最期の鼓動は、あなたの結婚式を祝う花火に消えて
井山鈴夏(いのやま すずか)が血を吐きながら、愛娘の柚乃(ゆずの)を小野寺光也(おのでら みつや)の前へと押し出したのは――
あろうことか、彼が井山実奈(いのやま みな)の細い薬指に結婚指輪をはめている、その瞬間だった。
「パパ……」
か細く、震える声で呼びかけた柚乃だったが、次の瞬間、無慈悲に振り払われた。
光也は差し出された親子鑑定書を乱暴に引き裂くと、冷ややかに唇の端を歪めた。
「詐欺師の娘ごときが、この小野寺家に入れるとでも思っているのか」
彼は知る由もなかった。
柚乃の左耳が聞こえず、鋭く怒鳴られるたび、その小さな体を震わせていることを。
そして、鈴夏のバッグの底に、一枚の診断書が静かに眠っていることも。
そこには、【肺がん・末期】と記されていた。
四十度の高熱に意識が朦朧とするなか、柚乃が「ママを助けて」と光也に縋りついたとき。
彼は傍らのボディーガードに命じ、土砂降りの雨の中へ、そのあまりにも小さな体を放り出させた。
「母親譲りの安っぽい芝居など、もう見飽きた」
鈴夏は這いずりながら、散らばった鎮痛剤をひとつひとつ拾い集めた。
今にも折れそうな心を、たった一つの強烈な想いだけが繋ぎ止めていた。
――柚乃には、私が必要なの。だから、まだ死ぬわけにはいかない。
華やかな結婚行進曲が街に鳴り響く中、光也は血相を変えて病室へと飛び込んできた。
まるで何かに取り憑かれたような形相で、AEDを鈴夏の胸に押し当て、何度も何度も叫び続ける。
「鈴夏!こんな死んだふりで、許されると思っているのか!」
だが、心電図モニターが彼の声に応えることはなかった。
終わりを告げる単調な電子音だけが、室内に虚しく響き渡った。
その瞬間、光也の顔から初めて血の気が引いた。
後になって、多くの者がその光景を語り草にした。
小野寺グループを統べる若き社長が、トルコキキョウの咲き誇る墓地に膝をつき、激しく泣きじゃくっていたと語られている。
「俺が植えたトルコキキョウが……ようやく咲いたよ。鈴夏……会いたい……っ」