บททั้งหมดของ 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める: บทที่ 681 - บทที่ 690

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第681話

光雅は言葉を継いだ。「これから市庁舎へ顔を出さなきゃならなくてね。急ぎの用がないなら同行してもいい。少しは勉強になるだろう」光雅が仕事に同行させてくれると聞き、紗友里は考える間もなく即答した。「うん、行く!ぜひ勉強させてもらうね」返事をしながら、胸の内が甘い喜びに満たされていく。今日足を運んだだけでこんな展開になるなど、光雅自ら市庁舎へ連れて行ってくれるとは夢にも思わなかった。市庁舎へ同行した紗友里は、邪魔にならないよう静かに後ろをついて回り、そつなく細やかにサポートをこなす。機転を利かせる紗友里を見て、光雅は信行よりずっと愛嬌があり、気の利く女性だと感じていた。夕方6時過ぎ、仕事を終えた光雅は、関係者一同の会食へも当たり前のように紗友里を同席させた。光雅がグラスを傾ければ、紗友里が甲斐甲斐しくお酒を注ぎ足す。周囲と仕事の話に花を咲かせる間も、隣で大人しく耳を傾けていた。やがてお開きになり、一同が代行の手配を始める中、紗友里が光雅の身体を支えながら声をあげる。「私、お酒飲んでないので。西脇社長を送っていきます」2人揃ってやって来たのを知る面々は、その申し出を受け入れ、光雅の送迎を紗友里に任せることにした。挨拶を済ませると、紗友里は車を発進させ、光雅を乗せて店を後にした。助手席の光雅は、今日はずいぶんと酒が進んでいた。本来なら飲むつもりはなかったが、幹部連中が熱心に勧めてくるため、顔を立てて付き合わざるを得なかった。車が走り出してしばらくすると、光雅はふっと視線を向けた。運転席の紗友里を見つめ、口を開く。「兄さんより可愛いな」褒められた紗友里は途端に嬉しさを隠せなくなり、得意げに胸を張った。「当然でしょ。信行なんかより、私の方が何倍も可愛いに決まってる」屈託のない自信に、光雅は思わず笑みをこぼす。裏表がなく、実に素直な性格だと感心した。紗友里が続けて尋ねる。「どこに向かえばいい?家、それともホテルまで送った方がいい?」光雅は自宅の住所を告げた。30分ほど車を走らせ、紗友里は光雅を自宅マンションへ送り届けた。車を降りる際、光雅の足取りがおぼつかないのを見て取り、すかさず身体を支えて部屋まで付き添う。大雑把で警戒心のない紗友里は、室内に入ってからも気遣いを見せ、白湯
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第682話

次の瞬間、2人を取り巻く空気が張り詰めた。薄暗い寝室の間接照明の下、紗友里はいたたまれなさに胸を突かれながら光雅を見つめる。掴まれたままの右手を引こうとしたが、びくともしない。光雅の瞳は熱を帯びて潤み、どこか虚ろな光を宿していた。「西脇さん……」気まずさに耐えかね、何か言い訳を口にしようとした瞬間、光雅が手首をぐっと引き寄せた。そのまま抱き倒すように、紗友里を自分の胸の中へ引きずり込む。静まり返った夜の帳、アルコールの酔い、そして長いあいだ押し殺してきた男としての衝動。今夜ばかりは、光雅も自制の箍を外してしまいたくなっていた。ベッドへ背中から倒れ込み、紗友里の心臓が激しく脈打つ。怯えと驚きに目を見開き、かすれた声を漏らした。「西脇さん……」その声に、光雅が微かに眉をひそめる。「……嫌か?」紗友里は慌てて首を横に振った。「ち、違う……」嫌なはずがない。ただ少し怖かっただけで、事態がここまで転がるとは予想もしていなかった。だが、光雅を拒絶する気など起きない。何より、彼のことが好きなのだ。あの旧倉庫で突然現れてくれたこと、投げかけてくれた言葉。あの日から、紗友里の心はずっと光雅に奪われていた。紗友里の反応を認め、光雅は身をかがめて唇を塞いだ。両手を小さく握りしめる紗友里、心臓が口から飛び出しそうなほど高鳴り、全身が石のように硬直した。その後は、ただ鋭い痛みが身体を支配した。涙が零れるほどの衝撃に襲われながらも、紗友里は奥歯を噛み締めて耐え抜く。相手が光雅である以上、後悔など微塵もなかった。*翌朝、目を覚ました光雅は、ベッドでうつ伏せになって眠る紗友里の姿を認め、眉間を寄せて片手で額を押さえた。昨日、半日以上も紗友里と一緒に過ごしたせいで、つい理性の歯止めが利かなくなってしまった。自分も1人の健康な男だ。そこから手を離した瞬間、シーツに残る鮮やかな深紅が目に飛び込んできた。光雅の頭痛がさらにひどくなる。昨夜の最中で初めてだと察してはいたが、こうして白日のもとで鮮血の痕を目の当たりにすると、やはり小さくない衝撃だった。紗友里がこれほど純粋無垢だとは思わなかった。実のところ、彼女は光雅の想像を遥かに超えて純情だった。生まれてから25年、誰と
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第683話

