เข้าสู่ระบบ夜になり、夏目家に帰る時間となった。碧斗の実家と由利の家はそれほど遠くはないため、もう何泊かしてもいいくらいだった。しかし、これ以上家を空けると母親がうるさい。『まだ帰ってこないわけ?一体どこで道草食ってるのよ』今も由利のスマートフォンには母淳子からのメッセージが届いている。カバンの中に閉まっているスマホの通知音を感じ取った由利は、電源を切っておけばよかったと後悔した。「お義父さん、お義母さん。お世話になりました」薄井家のエントランスで、由利は義理の両親と向かい合っていた。「いえいえ、気にしないでちょうだい」「ああ、私も義理の娘と久々に過ごせて嬉しかったよ」二人は快く由利を見送った。まだ残ってほしいと思う気持ちは、当然夫妻にもあった。しかし、よその家庭の事情に口を挟むことはできないし、由利本人が帰ると言っているのだから引き留めることもできない。「……涼介兄さん」「由利」彼女は夫人の横に立っていた涼介に視線を移した。彼は彼女にそっと近づくと、小さな声で囁いた。「俺のあの言葉、忘れるなよ」「……!」――必ず助け出す。つい昨日、涼介が由利に言ったことだった。どういう意味だろうと、しばらくは頭から離れなかった彼の言葉。今になって、ようやく意味がわかったような気がする。「……もちろん、忘れてなんていないわ」「何かあったら俺がどこへでも行ってやるから」涼介は由利の肩にポンと手を置き、念を押した。由利はそんな彼に向けて、力強く頷いた。「ありがとう、兄さん。私、もう少しだけあの家で耐えてみるわ」「そうか……逃げたくなったらいつでもここへ来い。俺も母さんも父さんも……お前を受け入れる準備はできてるんだから」今のところ薄井家で暮らす予定はないが、本当に辛くて苦しくてどうしようもなかったら行くかもしれない。由利は挨拶を終えると、家を出た。どうやら父の洋介が迎えの車を寄越したようだ。今までそんなことは一度もなかったというのに、今日に限ってどうして。由利は疑問に思いながらも車に乗り込み、およそ一日ぶりに夏目家まで帰った。後部座席の窓から見える景色を眺めていた彼女は、どこか遠い目をしていた。憂鬱な気持ちを必死で隠しながら、由利は家に入った。「ただいま」「おかえり、姉さん」真っ先に彼女を出迎えたのは紫苑だった。紫苑は由利を見るなり、嬉しそ
翌日の朝、由利は薄井家で義理の両親――そして涼介と四人で食卓を囲んでいた。テーブルの上には、豪華な食事が並べられている。もちろん、全て薄井夫人の手作りだ。「今日で夏目家に帰っちゃうだなんて……とっても寂しくなるわね」「短い間ですが、お世話になりました。お義母さん」当然、由利もできることならずっとここで暮らしたかった。しかし、そんな彼女の願いは認められない。両親は由利を毛嫌いしているが、なぜか家を空けることは極度に嫌った。(母さんからしたら、家事を手伝う人がいなくなるのが困るのよね……)そんな理由で家にいることを望まれているとは、何とも切ない。スクランブルエッグを口に運んでいた由利に、夫人が何かを思いついた様子で声をかけた。「そうだ、由利ちゃんに渡したいものがあるのよ。朝食が終わったら、私の部屋に来てくれるかしら?」「渡したいもの……ですか?」***朝食後、由利は約束通り夫人の部屋を訪れた。彼女が与えられた部屋と同じくらいの広さで、室内には夫人の趣味であろうアンティーク調の家具が設置されていた。まるで異世界ファンタジー漫画に出てくるヨーロッパの貴族の部屋のようで、何だか胸が躍る。「夫人……渡したいものって一体……?」「うふふ、それはね……」薄井夫人はニッコリ笑うと、クローゼットからあるものを取り出した。箱の大きさや形から察するに、おそらくそれは指輪だろう。夫人は由利の前に箱を出すと、中身を彼女に見せるように開けた。開けた瞬間、由利は中に入っていたそれに目を奪われた。「わぁ、とっても綺麗……!」箱から姿を現わしたのは、大きなダイヤモンドをあしらった指輪だった。シルバーのリングの中央に、ペアシェイプのダイヤモンドが豪華に飾られている。「かなり前に買ったものなんだけどね……将来息子の妻になった人にあげたいと思ってずっと取っておいていたのよ」「これを私にですか……?」碧斗から貰った婚約指輪も、ここまでの大きさではなかった。というか、こんな大きなダイヤの指輪を着けてる人なんてほとんど見ない。「ええ、ぜひ受け取ってちょうだい」「ありがとうございます、夫人」夫人は由利の右手を取ると、人差し指にそっと指輪をはめた。ダイヤモンドが大きすぎるせいか、指にズッシリとした重みを感じる。(すごく綺麗……)人差し指でキラキラ白い光を放つダイヤモ
