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夕暮れが君の瞳に映る

夕暮れが君の瞳に映る

By:  道中Completed
Language: Japanese
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【父さん、海外への移住と政略結婚、同意する。急いで、じゃないと、気が変わるかもしれない】 父からすぐに返信が来た。【いい子だ、一ヶ月以内に全部手配する】 須藤野々花(すどう ののか)はそっと涙を拭き、スマホを閉じた。 1時間前、彼女はまだ前川結城(まえかわ ゆうき)にキスされ、思わず声を漏らしていた。 そのとき、結城のスマホが鳴り、彼はジョージア語で相手と会話を始めた。 「こんな時に電話かよ!」 相手の声は軽く笑っていた。「何だよ、今イイところか?その子、ちょっと美都に似てない?」 結城は野々花の美しい顔を撫でながら、気だるげに答えた。「七割ぐらい、かな。もういい、切るぞ」 相手は慌てて引き止めた。「待った!美都、明日帰国だってさ。芸能界で再スタートする気らしい。今のうちに教えてやる俺って、マジでいいヤツだろ?初恋の人が帰るから、替え玉は、もう要らなくなるんじゃね?」 結城は冷ややかに吐き捨てた。「金で解決できないことなんてない」 座席にもたれかかった野々花は、顔を伏せたまま、涙をこぼした。 結城が、彼女がジョージア語を理解できるとは思っていなかったのだ。 三年もの真心を捧げ続けたのに、彼の目には、自分はただの使い捨ての女にすぎなかった。

