜雲”で従業員として雇ってもらった千華はさっそく業務内容を教わった。

人界に来て数日で働くとは思わなかったが、これも貴重な経験である。自分のような怪しい者を受け入れてくれた朱桜には感謝しかない。その恩に報いる為にも、必死に仕事を覚えようと努めた。

「え~老酒と海老の揚げ餅と、鶏と野菜の蒸し物と……」

最初は注文ひとつ取るのも一苦労だったが、覚えてしまえば一度にたくさん聞き取ることができた。修行時代の学びのおかげで、その場限りの記憶力には自信がある。開店したら立ち止まることなく常に動き回った。けど忙しいということはそれだけ盛況ということ。店が軌道に乗るのは早く、朱桜の疲れも時折窺えたが、活き活きとしていた。彼女が笑っている時は千華も素直に嬉しかった。

人が足りない時は厨房に入り、調理を手伝うことが増えた。配膳の大変さとはまるで違ったが、賄い等で皆の反応を見るのは中々楽しかった。食材の組み合わせを変えたりして、自分流に味付けを変えてみる。美味しいと言う従業員もいれば前の方がいい、と言う従業員もおり、これはこれでやり甲斐を感じた。

自分が作った料理を誰かに食べてもらえるのは嬉しい。

日々忙殺されてそれどころじゃなかったけれど、ふと紫弦のことを思い出した。今なら彼にたくさんの料理を振舞ってやれたのに……でも彼がこういう家庭料理を食べている姿を想像すると何だか可笑しくて、ひとり笑った。

城で頂いた宮廷料理は見たことないご馳走ばかりで、ここで作る料理
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  • 鍾愛王子のあいしらい   #17

    「紫弦様、おはようございます。今日は街に視察に行かれるのですか?」「あぁ。父上が元気なうちに、できることをやっておこうと思って」街は活気を取り戻しつつある。身体の弱い者、貧しい者に幼い子ども。誰もが安心して生活ができるように、紫弦は新しい施設や職業を模索していた。異国で経済を学んだ弟が帰ってきてくれたこともあり、二人で国をよりよくする為に奮闘している。発展というより改善に近い。ただ今まで目を向けられなかった部分に着目している。強い者が快適に暮らせる国ではなく、弱い者が楽しく暮らせる国づくりを。自分達に与えられた時間は有限だから、この命が続く限り続けたい。迷った時や辛い時は首飾りに触れて心を落ち着ける。いつか帰ってくる彼の為に……。「紫弦様、護衛をつけてください!」「ああ、すまんつい……。でも武器を持った奴らをぞろぞろ連れていく方が目立つからな」短剣だけ腰に添えて、紫弦は城の門を抜けた。未だに皇子の自覚が足りないと董梅達から怒られるが、城の中でふんぞり返るだけの王なら街へ出て、畑仕事のひとつでも手伝った方がマシだと思う。耕した野菜や果物が誰かの糧になり、新たな命へ繋いでいく。今まで何百、何千年と続いてきたことなのだ。祖先が泥だらけになって頑張ってくれたから、今の自分達がある。「これ面白い!」商店が建ち並ぶ大通りでは、子ども達が玩具を持って走り回っていた。その姿を遠目で見て、思わず相好がくずれる。自分も幼い時はこっそり玩具を買って、あんな風に遊び回ったものだ。子どもは純粋で、何よりも弱い存在。誰かが守って、伸び伸び育つ環境を用意してやらないといけない。学校へ行けない子どもがいなくなったらいいのに、と彼も言っていた。今は少しでも変えられるように、子ども達を支援する為の法律も考えている。彼らは、命は国の宝だ。……昔のお前もそう思ったんだろ。空を仰いで、世界を照らす太陽を見つめる。どこにいても決して見失うことのない光。どれだけ心が冷えきっても、変わらない温もりを与えてくれる。今日も世界は平和だ。腰に手を当て、城の前の高台から街を見下ろした。見た目は何も変わらないけど、中身は着実に変化を遂げている。街と山の稜線を宙でなぞり、目を眇める。国を立て直すことができたら、いつかあの向こうへ行こう。そう奮い立ったとき、「うわっ! 駄目駄目、

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  • 鍾愛王子のあいしらい   #13

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