บททั้งหมดของ 呪われた能力持ちの令嬢が、身代わりで向かった婚約先は、優しい獣の住まう宮: บทที่ 11 - บทที่ 20

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【第11話】癒しの力

 黒曜宮の朝を支配するのは、最果ての地にふさわしい冷たい霧と、大気をじっとりと濡らす瘴気まじりの重たい空気だ。 かつては王国の沃土として栄えた領地らしいが、今やジェイドの身を蝕む呪いの影響で、植物は育ちにくく、人は病に伏せることが増え、天気さえもなかなかに晴れ間を見せない。 セラは、すっかり枯れてしまっている、黒曜宮の庭園を見つめた。「セラ、無理はしてくれるな」 セラの隣に佇む巨大な獣、魔獣オークの姿をしたジェイドが、低くおそろしい響きをもつ声でセラを見下ろし言った。一見すればおそろしく赤い魔獣の瞳には、セラを案じる思慮深い光が宿っているように見える。 セラはうなずき、自身の小さな掌を、瘴気をまとって黒く沈んだ地面の草へとそっとかざした。「草木にも、良い影響があるといいのですが……」 ジェイドにかけられた呪いの影響力は、かなり広い範囲に及んでいるらしい。 セラが、馬車で黒曜宮に連れられてきた時も、近づくにつれ、空気は重たく淀んでいた。ジェイドが呪いを受けて数年のうちに、彼からあふれでる瘴気の影響が、領地へも影響している。  ローゼンタール家の陰謀も気がかりだが、まずは、できることから。 領地にばらまかれた呪いの影響を打ち消すことができれば、豊かな地に戻るかもしれない。そうなれば、それは、ジェイドにとって力になるはず。 セラは深く息を吸い込み、瘴気の影響で黒く沈む草地にそっと触れた。セラの指が触れた瞬間、草にまとわりついていた黒い霧が、目に見える渦となってセラの指先へと吸い込まれ始めた。  黒から、青へ。 セラが触れた場所から、円を描くように、青草の鮮やかな色が取り戻されてゆく。 綺麗だわ……。 セラは、黒い霧を吸い込むようにして消してしまう、己の指先を見た。 自分でも、己の力は他者の魔力を奪う「呪い」だと思っていた。それは、存在するだけで邪悪な罪のようなもので、何かの役に立つなど到底考えられない力だと……、そう、思っていた。 セラは、ひとつの場所か鮮やかな色を取り戻すと、移動して、また別の場所に手をあてた、そしてまた、別の場所、また、別の場所。夢中だった。「セラ」 セラがまた別の場所に手をあてようとかがみこんだ瞬間、ジェイドに手首をつかまれ、名を呼ばれる。 魔獣オークの姿で、ジェイドが心配そうにこちらをのぞき込んでいた。
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-17
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【第12話】再生の芽吹き