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Chapter 1

第1話

【父さん、海外への移住と政略結婚、同意する。急いで、じゃないと、気が変わるかもしれない】

父からすぐに返信が来た。【いい子だ、一ヶ月以内に全部手配する】

須藤野々花(すどう ののか)はそっと涙を拭き、スマホを閉じた。

1時間前、彼女はまだ前川結城(まえかわ ゆうき)にキスされ、思わず声を漏らしていた。

ベントレーの車内は防音パネルが降りており、運転手には後部座席の様子は聞こえない。

結城が野々花の唇をこじ開ける。

野々花は彼を心の底から愛していた。すべてを捧げる覚悟で、どうしようもないほどに。

付き合って3年、場所を問わず愛し合ってきた。車の中なんて日常茶飯事だ。

そんなとき、結城のスマホが鳴った。

突然の邪魔に彼の顔が曇ったが、表示された名前を見ると、しぶしぶ通話に出た。

野々花はチラリと見た。画面に表示されたのは外国語の名前だった。

ジョージア語はかなりマイナーな言語で、国内で理解できる人は少ない。

結城は苛立ったように低く呟いた。「こんな時にかけてくんなよ」

相手が笑った。「なに?今イイところか?」

結城は野々花の細い腰をつかみ合図しながら、淡々と冷ややかに言った。「察してるなら、さっさと本題を話せ」

相手が興味津々に言った。「その子、美都にちょっと似てない?」

結城は野々花の美しい顔を撫でながら、気だるげに答えた。「七割ぐらい、かな」

相手が軽く罵るように笑った。「ははっ、マジでお前やばいな。その子のどこがいいんだよ?」

結城は野々花の首筋にキスを落としながら答えた。「素直で、おとなしい子犬みたいなもんだ。目が澄んでて、ちょっとおバカ。清潔感がある」

相手の息遣いが荒くなった。結城は不快そうに眉をひそめた。「やめろよ、変態か。さっさと話さないと切るぞ」

慌てて相手が言った。「美都、明日の便で帰国するって」

結城の手が止まり、呼吸が一気に重くなる。「本当か?」

「本人は秘密にしてるけど、俺だけにはこっそり教えてくれた。初恋の人が帰るから、替え玉は、もう要らなくなるんじゃね?」

結城は冷たく言い放った。「金で解決できないことなんてない」

そう言い終えると、彼はスマホを放り投げ、再び野々花に集中した。

野々花の顔は、シートに押し付けられたまま、床に落ちたスマホが、まだ通話中なのを見ていた。

結城は、彼女がジョージア語を理解しているとは思っていなかった。

けれど、彼女の家はジョージアにビジネスを持っており、彼女自身、5年以上も勉強していた。よく分かるのだ。

涙がどっと溢れ、髪に逆流していく。

三年の真心は、彼にとっては犬のような存在にすぎなかったのか。

太陽はやさしく降り注いでいた。

まるで夏が早く訪れたかのようだった。

西洋風の三階建て高級邸宅が、朝の光を浴びて静かに佇んでいる。

結城が階段をゆっくりと降りてくる。高級オーダーメイドのシャツのダイヤのカフスを留めながら、その所作は優雅で余裕に満ちていた。

彼は世界トップ企業である結城グループの次男坊で、いくつかのエンタメメディア系子会社を束ねる経営者だ。

すらりとした長身、冷たく気怠い雰囲気、成功者特有の距離感が漂っていた。

三年前、彼女がまだ大学一年生だった頃、彼をひと目見て、もう二度と目が離せなくなった。

彼もまた、雑踏の中で彼女を見つけ、目を輝かせてアプローチを始めた。三ヶ月、彼女は迷いながらも彼を受け入れた。

それ以来、彼女の心も目もすべて彼に向けられ、自分自身を見失ってしまった。

でも……

野々花は無表情で顔を背けた。

結城は彼女の変化に気づかず、顔を両手で包み込みながら強くキスをした。「これから会社で会議だ。いい子で家で待ってろ。甘いもの、買って帰るから」

そう言い残して、彼はさっさと出ていった。

その背中には、わずかな焦りさえ感じられた。

野々花は、虚ろに笑った。そして、部屋中の荷物の整理を始めた。

