ほんの一瞬だけで、紬の表情はいつもの落ち着きを取り戻した。笑みを浮かべて話しかける。「見舞いに来てくれてありがとう。今日は休みなの?」涼太は持ってきた花束をテーブルに置くと、付き添い用の椅子に腰を下ろし、頷いた。「今日は研究室も忙しくなかったから、白石先生に休みをもらいました」倫也の名前が出た瞬間、紬の瞳に再び期待の色が灯る。けれど、涼太が何か言いにくそうにしているのを見て、彼女はすぐに察した。小さく鼻で笑い、自嘲気味に呟いた。「私が入院したこと、たとえあの人が知ったとしても、気にしたりしないから」涼太は心配そうに尋ねた。「体調はもう大丈夫なんですか?」「平気だよ」「じゃあ、どうして入院なんか……?」紬はベッドの背もたれに寄りかかり、淡々と答えた。「私が入院して経過を見ることにしたの」涼太はそれ以上、何も聞かなかった。答えなんて、もう分かりきっていたから。しばらくしてから、彼はゆっくり口を開いた。「失礼かもしれませんが……ひとつ聞いてもいいですか?」「いいよ」紬は食べかけのリンゴをかじりながら、あっさり答えた。「もし……本当にもしもの話ですけど」涼太は両手を膝の前でぎゅっと握り合わせ、落ち着かない様子で続ける。「もし白石先生を諦めたら……他の人と付き合おうって、考えたことはありますか?」紬は不意を突かれたように、一瞬だけ動きを止めた。静かな病室には、彼女がリンゴを噛むカリッという音だけが響く。少し考えたあと、紬は真剣な表情で答えた。「その場合は……政略結婚を受け入れるしかないと思う」「政略結婚じゃないと駄目なんですか?」紬は視線を落とし、涼太の目を避けた。「私みたいな家の人間は……自分で結婚相手を選ぶのって、すごく難しいから」「もし、選べるとしたら?」涼太の問いはあまりにも率直で、空気が少しだけ気まずくなる。紬が黙り込むと、涼太は苦笑して話を流した。「踏み込みすぎてしまいましたね。すみません」「ううん、大丈夫」紬も無理に笑みを作った。涼太は長居せず、その後すぐ帰っていった。紬は、彼の気持ちに薄々気づいていた。けれど、彼に対する感情は、せいぜい親しい同僚への好意くらい。彼女にとって、涼太はもしかすると、まだ「友人」と呼べる存在でもないのかもしれない。それでも、罪悪感はあ
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