《愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー》全部章節:第 41 章 - 第 50 章

50 章節

第41話

紫苑の前から立ち去った由利は、父親の待つ書斎へ向かった。(今世では初めて会うのね……)いつも由利に無関心だった父親。一体何のつもりで由利を呼び出したのか。全く見当もつかない。由利は深呼吸をし、大きな二枚扉をノックした。「――父さん、由利です」「……入りなさい」中から声が聞こえたのを確認すると、由利はできるだけ音を立てないようにゆっくり扉を開けた。「……父さん」部屋に入ると、書斎の椅子に父が座っていた。前世と何一つ変わらない、冷たい眼差しに由利はドキッとした。父は母親と少し年が離れており、六十近い。相変わらず何を考えているのか、全くわからなかった。由利は実の娘ながら、父のそのようなところが苦手だった。「父さん、紫苑から父さんが私を呼んでいたと聞きました」「ああ、そうだ」父は、由利を見つめたまま短く頷いた。今すぐにでもこの場を立ち去りたい。由利は父と向き合うと、いつもそのような逃げ出したい気持ちに駆られていた。「……来週、碧斗君の実家の薄井家がパーティーを開くことは知っているな?」「……ええ、もちろんです」父親の手前、由利はそう言ったが、実際は全く知らなかった。そのようなパーティーに行った記憶は、由利には無い。(パーティーって一体何のこと……?前世とは違う展開だわ……)一度目、二度目、そして三度もこの時期にそのような催しは開かれなかった。碧斗の両親とは関わった記憶なんてほとんどないから顔もぼんやりとしか覚えていない。「そのための準備がある。紫苑も出席する予定だから、お前に任せたぞ」「……はい、父さん」両親はいつも、このような催しがあると紫苑の面倒を全て由利に一任する。妹の面倒を見るのは姉として当然のことだからだ、とのこと。(溺愛しているくせに、面倒なことは他の人に押し付けるのね……)だからといって、断ったら面倒なことになるのは目に見えている。由利は渋々、受け入れた。「……それと、いつも言っているが紫苑は身体が弱いんだ。あまり無理はさせないように」「……わかっています」父親は由利に釘を刺した。一度、彼女を外に連れ出して命の危険にさらしたことがあったせいか余計に過保護になっているようだ。彼女は今までずっとそのことを後悔していたが、今思えばあれは由利のせいではなかった。(というかそこまで心配なら、自分が面倒を見ればいいでし
last update最後更新 : 2026-06-04
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第42話

由利は怒りを通り越し、呆れてしまった。(私ったら、何を期待していたのかしら。この人たちが変わるはずがないわ)いつも紫苑のことを一番に考え、由利を全く配慮してこなかった家族たちだ。そんな人たちを家族と呼ぶのも憚られるが、一応血の繋がりはあるので家族なのだろう。由利は真っ直ぐに父親を見上げた。倒れた彼女に手を差し伸べる者は誰もいない。父だけでなく碧斗もまた、疑うような目で由利を見つめていた。――どうして、どうしていつもそんな目で見られないといけないの。私が一体何をしたというのか。まるで由利が紫苑に毒でも盛ったかのような反応だ。ただ市販のお菓子を渡しただけだというのに、そこまで責められる筋合いはない。由利は誰の手も借りず、ゆっくりと立ち上がった。「……どういうこととは、私にもさっぱりわかりません」「……何だと?」父親が眉をひそめた。いつもオドオドしている由利が、このようにハッキリと物申すのは珍しいことだった。だから気に入らないのかな。普段は大人しくて何でも言うことを聞く娘が、急に反抗的になったのだから。「私は医者ではありませんので、紫苑がどうして倒れたのかわからないと言っているんです」「妹が自分のせいで倒れたっていうのに、その反応は何なのよ!」「私のせい?母さんは私がお菓子に毒でも入れたと思っているんですか?」由利は血走った目でこちらを見つめる母親をハッと嘲笑った。馬鹿にしているかのようなその笑みに、母は顔を真っ赤にした。珍しく反論する由利を、碧斗は信じられないと言った顔で眺めていた。「……いくら市販とはいえ、紫苑は身体が弱いんだぞ。そのことを配慮して渡すべきだろう」「配慮?」由利は思わず笑いそうになった。その気配を父も感じ取ったのか、眉間にさらに深いシワを寄せた。何故、いつもいつもこちらが配慮しなければならないのか。姉だから、妹のことを気にかけるのは当然のこと?姉として生まれた以上、妹を支えるのが当たり前で、いかなるときも妹を慮らなければならない。昔からずっと両親に言われてきたことだった。――ねぇ、私は一体何のために生まれたの?病弱な紫苑を支えるため、神様がそのような運命を定めたのではないか。だとしたら私は神を憎む。四度目となった今、神の存在なんて信じちゃいない。「……何故笑っている、何がそんなにおかしいんだ」「いえ、ただち
last update最後更新 : 2026-06-05
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第43話