ペアのコップ、歯磨き用のカップ、キーホルダー、マフラー、Tシャツ、ぬいぐるみ……「愛」の証として存在していたすべてを、ゴミ箱へ放り込んでいく。

普段は広い家の中で気づかなかったが、集めると驚くほど多かった。汗だくになりながら片付けた。

ゴミ箱に一箱分を捨てて戻ってくると、リビングのテレビでは、国際的なスターである堀内美都(ほりうち みと)の帰国ニュースが流れていた。

空港のロビーはファンで埋め尽くされ、叫び声と歓声が飛び交っている。

大きなウェーブをかけた髪、スラリとしたスタイル、完璧すぎる美貌。美都はカメラに向かって微笑み、手を振るだけで、ファンがまた歓声を上げた。

カメラがパンして映った一瞬、空港ロビーの隅に、見覚えのあるシルエットを野々花は見つけた。

ピンポンピンポン

パソコンからLineの通知音が鳴った。

結城はパソコンの電源を落とさずに出かけた。Lineもログインしたまま。野々花は静かに近づき、画面をクリックした。
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第1話
【父さん、海外への移住と政略結婚、同意する。急いで、じゃないと、気が変わるかもしれない】父からすぐに返信が来た。【いい子だ、一ヶ月以内に全部手配する】須藤野々花(すどう ののか)はそっと涙を拭き、スマホを閉じた。1時間前、彼女はまだ前川結城(まえかわ ゆうき)にキスされ、思わず声を漏らしていた。ベントレーの車内は防音パネルが降りており、運転手には後部座席の様子は聞こえない。結城が野々花の唇をこじ開ける。野々花は彼を心の底から愛していた。すべてを捧げる覚悟で、どうしようもないほどに。付き合って3年、場所を問わず愛し合ってきた。車の中なんて日常茶飯事だ。そんなとき、結城のスマホが鳴った。突然の邪魔に彼の顔が曇ったが、表示された名前を見ると、しぶしぶ通話に出た。野々花はチラリと見た。画面に表示されたのは外国語の名前だった。ジョージア語はかなりマイナーな言語で、国内で理解できる人は少ない。結城は苛立ったように低く呟いた。「こんな時にかけてくんなよ」相手が笑った。「なに?今イイところか?」結城は野々花の細い腰をつかみ合図しながら、淡々と冷ややかに言った。「察してるなら、さっさと本題を話せ」相手が興味津々に言った。「その子、美都にちょっと似てない?」結城は野々花の美しい顔を撫でながら、気だるげに答えた。「七割ぐらい、かな」相手が軽く罵るように笑った。「ははっ、マジでお前やばいな。その子のどこがいいんだよ?」結城は野々花の首筋にキスを落としながら答えた。「素直で、おとなしい子犬みたいなもんだ。目が澄んでて、ちょっとおバカ。清潔感がある」相手の息遣いが荒くなった。結城は不快そうに眉をひそめた。「やめろよ、変態か。さっさと話さないと切るぞ」慌てて相手が言った。「美都、明日の便で帰国するって」結城の手が止まり、呼吸が一気に重くなる。「本当か?」「本人は秘密にしてるけど、俺だけにはこっそり教えてくれた。初恋の人が帰るから、替え玉は、もう要らなくなるんじゃね?」結城は冷たく言い放った。「金で解決できないことなんてない」そう言い終えると、彼はスマホを放り投げ、再び野々花に集中した。野々花の顔は、シートに押し付けられたまま、床に落ちたスマホが、まだ通話中なのを見ていた。結城は、彼女がジョージ
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第2話
美都ちゃん【結城くん、どこにいるの?全然見当たらないんだけど】結城【車に戻ったよ。君のファンが多すぎて、顔を出せる状況じゃなかった】美都ちゃん【じゃあ、ホテルで会おう】結城はOKのスタンプを送ってきた。美都ちゃん【五年ぶりだね、会えるの楽しみにしてるよ】野々花は鼻で笑い、黙々と荷物を片付け続けた。結城が戻ってきたのは、そう遅い時間ではなかった。酒が入っていたのか、いつもは冷たく淡々としたその目元に、微かに笑みの痕跡が残っていた。手には真紅のバラの花束を抱えて、低く艶のある声で言った。「ただいま」野々花はソファで丸くなりながら、中古サイトに品物の写真をアップしていた。高価な物は売って、寄付するつもりだった。