 黒曜宮の朝を支配していた冷たい霧は、今や見る影もなかった。 セラが手を触れてまわった庭園には、朝露を浴びて、無数の白い小さな花々が波のように優しく揺れている。花びらについた露が、きらきらと光るのが美しい。 テラスに立ったセラ・ローゼンタールは、その光景を夢見るように見つめていた。すこし前まで、黒く沈み、冷え切っていた庭園は、瑞々しい緑の絨毯で覆われている。 実家のローゼンタール家では、他者の魔力を奪うだけの「不吉な化け物」と蔑まれ、光の届かない地下室に閉じ込められていた。誰の役にも立たず、ただ存在することすら罪だと教え込まれてきた。 けれど今、その忌むべきはずの能力が、美しい花を咲かせている。「セラ様、温かいハーブティーでございますよ」 振り返ると、侍従長のバーニーが、美しい茶器をテーブルの上に並べている。「ありがとうございます、バーニー」「本当に、今日はお出かけになられるのですか? 心配でございます」「ジェイドも一緒ですし、大丈夫ですよ」「ジェイドぼっちゃまは、セラ様とふたりで乗馬がしたいだけでございますよ。ああ、わたくしめは心配でございます。セラ様は、こんなに華奢で、馬に乗ったこともございませんのに、急に馬での領地視察だなんて。絶対に、ジェイドぼっちゃまが、セラ様とくっつきたいだけの」「バーニー」 いつの間にか、魔獣オークのもう見慣れた姿で、ジェイドがバーニーのすぐ後ろに立っていた。彼は、嫌そうな顔で言う。「バーニー、セラの前でわたしの悪口を言うな」「悪口ではございません。ほんとうのことを言ったまでです」 セラは笑った。 この気さくさも、呪いが消え始めたことで取り戻せたものだと思うと、心が温かくなる。 ジェイドが差し出した手を、セラはにぎった。しばらくすると、白銀の髪が朝日に美しい、鼻筋の通った美貌の王子が姿をあらわす。 バーニーが、その姿を見て、感慨深そうに言う。「日に、三時間もそのお姿をたもてるようになったと思うと……。本当に、セラ様には、感謝してもしきれません」「そうだな。セラ、きみは、わたしの救いの女神だ。今朝のあなたも、美しい」 そう言って、ジェイドがセラの髪をひとふさ手に取り、口づける。 物語に出て来る騎士のような仕草が、ジェイドには驚くほど似合う。 セラは、その様子に見とれた。 日に日に、ジェイドが
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-18
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【第13話】振り払えない欺瞞

「殿下、セラ様の身辺調査に向かわせていたものからの、報せが届いております」 ジェイドは、侍従長のバーニーから、それなりの量が記されてありそうな、書類を受けとり、聞いた。「セラは、今日はどうしている?」「今日もお部屋で書物を読んでおられます」「今日もか……」「はい。この黒曜宮の内部を探るような様子は、これまで一度もございませんし。それに……」「それに?」 バーニーは、眉尻を下げて言う。「セラ様は、自由に出歩くということを知らないのではないでしょうか。外に出てもいいかと聞きもされないのです。それに、与えられたものを喜びはしても、これまで一度たりとも、わたしに何かを持ってくるようにとも言われないのです。薪が切れても、水差しの水がなくても、決して、それを伝えようとはなさいません」「……必要なものが不足しないよう、気を付けてくれ」「かしこまりました」 バーニーが部屋を出ていったあと、ジェイドは執務机に向かって、書類を見つめた。 こうして、冷静に部屋で過ごせるのも、セラが毎日、ジェイドに触れて、呪いの魔力を吸い取るようにして打ち消してくれているおかげだ。セラが黒曜宮にやってくるまで、ほとんどの時間を、自分の内側に湧き上がる破壊衝動をおさえつけて、苦しみの中に閉じ込めることで精いっぱいだった。 呪いの力は強大だ。 周囲にいるものたちの命まで脅かしかねない瘴気を放ちながら、呪いの威力は、脈打つように大きくふるったり、つかの間の落ち着きを取り戻したりしつつ、黒曜宮全体を包み込んでいた。いや、その外側、領地の大部分にいたるまで影響をあたえていた。 ジェイドは、魔獣オークの形をはっきりと持つ、自分の手を見つめた。「おぞましい姿だ」 だが、セラは、ジェイドの魔獣の姿を恐れない。 いたわるように触れ、魔獣の額に親愛のキスさえくれる。 なんなら、セラは、人の姿でいるときよりも、魔獣オークの姿のときのほうが、接しやすいと思っているようなふしがある。気心をゆるしたような笑顔をくれるのは、魔獣の姿の時だ。人の姿になると、彼女は、すこし戸惑うようにする。 ジェイドは、届けられた書類をひらいた。 内容は、ひどいものだった。 セラから聞いていた通り、彼女の人生は、長らく地下にあったのだろう。表立っては、ローゼンタール家の長女の存在は、ほとんど知られていなかったよ
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-19
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【第14話】騎士のもとで眠る

