Masuk「動ける方は、こちらに!」
「動けない方は手を挙げてください! 我々が支えに行きます!」 シイナとミストも、すでに動き出していた。 ふらつきながら広場へ出てくる村人たちを、ミストが声で誘導する。足元のおぼつかない者には肩を貸し、座り込んだまま動けない者には、近くにいた男たちを呼んで支えさせた。小柄な身体のどこにそれだけの声量があるのかと思わせるほど、よく通る声が広場の隅々まで届いていた。 その中心で、シイナが片膝をつく。 掌を地面に押し当てると、鈍い金属音が土の下から響いた。鉄が骨組みのように立ち上がり、薄い壁となって広場を区切っていく。風を遮る小部屋。病人を座らせる椅子。寝かせるための簡易な台。ひとつ、またひとつと形を成すたび、周囲にいた村人たちの目がわずかに見開かれた。鉄が、まるで意思を持った生き物のように、必要な形へと姿を変えていく。 「……はぁ、はぁ」 シイナの肩が上下する。額には汗が浮き、息はわずかに乱れていた。 「シイナ君、大丈夫ですか?」 ミストが隣に駆け寄る。いつもの軽い調子は残っていたが、その目は彼の顔色をきちんと見ていた。 シイナは額に浮いた汗を片手で拭う。 「ああ。俺がここでへばるわけにはいかないだろ?」 そう言って、彼はエレナの方を見た。 白い衣の背中が、村の中心にある。倒れた者のそばに膝をつき、ひとりずつ状態を確かめていく姿は、まだ若い少女のそれだった。けれど、その場にいる者たちの視線は、自然と彼女へ集まっていた。すがるような目。祈るような目。あるいは、もう何も信じられないという目。それらすべてを、白い背中が静かに受け止めている。 「……あの人は、いずれ大陸が頼ることになる聖女になるだろうな」 「そうですねぇ。それは間違いないと思いますけど、まだ時期尚早ですよ」 ミストは薄く微笑んだ。否定ではない。むしろ、その未来を疑っていない者の声音だった。 「この村は小さいんです。だからこそ、今のエレナ様なら手を伸ばせる。全員を見て、全員に声を届けて、全員を救おうとできるんです」 ミストの視線が、治癒に向かうエレナの背中へ移る。 「でも、それがひとつの街になったら。国になったら。救いを求める人が、目の届かないほど増えたら――あの方ひとりでは、きっと届かない場所が出てきます」 「……そうだな」 「彼女は、この先それを背負うんです。だから、私たちが支えましょう」 ミストはそこで、いつもの笑みを少しだけ強めた。 「なんて、そんなことを言っても、あの方は一人で何とかしようとしてしまうんでしょうけどねぇ!!」 「……いや。その通りだと思うよ」 シイナは短く息を吐き、もう一度立ち上がった。膝についた土を払う指先には、まだ微かな震えが残っている。 「今は一時のパーティを組んでいるだけだが、これは俺たちにとって誇りとなるだろう。だからこそ、俺たちも負けじと支えないとな」 ミストが大きく頷く。 二人は再び村人たちのもとへ向かった。 ✦ ━━━━━━━━━━━━━━ ✦ シイナが作り上げた小部屋の中は、外よりもいくらか風が弱かった。 薄い鉄の壁が冷気を遮り、即席の椅子や寝台には、村人たちが順に運び込まれている。鉄越しに届く外の喧騒は、ここでは遠い波の音のようにくぐもっていた。その一角で、エレナは膝をついていた。 「……」 額から汗が伝う。 けれど、エレナは拭わなかった。目の前の村人へ両手をかざし、金色の光を絶やさず注ぎ続ける。 相手は、痩せ細った老人だった。 骨ばった胸が、浅く上下している。皮膚はひどく青白く、閉じた瞼の下には濃い影が落ちていた。エレナの掌から零れる光がその胸元を包み、弱りきった身体の奥へ、少しずつ染み込んでいく。 (この人……症状が、一番重い……!) 金色の光が、さらに強まった。 光は老人の胸元へ染み込んでいく。 その奥に、何かがあった。 傷ではない。毒とも違う。身体の深い場所に根を張り、心臓を中心にして、濁ったものをじわじわと放っている。癒しの光が触れるたび、その穢れのようなものが薄く揺らぎ、しかし簡単には剥がれ落ちない。