部屋へ戻ってようやく、由利は一息つくことができた。(母さんは相変わらずね……前世と変わったところがなくてむしろ安心したわ)母はいつも紫苑に何かあるとすぐに他人のせいにする人だった。最も犠牲になっていたのがまさに由利だった。昔から紫苑に触るなだの、まるで病原菌のような扱いである。父親もそんな母の行いを知っていながら、黙認しているのだ。(何も言わないのも同罪ではないの……?父さんは唯一母さんを止めれる立場にあるわけだし)面倒事に巻き込まれたくないから、あえて何も言わないのだろう。母のヒステリーは一度始まったらなかなか収まらないから。結局父親は、自分が一番可愛いのだ。完全に親子の縁を切ることができたら、どれだけ気持ちが楽になるだろうか。しかし、到底そうすることはできない。「そういえば、パーティーの準備をしろって言ってたっけ……」由利はそのことを思い出し、手元に置いてあったスマホを取った。ロックを解除すると、彼女はネットの通販を開いた。「わぁ、このドレスとっても可愛いわね……」画面いっぱいに広がる綺麗なドレスたちに、思わず声が出てしまった。普段あまりファッションに興味の無い由利だったが、女の子ならこのようなときは誰だってワクワクするだろう。あれもこれも素敵、と由利は画面をスクロールし続けた。「そうだ……紫苑の分も準備しないといけないんだっけ……」そのことを考えると、一気に気が重くなった。彼女が由利の選んだドレスで満足するような性格なら、そのような気持ちにはならないだろう。『姉さん、このドレス私にはちょっと地味すぎるわ。私は碧斗義兄さんから貰ったものを着ていくことにするわ』『可愛いけど、胸元についたリボンが気に入らないわ。取れないかしら?』『姉さんのドレスとっても素敵ね!私のと交換してよ!ねえ、いいでしょう?姉さん』紫苑はいつも由利の選んだドレスにケチをつけては無茶を言うのだ。そして両親や碧斗はそれを仕方無いなぁ……というような様子で何も言わない。紫苑が着なかったドレスは由利が買ったものなので、自然と由利のものになる。(私だってドレスなんか滅多に着ないのよ?クローゼットがパンパンになるわ)今回はどのドレスにしよう。どうせ文句言われるくらいなら、適当に選ぼうかな。そんなことを考え始めていたそのとき、扉がノックされた。「――由利、入っても
last update最後更新 : 2026-06-06
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第44話