彼の声を聞いて、パソコンを閉じ、顔を上げる。結城は花を彼女の胸に押し込み、そのまま花ごと彼女を抱きしめて、唇に軽くキスした。「どうしたの?俺のこと、恋しくなった?」野々花は黙って唇を引き結び、うつむいてバラの香りを嗅いだ。結城は花束を包んでいた紙の中から、手品のように細長い箱を取り出し、開けた。その優しい瞳が、今は彼女に向けられていて、どこか色気すら感じさせる。箱の中には、彼女が目を留めていたダイヤのネックレス。その価値は6千万円以上。数日前、一緒にショップを訪れた際に、ほんの少し眺めただけだったのに、彼は今日、それを買ってきたのだった。ネックレスをじっと見つめる野々花に、彼は頬にキスしながら、「嬉しすぎて固まってる?つけてあげるよ」野々花は白くて細い手でネックレスを撫で、「バラにダイヤって、プロポーズかと思った」と、静かに言った。結城の手が止まり、彼女を横目で見た。声の調子が少し冷たくなっていた。「プロポーズの時は、もっといいものを用意するよ」野々花は皮肉な笑みを浮かべた。「それはいつ?」結城の表情から笑みは消え、その目には冷たさが宿っていた。彼女は目を逸らし、ネックレスを外そうとした。結城は彼女の手をつかみ、唇を重ね、そのままソファに押し倒した。彼女の体は一瞬でこわばり、顔を背けてキスを避け、彼の手を押さえた。「今日は無理」結城は冷たく強引に言った。「そんな駆け引きはやめろ。生理は終わったばかりだろう」そう言って、彼女の手を掴んだ。野々花の心は一瞬でざ
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第3話
結城は、野々花が椅子に乗って何かを取ろうとしているのを見て、足早に近づいてきた。眉をひそめながら言う。「そんな高いところに立って、何してるんだ?」野々花はふわりと微笑んだ。「どうして帰ってきたの?」結城は彼女を椅子から抱き下ろし、その唇にキスを落とした。「バカだな。今日が何の日か、忘れたのか?」その一言に、野々花の胸がきゅっと締めつけられ、目元がじんわりと赤く染まっていく。結城は彼女の顔を両手で包み、瞳に口づける。「もう寂しくないよ。ちゃんと覚えてたから、な?」野々花は長い睫毛を伏せ、彼を押し返そうとした。けれど彼は、彼女をぐっと抱き寄せ、くすっと笑う。「プレゼントがないと思ってるんだろ?行こう、君のプレゼントを見せてあげる」彼は彼女の手を引いて、屋敷の扉へと向かった。扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、中庭に停められた真っ赤なフェラーリ。価格はなんと二億円以上だ。若い彼女にはぴったりの車だ。彼は鍵を彼女の手にそっと乗せ、愛しげな声で囁く。「君への誕生日プレゼント。気に入った?」野々花はにっこり笑った。「うん、気に入った」これは、別れの手切れ金か?そう思った瞬間、結城は彼女の耳にキスを落とし、薄手の服越しに、彼女の体に触れてくる。彼の呼吸はだんだんと荒くなり、彼女を抱き上げると、そのまま屋内へ運んでいった。野々花は眉をひそめ、どうやって断ろうかと考えていた。その時、彼のスマートフォンが鳴った。彼女は心の中で苦笑が漏れる。言い訳を考える必要もない。毎回こうやってタイミングよく電話が鳴るのだ。結城は彼女をおろすと、優しく髪を撫でて言った。「ドレスに着替えて。ちょっと連れて行きたい場所がある」彼女は救われたような気持ちで、足早に階段を上った。背後から、電話に出る彼の声が聞こえてくる。「もしもし、みと……」野々花は自室に戻ると、ロイヤルブルーのシルクのドレスに着替えた。膝下まである丈で、胸元はほんの少し谷間が覗く程度だ。背中は大きく開いていたが、彼女の長くて黒い髪がそれをうまく隠していた。彼女は軽くメイクをし、パールのピアスを耳に飾って階下へ行った。結城はまだ電話中だったが、彼女が階段を下りてくると、視線がぴたりと止まった。ロイヤルブルーは肌の色を選ぶ。だが、野々花の肌は
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第4話
