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第1651話

Author: 桜夏
それを聞き、美佐子はわずかに眉をひそめた。本当は娘に蓮司を起こさせず、このまま休ませてやりたかった。

だが、考えてみれば今はまだ夕方の六時だ。休む時間としては、早すぎるとも言える。

美佐子は、目を閉じたまま眠っている蓮司へ視線を向けた。あの様子では、声をかけても起きないかもしれない。そう思い直し、口を開いた。「分かったわ。新井のおじ様の様子を見たら、すぐ迎えに来るわね、栞」

透子は頷いた。

祥平と美佐子は、執事に案内されて病室を出て行った。執事は扉を完全には閉めず、外に護衛の者だけを残して待機させた。

病室の中。

透子はうつむき、蓮司を見つめた。それから枕元へ歩み寄り、小さな声で彼の名前を二度呼んだ。

だが、蓮司は何の反応も示さなかった。顔色は青白く、まるでこの世から離れてしまったかのようだった。

眠っているはずなのに、眉間には深い皺が刻まれていた。透子は無意識に手を伸ばしかけたが、ふと空中で動きを止めた。

今、自分が何をしようとしたのかに気づき、透子はわずかに唇を引き結び、そのまま手を引っ込めた。

お粥を作って持ってきただけでも、もう十分に義理は果たしている。これ
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    それを聞き、美佐子はわずかに眉をひそめた。本当は娘に蓮司を起こさせず、このまま休ませてやりたかった。だが、考えてみれば今はまだ夕方の六時だ。休む時間としては、早すぎるとも言える。美佐子は、目を閉じたまま眠っている蓮司へ視線を向けた。あの様子では、声をかけても起きないかもしれない。そう思い直し、口を開いた。「分かったわ。新井のおじ様の様子を見たら、すぐ迎えに来るわね、栞」透子は頷いた。祥平と美佐子は、執事に案内されて病室を出て行った。執事は扉を完全には閉めず、外に護衛の者だけを残して待機させた。病室の中。透子はうつむき、蓮司を見つめた。それから枕元へ歩み寄り、小さな声で彼の名前を二度呼んだ。だが、蓮司は何の反応も示さなかった。顔色は青白く、まるでこの世から離れてしまったかのようだった。眠っているはずなのに、眉間には深い皺が刻まれていた。透子は無意識に手を伸ばしかけたが、ふと空中で動きを止めた。今、自分が何をしようとしたのかに気づき、透子はわずかに唇を引き結び、そのまま手を引っ込めた。お粥を作って持ってきただけでも、もう十分に義理は果たしている。これ以上のことをする必要はない。透子は病室を出て、新井のお爺さんの様子を見に行こうとした。しかし、透子が背を向けたその瞬間。病床の上で、眠っていたはずの蓮司のまぶたがかすかに動いた。やがて、ゆっくりと細く目が開く。ぼやけた視界の中で、蓮司はあの後ろ姿を見た気がした。朝も夜も焦がれ続けた、決して忘れることのできない後ろ姿だった。「と……」蓮司は唇を震わせ、透子の名前を呼ぼうとした。だが、蓮司はあまりにも衰弱していた。喉は鋸で挽かれているように痛み、声を出すことさえひどく難しい。漏れたのは、かすれた息のような音だけだった。病室があまりにも静かだったからか、それとも透子の耳がよかったからか。その小さな音を、透子は聞き取った。すぐに振り返る。幻聴かと思った。だが、ベッドの上の蓮司が本当に目を開けているのを見て、透子は二歩ほど前へ進み、再び病床のそばへ戻った。蓮司の視界の中で、透子の顔が少しずつはっきりしていく。それはあまりにも鮮やかで、あまりにも生々しく、すぐ目の前にあった。蓮司は一瞬、自分が夢を見ているのではないかと思った。けれど、それは夢