 黒曜宮の裏手に、無骨なつくりの建物がある。 大きな円形の造りになっていて、天井は高く、中央は砂地をかたくした広場があり、ぐるりと廊下が囲んでいる。 セラは、二階の廊下から、円形の広場を見下ろした。  となりで、侍従長のバーニーが、自分事のように誇らしそうに言う。「殿下は、幼いころより、魔法を使われることも、剣技も得意でございました。強い魔力をお持ちであることのほうが多く語られますが、剣を持ったお姿は本当にお美しくご立派で!」「きっと輝くような騎士ぶりだったのでしょうね」「それは、もう。見目美しくもあられるので、鍛錬場には、いつもご令嬢がたがつめかけて、とんでもない騒ぎでございました」「まあ」 まるで、物語の中で聞いたような状況を想像して、セラはくすくすと笑った。 最近、ジェイドは、セラに対して、何かしたいことはないかとよく聞いてくれる。一昨日は、物語が好きなら、書庫の鍵をあげるから、自由に使うといいと言って、大きな書庫へ連れて行ってくれた。 天井まで何段もある立派な本棚に、大きくて立派ないくつもの机と、美しい装飾のほどこされた椅子。歴史書もあれば、古い物語もあり、技術書のようなものもある。いくつか机の上に置かれている書類は、ジェイドの仕事に関するものかもしれないので、触れないように気をつけつつ、セラはその日、陽がくれるまで、書庫で過ごした。 昨日は、最近日中忙しくしている様子のジェイドに、何か手伝えることがないかと聞くと、最近呼び戻した騎士団の一部の鍛錬をするから、見に来るかと言ってくれた。 セラが見下ろす円形広場のようになっている訓練場に、屈強な騎士たちが集まっている。中心に、巨大な魔獣オークの姿で、ジェイドが立っていた。騎士たちが、剣をかまえて、ジェイドを囲んでいる。 緊張感のあるその様子に、セラは、両手をぎゅっと握って、はらはらした気持ちで見つめていた。 しばらく睨み合っていたが、ひとりの騎士が仕掛けると、一斉に動いた。ジェイドは、剣ではじき返したり、突っ込んできた騎士をひっかけるようにして動かし、他の騎士たちにぶつけるようにして相手の動きを乱したりしている。 ゆっくりとした動作にも見えるのに、実際には、素早く次々と、ジェイドが、剣をひるがえして、騎士たちを打ち払っている。 あっという間に、ジェイドのまわりに、騎士たちが倒さ
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-20
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【第15話】あどけなさに揺れる

 ジェイドは、あっけなく眠ってしまったセラの、あどけない寝顔を見つめながら、ちいさくため息をついた。 あまりに無防備だ……。 それに、危機感もない……。 バーニーが焦ったようにセラの名を呼ぶ声が、二階の廊下から聞こえて、ジェイドは鍛錬を放り出すようなかたちで、飛び出した。 セラが青ざめて倒れているのを見て、焦ってしまった。 それに、なぜかイライラしてしまう。 セラは、青ざめた顔で、しんどそうにしながら、迷惑をかけたと申し訳なさそうにする。しんどいなら、しんどいと言ってほしい。つらいと言って、自分を頼ってくれれば——。 そこまで考えて、ちいさくため息がでる。 すっかり、この小さなご令嬢が気になって仕方がないらしい。 セラは、ジェイドが靴を脱がせようとすると、顔を真っ赤にして恥じらった。目の前にいるのは、魔獣オークの醜悪な姿の者なのに。誰もがおそれて離れていった姿だ。 セラといると、自分が魔獣の姿でいることを忘れることがある。 調子が狂う……。 ここ数日も、セラがひとつでも怪しい動きをしないかと、ジェイドは気をつけていた。 書庫の鍵をあずけてみると、夕暮れ時まで、ずっと本を読んでいる。本棚に興味は持っても、いくつか机の上に出しておいた領地に関する報告書には、手をつけてもいなさそうだった。 日中に何をしているのか興味があるような様子だったから、鍛錬の一部でも見せて、その後実家に報告でもしないか見ようと思った。 それなのに、セラは、不調をおしても、ただ、ジェイドと約束した鍛錬の見学にやってきた。やたらと動き回ってそこらを調べまわり、騎士団の装備や規模を知ろうとしていないか注意深く見ていたが、セラは、まっすぐに、ジェイドの姿を見るばかりだった。 熱心に、見てくれているようにも見えた。 思わず、騎士たちとの鍛錬に力が入る。 ジェイドは、眠ってしまったセラのあどけない顔を見つめながら、やれやれとため息をついて言った。「まるで、はじめて恋心でも抱いた騎士見習いのようだな……、情けない」 黒曜宮にやってきた最初の日よりは、いくらか肉付きのよくなったセラの頬をなでる。彼女はすっかり眠ってしまって、触れても起きる気配はない。「セラ……」 頬をつついてみる。 起きない。 優しくして、誘惑し、彼女が何か企みごとのかけらでもこぼしはしないか、彼女
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-21
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【第16話】善意と懐疑