三年間、結城は彼女を一度も自分の両親や親戚、友人たちに紹介したことがなかった。「芸能人との付き合いが多いから、芸能界の人間と変わらない。公にできないんだ」と彼はそう言っていた。彼女が一度、「家族に紹介したい」と言った時も、「タイミングがまだだ」とはぐらかされた。それなのに、今日はどういうこと?タイミングが来たってこと?野々花は戸惑いながらも、結城に腕を引かれてパーティーホールへと入っていった。音楽が鳴り響き、照明がまばゆく輝く。天井からはバラの花びらがひらひらと舞い落ちる。タキシード姿のスタッフたちが、一人の背丈ほどもあるバースデーケーキを押して現れた。「ケーキを切って」賑やかな声に押されるように、彼女の手にはナイフが握らされる。結城は彼女の腰に腕を回し、手を添えて小さな声でささやいた。「一緒に切ろう」ふたりでケーキにナイフを入れようとした、その時だった。「遅れちゃったかしら?」入り口にすらりとしたシルエットが現れた。結城の手がぴたりと止まり、瞳が鋭く揺れる。野々花が顔を上げると、現れたのは美都だ。彼女は明るく輝き、まばゆいばかりの美しさを放っていた。場内の空気が一瞬凍りついた。事情を知る者たちの笑みが硬くなった。知らない者は一瞬たじろいでから、再び沸き立った。「美都だ!」「ほんとに?インターナショナルスターの?」たちまち彼女の周囲には人だかりができ、写真、サイン、ツーショット……記者やメディア関係者はすぐに機器を取り出し、インタビューを始める。あっという間に、美都が場の主役となった。「堀内さん、どうしてここに?」ある記者が聞いた。「前川社長とお知り合いですか?」「前川社長とは長年の友人です。彼が彼女の誕生日を祝っていると聞いて、少しだけ顔を出したくなって」記者の一人が質問する。「美都さんのSNSに、謎の男性と一緒の写真が載ってましたが、恋人関係ですか?」美都は前方にいる結城を見つめた。「いいえ、ただの仲の良い古い友人です」別の記者が茶化すように聞いた。「古い友人と恋愛したり、結婚することもあるんじゃないですか?」美都はじっと結城を見据えながら、一語一語、区切って言った。「しません」その瞬間、結城の腕に力が入り、野々花を抱く手がぐっと強くなる。目元は冷たく、顔から
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第5話
結城はもうじっとしていられず、突然立ち上がって酒をひったくり、冷たい顔で言った。「医者の言葉を忘れたのか、それでも飲むのか!」彼の声はあまりに厳しく、周囲は一瞬で静まり返り、全員がそちらに注目した。美都はほろ酔い気味で、笑顔が一層魅力的になった。「結城くん、相変わらず気を遣ってくれてるのね。安心して、私にはわかってるから」酔っぱらった監督が笑いながら言った。「前川社長は本当に君に夢中なんだ。昔、君がキスシーンを撮るだけで、彼はセットで大騒ぎしてたんだぞ」酔いが回った兄弟分も笑って言った。「そうそう、結城は一途な人で、一度好きになったらずっと惚れ込むんで、変わらないってやつさ」美都は慌てて釈明した。「変なこと言わないでよ、私の胃がすごく悪いの。彼は胃出血が再発しないか心配してるだけ」結城は無意識に野々花のほうをちらりと見て、周囲の好奇な視線も感じ取り、美都の手を引いて外へ出た。「外で話そう」野々花の胸の内は複雑だった。結城は彼女より五歳年上で、いつも落ち着きがあり、冷静で気高い。何が起きても動じない男だった。まさか、こんなに感情を露わにする日が来るとは、しかも公の場で。彼女はみんながこっそり自分を変な目で見ているような気がして、居心地が悪かった。野々花は席を立ち、テラスへ向かった。風が少し冷たい。灯りはなかった。ホールの明かりがぼんやりと漏れている。隅の椅子に座ると、ふと目を上げたところで結城と美都が花壇のそばで激しく言い争っているのが見えた。最後に結城は怒って背を向けて去った。美都は手を伸ばして彼を引き止めようとした。彼は激しく手を振りほどき、美都はハイヒールでバランスを崩し、足をひねって花壇に倒れ込んだ。結城は物音を聞いて慌てて駆け寄り、彼女を抱き起こした。かなりひどく足を痛めたらしい。結城は美都を抱えて赤いフェラーリまで走り、助手席に彼女を乗せると、車を走らせて去った。花壇のそばに銀色のハイヒールが一足落ちていた。主役たちが現場を離れると、宴会ホールの人々も次々と帰っていった。野々花は宴会ホールに戻ると、人もなくなった。後片付けをする給仕たちは彼女を見ると、同情と好奇心が混じった目を向けた。野々花は白いハイヒールで散った赤いバラの花びらを踏みしめながら、ゆっく