まるで、根を張った蔦が肉に食い込み、引き剥がそうとするほどに深く絡みついていくかのように。 「少し……力を強めます。苦しくありませんか?」 老人の喉から、こひゅー、こひゅー、と整わない息が漏れていた。 それでも、老人はエレナへ向けて小さく頷いた。力のない動きだった。だが、確かに頷いた。 エレナの碧い瞳が、わずかに揺れる。 (嘘だ……。でも、こうしないと彼を救えない……!) 両手から溢れる光が、形を変えた。 広がっていた金色が、老人の胸元へ向けて収束していく。淡い癒しではなく、細く、濃く、鋭い光。空気が震え、鉄の小部屋の壁に反射した輝きが、瞬く間に室内を塗り潰した。 白に近い金色。 目を開けていられないほどの光が、小部屋を包み込む。 (お願い……っ! 耐えて……!) 光はさらに密度を増し、老人の胸の奥へ注ぎ込まれていった。穢れが焼けるように薄れ、脈打つたびに濁りが押し返される。それでもエレナは手を引かない。指先まで震えながら、ただ光を注ぎ続ける。 やがて、眩い輝きが少しずつ弱まっていった。 「はぁ……っ! はぁ……っ……!」 エレナの肩が大きく上下する。 額から、頬から、顎先から、汗が次々とこぼれ落ちた。白い衣の胸元にも、細い首筋にも、薄く濡れた跡が広がっている。 本来、今のエレナの魔力量で無理なく診られる人数は、十人ほどが限界だった。 だが、この村には二十人近い患者がいる。 (息が……! 苦しい……っ……!) それでも、エレナは手を下ろさなかった。 目の前の老人だけではない。鉄の壁の向こうには、同じように苦しんでいる者たちが待っている。彼らはこの一月、理由も分からないまま身体を蝕まれ、日々を削られてきた。 その時間の重さを前にして、自分の苦しさだけを理由にはできなかった。 「エ……エレナ様……。あ……ありがとう……ございます……」 老人が、掠れた声でそう言った。 その直後、老人の瞼が落ちる。呼吸はまだ浅い。けれど先ほどまでの歪な乱れは、わずかに整っていた。 エレナはシイナたちを呼ぼうとして、ゆっくりと立ち上がった。 だが、膝が崩れた。 「うっ……!」 そのまま、地面に片手をつく。視界の端が白く霞み、鉄の壁も、寝台も、老人の輪郭も、輪を描くようにぼやけていった。 『エレナ……! 大丈夫か!?』 内側から響いたエレンの声が、珍しく鋭さを帯びる。 エレナは霞む目を瞬かせ、震える腕で身体を支えた。 『だ、大丈夫だよ……』 『流石に魔力を使いすぎだな……。一度、休憩を挟もう』 『……ダメ』 『なに?』 『今は一時的に治癒できただけ。でも、根本的な解決じゃないの。きっと、休んでいる間に、また彼らの身体を蝕み始める』 『だが、君の身体が……』 エレンの声が、そこでわずかに乱れた。 戦場であれほど冷静な声が、今だけは違う。平静を保とうとして、保ちきれていない。その揺らぎだけが、剥き出しのまま響いていた。 『……大丈夫だよ、エレン』 エレナは、ゆっくりと息を整えた。 『心配してくれてありがとう。でも、ここで休むわけにはいかない 地面についた手に力を込める。 立ち上がろうとした。だが、身体は言うことを聞かなかった。膝に力が入らず、エレナは再び地面へ崩れ落ちる。 『エレナ……!』 (大丈夫……! 私なら……大丈夫……っ……!) そのとき、小部屋の外から足音が近づいてきた。 中の物音を聞きつけたのだろう。入口に影が差し、次の瞬間、グレンが飛び込んでくる。 「お、おいっ!? エレナ!?」 「……グ……レン……さん」 グレンの表情から、いつもの破天荒な勢いが消えていた。 彼は膝をつき、壊れ物に触れるような手つきでエレナの身体を起こす。大きな腕が背中を支え、もう片方の手が肩に添えられた。その動きは驚くほど静かで、粗さがない。普段の彼を知る者なら、二度見してもおかしくない手つきだった。 「すげぇ汗だ……!」 そう言うグレン自身の額にも、同じほどの汗が浮かんでいた。 「……次の方を……呼んでください……」 エレナの声は、ほとんど息だった。 グレンの腕に支えられながら、それでも視線だけは入口の向こうを向いている。