服で身体を覆い隠しながら、紗友里は強がってみせた。「大丈夫。もう大人だし、自分がしたことの結果くらい分かってるから」口にする声は、隠しようもなく小刻みに震えている。何といっても初めての経験だった。自分から光雅に会いに来た自覚もある。2人が恋人同士でも何でもないことも。その微かな揺らぎを、光雅が見逃すはずもない。視線を落とすと、紗友里は衣服をきつく引き寄せ、途方に暮れていた。見かねた光雅が静かに告げる。「先に着替えてくれ。外で待ってる」「……うん」紗友里が小さく頷くと、光雅は寝室のドアを開け、部屋を出て行った。光雅の気配が消えた瞬間、紗友里は糸が切れたようにへたり込んだ。背筋から一気に力が抜け、両手で布地を握りしめたまま全身の震えが止まらない。普段は大雑把で気楽に振る舞っているが、自分の身体や貞操は誰よりも大切にしてきた。それなのに、純潔をこんな形で差し出してしまうとは思いもしなかった。両親に知られたら、間違いなく半殺しにされる。ごくりと唾を飲み込み、時間をかけて心を落ち着かせた。ベッドや床に散らばった服を拾い集め、ゆっくりと身につけていく。洗面所で身だしなみを整え、ようやく部屋の扉を開けた。待っていた光雅へ声をかける。「西脇さん」光雅ははっと我に返り、振り返って紗友里を見つめた。「まずは朝食を食べに行こう。それから送っていく」「うん」一緒に足を踏み出したものの、紗友里の心は重く沈んだままだった。極度の緊張が続いている。平静を保とうとしても、うまく笑うことすらできなかった。レストランで席についても、普段ならお喋りな紗友里は俯いて箸を進めるばかりで、ひと言も発しようとしない。食欲など湧くはずもなかったが、連れてきてくれた光雅に合わせ、昨夜のことなど何でもないかのように必死で平然を装っていた。向かいの席で、黙り込む紗友里を見つめる光雅もまた、言葉を挟まなかった。昨夜は確かに酒を含んでいたが、意識ははっきりしていた。自制心を失ったのは、自分自身の責任だ。それでも折を見て視線を向け、光雅は料理を取り分けて食べるよう促す。デザートの皿が目の前に置かれたとき、紗友里は顔を上げ、引きつった笑みで小さくお礼を言った。「ありがとう」喉を通る気はしなかったが、光
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第684話