 呪いの魔力を打ち消すため、毎日一度、必ず手を繋ぐ。 セラは、ジェイドと手をつなぐ時間を、毎日楽しみにしていた。 自分の部屋にかけられた飾り時計の針を見つめて、今夜の約束の時間を待つ。与えられた本を読みながら、時間が近づくと、何度も針がどこを指しているか、何度も見てしまう。「ジェイドは呪いに苦しんでいるのに、楽しみに思うなんていけないことね」 それでも、誰かのために何かできる時間は、セラにとって嬉しく楽しい時間だった。日に日に、ジェイドが人の姿をたもつ時間が長くなることも、しっかりと役に立てているようで嬉しい。 ジェイドと手をつなぐ時間以外にも、たまにジェイドが外に出るときに連れて行ってもらい、領地をまわってあたりの瘴気を集めて取り込んでまわるのが、セラにとっては、楽しい事だった。 針が、約束の時間を指す。 セラは、手に持っていた本を、そうっとテーブルに置き、部屋を出た。 すぐ隣にあるジェイドの部屋の扉をたたく。 だが、反応がない。「……? いらっしゃらないのかしら?」 目の前の扉は、すこし開いていた。耳を澄ませてみても、何の音もしない。 セラは、そのままその場所で待つことにした。  夜の廊下には、ひんやりとした暗がりと冷えが広がっている。一度、部屋に戻ってマントでも羽織ろうかとも思うが、そうしているうちにジェイドが戻ってくるかもしれない。 冷えるといっても、足元には分厚い絨毯が敷かれているし、今セラが着ている服は、しっかりと厚みのある生地で寒気から守ってくれる。 あの地下室での日々と比べれば、こうして、冷えた廊下に立つことさえ楽しい。ここは寂しくて狭い地下室ではないし、セラは閉じ込められてもいない。 セラは、ただ、じっと待った。 小さな地下室では、何もない時間をじっと過ごすことも多かったし、母親に与えられた罰で立たされ続けることも多かった。セラは、そういった時間をすごすときと、同じように、ただ、じっと待った。 どのくらいの時間がたっただろうか。 セラの指先がしっかりと冷えたころ、廊下のむこうからジェイドが走って来た。「セラ、すまない。遅くなってしまった」 セラは、笑顔を向けて答えた。「良かったです」「良かった?」「あ……、ジェイドが何か困ったことになって戻れないのかと、心配だったので」「……」 ジェイドが、すく
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-22
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【第17話】襲い掛かる危険

