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第6話

مؤلف: 雪八千
「来なさい」

すらりと真っ直ぐに立つ秀一は、一瞬だけ瞳を揺らしたが、感情を見せることなく淡々と応じた。

高瀬家の玄関前に響いたその短い言葉だけで、張りつめていた空気がざわめきに変わる。けれど、長く胸を締めつけていた玲の心は、鳥がようやく巣へ戻るような安堵に包まれていた。

玲はすぐに秀一の後ろへ続き、家を出ようとする。

だがその前に、弘樹が素早く立ちふさがった。

「待て!……藤原さん。今日あなたがここに現れたのは、玲が呼んだからでしょう?」

秀一は立ち止まり、目を細めた。その表情は誰も読めない。

だが、普段なら決して高瀬家に足を運ばない男がここに現れた理由は、誰の目にも明らかだった――玲が助けを求めたのだ。

実際、雪乃が彼女を部屋から呼び出したあの時、玲はスマホに眠らせていた番号へと密かにSOSを送っていた。

玲は指先に力を込め、真っ直ぐ弘樹を見返す。

しかし弘樹は視線を合わせず、秀一に向かって言葉を続けた。

「藤原さん、あなたを呼び出すために、玲はきっと高瀬家のことを悪く言ったのでしょう。ですが、今日の件は彼女に非があります。どうか鵜呑みにされないでいただきたい……」