紗友里の狼狽も、胸の内の後ろめたさや動揺も、光雅にはとうに見抜かれていた。もっとも、察したところで約束を交わす気も、責任を取る気も毛頭ない。光雅にとって、昨夜の出来事は単なる一夜限りの関係にすぎなかった。ただ、片桐家の令嬢である紗友里が、いまだ処女を守っていたことだけは完全に計算外だった。30分ほど車を走らせ、片桐本家の門前に滑り込む。紗友里は車を降り、光雅に向き直って頭を下げた。「送ってくれて、ありがとう」無理に笑みを作る紗友里に、光雅は微かに眉根を寄せる。言い含めるように告げた。「何かあったら連絡してくれ」「うん」紗友里はこくりと頷く。背筋を伸ばして見送る前で、光雅の車が走り去っていった。テールランプが見えなくなるまで見届け、紗友里はようやく視線を戻す。瞳の奥には拭いきれない落胆と寂しさが滲んでいた。やりきれない切なさが、いつまでも胸を締めつける。*「さ・ゆ・り!いい気なものね。外泊なんてするようになっちゃって」玄関をくぐるなり、美雲の小言が飛んできた。我に返った紗友里は眉をひそめ、煩わしそうに口を開く。「お母さん、もうそんな歳じゃないんだから干渉しないで。友達と遊んでただけなんだから、口うるさく言わないでよ」「遊ぶのもいい加減にしなさい。女の子同士でつるんでばかりで、自分の身の振り方をちっとも考えてないじゃないの」紗友里が色恋沙汰にとことん鈍感なのは、美雲も百も承知だ。だからこそ頭が痛い。母の説教を聞き流し、紗友里は何食わぬ顔で階段を上がりながら返した。「そういうのってご縁次第でしょ。無理強いされたってどうにもならないんだから、心配しないで」軽口を叩きつつも、頭の中は昨夜の出来事で埋め尽くされていた。背後でなおも続く愚痴を右から左へ受け流し、紗友里は自室へ逃げ込んだ。ドアを閉めた瞬間、紗友里は背中を預けてずるずると崩れ落ちた。長く重い息を吐き出す。光雅がけじめをつけてくれるはずもないことくらい、最初から分かっていた。責任を取ってほしいと望んでいたわけでもない。ただ、どうしてか胸の奥がたまらなく痛み、寂しさが込み上げてくる。扉に寄りかかったまま佇んでいたが、やがて重い足取りで着替えを取り出し、浴室へ向かった。30分以上かけてシャワー
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第685話

光雅が責任を取ってくれるはずもない。片桐家にスキャンダルの火種を残すわけにもいかなかった。だからこそ、避妊だけは絶対に怠ってはならなかった。薬を飲み干し、紗友里はミネラルウォーターを一気に喉へ流し込んだ。荒い息を吐き出してボトルを口元から離す。半分ほどになったペットボトルを手に、ようやく我に返った。胸の奥で重い荷を下ろしたような安堵が広がる。フロントガラスの向こうを見つめ、紗友里は自分に言い聞かせるようにぽつりと呟いた。「……大したことじゃない。ただ1度、寝ただけ」そう独りごちて、車を発進させて本家へ戻った。本家に着いたのはちょうど昼時だった。紗友里は胃袋を満たすように料理を詰め込み、自室へ上がって泥のように眠りに落ちた。それからの2日間、1度も外出せず部屋に引きこもって眠りを貪った。頭はずっと重くぼんやりとして、混濁した意識のまま時間だけが過ぎていった。*東央システムズ、社長室。2日前に紗友里を抱いて以来、光雅の胸の内には割り切れない動揺がくすぶり続けていた。他の女が相手なら、こんな気分を引きずるはずもない。まして、紗友里は初めて抱いた女というわけでもない。だがこの2日間、ふとした拍子に紗友里の顔が脳裏をよぎる。心ここにあらずだった表情、ベッドの上で平然を装いつつも隠せなかった緊張、そして――シーツに残された鮮烈な紅の痕跡。これまでの行きずりの関係のように、綺麗さっぱり割り切ることがどうしてもできなかった。秘書に紗友里の連絡先を調べさせ、様子を尋ねようと何度も発信しかけては、そのたびに思い直して液晶を伏せた。初めての経験だったのだから、いずれ紗友里の方から連絡してくるだろうと高を括っていた。だが予想に反し、紗友里からの音沙汰は一切ない。1度たりとも連絡を寄越さなかった。執務机の前に座り、光雅はスマホの画面に紗友里の番号を呼び出しては、通話ボタンを押せないまま睨みつけていた。そこへ秘書がノックして入室し、報告を口にする。「社長、先日興衆実業から届いた追加合意書の押印が完了いたしましたが、片桐様がいまだ受け取りにいらっしゃらず、ご連絡もつかない状態でして」報告を聞くや否や、光雅は即座に命じた。「書類をこちらへ」秘書が合意書のファイルを机の上へ差し出す。
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第686話