時間はあっという間に流れ、碧斗の実家でパーティーが開かれる日となった。由利は先にドレスに着替え、紫苑と碧斗の準備が終わるのを一人待っていた。「……なかなか似合ってるじゃない?私にしては」由利が今回選んだのは、体にピッタリと沿うマーメイドラインのグレーのドレスだった。背が高く、スラッとしている由利のスタイルの良さを際立たせていた。それに加え、落ち着いた色とデザインは上品で大人びた印象を与えている。(碧斗はああいう風に言ったけれど……やっぱり私はこういうのが一番似合うのよね)由利は鏡の前でクルッと一周回って自分の姿を確認した。今日の彼女は普段は下ろしている前髪をセンターで分け、三つ編みのハーフアップをしている。由利は元々手先が器用な方で、ヘアアレンジなんて朝飯前である。(……まぁ、昔からよく紫苑の髪のセットをやらされていたしね)彼女がカバンを持ち、外に出ようとしたとき、ちょうど部屋の外から碧斗が声をかけた。「――由利、準備はできたか?」「ええ、ばっちりよ」由利は入念にドレスアップした姿で碧斗の前に出た。彼の実家で開催されるパーティーだからか、今日はいつもより気合いが入っていた。そんな彼女を見た碧斗が、驚いたように目を見開いた。「……な、何だかいつもと雰囲気が違うな。よく似合ってるよ」「あら、そう?お世辞でも嬉しいわ」「お世辞ではないんだが……」碧斗はそう言ったが、当然由利は信じていない。彼は今まで由利に対して綺麗だなの一言もかけたことがなかった。結婚式でウエディングドレスを披露したときでさえ、参列者である紫苑のパーティードレスを褒めていたくらいだから。由利はそんな口先だけの褒め言葉を、気にも留めなかった。一方、碧斗はいつもの黒いスーツに身を包んでいた。彼は普段スーツで出社しているため、由利にとっては見慣れた姿だった。今さら、胸がときめくことすらない。「あとは紫苑だけね」「そ、そうだな……」二人の準備が整い、あとは紫苑が来るのを待つだけだった。彼女は毎回準備に時間がかかるので、遅れるのはいつものことだ。碧斗は何だかソワソワしているように見える。そうなるのも当然だろう。何故なら今日の紫苑のドレスは、彼が直接選んだものだったから。「紫苑、あなたが選んだドレス喜んでくれるといいわね」「あ、ああ……」由利の言葉に碧斗が頷いたそのとき
last update最後更新 : 2026-06-07
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第45話

由利は碧斗に手を引かれたまま、邸宅の中を歩いていた。彼が紫苑を置いて先に行くだなんて珍しい。いつも彼女の準備が終わるまで待っていたというのに、一体どんな心境の変化なのか。(……さっき自分が選んだドレスを貶されたからって、拗ねているのかしら?)でもね、碧斗。あなたはいつも私の選んだドレスにケチをつける紫苑を見ても、仕方が無いなって感じで何を言わなかったでしょう?同じ立場になってようやく、彼は由利の気持ちが理解できたようだ。二人は邸宅内を歩き続け、外へ出た。夏目家の邸宅の前では、既にパーティーへ向かう車が用意されていた。「紫苑のことは置いて先に行くか?」「何を言っているの?碧斗、そんなことできるわけないでしょう?」由利は掴まれていた手を振り払った。そんな彼女に、彼は一瞬だけ顔をしかめた。紫苑のことで不機嫌になっているからって、他人に当たらないでほしいものだ。「落ち着いて、碧斗。紫苑も悪気はなかったと思うのよ。だからそんなにカッカッしないで」由利は碧斗を宥めたが、彼のぷいっと顔を背けた。「あの言い方で悪気が無いだと?紫苑は昔から人に感謝するという気持ちが無いんだ」「……わかっていたのね」――ならどうして、今までそのことを何も言わずに黙っていたの?碧斗は今までどれだけ紫苑が由利に対して我儘を言おうと、何もしてこなかった。由利が紫苑にどれほど振り回されていようと、気にも留めなかったのだ。「碧斗、紫苑が昔からああいう子だってこと、あなたもわかっていたはずでしょう?」「……」紫苑は昔から何も変わっていない。碧斗はそんな彼女の醜い姿を知っていて、愛したのだ。しかし、自分がその被害者になった途端こうやって不機嫌になるとは。やっぱり、人間は他人がどうなろうと気にもしない。そういう生き物なのだ。由利は何とか碧斗を落ち着かせようと、彼の肩に手を置いた。「碧斗、仕方ないでしょう?」「……………由利?」彼が顔を上げると、にこやかに微笑む由利と目が合った。「――あなたは義理の兄なんだから、妹のために我慢してあげて?」「な……」その一言に、碧斗は衝撃で言葉を失った。由利はそんな彼の心情に気付いていながらも、迷うことなく唇を動かした。「碧斗、理解してちょうだい。あなたは紫苑の義理の兄でしょう?義兄なら、妹の我儘くらい我慢できるわよね?」「……」
last update最後更新 : 2026-06-08
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第46話

