All Chapters of 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Chapter 411 - Chapter 420

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第411話

志帆の沈んでいた表情も、それを聞いて和らいだようだった。「もう、お母さんったら。婚約したばかりなのにもう結婚の話なんて、気が早すぎるわよ。私が結婚したくてたまらないみたいじゃない!」志帆はわざとらしく拗ねて見せ、佳乃に甘えた。佳乃もすぐに話を合わせた。「そうね、お母さんがせっかちだったわ。志帆は優秀なんだから、引く手あまたよ。焦って結婚する必要なんてどこにもないものね」そして、釘を刺すように柊也に言った。「柊也くん、うかうかしてたらダメよ。志帆は本当にモテるんだから。海外にいた時だって、外国の貴族の方々から熱烈なアプローチを受けてたんですもの」「肝に銘じておきます」柊也は生真面目な顔で頷いた。佳乃はさらに『賀来グループ』の内情についても尋ねた。要は、財政状況や経営権について探りを入れたいのだ。「自分の会社を立ち上げてからは、グループの経営には一切関与していません。ですから、私が知っている情報は皆さんがニュースで見聞きするものと大差ありませんよ」柊也はさらりと答えた。佳乃は不満げに眉を寄せた。「そう言っても、あなたは賀来家のたった一人の跡取りでしょう?もっと関心を持つべきだわ。お父様もご高齢なんだから、あなたがもっと負担して差し上げれば、お父様だって楽になるはずよ」「現在は専門の経営陣に任せているので、父の負担はそれほどでもありません。それに私の方も自分の事業で手一杯でして、これ以上抱え込むのは正直難しいんです」そこまで言われてしまうと、さすがの佳乃も二の句が継げなかった。これ以上踏み込むのは得策ではない。所詮、自分はまだ義理の母になる予定の立場に過ぎないのだから。志帆が目配せで「もうやめて」と合図を送った。佳乃はそれを見て口をつぐんだ。もっとも、母娘の腹の中は決まっていた。どう転んでも、柊也が海雲の一人息子であることに変わりはない。つまり、『賀来グループ』の唯一の継承者だ。それは確定事項であり、揺らぐことのない事実だ。心配する必要などない。……一方、海雲は詩織を『華栄キャピタル』の本社ビルまで送り届けた。詩織が「せっかくですから、中をご覧になっていきませんか?」と誘うと、海雲は快諾した。彼もまた、詩織の会社がどの程度成長しているのか、その目で確かめてみたかったのだ。海雲の訪問は急遽決
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第412話

休暇を終えた志帆は、順次業務に復帰することになった。だが、エイジアへ出社するやいなや、正面玄関で待ち伏せていた三上陽介に行く手を阻まれてしまった。実のところ、陽介は半月近くもの間、エイジアのビル下で張り込みを続け、毎日のように姿を現していたのだ。それも仕方のないことだ。元凶である志帆が、彼の電話に一切出ようとしないのだから。あの「花火騒動」以来、陽介はスケープゴートとして矢面に立たされ、世間のバッシングを一身に浴びてきた。一方で、黒幕である志帆は涼しい顔で優雅に雲隠れし、高みの見物を決め込んでいる。運営していたゲームは配信停止に追い込まれ、山のような訴訟と巨額の賠償請求が彼を待ち受けていた。家財をすべて投げ打っても、この巨大な穴を埋めることなど到底できない。追い詰められ、逃げ場を失った彼は、藁にもすがる思いで志帆のもとへ押しかけてきたのである。「柏木さん、やっと捕まえたぞ……いいか、今回ばかりは俺を助けてくれ。じゃないと、俺は本当におしまいなんだ!」陽介は志帆のジャケットの襟元を乱暴に掴み、逃がそうとはしなかった。「ちょっと、離してよ」志帆の表情が氷のように冷え込む。今はまさに出勤のピークタイムだ。メインエントランスを行き交う多くの社員たちの視線が集まる。投資第三部のトップとしての品位に関わる事態だった。「だめだ!解決策を提示してくれるまでは離さない。俺にはもうどうしようもないんだ、頼むから助けてくれよ!あんたにとっちゃ、はした金ですむ話だろ!?」陽介も海千山千の男だ。ここで手を離してしまえば、二度と志帆に会うチャンスは巡ってこないと分かっている。だからこそ、死んでもこの手を離すわけにはいかなかった。野次馬が次第に増えていくのを見て、志帆は明らかに狼狽した。彼女はこれまで、こうした修羅場とは無縁の世界で生きてきたのだ。どう対処していいか分からず、ただひたすらに「離して」と喚くことしかできない。「離すもんか!俺にはもう後がないんだ。解決策を出すまでは絶対に離さねえぞ!」「警備員!誰か、警備員!」志帆はなりふり構わず叫んだ。陽介の顔が憎悪で歪む。「俺を切り捨てる気か?何かあっちゃ自分だけ逃げようなんて虫が良すぎるんだよ!あの花火を企画したのも、提案したのも、デザイナーを手配したのも全部あんただろうが
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第413話