 ジェイドは、セラにつけた護衛の騎士から、毎日、細かに報告を受けていた。「今日は、変わったことはあったか?」「本日セラ様が領地の視察にお出かけになった際、行商人の男と接触しました」「行商人?」「はい。道ですれ違ったときに、男がセラ様に、商品を買って欲しいと声をかけてきたのです。セラ様は、戸惑った様子でお断りになっておられましたが……」「妙なことでも?」「男が、次に会った時に贔屓にしてほしいからと、何か品物を渡そうとしていました」「セラは、受け取ったのか?」「はい。小さな置物のようでした」 騎士が報告を終えて部屋から出てゆく。 ジェイドは、椅子に深く座り、考えた。 セラは、ジェイドがわざと開けておいた部屋の扉を、押し開いて中に入ったりはしなかった。探ろうとすればできたはすだが、彼女は、ジェイドがもどるまで、部屋の前でじっと待っていた。 わざと、そうしたが、彼女の冷えた手にふれると、また心が痛んだ。 いつまで、疑わねばならないのかと、嫌になる。 だが、彼女は、ジェイドがひざまずいて彼女の手を温めると、望みを言った。ひとりで、領地内をまわりたいという望みを。 護衛の騎士をつけても、ローゼンタール家と接触する機会は、持とうと思えば持てるだろう。女性だけが入れる場所も、町へ出ればいくつもある。 ジェイドがそうして思案にくれていると、扉をたたく音。返事をすると、セラがそうっと扉をあけて入って来る。 もうすっかり慣れた行いになった。ふたりの時間。 ふたりで暖炉前の寝椅子に並んで腰かけ、ジェイドが差し出した手に、セラが触れる。そうしてしばらくすると、ジェイドの姿は、人の姿にもどる。人の姿にもどるだけでなく、呪いに蝕まれている間に悩まされた破壊衝動や、誰にあててかわからない憎しみのような感情に惑わされることもなくなる。それは、かなり長い時間、効果を発揮してくれるものだった。「セラ、今日は何か変わったことはあった?」「はい、ジェイド。今日は、はじめて商人の方に声をかけられました」 隠したり、ごまかしたりする様子は見えないセラを、注意深く観察する。「これを、もらいました。最近人気の魔除けなんだそうです。若い女性が、腰布にひっかけておいたりするらしいです。はじめて見ました」 セラがてのひらに乗せて見せてくれたのは、小さな、ウサギの形を模した木彫
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-23
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【第18話】戸惑いの抱擁

 セラは、テラスに出て空をながめた。 今日は、めずらしくしっかりと晴れて青空が広がっている。朝のさわやかな風が心地よい。  今も、ふとした瞬間、これは夢ではないかと思う。  手をかざして影をつくりながら見上げる空はどこまでも広くて青い。かび臭い地下室の香りは、ここには微塵もない。  肩にふわりと、手触りの良い布がかけられる。 「セラ、そんな恰好で風にあたると、冷えてしまうよ」 「ジェイド、ありがとうございます」 「足は痛まないかい?」 「ええ、もうすっかり足首は痛くありません」  ジェイドがオオカミの群れから助けてくれた日、セラは馬から落ちて足首を捻挫してしまった。その日以来、ジェイドはとても過保護になったように思う。  セラを決してひとりでは外には出さなくなったし、城の中でも常に護衛するための騎士がいる。  あのオオカミの襲撃は、何者かによって仕組まれたものだった。 「昨日の夜、報せがあった。ある噂が今、社交界で出回っているらしい」  セラは、ジェイドの唐突な話に、彼がもつ魔獣オークの赤い瞳を見つめて聞いた。 「噂、ですか?」 「ああ。セラ・ローゼンタールは、第一王子ジェイドのもとに婚約の挨拶に向かい、そのまま魔獣となった第一王子に噛み殺されたらしい、という噂だ」 「……」 「それと、ここ最近、妙な連中が、黒曜宮のまわりをうろついている。商人を装っているが、おそらく偵察か……、それとも、またきみのことを狙っているのか」
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-24
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【第19話】甘い侵略