眉間を寄せたまま沈黙していた光雅は、紗友里の返答を待たずに告げた。「合意書は手元にある。都合のいい時間に、俺が届けても構わないが」紗友里に対してここまで下手に出て、合意書を自ら届けるとまで口にしたのは、彼女に対する目論見が完全に外れたからだった。向こうから接触してくると思っていたが、紗友里からの連絡は一切ない。それどころか、電話をかけても他人行儀に一線を引かれ、書類を受け取りに顔を出すことすらしない。電話の向こうで、紗友里は虚を突かれていた。まさか光雅自ら届けに来ると言い出すとは思いもしなかった。動揺を飲み込み、慌てて口を開く。「忙しいのに悪いから、やっぱり法務の……」だが最後まで言い切る前に、光雅が言葉を被せてきた。「ちょうど興衆に野暮用があってね。午後にそっちのオフィスへ寄る」有無を言わさぬ強引な調子に、紗友里は断る口実を見つけられなかった。相手はあくまで仕事の用件として持ち出している。小さく息を吐き、静かに答えた。「……わかった。じゃあ、午後待ってる、西脇社長」そう応じると、光雅は一方的に通話を切ってしまった。スマホを耳から離した紗友里は、ベッドに腰掛けたまましばらくぼんやりと虚空を見つめた。やがて身を起こして身だしなみを整え、会社へと向かう。ところが、午後2時過ぎに出社してから、3時が過ぎ、4時が過ぎ、5時近くなっても光雅は一向に姿を現さなかった。自席で端末を握りしめ、本当に来るのか確かめようと何度も発信しかけたが、結局最後まで押せなかった。――まあいい、退勤時間まで待ってみよう。投げやりにスマホを机上へ放り出すと、パソコンでミニゲームを立ち上げ、暇つぶしを始めた。頬杖をつき、マウスをクリックしてゲームを進めていると、唐突にオフィスのドアが開いた。ノックもなしに、勢いよく押し開けられる。信行だろうと高を括り、紗友里が気のない様子で顔を上げた。だがそこに立っていたのは、他でもない光雅だった。その姿を視界に捉えた瞬間、紗友里は慌ててマウスから手を引っ込め、背筋をぴんと伸ばした。午後に来ると聞かされていたとはいえ、いざ本人が目の前に現れると動揺を隠せない。息が詰まるほど緊張していた。呆然とする紗友里の前へ、光雅が悠然と歩み寄ってくる。我に返った紗友里は、
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第687話

光雅からの誘いに、紗友里は驚いて顔を上げた。彼の方から夕食を持ちかけてくるなど、夢にも思っていなかった。これまでの彼といえば、ろくに相手すらしてくれなかったのだから。虚を突かれて固まる紗友里は、とっさに断る口実を探す。「あの、友達と約束が……」だが最後まで言い切る前に、光雅の冷ややかな視線がすっと向けられた。喉元まで出かかった言葉を飲み込み、紗友里は眉を寄せて小さく頷く。「……わかった。行きましょう」紗友里が承諾すると、光雅はそれ以上何も言わず、傍らに佇んでいた。その無言の圧力に促され、我に返る。紗友里はパソコンの電源を落とし、車のキーとスマホをひったくるように掴んで席を立った。ふたりで駐車場まで降りると、紗友里は自分の車へ向かおうとした。だが、光雅が振り返って見下ろしてくる。「車を2台出す必要はないだろ。1台で十分だ」有無を言わせぬ物言いに、紗友里は開けかけたドアをそっと閉めた。好きだからこそ逆らえない。何を言われても、条件反射のように従ってしまう。車が走り出すと、紗友里はあの夜のことを思い出し、押し黙ったまま窓の外へ目を向けた。ガラスにうっすら映り込むふたりの影をぼんやり見つめる。ふと、信行が真琴にしてきた数々の仕打ちへの報いが、今こうして自分に降りかかっているのではないかと思えてきた。真琴が味わってきた苦しみを、今度は自分がそのままなぞっている。ふたりとも、愛しながら決して報われない。しかも光雅は、真琴の兄だ。――因果応報ね。信行の実の妹に生まれたのだから、仕方がないのかもしれない。*しばらく走り、食事処の前に車が停まった。紗友里は光雅の後に続いて降りる。店員に案内されて席に着くと、光雅は手早く2品ほど注文を済ませ、メニューを渡してきた。「好きなものを頼んでいい」物思いに沈んでいた紗友里はハッと顔を上げ、慌てて受け取ると好物を2品頼んだ。実のところ、食欲などほとんどない。まして光雅と差し向かいの食事では、余計に心ここにあらずになってしまう。運ばれてきた小鉢をつまみながら、光雅は適当に話題を拾い、ぽつりぽつりと紗友里に言葉を投げかける。紗友里も薄く微笑んで相槌を打つものの、以前彼に向けていたような屈託のない明るさは消え失せていた。
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第688話