詩織は腕時計に目を落とした。次の予定まであと三十分ほどの余裕はある。彼女は静かに頷き、承諾した。春菜は三人を応接室へと案内し、手際よく茶を振る舞った。隣の応接室からは、陽介の悲痛な叫びが漏れ聞こえてくる。陽介は柊也に対し、自身の不幸と、この期間がいかに地獄の日々だったかを涙ながらに訴えていた。壁越しに聞こえてくるその内容は、確かに同情を禁じ得ないほど悲惨極まるものだった。妻には逃げられ、息子の学費が払えず名門私立校を退学寸前。あまつさえ、病に倒れた老父の手術費すら工面できず、病院のベッドで見殺しにするしかない状況だという。これでは、彼がなりふり構わずエイジアの門前で騒ぎ立てたのも無理はない。まさに、進退窮まった男の末路だった。「分かった。……俺個人の資産から、補償金の一部を工面しよう。残りの負債については、アーク・インタラクティブ社の売却益で充当できるはずだ」柊也の声が響いた。どうやらまた、志帆の不始末を自腹を切って尻拭いするつもりらしい。これが初めてではない。詩織にとっては、すでに見慣れた光景だった。何といっても、彼にとって柏木志帆という存在は、他の何よりも優先されるべき絶対的な存在なのだから。陽介はこの提案に難色を示した。「賀来社長……あなたの持つ強大な資本があれば、うちみたいな会社、指先一つで立て直せるはずでしょう?頼みます、もう一度チャンスをください!会社を残させてください!」しかし、柊也の声は冷徹で、感情の色を一切感じさせない絶対者の響きを帯びていた。「もし君が今日、志帆の前に現れて騒ぎを起こさず、彼女の顔に泥を塗るような真似をしなかったなら……アーク社の救済も考慮したかもしれない」「だが今となっては、交渉の余地はない」「この条件が不服なら、一銭も出さないまでだ」「記者会見を開きたければ好きにすればいい。誰が来るか、どこのメディアがそれを報じる勇気があるか、試してみるといいだろう」「結果がどうなるか……お前の望み通り俺を道連れにできるか、それともただの無様な自滅で終わるか。その目で確かめてみるんだな」隣の会議室は、水を打ったように静まり返った。ガラス越しにさえ伝わってくる、肌を刺すような冷気。密は思わず身震いした。賀来社長……容赦ないわね。詩織は心の中で納得
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第414話

