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35.隣の部屋の上客

last update 게시일: 2026-06-24 07:59:00

 チキンライスをお皿にこんもりと丸く盛り付け、いよいよ一番の難関である卵の工程に入る。

 りとは小さく深呼吸をしてから、熱したフライパンにバターを落とし、あらかじめ溶いておいた卵を一気に流し込んだ。

 ジュワッ、という小気味良い音がキッチンに響く。焦がさないように菜箸で素早くかき混ぜ、絶妙な半熟の状態を作り上げる。そして、フライパンを慎重に傾けながら、赤いチキンライスの上に黄色のドレープを滑らせるように乗せた。

「……よしっ。完璧です!」

 少しだけ形はいびつになってしまったかもしれないが、ふんわりとした黄色い卵が美しい、手作り感溢れるオムライスが完成した。お店で出てくるような洗練されたフォルムではないけれど、愛情だけはたっぷりと込めている。

 最後に、上から真っ赤なケチャップをかける工程だ。

 完璧主義で甘党の彼は、少し多めにケチャップがかかっているくらいが好みなはずだ。りとはケチャップの容器を握りしめ、少しだけ躊躇った後、思い切ってオムライスの中央に大きなハートマークを描いてみた。

(うわぁ……やっぱり、ハートなんて図々しかったかな。でも、今更消せないし……!)

 一
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     りとの部屋のローテーブルに、箱から出したばかりの真新しいホットプレートが鎮座した。 キッチンから、用意しておいた材料を次々と運んでいく。ボウルに入れたたっぷりのたこ焼き粉の生地、刻んだ茹でダコ、天かす、紅しょうが、青のり。 さらに小皿には、チーズやウインナー、小さく切ったお餅などの変わり種も並べた。「……本格的だな」 テーブルの向かいで腕を組み、鷲尾はどこか呆れたようにその様子を見下ろしている。「初タコパですから! 気合い入れました!」「気合いの方向性がおかしい。もっと仕事に向けろ」「今日くらいは仕事のことは忘れてください。課長の分も、私が上手に焼きますからね!」 りとは意気揚々とホットプレートのスイッチを入れ、油を引いた穴に生地を流し込んだ。だが、最初の一回目ということもあり、分量を見誤って生地が鉄板から盛大に溢れ出してしまう。「おい、入れすぎだ。雑すぎるぞ」「だ、大丈夫です! 丸めればなんとかなります!」 鷲尾に呆れた声で小言を言われながらも、竹串を両手に持って悪戦苦闘する。くるくると生地を返していくうちに、いびつだった形が少しずつ丸いたこ焼きの姿になっていく。その過程が可笑しくて、二人とも少しだけ楽しくなっていた。 焼き上がったたこ焼きをハフハフと頬張りながら、変わり種の品評会が始まる。「んー! チーズ入り、当たりです!」「……チーズは悪くないな。味がまとまっている」「お餅も美味しいですよ! ちょっと冒険しすぎたかと思いましたけど」「餅は中が異常に熱い。火傷に注意しろ」「はいっ」 鷲尾が買ってきた缶ビールや日本酒も少し入り、いつもの張り詰めた冷たい上司の顔が、少しだけやわらいでいく。 彼は決して大袈裟には笑わないが、りとが熱々のたこ焼きを頬張って「あふっ」と慌ててビールを飲むたび、口元をわずかに緩めていた。 ひとしきりたこ焼きを堪能したあと、りとは「さて、ここから後半戦です!」と宣言し、キッチンから別の材料を取り出してきた。 ケチャップライス風に味付けした小さなご飯の塊、卵液、そしてホットケーキミックス。「何だ、それは?」 鷲尾が訝しげに眉を寄せる。「課長のための、特別メニューです」「俺のため?」「はい。オムライスボールと、デザートの鈴カステラです!」 オムライスが好きで、実は甘いものにも目がない。 

