文音は、もう涼風を待たない
「考え直した。もし私をここから出してくれるなら、西園寺家との政略結婚……引き受ける」
月島文音(つきしま あやね)は面会室のガラス越しに端座し、蒼白な唇をきつく結んでいた。
文音の父親・月島隆道(つきしま あやみち)は勢いよく立ち上がった。グレーのオーダースーツは体にぴったり合っていたが、その動きの激しさに、小さな裂け目が入ってしまった。
喜びを押し殺すように、無理に心配そうな表情を作った。
「文音……本当にそれでいいのか?お前を助け出すのは簡単なことじゃない。父さんだって三年も手を尽くしたが、何の成果もなかった……
でも、お前が嫁ぐ覚悟を決めたのなら、安心しなさい。全財産を投げ打ってでも、半月以内に必ず救い出す!ウェディングドレスはどんなデザインがいい?すぐに準備する!」
「そんなことはどうでもいい」
文音は唇を皮肉に歪めた。
「でもね、西園寺家が求めてるのは『月島家の嫡長女』との縁組でしょ?だったら、私の身分、変える必要があるんじゃない?」
隆道の表情が一気に冷えた。
「お前は二十年も時奈を『姉さん』と呼んできたんだぞ。今さら変えられるものか」
「でも私が母に生まれたとき、あの子はまだ生まれてもいなかったわ」
彼女は冷笑を浮かべた。「あの子は愛人の娘でしょ?どこが『お姉さん』なの?」
隆道は無言で文音を見つめた。その眼差しは、氷のように冷たかった。
「その条件は認められない。別のにしろ」
「じゃあ、二千億の持参金」彼女は淡々と口を開いた。「それと……どうせ替え玉婚をするなら、とことんやりましょ。冷泉には、月島時奈(つきしま ときな)を嫁がせて」