「夕食?ああ、君の好きにしていい。すべて君に合わせるよ」「そうだな、あと三十分もあれば片付く。店に予約を入れておいてくれ。着いたらすぐに食べられるように」受話器の向こうの相手が誰であるか、聞くまでもなかった。「それから、金庫から書類を一通出しておいてくれないか。緑の付箋がついたやつだ。一番上にあるはずだ。食事の後、ついでに北川社長へ届けておきたい」詩織がキーボードを叩く指が、コンマ数秒だけ止まった。志帆は、彼のオフィスの金庫の暗証番号さえ知っているのか──という驚きだ。だがすぐに、自分が過剰反応しているだけだと自嘲する。柊也が志帆に対して、何かを隠したことなど一度だってあっただろうか?彼らにとっては、ごく当たり前の日常に過ぎないのだ。柊也が通話を終える頃には、詩織も最終案の修正を完了していた。「ご確認いただけますか」データを送信すると、柊也は一通り目を通し、異議なしとばかりにサインをした。すべてが終わった時、柊也はあくまで社交辞令として口を開いた。「ちょうど飯時だ。江崎社長も一緒にどうだ?」詩織もまた、完璧な社交辞令で切り返す。「ご遠慮します。デートのお邪魔虫になる趣味はありませんから。……お二人で、ごゆっくり」一行が応接室を出るや、志帆が姿を現した。明らかに柊也に会いに来たのだ。明らかに柊也に会いに来たのだ。詩織の姿を認めると、彼女は冷ややかな視線を一瞥だけ投げかけ、そのままツカツカと傲慢な足取りで応接室に入っていった。直後、部屋の中から甘ったるい猫なで声が響く。「柊也くん、お店予約したよ。一緒に行きましょ」「ああ」詩織は車に乗り込むと、即座に誠へ電話をかけた。「今、どこにいる?すぐに江ノ本に戻ってきて。重要な話があるの。──アーク・インタラクティブ社の買収についてよ」今しがた見かけた陽介の様子からして、彼は借金返済のために会社を切り売りするしかないはずだ。今こそ、千載一遇の好機である。詩織はもともと、誠のためにゲーム制作スタジオを立ち上げる計画だった。人を雇い、機材を一から揃える手間とコストを考えれば、既存の会社を丸ごと買い取った方がはるかに効率的だ。しかも、今なら底値で手に入る。やらない手はない。そう考えると、志帆には感謝したいくらいだ。彼女があの花
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第415話

彼女にとって、今日は望外の収穫だった。『半導体の権威』とコネができるだけでなく、憧れの高村教授にも会えるなんて。一方、愛弟子の到着に目を細めていた高村教授だが、彼女の背後に続く二人の姿を認めた途端、その表情は急速に曇った。隠そうともしない、不快感がありありと浮かんでいる。詩織が近づいてくると、高村教授はわざとらしく「ふん」と鼻を鳴らし、心中にある怨念と不満を露わにした。よりにもよって、あの男か……!すべてはこの男のせいだ。この男が、私の自慢の愛弟子を奪ったのだ。あれほど優れた頭脳があれば、あのまま研究を続けていれば……今頃は学術界にその名を轟かせていたはずなのに。そうすれば、人脈作りごときに奔走し、他人に頭を下げる必要などなかった。彼女自身が、誰もが求める「偉大な人脈」そのものになれたはずなのだ!だというのに……詩織に輝かしい未来を捨てさせたこの男は、彼女の献身的な愛を裏切っただけでなく、あろうことか別の女と派手に婚約までしでかした。彼女の貴重な青春と稀有な才能を、無駄に消費しただけの疫病神め!詩織はぐうの音も出ない。恩師の不機嫌オーラを前に、借りてきた猫のように大人しく俯くしかなかった。その一部始終を、志帆はつぶさに観察していた。あら……意外ね。あの高村教授は、どうやら江崎詩織のことを相当嫌っているらしい。嫌悪感すら抱いているように見える。まあ、それも当然か。江崎詩織のような中身空っぽの無能な女など、高名な学者の目にはゴミのようにしか映らないのだろう。志帆は自信満々に歩み寄り、二人に声をかけた。「権田様、ご機嫌よう。私、エイジア・ハイテックの執行役員をしております、柏木志帆と申します。お目にかかれて光栄です」権田の手が止まる。「エイジア……?」「はい、左様でございます」志帆は胸を張った。エイジアといえば業界の最大手だ。権田ともあろう人物が知らないはずがない。ところが──権田は彼女の自己紹介を聞くやいなや、その表情をすっと冷たく硬化させた。「ああ。そうかね」素っ気なくそう返しただけで、再びクラブの手入れに戻ってしまったのだ。そのあまりの冷遇ぶりに、志帆は二の句が継げない。場の空気が凍りつくのが分かった。その隙を見計らい、詩織がすかさず挨拶に入った。「権田様、初めまして
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第416話