由利が悪夢から目を覚ましたのは、まだ人々が眠る深夜だった。最後の記憶が腹部を刺されたものであるせいか、彼女の額からは大量の汗が流れていた。「わ、私……死んでないわよね!?」慌てて腹を手で押さえたが、傷は見当たらない。目でもしっかりと確認したが、綺麗なままだった。由利は何度も深呼吸を繰り返し、カーテンの隙間から見える夜の景色でようやく落ち着きを取り戻した。そこから見えた景色が、明らかに実家のものとは違った。今彼女がいるのは住み慣れた夏目家ではなく、薄井家だった。そういえば、薄井家に泊まりに来たんだっけ。そこでようやく眠る前の記憶を思い出した。薄井家で過ごした穏やかで楽しい時間が頭に蘇る。「よかった……また死んでループしたのかと思った。五度目のループだなんてことになったら……私今度こそ耐えられないかもしれない」死んでも永遠に生き返れると聞くと、羨ましく思うかもしれないが、それは一度目だけだった。生まれてからずっと苦しみに満ちた人生を送ってきた由利は、その無限ループに苦しめられていた。四度目、回帰した由利は心に誓った。今度こそ絶対に最後まで生き抜き、二度と回帰はしないと。それからというもの、由利は時間があるときに自らが体験したループの謎を探っていた。しかし、インターネットや本を使って徹底的に調べたものの、めぼしい情報は得られなかった。そんなときに舞い込んできた驚きの情報。「一度目の私も……記憶がなかっただけであの後死んでいたのね……三度目のように」由利は額を手で押さえながら呟いた。ループの条件は碧斗と紫苑が亡くなってしまうことだとずっと思っていた彼女にとっては、青天の霹靂だった。碧斗と紫苑の二人が亡くなった時点では、一度目の彼女はまだ生きていた。だとすれば、もしかすると本当のループの条件は……「――私自身が……亡くなること?」もはや、それ以外に考えられる要因は存在しなかった。しかし、本当のループの条件がわかったところで、大きな謎が残る。由利は長い長い夢の最後に見た人物を思い浮かべた。碧斗や紫苑よりもずっと深く記憶に残る、あの狂気的な瞳。一度見たらそう簡単に忘れることはできないだろう。一度目に彼女を殺害し、そして三度目でも彼女を始めとした多くの人間を通り魔という形で殺害した。彼のことを考えると、腹の左側がうずいた。「あの人は、一体何者なん
その後、涼介は部屋へ戻り、由利は早めにベッドに入って電気を消した。しかし、彼女は今日に限ってなぜか眠ることができなかった。(………いつもと環境が違うから?いいえ、それにしては変だわ)ハワイ旅行のときもこんなに眠れないことはなかった。由利の頭に永遠に流れていたのは、ついさっき見た涼介の表情と声。『――俺が必ずお前を救い出す』涼介とはずいぶん久々の再会なはずだった。しかしなぜか、そんな彼を初めて見たような気がしなかった。もちろん昔は碧斗や紫苑と一緒にかなり遊んだ仲ではあるけれど、既視感を覚えたのはそこではない。――いつかの前世で、彼の姿を見たような気がしてならない。(私ったら、どうしてこんなにも心を乱されるのかしら?)由利は頭から離れない涼介を完全に消し去り、ギュッと目を閉じた。心が落ち着くと、徐々に眠りへと誘われ、十分も経った頃には由利は完全に意識を手放した。そしてその日、彼女はなんと前世の夢を見た。一度目、二度目と碧斗は由利の目の前で自らの命を絶った。一度目は猟銃で頭を撃ち抜き、二度目はビルの屋上から飛び降りて。由利は彼の命が消えていくその瞬間を、ただ黙ったまま見つめていることしかできなかった。一瞬の出来事で、何が起こっているのか理解すらできない。『碧斗……しっかりして……』由利は碧斗の遺体に縋り付くが、既に反応はない。着ていた真っ白な服が、血で汚されていく。