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第6話
彼女はハイヒールを脱ぎ、バッグを放り投げ、次々と写真立てを取り外し始めた。中の写真を取り出して燃やし、写真立てはゴミ箱へ。思ったより、写真の数は多かった。リビング、廊下、寝室、書斎、ジム、ウォークインクローゼットの壁や棚、テーブルの上まで……電話が鳴った。野々花が画面を見ると、父親だった。通話に出ると同時に、父の怒鳴り声が響いた。「野々花、ネットで何が起きてるんだ?なんで今こんなスキャンダルが出回ってるんだ」野々花はカーペットに座り込んで、疲れた声で言った。「お父さん……」鼻の奥がツンとし、喉が詰まる。父の声が一気に優しくなった。「いい子、泣くな泣くな。父さんがついてる!うちはそんなに甘く見られる家じゃないぞ。ネットの件は父さんに任せろ、絶対にあの連中をただじゃ済まさない」家族の優しさに、野々花の強がりは一瞬で崩れ、口を押さえて、今夜溜め込んだ悔しさが嗚咽となって溢れ出た。父はため息をつきながら言った。「今さら泣いても遅いが、結城ってクソ野郎とあの女を懲らしめてやる」野々花は涙をぬぐい、「いいの、自分がバカだっただけ。自業自得よ。もう移民するって決めたし、これで終わりにする」と言った。父は情けなさと心配が入り混じった声で言った。「お前なぁ……」叱りたくても叱れず、ただ痛ましげにため息をつくしかなかった。野々花は移民手続きの進捗を確認してから電話を切り、シャワーを浴びてそのまま寝た。結城は、一晩中帰ってこなかった。電話も、メッセージもなし。朝目覚めると、日はもう高く昇っていた。野々花はまずスマホを手に取ると、自分の写真と動画が全て跡形もなく消えていた。朝食を食べていると、結城が戻ってきた。昨日と同じ服を着て、髪は乱れ、目は充血し、無精髭がうっすらと伸びていた。一晩中眠っていないのが明らかだった。彼は野々花の向かいに座り、低い声で問い詰めた。「ネットの件、弁護士通じて訴訟起こしたのか?」野々花はナプキンで唇を拭き、彼の目をまっすぐ見て言った。「ええ、自分の権利は自分で守らないと」結城はビジネスライクな口調で言った。「会社は美都と契約した。彼女は帰国したばかりで、話題作りが必要だ。君に10億円払うから、訴訟を取り下げてくれ。写真や動画の使用も許可してほしい」野々花の唇に
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第7話
結城は電話を切ると、野々花の頬にキスをして急かした。「弁護士に電話して、訴えを取り下げてくれ」野々花は冷たい声で言った。「取り下げない」結城の顔色が一瞬で暗くなり、立ち上がって彼女を見下ろした。「いい加減にしろ、うちの会社に損害が出てるんだ。君に何の得がある?」野々花は変わらず落ち着いた口調で答えた。「あなたのチームも、あの記者やインフルエンサーたちも、プライバシー権や肖像権って知ってるはずよね?それでも知ってて違法行為をした。どうして?私が被害に遭ってるのに、あなたは加害者を責めるどころか、私に取引を持ちかけてくる。なぜ?」結城は冷たい眼差しで彼女を見つめ、失望の色を滲ませた。「君、まるで別人だな。嫉妬って人をこんなにも変えるのか」そう言って、椅子を勢いよく押しのけ、階段を上っていった。椅子が床を引きずる音が響き渡り、彼の怒りを物語っていた。美都のことになると、彼はいつも冷静さを失う。野々花は目を伏せ、静かにお粥を飲み続けた。しばらくして、結城は二階から降りてきた。服を着替え、髪が濡れていた。シャワーを浴びたばかりなのだろう。彼はダイニングの入口で足を止め、野々花の方を振り返った。「4億円は送金する。