モナは上司の顔をちらりと見た。彰人はすでに眠りに落ちている。願乃は小さく息をつき、声をひそめた。「しばらくは……目を覚まさないと思う」モナは少し考え、それからキッチンの流しへ向かった。手際よく温めたミルクをカップに注ぎ、願乃の前にそっと置くと、自分はソファに腰を下ろす。やがて、静かに記憶をたどりはじめた。その表情は迷いに満ちている。――思い出すにはあまりにも痛い過去だったからだ。傷ついたのは彰人だけではない。彼女自身も、そして涼香も――しばらくの沈黙のあと、モナはようやく口を開いた。「あの年のこと、覚えていますか。願乃様が身ごもっていた頃――結代ではなく、小さなあの子をお腹に宿していた年です。あの冬は大雪でした。クリスマスの夜――氷室さんは涼香にきちんと話をつけて、お金も清算して、彼女を帰そうとしていました。『家庭に戻る』って……あの日の氷室さんはまるで生まれ変わったみたいで、本気でやり直そうとしていたんです。願乃様と結代のために、プレゼントまで用意して……帰ろうとしていたそのとき、突然、激しい頭痛に襲われて――私が駆けつけて病院へ運びました。診断は……肝臓の再発。それに、脳にも腫瘍が見つかって……あの夜――初めて、氷室さんの顔に絶望を見ました。これまでにも、メディアグループを引き継いでから何度も危機はありました。でも、どんなときでも冷静で……取り乱すことなんてなかったです。しかし、あの夜の表情だけは一生忘れられません。そのあと、氷室さんは願乃様のもとへ戻って……涼香とやり直したとおっしゃったのです。でも本当は違うんです。あれは――ご自分が病気だと悟ったからです。本気で心変わりしたと、そう思わせる方がいいと……そう考えたんです。もし自分が死んだら、願乃様が深く傷ついてしまうからです。その後、舞様が事情を知って、氷室さんをベルリンへ連れて行かれました。半ば強引に、療養させるために……その数年間、莫高チップの経営の大半は願乃様のお父様が担っていました。氷室さんはとても仕事どころではなくて……ずっと治療を続けていたんです。ひどいときには髪もすべて抜け落ちて……身体は衰弱しきって……あの状態で会社を回すなんて、命を削るようなものです。願乃様、氷室さんにとって、大切なのは願乃様とお子様たち
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