愛されなかった武士の娘が寵愛の国へ転身~王子たちの溺愛が止まらない~ 尽くす側から尽くされる側へ、そして転生は偶然ではなかった? 毎日22:22に更新中!気に入って頂けたら本棚登録してもらえると嬉しいです。
アゼルが去り、庭園に一人になったと思ってすぐに背後から声が聞こえた。「やあ、葵」振り返るとルシアンがいつもの輝くような笑顔で立っていた。その瞳の奥には、どこか悪戯っぽい光が宿っている。アゼル様と私の会話を聞いていたのだろうか。私の隣に座り、私の耳元にそっと唇を寄せ、他の誰にも聞こえないような小さな声で囁いた。「葵が自分からサラリオ兄さんの部屋に行ったって聞いたから、意外と大胆だなって感心していたのに違ったのか」ルシアン様の言葉に私の頬はまたカッと熱くなった。私の困惑した顔を見て、ルシアンはからかうようにさらに続けてくる。「サラリオ兄さんは、部屋に来た葵を見て最初は身構えていたかもよ」「え……。ルシアン様???」顔を真っ赤にして恥ずかしさでいっぱいになっている私を見て、ルシアンは楽しそうに笑っている。(サラリオ様が私の訪問に身構えた……?サラリオ様も、最初アゼル様やルシアン様のように意識していたかもしれないの?話の続きが気になって部屋を訪れたことが、とてつもなく大胆な行動で、勘違いを生むだなんて……。)「ねえ、葵。サラリオ兄さん、今まで以上に葵のこと意識しちゃうんじゃないかな。」
「その、昼間に王立図書館でサラリオ様と話していたのですが、司書の方がいらっしゃって話が途中で中断してしまったんです。どうしても続きが気になってしまって……だから、他の人に聞かれたくない話だと思ったから部屋に行っただけで……」顔を赤くしながらも必死で説明する葵の姿に俺の怒りは少しずつ静まっていった。昼間に中断した話の続き、他の者に聞かれたくない話。理屈は通じる。(葵は、夜に男の部屋を訪れることが他者にどう見られるか、想像もしていなかったかもしれない……。)「そういうことか……。なら、そうと早く言え!」俺は大きくため息をついた。安堵が胸いっぱいに広がる。密会ではなかった。兄さんと、そういう関係ではなかったのだ。しかし、その安堵も束の間だった。彼女の顔はまだ、火がついたように熱い。恥ずかしそうに手で顔を覆っている。(昨夜の出来事を思い出してそんな表情をしているのか……?)その様子を見て俺の胸は再びざわつき始める。まさか俺が知らないところで、もっと深いことが……。想像が膨らみ焦りが込み上げてくる。「おい、葵!……何もなかったんだよな?本当にそれだけ
その日の夜、俺は執務室で書類を捌いていた。だが、どうにも集中できない。昼間、サラリオ兄さんの隣で、目を輝かせながら話を聞く葵の姿、あの笑顔が脳裏に焼き付いて離れないのだ。(ちくしょう、俺だって葵とあんな風に語り合いたい。知識なんてものはキリアンに任せておけばいいと思っていたが、ああいう形で兄さんも葵の隣に立てるなんて……。)武力も知識も兼ね備えた兄さんが少しだけ羨ましかった。集中できないので、今日はこのくらいにして部屋に戻ろうと廊下を歩いていた時だった。長い廊下をひっそりと歩く小さな影が見えた。見慣れたあの後ろ姿…葵だ。(葵の部屋とは逆方向なのにこんな時間に一体どこへ行くんだ。それにこの先にある部屋って……。)俺の胸に嫌な予感がよぎった。葵が向かう先は、まさか……。予感は的中し、葵はサラリオ兄さんの自室の前に立ち小さく扉をノックした。そして、兄さんの穏やかな声が聞こえるとそのまま部屋へと消えていく。俺の血が、一瞬で頭に上った。(夜のこの時間だぞ!?この時間にこっそり男の部屋に行くなんてどういうつもりだ!?」
