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第785話

Author: 桜夏
蓮司は目を閉じた。目が覚めたばかりで、まだ眠気はない。記憶は自然と高校時代へと遡る。

二人が親しくなるきっかけは、一つの数学の難問だった。相手はとても聡明で、二人で研究し、議論を重ねた。そして徐々に、話の内容は勉強から日常のことへと移っていった。

あの頃の彼は、暗く、鬱々とした日々を送っていた。しかし、相手はずっとそばにいて、彼の話に耳を傾け、心を解きほぐしてくれた。自然と、彼は彼女に好奇心を抱き始めた。

実のところ、最初、彼は相手が透子だと思っていた。透子は聡明で、成績も常にトップクラスだ。彼女が数学の難問を解けたとしても、何ら不思議ではなかった。

それに、透子の性格は明るく騒がしいタイプではなく、物静かで内向的だ。それも、彼の推測と一致していた。

しかし、それはあくまで推測に過ぎず、証拠はなかった。

相手は意図的に正体を隠しており、手書きの解答プロセスでさえ、わざと癖のない、整った文字で書かれていたため、本当の筆跡を見抜くことはできなかった。

彼は、その見えない壁を無理に破ろうとはしなかった。ただ心の中で相手を透子だと信じ、高校三年生が終わったら、気持ちを打ち明けようと決めていた。

しかし、高校二年の前期、美月が現れた。

美月の登場は、彼のそれまでの確信をすべて覆した。

彼女は初めて会った時から、まるで昔からの知り合いのように親しげに振る舞い、彼の好みまで知っていて、オーツミルクを一本差し出してきたのだ。

その後の様々な些細な言動も、彼女こそがずっと陰で自分に寄り添ってくれていた人物であると示しているかのようで、彼の心は疑念に揺れ始めた。

しかし、相手は聡明だったはずだ。そこで彼は、数学の問題で彼女を試すことにした。

「これ、解けるかな?」

蓮司はノートに書いた難問を見せた。

美月は少し考え込むそぶりを見せた後、すらすらと解き始めた。

「ここでこう考えれば……」

驚いたことに、美術系の学生である美月が、数学オリンピックレベルの問題を解き、しかも絶妙なタイミングで最も重要なヒントまで与えてきたのだ。

この時点で、彼は相手が透子だという当初の推測をほぼ捨て去り、次第に美月へと意識を向けるようになっていた。

だが、相手が美月だと完全に確信したのは、あの突然の事件がきっかけだった——

週末、彼は勉強をしていたが、突然一つのメッセー
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