片桐家の令嬢という立場を笠に着て、何かしら条件を突きつけてくるのではないか。その強大な影響力を考えれば、光雅はそう身構えていた。だが紗友里はその件に爪の先ほども触れず、あっさりと「心配しないで」と言い切った。光雅は少しばかり虚を突かれた。万が一のことがあれば自分が責任を取る――本当なら、そう口にするつもりだった。訝しむようにじっと注がれる光雅の視線を受け止め、紗友里は無理に口元を綻ばせた。「心配しないで。それくらいの分別なら、私にだってちゃんとあるから」――この一件にかこつけて付きまとったり、困らせたりするつもりはない。紗友里の言葉には、そうした明確な一線が引かれていた。言い終えると、紗友里は俯いて再び食事へと意識を戻す。向かいの席で、光雅はしばらく彼女を見つめていた。やがて静かに視線を落とし、押し黙ったまま箸を動かし始める。だが、紗友里に一切の関与を拒まれ、ひたすら安心しろ、分別はあると繰り返されるほど、光雅の胸の内には少なからぬ罪悪感が芽生えていた。何と言っても、あれは彼女にとって人生で初めての経験だった。*夜7時過ぎ。食事を終えて店を出ると、終始口数の少なかった紗友里を気に留め、光雅が声をかけた。「まだ時間はある。少し歩こうか」唐突な誘いに、紗友里は光雅を見上げて首を横に振った。「今日はあんまり調子がよくなくて……歩くのは遠慮しておく」光雅に会えたことが嫌だったわけではない。ただ、自分からあんな行動に出てしまったことや、ふたりに先などあるはずもない現実を思い出すたび、これ以上距離を縮めたくなかった。これ以上、深みにはまるわけにはいかない。断られた光雅は、しばらく無言で紗友里を見据えていたが、やがて静かに頷いた。「わかった。じゃあ送っていく」そう言って車へと歩み寄り、助手席のドアを開けてみせる。紗友里は小さくお礼を口にして乗り込んだ。車が走り出してからも、紗友里は顔を背け、窓の外の暗がりをじっと眺め続けた。どこか上の空のまま、冷めた静けさに身を浸す。*夜8時、車は片桐本家の門前に滑り込んだ。助手席を降りた紗友里は、ふと運転席の光雅を見下ろし、穏やかな声で口を開いた。「あんまり難しく考えないでね。お互いもう大人なんだし、ちゃんとわきまえてるから」
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第689話