迷惑をかけて、申し訳なかった」言葉遣いは紳士的だった。だが野々花は、彼の態度に込められた冷たさと距離を感じ取った。けれど、もう気にならなかった。中古サイトの注文がまた増えたので、彼女は次々と商品を梱包して発送した。その後七日間、結城は一度も帰ってこず、連絡もなかった。ある夜中、突然スマートフォンが鳴った。野々花は目を覚まし、画面を確認すると、結城だった。彼女は眉をひそめながら通話ボタンを押す。結城の声はろれつが回らず、酔っている様子だった。「野々花……迎えに、来てくれ……家、帰りたい……」バックには大音量の音楽が流れていた。「どこにいるの?」「ピ……ロポクラブの、八十八号室……」「わかった」野々花はすぐに起き上がり、適当にジーンズと白いTシャツを着た。少し迷ってから、黒のキラキラしたピアスを耳につけ、下へ降りた。車庫に出ると、赤いフェラーリが一番外側に停まっていた。まだ名義変更しておらず、自分の車ではないため売っていなかったが、野々花は運転席のドアを開け
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第8話
野々花は慌てて身をかわそうとしたが、もう遅かった。ほのかに甘い香りがふわっと鼻先をかすめ、思わず数口吸い込んでしまう。健太がドアを塞いでおり、彼女は部屋の奥へと後退するしかなかった。警戒心を露わにして言う。「何をするつもり?」健太はにやりと笑い、「決まってるだろ」と答えると、再び「シューッ」と何度も彼女に向かってスプレーを吹きかけた。野々花の体は急に火照り出し、心臓が早鐘のように打ち、足元がふらつき、ディスコボールの灯りが目にチカチカと映り込んでクラクラする。やっぱりあれは、あの卑劣な薬だった!クラブの個室は、防音性とプライバシーが何より重視されている。防音ドア一枚、窓もない。さらに外からは音楽が鳴り響いていて、彼女がどれだけ声を張り上げても誰にも届かない。健太はどうやら事前に解毒剤を飲んでいたようで、数歩で距離を詰めてくると、彼女を抱きしめていきなり唇を奪ってきた。「ようやく俺のものになったな」野々花は驚愕と怒りで必死に抵抗した。「放してよ!これは完全に犯罪よ!」健太は彼女の腕を掴み、力任せにソファ席へと叩きつけ、まるで飢えた獣のようにのしかかってきた。野々花は恐怖に駆られ、反射的に蹴り上げようとするが、健太は彼女の動きを読んでいたようで、体をぐっと前に倒し、彼女の動きを完全に封じた。彼の手は彼女の体を乱暴に押さえつけ、噛みつくように言った。「犯罪?ここには俺たちしかいない。カメラもない。酔ったお前が自分から誘ってきて、後で後悔して言いがかりをつけてるだけだって言えば、裁判官はどっちを信じると思う?結局、なにもなかったことにされるさ」野々花は絶望に打ちひしがれ、弱々しくもがきながら叫んだ。「結城があなたを許すはずない」健太は彼女を押さえつけながら、ジーンズのボタンに手をかけ、狂気のように嗤った。「バカだな。結城が、お前を俺にくれたんだよ?あいつがお前をここに呼んだんじゃねぇか。今ごろ隣の部屋で美都と楽しくやってるさ」その言葉を聞いた野々花は、頭を殴られたような衝撃を受け、胸の奥から痛みがこみ上げ、涙が止まらなかった。健太はジッパーを下ろし、彼女のジーンズを脱がせようと手を伸ばす。「今日は俺のすごさを教えてやるぜ、結城よりも強いんだ!美都は海外に6年もいたから遊び慣れてる。結城はきっと後でお
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第9話