「つまり、君は彼女をここに残せと言うのか?」

秀一が低く問う。

「周りの人間すべてが彼女を責める中に置き去りにし、罰を受けさせろと?」

「そうです」

弘樹の声は低く、揺らぎがない。

「綾の靴を壊したのも、母に逆らったのも事実です。だから罰が必要なんです。ここで受け入れることで、彼女の今後の糧となるでしょう」

少し間を置き、言葉を続ける。

「藤原さん。昔、玲があなたを助けたことは承知しています。しかし今日の件は高瀬家の内輪の問題です。どうか、我々の面子を立てていただけると助かります」

確かに高瀬家は藤原家ほどの力は持たない。それでも首都で「四大」と称される名門の一つ。内輪の揉め事に他家が介入しないよう願うのは、決して無礼ではなかった。

だが、秀一の瞳は深海のように冷ややかだった。彼は弘樹に歩き寄る。

黒いスーツに包まれた秀一は、生まれつき感情に乏しいかのように見えるが、次に発せられた声には、明らかな嘲りが滲んでいた。

「高瀬。お前の家の面子を立てるほど、俺は暇じゃない」

突き放すようなその一言が、弘樹の仮面のような優雅さを一瞬で切り裂いた。

……

結局、玲は秀一に連れられて家を出た。

残された人々の気分は最悪で、弘樹の手には血が滲んでいた。いつの間にか握りしめた鞭の棘が皮膚を裂いていたのだ。

それでも彼は包帯すら巻かず、鞭を捨てると父の元へ進む。

「お父さん、あの大人しかった玲が、こんなことをするとは思いませんでした。

けれどご安心を。綾を傷つけた以上、必ず償わせます。今日の罰は逃れられましたが、戻ってきたとき改めて処分するつもりです。これは綾へのけじめにもなるでしょう。

……もっとも、玲が藤原を助けたのは一度きり。今日のような状況は二度と起こらないでしょう」

そのときの高瀬家の裁きは、当然高瀬家が下すものになる。

茂が秀一が去っていく方向を見つめ、瞳が鋭く光った。しばらくすると、彼は息子に向き直り、意味深な言葉を残す。

「弘樹……玲が素直に戻ると思うか?」

「はい」

弘樹は迷いなく答えた。

「今日の彼女はただ感情的になっているだけです。落ち着けば必ず帰ってきます」

何せこの家には彼女の母も、自分もいる。情を重んじる彼女なら必ず帰ると、弘樹は確信していた。

茂は納得したように頷く。

「よかろう。今の君の言葉をくれぐれも忘れるな。それから綾を慰めておいてくれ。お前はやがて彼女の夫になる、その心を汲み取るのも役目だ」

そして雪乃に視線を移し、柔らかく話しかけた。

「雪乃、実の娘だからといって、玲を庇わなかったこと……嬉しく思うよ。彼女を厳しくしつけることを、悪く思わないでくれ」

さっきの出来事でひどく落ち込んでいた雪乃だが、夫の優しい言葉を聞こえると、堪えていた涙を溢れさせ、夫の腕をぎゅっと掴んだ。

「悪く思うなんて……そんなことありません。悪いのは玲です。弘樹さんと藤原さんの大切な物を壊し、両家の婚約まで脅かすような真似をして……許されるはずがありません」

茂は彼女の手に自分の手を重ね、穏やかに慰める。

「そんなに怒らなくていい。玲が罰を受け、綾の気持ちも収まれば、この件は終わりだ」

夫に諭されると、雪乃は表情を整え、力強く頷いた。

「わかりました。すぐに電話して、玲を呼び戻します!」

そう言って、茂とともに二階へ戻っていった。

残された弘樹は、ウォークインクローゼットへ向かう。

玲と秀一が出て行った後、綾のために新しい靴を用意するよう家政婦へ命じていたのだ。

クローゼットに近づいたとき、物音がして、一足のハイヒールが足元に転がってきた。

有名ブランド「L」の春コレクションの新作――高価な一足が、まるでゴミのように放り捨てられている。

弘樹は宥めるように声をかけた。

「新しい靴、気に入らなかったのか?」

誇り高い綾が他人の靴を履くはずもなく、これは使用人に新しく買わせたものだ。

それでも綾の怒りは収まらず、弘樹を見るなり声を荒げる。

「こんなのじゃだめ!弘樹さんが買ってくれたわけでもないし、あの特別なガラスの靴でもない!

……全部玲のせいよ!あいつがいなければ、ガラスの靴が壊れなかった。秀一だってここに来ることがなかったのに!」

秀一が自分を空気のように無視した光景を思い出すと、綾の目はさらに憎しみに燃えた。

「私がいるってわかってて、あの落し子を呼び出すなんて……私への嫌がらせに決まってる!『自分にだって頼れる男がいる』って、そう見せつけたかったのよ!」

その言葉に、靴を拾おうとした弘樹の手の甲に青い血管が浮き上がる。

――自分にも頼れる男がいる、だと。

体勢を戻した彼の瞳は、金縁の眼鏡の奥で冷たく光っていた。

「あいつに頼れる男なんていない。藤原は、ただ借りを返しただけだ」

だが綾はさらに毒を吐く。

「そうかしら?あの女、男に媚びることしか能がないのよ。

借りを返す?笑わせないで。汚い関係を隠すための言い訳なんじゃないの?」

弘樹は低く、しかし強い声で否定した。

「いや、玲は本当に、あいつを助けたことがあるんだ」

そう言って片膝をつき、新しい靴を綾の足にそっと履かせる。

「綾……今日は辛い思いをさせてしまって、すまなかった。明日、お前の望むままに付き合おう」

「ほんと?じゃあ、明日は私の秘書になって会社に来て!」

靴を履かせてもらうことで機嫌がよくなったか、綾は甘えるように笑い、弘樹に抱きつく。

弘樹は静かに頷き、抱かれるまま動かなかった。

機嫌が直ったものの、綾は追及の手を緩めない。

「でも玲のことは別よ。私を馬鹿にするなんて、絶対許さない!この私が頭を下げたのに、あんな態度されると……ムカつくに決まってるでしょ!」

「ああ、わかってる」

弘樹は短く答える。彼は綾の性格を熟知していた。先ほど父との約束を繰り返すように言う。

「玲が戻ったら、必ず償わせる」

「でも……あの女、ずる賢いもの。戻らなかったらどうするの?」

弘樹は迷いなく首を振り、目を細める。

「必ず戻る。あいつは、ここを離れられないんだ」

そう、玲は、自分の元へ戻るしか選択肢がない。

「……弘樹さん、今なんて?」

「なんでもない」微笑みを浮かべながら弘樹が答える。

「とにかく、玲が戻ってから考えよう」

「いや!私、待つのは苦手なの。とりあえず今日は仕返ししないと気が済まないわ」

綾は唇を尖らせ、やがて何かを思いついたように小悪魔の笑みを浮かべた。

「ねえ弘樹さん、私が何をしても……止めたりしないよね?」
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