浴室から上がると、紗友里はベッドにうつ伏せになって真琴へ電話をかけた。他愛のないお喋りに興じながら、週末に遊ぶ約束を取り付ける。*電話の向こうの真琴も、同じように風呂から上がったばかりだった。ベッドに身を横たえて電話に応じる。その間、信行はバスルームでシャワーを浴びていた。ほどなくして、腰にバスタオルを巻いた信行が浴室から出てくる。ベッドの上で楽しげに通話する真琴の姿に、思わず口元を綻ばせた。普段なら時間を惜しむ真琴が、こうして誰かと気ままな長電話を楽しむ余裕がある。最近のふたりの関係は順調で、真琴の機嫌も心のコンディションもすこぶる良いらしい。濡れた髪を拭きながらベッドサイドへ歩み寄り、タオルを脇へ放り出す。身をかがめて真琴の顔を覗き込むと、指先でその顎をちょんとつまんだ。意地悪そうに問いかける。「誰とそんなに盛り上がってるんだ?普段は俺とろくに話してくれないくせに」紗友里からの電話だと百も承知で、わざと軽口を叩いている。不意に顔を近づけて囁かれ、真琴は咄嗟にスマホの送話口を手で覆った。信行を見上げ、声を潜めて窘める。「紗友里よ」続けて、真剣な口調で言い含めた。「声を出さないで。紗友里にはまだ私たちのこと話してないんだから」信行は顎をつまんでいた指を離し、どこか拗ねたような皮肉混じりの声を返す。「へえ、まだ俺の存在を隠しておきたいわけだ。はいはい、ごゆっくりどうぞ」口先では身を引く素振りを見せつつ、そのままベッドの上へ滑り込んだ。すぐさま背後から真琴を抱き込み、悪戯っぽくちょっかいを出し始める。覆いかぶさるようにじゃれついてくる彼に、真琴は再び送話口を押さえた。振り返ってその顔を睨みつける。「ちょっと、悪ふざけはやめて」牽制するように言葉を重ねた。「これ以上邪魔するなら、部屋の鍵の暗証番号変えるから」だが信行は真琴をすっぽりと腕の中に閉じ込め、耳元へ唇を寄せて甘くねだる。「そろそろ寝よう。紗友里との電話、切ってくれ」熱い舌先が柔らかな耳たぶをかすめた瞬間、真琴の全身に痺れるような電流が走った。たちまち両脚から力が抜けていく。渚に薬を盛られて以来、真琴の身体は信行の愛撫に対してひどく敏感になっていた。少し煽られるだけで、抗う間もなく快感に引きずり込まれ
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第690話

翌朝、信行が目を覚ました時、真琴はすでに起きていた。パジャマ姿の彼女は、グラスを片手に薬を口へ含んでいるところだった。目覚め一番に薬を飲む姿を視界に捉え、信行の全身に咄嗟の緊張が走る。慌ててベッドから上体を起こし、真っ直ぐ見据えて問いかけた。「どこか具合でも悪いのか」唐突な問いかけに、真琴は一瞬驚いたように身じろぎした。だが、すぐに平静を取り戻す。信行の言葉には答えず、柔らかく口元を綻ばせた。「起きた?」その何気ない様子に、信行は小さく胸を撫で下ろした。乱れた前髪を無造作にかき上げながら、改めて真琴を見つめる。「どうしたんだよ。朝っぱらから薬なんて……どこか痛むのか」矢継ぎ早に繰り出される心配に、真琴は手にしたグラスを置いた。穏やかな声で淡々と応じる。「昨日の夜、ゴムなかったでしょ。万が一に備えて、念のため」他愛のないことのように告げられた一言に、信行の眼差しがぴたりと凍りついた。言葉を失い、信じがたいものを見るように真琴を凝視する。体調を崩したのかと焦っていた。だが、まさか避妊薬を飲んでいたとは夢にも思わなかった。剥き出しの衝撃を受け止め、真琴の胸の奥にも微かな後ろめたさがよぎる。射るような視線からすっと目をそらし、弁解するように言い添えた。「思いがけず妊娠するのも困るし、子供のことなんて考えてないから」その言葉を聞いた瞬間、信行の心はさらに冷え切っていった。子供のことなんて考えてない、だと?結婚したばかりの頃、真琴はあれほど子供を欲しがっていたはずだ。幼い頃の一番の夢だって、お母さんになることだった。子供のことなど考えていない――反芻するほど、胸の内に苦々しい自嘲が込み上げてくる。子供を考えていないわけではない。ただ、自分との子供を産みたくないだけだ。微動だにせず見つめ続けた後、信行は隠しきれない寂しさを滲ませ、低く掠れた声で呟いた。「どうしても、そうしなきゃいけないのか?そこまで警戒しなきゃならないのか?俺はそこまで信用に値しないか?」責め立てるような問いに、真琴もわずかに眉間を寄せる。一度視線を伏せてから見つめ返し、静かに告げた。「わかってるでしょ。成瀬さんに薬を盛られでもしなきゃ、こんな関係になるはずなかった。前にもはっきり伝えたはず
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