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     四月下旬。 ゴールデンウィークの大型連休を目前に控え、営業部のフロアはいつにも増して慌ただしい空気に包まれていた。 連休前に処理すべき案件、取引先への確認作業、ギリギリで飛び込んでくる資料の修正、そして休暇中の対応の引き継ぎ。りとは朝から息をつく暇もなく、バタバタとフロアを走り回っている。「甘崎。確認印の位置が違う。やり直しだ」「甘崎、メールを送る前に宛先を二度見しろ」「甘崎、走るな。転ぶぞ」 直属の上司である鷲尾は、いつも通り容赦なく小言を飛ばしてくる。 けれどその一方で、彼は営業一課長として驚くほど有能に立ち回っていた。部下のミスを先回りして未然に潰し、取引先からの急なトラブル連絡にも声を荒らげることなく冷静に対処し、葛城部長から無茶振りされた案件も淡々と処理していく。 りとは怒られっぱなしで凹みながらも、パソコンの画面と向き合う彼の横顔を盗み見ては(やっぱり、この人はすごいな……)と、密かに胸を高鳴らせていた。 その日は、奇跡の条件が重なった日だった。 出張セラピスト派遣のサイトで確認したところ、レイの出勤予定は入っていない。しかも、このままいけば仕事も珍しく定時近くに上がりそうな雰囲気だ。りとはこの日を狙って、ルージュ・ラパンのシフトも前もって外していた。 夕方。人気のない資料室。 りとは書類整理を手伝うふりをして、鷲尾をこっそり連れ込んだ。 高い棚の影に隠れるようにして、誰にも聞こえないよう声を潜める。「課長」「何だ。今度は何をやらかした?」「やらかしてません。……今夜、タコパしましょう」「……仕事中にそれを言うために呼び出したのか?」「ものすごく大事な確認事項です」 鷲尾は心の底から呆れたように、指先で眉間を押さえた。 だが、りとは必死に言葉を続ける。「今日、レイさんお休みですよね。私も夜の予定、空けてます。しかも、うちには新品のホットプレートがあります。これはもう、奇跡では?」「ただの偶然だ」「奇跡です」「偶然だ」「奇跡です!」 鷲尾は深くため息をついた。 だが、その声は完全に拒絶するものではなかった。数秒の沈黙のあと、観念したような低い声が落ちてくる。「……仕事が予定通り終わり、君がこれ以上余計なミスを増やさず、俺の帰宅時間を邪魔しないなら」「なら?」「少しだけなら、寄ってやる」「本当

  • 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした   05.決戦前夜

     隣同士の部屋に住んでいることが発覚した、あの衝撃的な夜から一ヶ月が経過した。 あれから、鷲尾冴臣と甘崎りとの関係に大きな変化があったかといえば、答えは〝否〟である。 会社では相変わらず、完璧主義で冷徹な鬼上司と、それに怒られ続けるドジな部下という、圧倒的な縦社会の構図が維持されていた。 アパートでも、朝出くわさないようにゴミ出しのタイミングを見計らったりと、お互いに暗黙の了解で不可侵条約を結んでいる状態だ。 ただ一つ変わったことがあるとすれば、りとの心の中に「でもこの人、夜は〝あんなこと〟してるんだよなぁ」という、圧倒的な秘密の優越感が鎮座していることくらいだった。 そして、待ち

  • 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした   04.ネギとスーツと隣の部屋

     ――そして、運命の週明け、月曜日。 朝からオフィスの空気は、いつも以上に重く感じられた。 いや、実際に重いわけではない。りとの心が、勝手にそう感じているだけだ。 亜麻色のショートカットを揺らしながら、りとは自分のデスクでパソコンの画面を見つめていた。しかし、タイピングする指はさっきから完全に止まっている。 視線の先にあるのは、斜め前に座る営業部一課の絶対的権力者、鷲尾課長の背中だ。 土曜日の夜の出来事が、フラッシュバックする。 あのホテルでの、甘く、熱く、とろけるような時間。あの冷徹な鬼上司が、夜はあんなにも優しく、情熱的に自分を愛撫してくれたのだ。 あの長くて綺麗な指先。首

  • 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした   02.メロウルーム

     土曜日の夜。 職場である都心のオフィス街から電車を乗り継ぎ、一時間以上離れた閑静なエリアにあるハイクラスホテル。 りとは広々としたスイートルームのふかふかの上質な絨毯の上で、落ち着かない様子でウロウロと歩き回っていた。 女性向け風俗、出張型リラクゼーションサービス〝メロウルーム〟。 予約を完了した日から今日まで、りとは仕事中も上の空になるほど、この日のことばかりを考えていた。下着も奮発して、少し透け感のある黒のレースのランジェリーを身につけている。上には、ホテルに備え付けられていた肌触りの良いバスローブを羽織っていた。(あの写真の人……本当に鷲尾課長なのかな。いや、まさかね。いく

  • 限界OL、女風のナンバーワン〝レイ〟を指名したら上司の特等席でした   03.秘密にしましょう

     激しい波が何度も押し寄せ、ようやく静まり返ったハイクラスホテルのスイートルーム。 間接照明の柔らかな光の中、りとは真っ白なシーツにすっぽりと包まれながら、指一本動かせないほどの心地よい疲労感にどっぷりと浸っていた。「お疲れ様でした。少し、汗を拭きましょうか」 レイ――鷲尾課長の声は、昼間の冷徹さからは想像もつかないほど甘く低く、どこまでも優しかった。 温かいホットタオルが、りとの火照った身体を丁寧に拭い清めていく。その手つきには一切のいやらしさがなく、ただ大切なものを慈しむように扱われているという絶対的な安心感だけがあった。 ふわりと鼻腔をくすぐるのは、彼から漂う落ち着いた〝ウッ

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