彼女は健太を押し退けようと手を伸ばした。野々花の目には涙が滲み、頬は赤く染まり、身体はもう自分の意志では制御できなくなっていた。喉の奥から声が漏れ出す。ダメ!こんな運命なんて、受け入れられない!彼女は思いきり舌先を噛みしめ、その痛みによってわずかに意識を取り戻すと、膝を勢いよく持ち上げ、健太の鼻を思いきり突いた。健太はカーペットの上に片膝をつきながら、彼女のスリムジーンズを脱がそうとしていたが、まさか反撃されるとは思っておらず、鼻を直撃されてしまった。「うっ」彼は悲鳴をあげて、野々花の手を無意識に離し、地面に座り込んで鼻を押さえる。野々花はすかさず立ち上がり、再び舌先を強く噛んで意識を保ち、健太の股間めがけて全力で蹴りを放った。「ぐぅううっ!」健太は苦しげに叫びながら地面にうずくまり、転がり回った。そのとき、彼のズボンのポケットからスプレー缶が顔を出しているのが目に入った。野々花は迷わずそれを取り出し、息を止めて彼の顔にシュッと連続で噴射し、そのまま這うようにして扉の方へ走った。個室のドアを開けると、冷たい風が吹き込んできて、彼女の意識はさらに鮮明になった。野々花はTシャツでスプレー缶についた指紋を素早く拭き取り、部屋の中に投げ入れて扉を閉め、そのまま走り出す。けれど、彼女は足が震えて、壁を支えにしても思うように走れない。身体の中がまるで火に炙られているように熱くて、頭の中にあるのはただ一つ、男を探さなきゃ!このままじゃ絶対におかしくなる。服を脱いで、公衆の面前で醜態を晒すか、どこかの男に拾われてしまうか。警察に通報?こんな高級クラブには裏に必ず黒い繋がりがある。通報したって、向こうが先に気づいて揉み消されるだけだ。友達に助けを?間に合わない!どうすれば……?どうすればいいのよ!「カチャッ」という音とともに、どこかのドアが開いた。野々花は振り返る。八十八号室の隣の個室のドアが開いたのだ。ゾクッと背筋が凍る。もし結城に見つかったら、また健太の元に戻されてしまう。彼女の心は焦りに焦っていた。一番いいのは、人のいない個室に隠れて、水で身体を冷やして、何とか耐えきること。彼女はすぐそばの個室のドアを押してみた。開いた。もう何も考えず、野々花は素早く中に飛び込んでド
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第10話
男は突然かがみ込んで彼女を抱き上げ、ソファのボックス席へと乱暴に投げ、片手で彼女のズボンを引き下ろした。野々花は今回は何の抵抗もせず、素直に身を任せた。男はまるで獲物を追う豹のように、野性と力強さを兼ね備えていた。どれほどの時間が経ったのか分からない。ようやく野々花は意識を取り戻し、全身の力が抜けるほどに疲れ切っていた。だがこの場所はあまりにも危険だ。誰かに見つかるのも時間の問題だ。彼女は這うようにして、部屋のあちこちに散らばった服や靴を集め、震える手で着直した。男の髪は汗で濡れ、その鍛え上げられた体には無数の汗が光を反射して、宝石のように輝いていた。つい、野々花は何度もその姿に目を奪われてしまった。彼女はスマホを手に取り、報酬として彼に送金しようとした。しかし、すぐに思い直す。こんな状況で何か証拠を残すのは危険すぎる。考えた末、腕時計を外して、男の腹筋の上にそっと置いた。「この時計、1億円以上よ。報酬として、受け取って」男の顔が一瞬で険しくなり、腕時計をつかんで体を起こし、じっと彼女を見据えた。その視線に怯えた野々花は、これ以上値をつり上げられたらたまらないとばかりに慌てて逃げ出した。一晩で1億円十分すぎるでしょう!結城たちに見つかるのを避けるため、彼女はフロントを通らず、非常階段を使って外へ出た。ピロポクラブを出ると、すでに空は白み始めていた。車は往来し、人々はすでに一日の生活を始めていた。野々花は深呼吸し、階段を降りて駐車場へと向かう。「野々花」背後から結城の声が聞こえた。野々花の体がピクリと硬直し、ゆっくりと振り返ると、怒りに満ちた表情の結城がピロポクラブから出てくるのが見えた。その隣には、美都が結城の腕に絡みつきながら、優雅な足取りで歩いてきた。首にはスカーフを巻き、疲れたような表情ながらも、丁寧に微笑んで挨拶する。「須藤さん、おはよう。また会ったね」結城の瞳には冷たさが宿っていた。昨夜、彼は泥酔して記憶を失い、野々花に電話をかけたことすら覚えていなかった。彼は冷たい声で問いただす。「なんでここにいる?」野々花は怒りをこらえながら皮肉めいた笑みを浮かべる。「じゃあ、どこにいるべきだったの?」黒沢のベッドの上かしら?目的が果たせなかったことに、怒ってるの?
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