由利は震える手を何とか動かし、碧斗の頬に手を触れた。――人ではないと感じるほどに冷たい。彼が冷たいのは今に始まったことではなかったが、身体に温もりを一切感じられないのは初めてだった。由利は初めて碧斗に抱かれた日のことを今でもよく思い出せる。たしかに目は冷たかったけど、触れる手には温もりが存在していた。『……あぁ、どうして』由利は虚ろな目から涙を流し、真っ黒な空を見上げた。外からは、パトカーのサイレンの音が聞こえてくる。おそらく、銃の音を聞いた近隣住民の誰かが通報したのだろう。しかし、今の由利にはそんなもの耳にも入ってこなかった。その後、由利は駆け付けた警察によって碧斗の遺体から引き剥がされた。両親やメイドたちが、彼の遺体を悲痛な面持ちで見つめている。――ここから先は、知らない記憶だった。由利は第一発見者として、警察署で事情聴取を受けることになった。しかし、彼女を犯人だ
食後のティータイムを終えた後、由利は夫人の薦めでお風呂に入った。タオルを手に、彼女は一人浴室へと向かった。「わぁ、とっても大きいのね」流石は薄井家と言うべきか、浴室は夏目家よりも広い。由利は服を脱ぎ、室内に足を踏み入れた。湯船にゆっくりと身体を浸からせると、彼女はふぅと息を吐いた。「何だか今日は久々にリラックスできそうだわ……」一人になった空間で、由利の呟きは響いた。実家の夏目家では、くつろげる時間なんてほとんどなかった。暇なら家事を手伝えと言われ、手伝いの途中で紫苑に呼び出され、自分の時間なんてほとんど取れなかったのだ。紫苑は一人では何もできない人だった。お茶を淹れるのも自分でやらないし、どこかへ行くにも必ず誰かを連れて行かなければならない。――彼女のお世話をするのは、もう御免だった。四度目となった今世は、自分のためだけに生きていたい。いつまでも誰かに振り回されるのはこりごりだ。風呂から上がった由利は、夫人から与えられた自室へと戻った。実家のように突然呼び出されることはないのだと思うと、不思議と心が落ち着いた。ふと部屋に置いていたスマートフォンを確認すると、紫苑や碧斗からメッセージが届いていた。一気に暗い気分になりながらも、彼女は内容を確認した。『姉さん、薄井家にいるんですって?突然のことだからビックリしちゃったわ。いつ帰ってくるの?私も義兄さんも、姉さんが帰ってくるのを待っているわ』最初は紫苑からのメッセージだった。いつ帰ってくるのかと聞かれた彼女は悩んだ。できることなら、ずっとここにいたかった。しかし、そんなこと当然言えるわけがなくて、由利は紫苑に用件だけを伝えた短めのメッセージを送り返した。『由利、なぜ急に俺の実家へ泊まりに行ったんだ?しかも俺に内緒で。君がウチの両親と仲良くしてくれることは嬉しいが……一人では心配だ。次からは俺も誘ってほしい』二つ目は碧斗からのメッセージだ。心配という一言に、由利は何とも言えない複雑な気持ちになった。碧斗の心配の対象はいつも紫苑であり、由利ではなかった。君は一人で何でもできるからと、彼女は常日頃から言われていたからだ。由利は適当な理由を考え、碧斗に返事をした。次に碧斗の実家へ行くことがあっても、きっとそのときも彼のことは誘わないだろう。『早く帰ってきなさい。家事が終わらないでしょ』
いつもより重い空気の夏目家に対し、由利のいる薄井家では。薄井社長夫妻と由利が三人で夕食を摂っていた。料理好きな社長夫人が、由利のためにこれでもかというほど豪勢な手料理を特別に振舞ったのである。「由利ちゃん、とっても美味しいわよ。あなたもどう?」「ありがとうございます。いただきます」夫人お手製のローストビーフを一口食べた由利は、思わず顔を綻ばせた。実母の淳子はあまり料理が得意な人ではなく、由利は失敗作を食べさせられることも多くあった。「とっても美味しいです、お義母さん」「あら、由利ちゃんにそう言ってもらえるだなんてとっても嬉しいわ」夫人は感激したとでもいうかのように笑みを浮かべて喜んだ。由利は斜め右前にいる社長に視線を移した。「お義父さんも、今日は私のために時間を取ってくださってありがとうございます」「何を言っているんだ。可愛い義娘が久しぶりにウチに来ているんだ。