しばらく車を走らせると、パーティーが行われる会場へ到着した。今回、会が開かれるのは都内にある高級ホテルだった。車から降り、煌びやかな外観のホテルを見上げた紫苑が歓声を上げた。「わぁ、この場所前に泊まったことがあるわ!父さんと母さんと……姉さんはいたかしら?」「……」紫苑の視線がチラ、と横に立っていた由利に向けられた。「……さぁ、どうだったかしら」由利は運転手もいる手前、覚えていないフリをしたが、そのような記憶は全く無かった。つまり、両親は紫苑だけを連れて行ったということだろう。(そういえば、結構前に三人が何も言わずに家を数日空けたときがあったわね)きっとその頃だろう。高級ホテルに泊まっていたことはまるで知らなかったが。あのときの由利は家で一人、寂しく三人の帰宅を待つ羽目となった。「由利、紫苑、行こう。父さんと母さんが君たちに会いたがっている」「ええ、そうね」碧斗の言葉に由利は頷き、歩き出した。彼は由利をエスコートしようとしていたが、彼女はそんな碧斗を華麗にスルーした。「碧斗は紫苑をエスコートしてあげてちょうだい――いつも、そうしてきたでしょう?」「……」このようなパーティーでは碧斗は基本的に由利ではなく紫苑をエスコートしていた。紫苑がエスコート役は絶対に碧斗が良いと譲らなかったのだ。由利はまたしてもそこで姉なのだから妹のために我慢しろと言われ、碧斗を紫苑に譲った。(今回も同じことよ。碧斗、あなたはいつも通り紫苑を連れて行けばいいんだから)由利は後ろで呆然とする碧斗にニコリと笑いかけた。「どうかしたの、義兄さん?早く行きましょう?」「……あぁ」紫苑は碧斗の浮かない表情に気付いていないのか、強引に彼の腕に絡みついた。いつものことだし、別に由利は今さら気にもならない。――歩いている途中、何故か碧斗の複雑な視線が由利の背中にまとわりついた。会場へ入ると、今回のパーティーの主催者である義理の両親――夏目夫妻と会った。「あら、由利ちゃん。久しぶりね」「お義母さん、お久しぶりです」明るく笑いながら由利に声をかけたのは、碧斗の母親である社長夫人だった。由利は昔から彼女のことが好きだった。社長夫人は誰にでも分け隔てなく接し、由利のことも可愛がってきた。「元気にしていた?何だか印象がずいぶん変わったのね」「髪を切ったからではありま
last update最後更新 : 2026-06-09
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第47話

碧斗と紫苑は腕を組みながら、由利と社長夫人の前までやって来た。「母さん、久しぶり」「ええ……久しぶりねぇ、碧斗」社長夫人は実の息子に向けると思えないような冷めた目で、二人を見つめていた。そんな彼女を碧斗は不思議に思いながらも、今度は横にいた由利に声をかけた。「由利、こんなところにいたんだな。探したよ」「……私を探してたの?」いつもなら紫苑と二人で行動し、由利のことは置き去りにするはずの碧斗が、私を探していたですって?由利は到底、その言葉を信じることができなかった。「……何か、話でも?」「いや、そういうわけではないが……今日のパーティーは父さんと母さんもいる大切なものだから、君と一緒にいたかったんだ」「……」それは一体どういう意味なのか。由利は二種類の意味を感じ取った。大切なパーティーだから由利と一緒に過ごしたかったのか、それとも両親が来るから外面だけでもしっかりしておきたかったのか。そのどちらかであることに違いは無いが、きっと後者だろう。碧斗が由利を大切に思っているはずがないから。であればそもそも義理の妹と不倫なんてするわけがないし、あのような暴言を吐くはずがない。「碧斗……私は……」「――その大切なパーティーで妻ではなく、義理の妹を堂々とエスコートするとは、あなたって人の目を気にしないのね。羨ましいわ」「……お義母さん?」由利の言葉を遮って口を開いたのは、隣に控えていた社長夫人だった。嫌味ったらしいその発言に、碧斗は呆然とした。横にいた紫苑もまた、そのようなことを言われるとは想像していなかったのか、目を見開いている。「母さん……どういう意味だ?」「どういう意味ですって?わからないのかしら?」社長夫人は腕を絡ませる碧斗と紫苑に、嫌悪感を隠さなかった。「母さん、誤解だ。俺に紫苑をエスコートするように言ったのは由利なんだ。俺が自らそうしたというわけじゃ……」「あら、でも紫苑ちゃんがあなたにエスコートしてほしいって言ったんでしょう?」「わ、私そんなこと言ってません!」紫苑は咄嗟に否定したが、もちろん夫人はそれを信じなかった。紫苑は毎回碧斗のエスコートがいいと我儘を言っては、由利を困らせていた。(そのせいで私はいつも一人ぼっちだったのよね……碧斗が紫苑を優先するせいで、私が我慢するしかなかったのよ)由利は目の前の二人を呆れ
last update最後更新 : 2026-06-10
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第48話