外には、まだ順番を待つ村人がいる。助けを求める手が、まだ残っている。 その一点だけを、彼女は見ていた。 「……ダメだ」 グレンが低く告げた。 いつもの勢い任せの声ではない。無理に笑って押し切る調子でもない。ただ目の前のエレナを見て、これ以上は通せないと決めた声だった。 「お前のそんな様子を見たら、とても頷けねーよ」 「でも……まだ……」 「何をしたらいい?」 グレンはエレナの肩を支えたまま、少しだけ顔を近づける。 「エレナは、ここまでの人たちを治癒したんだろ? だったら少し休め。今のお前に必要なのは、それだ」 返事は待たなかった。 グレンは小部屋の外へ顔を向け、腹の底から声を張り上げる。 「シイナー!! ミストー!! ちょっと来てくれ!」 声は鉄の壁にぶつかり、硬い反響を残して外の広場へ抜けていった。 ほどなくして、慌ただしい足音が近づいてくる。入口の向こうにシイナとミストが姿を見せた。二人の視線がエレナへ向いた瞬間、その表情から色が抜ける。 「エレナ様!?」 「すげー頑張ったみたいだぜ。少し休ませてやってくれよ」 グレンの言葉に重なるように、厨房の支度を終えた男たちも駆けつけてきた。小部屋の中を覗き込んだ彼らは、そこで初めてエレナの状態を目の当たりにする。 「エ、エレナ様!? これは……!」 「そこで待機だ。アンタたちはちょっと待っててくれ」 グレンが片手を上げて制した。 荒い声ではない。だが、その一言で男たちの足は止まった。 シイナはすぐに室内へ目を走らせる。床、寝台、残された村人たち、エレナの顔色。そのすべてを短く拾ってから、ミストへ視線を向けた。 「あと何人だ?」 「あと、三人ですね」 ミストが即座に答える。いつもの弾むような声音は、そこにはなかった。 「分かった。グレン、エレナ様は何か仰っていたか?」 「いや、悪い……俺が来た時には、もうこんなふうになっててよ」 「そうか」 シイナは短く息を吐いた。 「とりあえず、エレナ様には一度休んでいただこう」 朦朧とする意識の中で、エレナはそのやり取りを聞いていた。 声が遠い。鉄の壁に跳ねる反響も、誰かの足音も、水の膜越しに届いているように輪郭がぼやけている。それでも、言葉の意味だけはかろうじて耳に引っかかった。 (ダメ……。私が……私が何とかしないと……) 指先に力を込めようとする。 けれど、身体は応えなかった。腕も膝も、誰かに預けてしまったもののように重い。 グレンがそっと体勢を変える。背中と膝裏へ腕を回し、エレナの身体を抱き上げた。大柄な彼の腕の中で、エレナは痛々しいほど軽く見えた。 「エレナ、ごめんな。少し揺れるぜ」 「あ、あの!」 男たちのひとりが、思い出したように声を上げる。 「どうした?」 シイナが振り返った。 「エレナ様は、料理と焚き火の両方を使って村人の治療をするって言ってたぜ!」 「……そうか。感謝する」 シイナは頷き、すぐにグレンへ視線を戻した。 「んじゃ、俺がエレナを休ませてくる。戻ったら焚き火を作る」 「ああ、頼む」 「あのあの、皆さん」 そこでミストが男たちへ向き直った。 「エレナ様を休ませてあげられる場所ってないですか?」 「そ、それなら、空き家があったはずだ。ちょっと汚いけど……」 「それなら私の出番ですね!! 案内してください!」 ミストの声に、わずかにいつもの明るさが戻る。 男は慌てて頷き、先に立って走り出した。ミストもその後を追う。グレンはエレナを抱えたまま小部屋を出ていき、シイナは残された村人たちへ目を向けた。 数分後。 「お待たせしました!」 ミストが、勢いよく戻ってきた。 「それなら私の出番ですね!! 案内してください!」 ミストの声に、いつもの明るさが少しだけ戻る。 男が慌てて頷き、先に立って走り出した。ミストもその後を追う。グレンはエレナを抱えたまま小部屋を出て、シイナは残された村人たちへ目を向けた。 数分後。 「お待たせしました!」 ミストが、勢いよく戻ってきた。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