 ジェイドは、細くて小さなセラの身体を壊したりしないよう、そうっと、けれど彼女の身体の熱まで感じられるほど力を込めて抱きしめた。  腕の中で、セラが身じろぎする。  彼女は戸惑うようにしながらも、触れ合うことを嫌がる様子はない。いつもなら、彼女はただじっとしている。  身じろぎした彼女の手が、そうっとジェイドの背にまわされて、戸惑いながらもすこし力をこめて抱きしめようとしていることが感じられた。  セラ……。  ジェイドは、ぎゅっとさらに力をこめて抱きしめ返した。  少し前まで荒れ果てていたジェイドの部屋は、今はすっかり整えられている。セラのおかげで、そこらじゅう傷つけてまわることはなくなった。手入れの行き届いた暖炉で薪がはぜる小さな音。そして、腕の中にある、はかなげに小さな身体。甘えたくなるような落ち着きも感じれば、そわそわと焦るような感覚もある。  今、ジェイドの腕の中にいる、強く惹きつけられる存在。そのセラを狙ったものは、彼女が言うようにローゼンタール家の差し金だろうか。そうであれば、彼女は、ジェイドにとっての裏切り者ではなくなる。  だが、もしそうなら……。  セラは、その事実の可能性にふれたとき、涙を流しはしなかったが、ひどく気落ちした様子だった。無理もない。どんなにひどい仕打ちを受けて育とうとも、彼女にとって血のつながった肉親だ。  それなに、心のどこかで願ってしまう。  本当に、セラが、ただあわれな境遇にある、純粋なる存在で、どんな裏目もなく婚約者であるジェイドを支えようとしているのなら——。そうであってくれれば——。  今まで、ジェイドのまわりにい
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-25
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【第20話】戸惑いのステップ

 黒曜宮の大広間に、優美で軽快な音楽の調べが響いていた。 王都へ戻ることが決まり、社交界での復帰に向けた準備が着々と進められている。その一環として、セラは今、ジェイドとともにダンスの練習に励んでいた。 王都にゆけば、社交界と関わることになる。だが、セラは、基本的な教育を受けてはいても、社交界で必要な知識は与えられていなかった。ダンスや礼儀作法やマナー、覚えることは多い。 ジェイドは、セラに必要なものをすべて準備を整えてから、王都に戻るつもりらしい。「――っ、ごめんなさい、ジェイド!」 また、やってしまった。 足元がもつれ、ドレスの裾を踏みかけそうになったセラは、焦ってジェイドの胸元にしがみついた。「怪我はないかい、セラ?」 すかさず腰を支えてくれたのは、人の姿をしたジェイドだ。白銀の髪がさらりと揺れ、心配そうに覗き込んでくる青い瞳が、あまりにも近くて息が止まりそうになる。「は、はい……大丈夫です。すみません、何度も足を踏んでしまって……」「気にする必要はないよ。きみは飲み込みが早い。ただ、少し体に力が入りすぎているね」 ジェイドは優しく微笑むと、セラの体をそっと起こしてくれた。その手つきはどこまでも丁寧で、紳士的な気遣いに満ちている。 セラは申し訳なさで胸がいっぱいになり、ぎゅっと自分の手をにぎりこんだ。 いつにもまして、ジェイドの前で動きがぎこちなくなってしまう。その原因は分かっている。分かっているからこそ、恥ずかしくて顔が上げられない。 ジェイドの手に触れ、その肩に手を回し、至近距離で見つめ合っていると、どうしても思い出してしまう。数日前の、あのキスを。 あの時、ジェイドはセラを強く抱きしめ、何度も何度も、求めるように唇を重ねてくれた。その仕草は、激しさもあるけれど、まるで大切なものを扱うような繊細さも感じられた。息が詰まるほど深く、甘く、熱い口づけだった。 物語の中でしか、知らない。 口づけ。 それが、あんなに、身体の芯までとろけそうな心地になるものだとは知らなかった。セラは、知らないなりに、ジェイドが与えてくれるものを返そうと必死だった。 でも……。 あの夜以来……、ジェイドは、一度もセラにキスをしていない。 その事実が、ここ数日、セラの胸を重く押し潰していた。 手をつないでくれたり、頭を撫でてくれたり、ぎゅっと抱
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-26
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