高村教授は眉間にしわを寄せ、横目で詩織を睨め付けた。詩織はさらに項垂れ、小さくなるしかない。その様子を見て、志帆は勝利の笑いを噛み殺した。思った通りだわ。高村教授は学歴至上主義者なのだ。私が名門卒の博士号持ちだと知れば、態度は軟化する。事実、彼は興味深げに話を振ってくれた。論文の話が出たついでに、高村教授は今年の国際数学オリンピックで出題されたという難問を一つ取り出し、志帆に解いてみるよう促した。「やってみます!」志帆は謙虚さを装いつつ快諾し、問題を受け取ると真剣な眼差しで紙面に向かった。かなりの難問だ。ペンが動かない。彼女は眉を寄せ、思考の迷宮に入り込んでしまった。見かねた柊也が横から覗き込み、助け舟を出した。「……久しぶりすぎて、勘が鈍ってるんじゃないか?」志帆はバツが悪そうに微笑んだ。「ふふ、バレちゃった。もうずっと計算なんてしてなかったから……私にはちょっと荷が重いみたい」「まあ、無理もないだろう」高村教授は寛大に頷いた。「何事も継続が命だ。人は誰しも、実務に追われれば研究への集中力は削がれるものだ。現役を離れれば、腕がなまるのも仕方あるまい」権田も興味深げに問題を覗き込んだ。「ほう、こいつは手ごわそうだ」「どうだね、君も挑んでみるか?」高村教授に水を向けられ、権田は大慌てで手を振った。「勘弁してくださいよ、先生。こんなパズル、最後に解いたのがいつかも思い出せない。私の石頭じゃ、とてもじゃないが太刀打ちできませんて」結局、誰も解けないまま終わりそうだ。高村教授はあからさまに落胆し、問題用紙を回収しようと手を伸ばした。その時、志帆の視線が、何も言わずに傍らで空気のように佇んでいた詩織に留まった。ふん……こういう時は黙って気配を消すわけね。賢明な判断だ。どうせ理解などできない領域なのだから。だが、そうやって安全圏に逃げ込むのを、みすみす見逃してやる義理はない。「江崎社長も、挑戦してみてはいかがです?」唐突に、志帆が水を向けた。不意打ちを食らった詩織は、わずかに眉根を寄せた。その瞳の奥には、隠しきれない苛立ちが走る。また面倒なことを……高村も詩織の方を向いた。「……詩織くん、どうだ?やってみるか?」詩織が答えるよりも早く、志帆がまた口をあ挟んだ。「ああ、ごめんなさい
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第417話

志帆は同意を求めて振り返ったが、隣にいるはずの柊也もまた、詩織を凝視していた。その表情は相変わらず冷ややかだが、明らかに集中している。志帆の視線にすら気づかず、形の良い眉をわずかに上げ、何かを期待するかのように詩織を見つめているのだ。志帆の胸が、どすんと重く沈んだ。柊也に声をかけようとした、その瞬間。詩織がペンを置き、涼やかな声で言った。「できました。高村先生、確認をお願いします」「……もう終わったのか?」権田が素っ頓狂な声を上げた。書き始めてから、ものの五分と経っていない。志帆も流石に目を剥いた。高村教授は詩織から用紙を受け取ると、鼻眼鏡の位置を直し、食い入るように紙面に見入った。詩織が導き出した解法、論理の運び、そして最終的な答えを目で追っていく。やがて、高村教授の声が弾んだ。「……正解だ!完璧だよ!それも、今年の金メダリストよりずっとエレガントな解法じゃないか!」その言葉を聞いた瞬間、志帆の瞳が激しく揺れた。嘘……ありえない。江崎詩織ごときが、あの難問を解いただと?そんなことがあってたまるか──!高村教授は上機嫌で、権田に向かって楽しげに語り始めた。「大会の後、公式サイトでこの問題を公開して、世界中の数学愛好家から解答を募ったんだよ。そうしたら、ネット上であるユーザーが投稿した解法と、今の詩織の解法が見事に一致していてね!」衝撃を受けていた志帆だったが、その言葉を聞いてハッとした。なーんだ、そういうこと。何のことはない。詩織の鮮やかなお手並みは、ネットで見つけた誰かの解答を丸パクリしただけのものだったのだ!危うく騙されるところだった。だが、今の志帆には彼女の化けの皮を剥いでいる暇はない。今日の最優先事項は、あくまで権田とのコネ作りだ。先ほどの素っ気ない態度を挽回するため、志帆は権田との共通の話題を探し、距離を縮める糸口を必死に探った。すると、隣の柊也が絶妙なタイミングで助け舟を出した。「権田さんはゴルフがお好きだと聞いています。……私の腕前もそう悪くないと思いますが、一ラウンドいかがですか?」権田がゴルフ狂であることは、事前のリサーチで周知の事実だ。柊也はそこを突いたのだ。「いいですね!実はお二人が来る前、高村先生に愚痴をこぼしていたところなんですよ。先生はここ
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第418話