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    十五分後、一行は新井グループ系列のプライベート病院に着いた。橘家の三人が見舞いに来たと知り、執事はすぐに病院の入口まで迎えに出た。執事は感極まった様子で挨拶した。「橘会長、奥様、栞お嬢様。ようこそお越しくださいました。まさか、このような遅い時間にお三方でお越しいただけるとは思っておりませんでした。橘家が新井グループにしてくださったご恩は、すでに承知しております。まだこちらからお礼に伺えておらず、本当に申し訳ございません」祥平が口を開いた。「気にしなくていい。こちらにできることをしただけだ」そもそも、今の新井家には、礼に出向ける者などいない。新井のお爺さんはもう長くなく、蓮司も精神的に限界を迎えている。祥平は、今さら形式的な礼儀を気にするつもりはなかった。車の中で娘に尋ねて、祥平はようやく蓮司の状態がそこまで深刻だと知った。透子が自分でお粥を作り、病院まで来ようとした理由も分かった。祥平は執事に言った。「案内してくれ。まずは蓮司の様子を見に行こう」執事は手で道を示した。最初、執事は橘家の三人が新井のお爺さんを見舞いに来たのだと思っていた。だが、透子の手に提げられた保温弁当箱を見た瞬間、ほとんどすぐに事情を察した。執事は急いでそちらへ回り、受け取ろうとした。「栞お嬢様、わたくしがお持ちいたします」透子は静かに手を離した。祥平は蓮司の詳しい病状を尋ねた。そのことで、執事の推測は確信に変わった。執事は時間まで含めて、非常に細かく説明した。蓮司は、あの日の昼に橘家が届けた食事を食べて以来、何も口にしていない。そこからほぼ二日二晩が過ぎていると聞き、祥平と美佐子はそろって眉をひそめた。執事はため息をついて言った。「わたくしが気づいたのも後になってからでございます。当時、運び込んだ食事は皿が空になっておりましたので、召し上がったものと思っておりました。ですが、医師の検査結果では、若旦那様はかなり長い時間、空腹状態が続いており、すでに脱水も起こしていたとのことでした」つまり、最初の数食分を、蓮司は捨てていたのだ。執事や義人に心配をかけたくなかったのだろう。そして、体が限界を迎えて倒れて初めて、そのことが分かった。美佐子は眉を寄せた。「本当に、自分の体を少しも大事にしていないのね。そんな無茶をしたら、

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    看護師たちが進み出て、ティッシュで蓮司の口元を拭った。さらに汚れた布団を取り替え、すべてを綺麗に片付けた。蓮司はベッドの背にもたれて座っていた。まだ吐き気が残っているようで、目を閉じたまま、顔色は病的なまでに青白かった。傍らで医師が言った。「刺激による嘔吐です。新井会長の件が新井社長に与えた打撃が大きすぎたのでしょう。今の状態では、短期間のうちに自力で食事を取るのは難しいと思われます。栄養剤の点滴を続けるほうが安全です」それを聞き、執事は今にも消え入りそうな蓮司を見つめながら、とうとう嗚咽をこらえきれなくなった。若旦那様がここまでひどい状態になるとは、思ってもみなかった。体の病なら治療の術もある。だが、心の病は簡単には治せない。旦那様はすでに手の施しようのない状態だ。若旦那様までこのままでは、いずれ体も限界を迎えてしまう。会社も若旦那様なしでは回らず、来週には取締役会まで控えているというのに。執事は悲しみと不安で胸を締めつけられながら、医師たちが蓮司にあらためて栄養剤の点滴をつなぐのを見守り、手にしたティッシュで何度も涙を拭った。医師たちは病室を出る時、執事にも外へ出るよう促した。しばらくは患者を休ませ、刺激を与えないほうがいいという判断からだった。廊下に出ると、医師は執事へ厳しい表情で言った。「新井社長のように、感情の刺激によって食事が難しくなるケースは、今後二日ほどで落ち着けばまだよいのですが、問題はそれが心因性拒食症へと進んでしまうことです。最善の解決策は、やはりご本人の心のしこりを解くことです。身近な方々が、根気強く声をかけて支えていくしかありません」執事は頷いたが、その顔には深い憂いが浮かんでいた。その心のしこりは、ほどけない結び目のようなものだった。そもそも解く方法など存在しない。今、旦那様は集中治療室で、機械に命をつなぎ止められている。その状態だけで、若旦那様はすでにこうなってしまったのだ。もし本当に旦那様が息を引き取る時が来たら、若旦那様はどれほど悲しみに打ちのめされるのか。執事は想像することすら恐ろしかった。この心の病に、すぐ効く特効薬などない。時間がゆっくりと流れていく中で、若旦那様が少しずつ死と別れを受け入れるのを待つしかなかった。医師たちが去った後、執事は病室の窓の前に立ち、中の

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