その後、由利は碧斗の父親の元へ挨拶に行っていた。「お義父さん、お久しぶりです」「ああ、由利ちゃん。久しぶりだね」碧斗の実の父親であり、ついさっきまで話していた社長夫人の夫である。夫妻の仲の良さは有名で、今でもおしどり夫婦として知られている。(お義父さんに会うなんて本当に久々……)義父は見た目こそ碧斗によく似ているが、明るくおおらかな人だった。彼は由利に優しい瞳を向け、尋ねた。「碧斗とは上手くやっていけてるか?」「ええ……そうですね、碧斗は優しい人です」「そうか……何か不満があったらすぐに言いなさい」「ええ、ありがとうございます」由利はニッコリと笑い返した。彼女にとっては、実の両親よりも大切な二人だった。(もし、碧斗の実家で同居していたとしたら……)由利は幸せな日々を送れたのではないだろうか。少なくとも、自死を選択するまで追い詰められることは無かったはずだ。「由利ちゃん?どうかしたのか?」「あ、いえ……何でもありません」彼女の表情が暗くなったことに気付いたのか、義父が心配そうに声をかけた。碧斗や実の両親なら気付かないであろう些細な変化も、彼ら義理の両親はいつも気にかけてくれる。(これではどっちが本当の両親か、わからないわね)彼女は思わず笑みを零した。「そうだ、由利ちゃんに言っておきたいことがあるんだ」「言っておきたいこと……ですか?」由利はきょとんと首をかしげて義父を見つめた。「ああ――今日のパーティーには”アイツ”も来ているんだ」「アイツ……?」アイツ、とは一体誰のことか。由利はすぐには理解することができなかった。何故か、義父がとても嬉しそうだ。「由利ちゃんにすごく会いたがっていたよ。今日のパーティーはアイツの帰国祝いでもあるんだ」「……」由利は何かを思い出せそうな気がした。しかし、その部分だけが記憶からすっぽり抜け落ちているかのように、何一つ思い出すことができなかった。「アイツとは、どちら様でしょうか?」「まぁ、覚えていないのも無理はないかな……十年以上も前のことだし」「そのように言われると、余計に気になります」「アハハ、それは来てからのお楽しみだな」結局、義父は何も言わないまま他の招待客の元へ行ってしまった。(一体、何のことを言っていたのかしら……?)疑問に思いながらも、由利はしばらくの間パーテ
last update最後更新 : 2026-06-11
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第49話