志帆はてっきり、詩織が辞退するものとばかり思っていた。「行ってくればいい。たまには運動してきなさい。私は少し静かに過ごしたいんだ」高村教授に背中を押され、詩織は頷いた。「分かりました。では、お言葉に甘えて」彼女にとっても、権田との距離を縮めるチャンスを逃す手はない。ここで志帆が、ある提案を口にした。「公平を期すために、チーム分けをしましょう。私は権田様と組みます。江崎社長は、柊也くんと組んでくださいな。これでプチ対決といきましょう」狙いは明白だ。ペアを組んでプレーを共にすれば、権田との親密度は格段に上がる。もちろん、柊也と詩織を組ませることになんの抵抗もない。二人の絆は絶対だという自信があるからこその余裕だった。志帆はさらに、もっともらしい理由を付け加えた。「柊也くんの腕前はプロ並みですから、権田様といえど勝負にならないかもしれません。ですから、戦力のバランスを取らせていただきますわ」遠回しに、「江崎詩織はお荷物だから」と言っているも同然だ。権田は特に異論はないようだった。柊也もまた、志帆の提案に逆らうはずもなく、黙って受け入れた。詩織は志帆の浅はかな企みを見透かし、鼻で笑った。「それだと、まだ不公平ではありませんか?」「あら、じゃあどうしろって言うの?」志帆が挑発的に眉を跳ね上げる。「権田様と賀来社長で勝負してください」詩織はきっぱりと言い放った。「私は、あなたと勝負します」その言葉に、志帆は耳を疑った。……正気?どこまで身の程知らずなの?志帆は海外での勤務時代、接待ゴルフで鍛え上げられ、その腕前には絶対の自信がある。そんな自分に対し、まともにクラブも振ったことがないであろう詩織が挑戦状を叩きつけるとは。その根拠のない自信がどこから湧いてくるのか、理解に苦しむ。いいでしょう。そろそろ彼女の鼻をへし折って、現実を教えてあげる時が来たようだ。「いいでしょう。受けて立ちます」志帆の闘争心に火がついた。詩織ごときに負けるはずがないという絶対的な確信があったからだ。この流れに、権田が目を輝かせた。「ほう、面白くなってきた!それじゃあ、くじ引きで先攻後攻を決めようじゃないか」「異存ありません」柊也も頷いた。くじ引きの結果、男性陣が先攻となった。「まずは我々がお手本を見せないとな」権
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第419話