(ああ、私は何をしているんだ。)葵を部屋の外まで送ってから私は自嘲するように小さく息を吐いた。葵が部屋を出てから、ずっと後悔の念に囚われている。彼女が「この国のことをもっと深く学びたい」と申し出た時、私は驚きと同時に言いようのない喜びを感じた。この国の女性たちは皆、自信に満ち、愛されることを当然と受け止めている。明るく太陽のような存在の女性たちは一緒にいて元気を貰え活気が生まれるが、葵の持つ繊細な配慮や自ら「国のことを学びたい」と申し出た時、生まれて初めて女性に支えてもらっているという感情を頂いた。葵は、ただ愛されるだけの存在ではない。私と共にこの国の未来を創ろうとしている。彼女はこの国をさらに発展させるための「女神」としてこのバギーニャ王国へやってきたのではないかと。私の胸に熱い確信をもたらしたのだ。しかし確信と同時に、私の中の一人の男としての感情が暴走してしまった。彼女の瞳の輝きと、私の手を握った時の温かい感触。それが私の理性を吹き飛ばした。まるで本能に突き動かされるように彼女を胸の中に引き寄せたあの瞬間。彼女が戸惑っているのが分かったのにすぐに手を離せなかった。私の腕の中で優しく髪を撫でた時、彼女がどれほど恥ずかしがっていたか。「ごめん、怖がらせたかな。今日はゆっくり休んでくれ」
いつも私が不安な時や心細い時は、サラリオが私の手に自分の手を重ねてくれていた。まだ彼の国を統治する重責は分かりかねないが国王が不在がちの中、自分の判断で国が動くことの責任感を考えると相当なものだと思った。サラリオがしてくれるように私はサラリオの手を両手で握り胸の前に持っていった。「サラリオ様、教えてくださりありがとうございます。まだ、その言い伝えも私自身がその…女神だなんて信じがたいのですが、でも、私に何か出来ることがあるなら喜んで全うしたいと思っています。」彼の目を見てそう言ってから微笑むと、サラリオは表情を変えずにこちらをじっと見つめてきた。いつしか私もサラリオの顔を見つめることに恥ずかしさや戸惑いがなくなっていた。サラリオは握られていない方の手を私の肩に回し自分の胸の中へと引き込んだ。目の前には男らしく頬張ったサラリオの鎖骨や首があり、熱帯びて温かい温もりを感じていた。「ありがとう。葵の気持ち、とても嬉しいよ。」「サ…サラリオ様?」サラリオの胸の中で髪を優しく撫でられ、恥ずかしさでどうしていいか戸惑っていた。そんな私の気持ちを察したのか、手を止めて身体を引き離す。「ごめん、怖がらせたかな。今日はゆっくり休んでくれ」そう言って急に身体を引き離し、部屋の外まで見送ってくれた。「い…いやではない、嫌だなんて思わなかった…」扉が閉まってから小さく呟いたがサラリオには届いていないだろうと思い自室へと戻った。
サラリオの視線が真っ直ぐに私の目を見つめた。その瞳には私のことを言い伝えの「女神」だと信じているかのような強い光が宿っていた。私の心臓がドキドキと大きく音をたてている。(滝から現れた私、そしてサラリオ様のキスで言葉を理解できた奇跡。そして私が今、この国の知識を渇望していること。すべてがその言い伝えと重なる。私は無関係な異邦人ではないのかもしれない。この国と何らかの深い絆で結ばれているのかもしれない……。)サラリオは、私の動揺を見透かすように優しく手を握りしめた。「葵。私は、君がこの国に現れたことを偶然だとは思わない。君が持つ知識とその優しい心、そして何よりもこの国の未来を共に創ろうとするその強い意思……。それは、まさに伝説の女神そのものだと私は信じている」サラリオの言葉が、真剣な眼差しが、私の心を震わせた。「私の父である国王は、近年体調を崩しがちで国政を私に任せることが増えている。隣国との貿易関係は不安定になりつつあり、国内でも派閥間の対立が深まっている。バギーニャ王国は、まさに「危機」の淵に立たされていると言っても過言ではない。そんな時に、予言に導かれるように葵が現れた。葵の私や弟たち、この国の女性たち、そして幼いレオンとリオにさえ向けるあの分け隔てない優しい眼差しは、人々に活気をもたらし笑顔を増やすと信じられている「愛」そのものだと思った。この国をさらに発展させるための「女神」としてこのバギーニャ王国へやってきたのではないか、とそう思っている。」まだ言い伝えもその女神が私かもしれないということも信じられないけれど、なぜかサラリオが口にすると、「もしかしたらそうかもしれない」という感覚が芽生えてくる。私の存在がこの国の歴史と深く結びついている可能性。私を縛っていた過去のしがらみを打ち破り、新たな使命へと私を導いているようだった。私はサラリオの言葉に背中を押されるように、この国の未来を、そして私自身の未来を、彼の隣で切り拓いていきたいと強く願った。このバギーニャ王国が秘める歴史と未来への希望が、今、私の心の中で確かな形を帯び始めていた。