――薄井涼介由利はその名に、聞き覚えがあった。いや、聞き覚えどころか彼を知っていた。薄井家の長男涼介は、碧斗の実の兄であり、つい最近まで海外で暮らしていた人だった。元々世間に広く名を知られるほど優秀だった彼は、まだ幼い頃に海外留学という道を選択し、それ以来ずっと海外で生活をしている。そして涼介は、碧斗と同じく由利と紫苑の幼馴染でもあった。年齢は碧斗の三つ上で、紫苑とは五つ離れている。由利にとっても紫苑にとっても、彼は面倒見の良い兄だった。(どうして涼介兄さんが……)由利が彼に最後に会ったのは十年以上前だった。当然だが、前に見たときよりも背はずっと伸び、顔立ちもかなり大人っぽくなっている。しかし、雰囲気だけはあのときのままだった。彼を見ていると、由利の頭の中に当時の記憶が蘇ってくる。碧斗と紫苑に置いて行かれる由利を、いつも立ち止まって待っていた涼介。その優しさは、今でも忘れることはなく、胸に沁み込んでいた。「由利ちゃん、驚いた?涼介が二年ぶりに帰ってきたのよ。しばらくはこっちで暮らすことになるわ」呆然と立ち尽くしていた由利に声をかけたのは社長夫人だった。「涼介兄さん……久しぶりに見ました」「ええ、そうでしょうね。涼介もあなたに会えるのをとっても楽しみにしていたのよ。あの子ったら」社長夫人はフフッと嬉しそうに笑った。「涼介兄さんは、ずっと海外で暮らしていたんですよね?どうして急にこっちに帰ってきたんですか?」「それがね……詳しい理由は私たちも知らないのよ」「……知らないんですか?」予期せぬ返答に、由利は目を見開いた。「ええ、一週間くらい前、急に私たちの元に帰るって連絡が来てね。事情を聞いたんだけど、あの子ったら何も言わないのよ」「どうして……」両親にすら事情を説明しないとは、一体何があったのか。「まぁでも、大切な我が子が帰ってくるのは嬉しいことだし。本人が話したくないなら無理に聞くようなこともしたくはないからね」「そうですよね」由利は遠くにいる涼介をじっと見つめた。ちょうど招待客の若い女性たちに囲まれているところだった。彼はその地位と整った容姿から、異性にかなりの人気があるようだ。ただ眺めているだけだった由利の背中を、社長夫人がポンッと手で押した。「由利ちゃん、涼介に挨拶に行ってきたらどう?」「わ、私がですか……?お義
last update最後更新 : 2026-06-12
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第50話

その場を離れようとした由利は、涼介と視線が合って固まった。澄んだ瞳に見つめられ、彼女は一瞬にしてそこから動けなくなってしまった。(涼介兄さん……)最後に会ったのはいつだっただろうか。まだお互いに子供の頃だった。そのときの面影はほとんどなく、彼は見事な大人の男性へと変化していた。近くで見ると、由利はそのことを改めて認識した。彼も似たような気持ちを抱いているのか、由利を見たまま微動だにしていなかった。「すみません、ちょっと通してください」「……涼介君?」先に動いたのは涼介の方だった。彼は自分を取り囲む女性たちをかき分けると、そのまま由利の元へ向かった。彼女たちは驚いたように、彼の視線の先にいる由利を見つめた。どんな美女にも全く靡くことの無かった彼が、一人の女性のために動くなんて。彼女たちは悔しさで拳を握りしめた。(ど、どうしよう……何て言えば……)ゆっくりと近付いてくる涼介に、由利はパニックになっていた。昔は仲が良かったとはいえ、十年以上も会っていなかった人を前に、何を話せばいいかわからなかったのだ。彼女は緊張しながらも、何とか言葉を紡いだ。「涼介兄さん、久しぶりね……」「ああ、由利」彼女を見下ろした涼介は、薄っすらと口元に笑みを浮かべた。どうしてそんなに嬉しそうな顔をするのか。由利は困惑を隠しきれなかった。「兄さん、帰ってきていたのね。今日お義母さんから聞いて驚いたわ」「ああ……そうだな」「どうして、急に帰ってきたの?」その問いに涼介は何かを隠すかのように、由利から視線を逸らして頭を手で掻いた。「まぁ、ちょっと帰りたくなったから……帰ってきたというか」「帰りたくなった?何よそれ……兄さんらしくないわね」由利は思わずアハハッと声を出して笑った。「……」そんな彼女を見つめる意味深な彼の目に、このときの由利が気付くことは無かった。「ところで由利、君は一人で今日ここへ来たのか?」「いいえ、碧斗と紫苑と三人で来たわ。二人はどこへ行ったのかしら……あぁ、あそこにいるわね」由利が指差した先を、涼介は目で追った。そこでは、碧斗と紫苑が仲良く料理を食べさせ合っていた。(ホンット、あの二人って人の目を気にしないのね)由利は呆れて何も言えなかった。普通の夫婦や恋人ですら、公衆の面前であのようなことをしないだろう。あの二人のメンタルの強
last update最後更新 : 2026-06-13
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