当然のことだろう」「可愛い義娘だなんて……光栄です」実の両親にも言われたことがない言葉だった。当然だ、淳子と洋介は由利を可愛いだなんて思ったことは一度もないだろう。(何だかここにいると、時間を忘れてしまいそう……)辛く苦しいだけの夏目家とは違い、薄井家は由利にとって居心地の良い場所だった。できることならずっとここに住みたいとさえ思い始めてしまう。そして何より、ここには”彼”もいる。「――父さん、母さん、ただいま」「あら、涼介。遅かったわね」ちょうど家に帰ってきたのは、仕事を終えた涼介だった。由利は立ち上がり、彼の前に立った。「おかえりなさい、涼介兄さん」「……ただいま、由利」由利の姿を見た彼の口角が自然に上がった。初々しい二人の姿は、まるで新婚夫婦のようだった。「あら、まぁ、涼介ったら」おそらく薄井夫妻も、長男の気持ちに気付いているだろう。しかし、表立って応援することはできない。由利は次男の妻だったから。二人はそのような複雑な気持ちを抱えながら、二人を見ていた。今まで全くと言っていいほど女の影がなかった涼介の恋を後押ししたい気持ちがないこともないが、離れて暮らす次男碧斗のことがやはり気にかかる。碧斗が由利に対して不誠実な行いをしていることは、彼らも知っていた。時々電話をかけて叱ってはいるものの、彼は紫苑の身体が心配なだけだと聞く耳を持たないし、態度を改めよう
由利は時間が止まったかのように固まり、そのまま動かなくなった。信じられないというような目で妹の紫苑を見つめた。碧斗の子を妊娠?あなたは一体何を言っているの?私の妊娠を祝福していた裏で、ずっとそのことを隠していたの?由利の体が小刻みに震え始める。私はずっと二人に裏切られていたというのか。紫苑はそんな由利を見て、申し訳なさそうに眉を下げた。「ごめんなさい、姉さん……」由利は黙ったまま何も言えなかった。その一言で済むような事態ではないからだ。子供ができたということは、当然体の関係があったわけで。姉の旦那と平然と関係を持つだけではなく、子供まで作ったのか。紫苑が碧斗と不倫していたことを、由
目が覚めると、由利は病院の一室にいた。「無事だったんですね、よかったです」「あなた……」ベッドに横たわる由利の顔を、夏目家のメイドが心配そうに覗き込んだ。また巻き戻ってきたのではないかと思ったが、どうやらそうではないようだ。由利は自身の安否など気にも留めず、メイドに尋ねた。「お腹の子は……」「……」その問いに、メイドは痛々しそうに視線を逸らした。由利は彼女の反応で全てを悟った。――あぁ、流産してしまったんだ。奇跡のように私の元へやって来てくれた子は、産まれることもなく亡くなってしまったのね。悲しくて、悔しくて、やりきれない気持ちになった。由利は病室内を見渡した。流産したと
「紫苑……!紫苑……!しっかりしてくれ……そんな……どうして急に……!」水藻区(みなもく)にある大病院の一室にて。一人の男がベッドに横たわって微動だにしない女に必死の思いで呼びかけている。彼の呼びかけも虚しく、彼女はビクともしなかった。病室が静寂に包まれ、人々のすすり泣く声が耳に入る。この場にいる全員が彼女の死を悲しみ、現実を受け止めきれないでいる。そんな中、一人の女が複雑な表情で彼ら家族を見つめていた。「……」――どうして、こんなことになってしまったのか。彼女は心の中で自分自身に問いかけた。当然、答えなど出てこなかった。元より、答えられる問題ならそのように思ったりはしないだろう
それから碧斗は、毎日のように紫苑のいた病室で泣き続けた。彼女がいなくなり、火葬されたあともずっと。仕事も手に付かなくなるほど毎日のように大声で泣き、隙あらば彼女の痕跡を探した。彼女が生前着ていた服を抱きしめ、服が濡れるまで泣いた。もちろん両親も深い悲しみに暮れていたが、それでも彼の絶望は異常ともいえるほどだった。この世の全てを失ったかのように、真っ暗な部屋で酒を浴びるように飲み続けた。彼女のいない世界なんて、意味がないのだろう。由利はそんな彼をただ見ていることしかできなかった。姉妹ではあるが、紫苑に似ているところなんてほとんどない由利に、彼女の代わりなんて到底務まらないからだ。そして







