奈落の真紅はいつか散る
二宮知世(にのみや ちせ)は声をひそめて言った。
「二宮おじさん、この間おっしゃっていた条件……妹の代わりに、私があの家へ嫁ぐことを受け入れます」
その口調は柔らかだった。表情にも一切の動揺は見えない。だが、彼女の指先は、自分の掌の肉を深々と食い込むほどに握りしめられていた。
静まり返った居間で、知世の言葉は水があつい油鍋に落ちたかのように、一瞬にして激しい反応を引き起こした。
ソファの向こうでその言葉を聞いた優太の父は、思わず顔をほころばせた。
「本当にそう決めたのかい?君が本当に妹の代わりに嫁ぐってのか?」
知世はこくりと頷き、声を強くした。
「ええ、もう決めました」
「よし、よし……代わりに嫁ぐというなら、長谷川家の方は十五日もあれば式の日取りを決められるだろう。他のことはこっちで何とかする」優太の父はそう言うと、スマートフォンを操作し始めたが、何か思い出したように顔を上げた。「ところで知世、君が付き合っているって言ってた彼氏とは、もう別れたのか?」
知世は唇を噛み、重たいように「うん……」と答えた。
その様子を見て、優太の父は何かを悟ったようだ。
「まあ、いいさ。長谷川家の次男坊は、君の言う彼氏なんかより、あらゆる面でずっと優れた男だ。君の選択は間違ってない。ただな……長谷川家は常に海外で事業をしている。知らないどころで、多少の不便は覚悟しなきゃならんかもしれないがな」
優太の父は一呼吸置き、口調に少し後ろめたさを滲ませて続けた。
「知世よ、二宮家は君を長年育ててきた。もし君が望むなら、俺はこれからも君の父親であり続けたい。ただ……家族を、妹を恨まないでほしい。お願いだ」
優太の父の鬢の白髪を見つめながら、知世は唇を噛みしめ、伏せたまつげを上げた。口を開こうとしたその時だった。
「海外?……何の話をしているんだ?」
突然の声が、知世の言葉を遮った。