先ほどまでの自信に満ちたオーラは、跡形もなく消え失せていた。柊也は俯く志帆を見下ろし、優しく声をかけた。「勝ち負けなんてどうでもいいんだ。権田さんとは次の約束を取り付けた。目的は果たしただろう?」そうだ、本来の目的は勝負に勝つことではない。権田とのコネを作ることだ。志帆は複雑な思いを飲み込み、小さく頷いた。気を取り直してティーグラウンドに立った志帆だったが、心中を揺さぶる焦燥は、プレーにも如実に表れた。柊也のクラブを使っているにも関わらず、結果は散々なものだった。パー5のロングホールだというのに、5打目でようやくグリーンに乗る始末。あまりにも不本意な成績だ。普段の実力なら、こんなミスはしないわ!完全にメンタルをやられてしまったせいだ。もし私が先攻だったなら……きっと詩織と同じようにイーグルを決めて、みんなの賞賛を浴びていたはずなのに。プレーが終わる頃には、誰一人として志帆に関心を向けていなかった。権田は詩織の元へ歩み寄り、今のプレーを絶賛している。「いやあ、素晴らしい腕前だったよ!なんだか君のスイング、賀来社長のと似てたなぁ。もしかして、同じコーチに教わったとか?」詩織は一瞬沈黙した後、短く答えた。「……いいえ、違います」だって、教えてくれたのは彼自身だもの。答えを聞いた柊也の口元に、誰にも気づかれないほど微かな笑みが浮かんだ。詩織は表情一つ変えず、さらりと話題を流した。この勝負のおかげで、一同の距離は確かに縮まった。権田の志帆に対する態度も、先ほどまでの冷淡さが嘘のように和らいでいる。もちろん、その功績の大部分は柊也にある。彼が後ろ盾にいる限り、誰も志帆を軽んじることなどできないのだ。ただし──高村教授だけは例外だった。志帆がどれだけ愛想よく話しかけても、彼は「ああ」「うん」と生返事をするだけで、まともに取り合おうとしない。その態度は氷のように冷たかった。どんなに話題を振っても暖簾に腕押しで、志帆は次第に心が折れそうになった。その落胆を察したのか、柊也がそっと慰めた。「高村先生は気難しい方だからな。他人に心を開くのに時間がかかるんだ。君を嫌っているわけじゃない。焦らず、時間をかけていけばいい」「……うん、分かった」志帆は素直に頷いた。確かに、少し焦りすぎ
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第420話

娘の力強い言葉に、佳乃はいくらか救われたようだった。「そうね。あなたなら、きっとまた以前のような栄光を取り戻せるはずよ!」しかし、現実はそう甘くはなかった。翌日、志帆が新規プロジェクトの詰めの協議で提携先企業を訪問すると、思わぬ冷遇が待っていた。一ヶ月ほど前から折衝を重ね、今日は残りの契約詳細を詰める約束だったはずだ。ところが受付で取り次ぎを頼むと、相手の秘書は申し訳なさそうなふりをしてこう告げたのだ。「申し訳ございません。あいにく担当の町田は急な出張が入ってしまいまして……」あまりにも稚拙な、演技をする気すらない見え透いた嘘だった。海外留学から帰国して以来、志帆がこれほど露骨な「門前払い」を受けるのは初めてのことだ。それでも志帆は、プライドにかけて動揺を表に出したりはしなかった。努めて冷静さを保ち、秘書に告げる。「左様ですか。では、町田様がお戻りになりましたら、至急私までご連絡いただけるようお伝えください」「はい、承知いたしました」志帆が背を向け、オフィスを出た直後のことだった。秘書はすぐさま内線で上司の部屋にコールした。「部長、ご指示通り、柏木様にはお引き取り願いました」受話器を置くと、近くにいた受付嬢が野次馬根性丸出しで寄ってきた。「ねえ聞いた?あの柏木志帆、相当心臓に毛が生えてるんじゃない?あれだけの騒ぎを起こして世間から白い目で見られてるのに、よくあんな涼しい顔で商談に来れるわよね」秘書も声を潜めて同意する。「本当よねえ。うちの部長も『あんな疫病神と関わって巻き添えを食うのは御免だ』って怖がってたわよ。でもバックにいる賀来社長を敵に回すわけにもいかないから、ああやって下手な居留守を使って逃げ回るしかないのよ」「ほんと。恵まれた家柄に高学歴、その上、賀来柊也っていう最強の後ろ盾まであるのに、どうしてこう、持ってるカードを全部無駄にしちゃうのかしらね?あの学歴だって本当に実力なのか怪しいもんじゃない?」「しっ、もういいでしょ。仕事に戻るわよ」扉のすぐ外で、志帆はその会話を一字一句漏らさず聞いていた。屈辱と怒りで、その顔がみるみるうちに無残に歪んでいく。ビルを出るや否や、佳乃からの着信が鳴った。「志帆、あなた一体どうなってるの?あの噂は何なのよ」「噂って?」「まだ知らないの?」母の苛立ち混じ
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