王子様系御曹司の独占欲に火をつけてしまったようです

王子様系御曹司の独占欲に火をつけてしまったようです

last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-25
Oleh:  灰猫さんきちBaru saja diperbarui
Bahasa: Japanese
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結婚記念日に夫の裏切りを知った、インテリアデザイナーの夏帆。 絶望の夜、見知らぬ男性と一夜を共にする過ちを犯してしまう。 後悔に苛まれる彼女の前に、新しいクライアントとして現れたのは、あの夜の彼――大ホテルグループの御曹司、黒瀬湊だった。 「僕から逃げられると、思わないでください」 穏やかな笑顔の裏に底知れない執着を隠した彼に、仕事もプライベートもすべてを絡め取られていく。 これは罰か、それとも――。 傷ついた心が再び愛を知るまでの、甘く危険なシンデレラストーリー。

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01:3年目の結婚記念日

 とろりとした黄金色のシロップが、こんがりと焼けたフレンチトーストの上を滑り落ちていく。

 湯気の向こう、夫の圭介(けいすけ)はスマホの画面に釘付けだった。

 今日は結婚3年目の記念日になる。

 私こと相沢夏帆(あいざわ・かほ)は、いつもより少しだけ早く起きて、夫の好物を用意していた。

 それなのに、ダイニングテーブルに漂う空気はひどく冷めている。

「圭介、できたよ」

「ん、サンキュ」

 彼は画面から一瞬たりとも目を離さない。

 圭介の指は大切なものに触れるみたいに、なめらかに液晶の上を滑っていく。

 その仕草が、私の胸をちくりと刺した。

「今夜、楽しみだね。予約したレストラン、人気のお店だから」

「あぁ、そうだな」

 気のない返事。

 スマホの画面を見つめていた彼の口元が、ふ、と緩んだ。

 私にはもう、ずっと向けられていない種類の笑みだった。

(いつからだろう)

 圭介が、私を見て笑ってくれなくなったのは。3年は夫婦の時間を冷ますのに、十分な期間だった。

 スマホの画面の向こうには、一体誰がいるんだろう。

 問い詰める勇気なんて、今の私にはなかった。

「――というわけで、このコンペはうちが勝ち取りました!」

 所長の弾んだ声が、事務所に響く。同僚たちの間から、わっと歓声が上がった。

 この事務所は「Atelier Bloom」という名前で、インテリアデザインを手掛けている。

 私は所属するデザイナー、兼、コーディネーターだ。

「やりましたね、夏帆(かほ)さん!」

 同僚の一人が満面の笑みで手を差し出してくる。私はその手を取って、握手をした。

 私も、もちろん嬉しかった。

 この数ヶ月、必死で取り組んできた大型案件だったから。

 でも心のどこかが、素直に喜ぶことを拒んでいた。

 その少し前、デスクの上で震えたスマホに表示されたのは、圭介からの短いメッセージ。

『ごめん、急な仕事が入った。今夜のディナー、キャンセルで』

(仕事なら、仕方ないよね……)

 たったそれだけ。

 記念日だっていうのに、私の名前すら呼ぼうとしない。

 胸の奥が、ずきりと痛む。大丈夫。大丈夫よ。

 自分に何度も言い聞かせながら、キーボードを叩く手に力を込めた。

 コンペの件で興奮する同僚たちの声が、今はどこか遠かった。

 仕事を終えて、事務所を出る。

 街はきらきらと輝いていて、幸せそうな人たちで溢れている。

 それが、ひどく疎ましかった。

 冬の寒さはまだまだ続く。町行く人々はコートを着込んで、白い息を吐いている。

 気づけば、私の足は予約していたレストランへと向かっていた。

 馬鹿みたいだとは分かってる。

 でも、万が一。

 ほんの万が一でも、彼がサプライズで――あるいは「仕事」にきりをつけて、来てくれているかもしれない。

 そんな最後の望みにすがりたかった。

 レストランまであと少し。

 その時、通りの向こう側に見慣れた後ろ姿を見つけた。

 圭介だ。

 心臓がドクンと大きく跳ねる。

 やっぱり来てくれたんだ!

 駆け寄ろうとして、私はその場で凍り付いた。

 彼の隣には、知らない女がいた。かなり若い。まだ20歳そこそこだろう。

 華奢な肩を抱き寄せられ、圭介の顔を見上げている。

 二人は楽しそうに笑い合って――そして、唇を重ねた。実に自然で手慣れた動作だった。

(あの人は誰? いつからこんなことに……?)

 時間が止まったみたいだった。

 頭が真っ白になって、何も考えられない。

 ただ目の前の光景だけが、スローモーションのように焼き付いていく。

 建物の陰に隠れて、その場に座り込みそうになるのを必死でこらえた。

 全身の血の気が、さーっと引いていく。

 心臓が、氷の塊になったみたいに冷たかった。

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01:3年目の結婚記念日
 とろりとした黄金色のシロップが、こんがりと焼けたフレンチトーストの上を滑り落ちていく。  湯気の向こう、夫の圭介(けいすけ)はスマホの画面に釘付けだった。 今日は結婚3年目の記念日になる。  私こと相沢夏帆(あいざわ・かほ)は、いつもより少しだけ早く起きて、夫の好物を用意していた。  それなのに、ダイニングテーブルに漂う空気はひどく冷めている。「圭介、できたよ」「ん、サンキュ」 彼は画面から一瞬たりとも目を離さない。  圭介の指は大切なものに触れるみたいに、なめらかに液晶の上を滑っていく。  その仕草が、私の胸をちくりと刺した。「今夜、楽しみだね。予約したレストラン、人気のお店だから」「あぁ、そうだな」 気のない返事。  スマホの画面を見つめていた彼の口元が、ふ、と緩んだ。  私にはもう、ずっと向けられていない種類の笑みだった。(いつからだろう) 圭介が、私を見て笑ってくれなくなったのは。3年は夫婦の時間を冷ますのに、十分な期間だった。  スマホの画面の向こうには、一体誰がいるんだろう。  問い詰める勇気なんて、今の私にはなかった。 ◇ 「――というわけで、このコンペはうちが勝ち取りました!」 所長の弾んだ声が、事務所に響く。同僚たちの間から、わっと歓声が上がった。  この事務所は「Atelier Bloom」という名前で、インテリアデザインを手掛けている。  私は所属するデザイナー、兼、コーディネーターだ。「やりましたね、夏帆(かほ)さん!」 同僚の一人が満面の笑みで手を差し出してくる。私はその手を取って、握手をした。 私も、もちろん嬉しかった。  この数ヶ月、必死で取り組んできた大型案件だったから。  でも心のどこかが、素直に喜ぶことを拒んでいた。 その少し前、デスクの上で震えたスマホに表示されたのは、圭介からの短いメッセージ。『ごめん、急な仕事が入った。今夜のディナー、キャンセルで』(仕事なら、仕方ないよね……) たったそれだけ。  記念日だっていうのに、私の名前すら呼ぼうとしない。 胸の奥が、ずきりと痛む。大丈夫。大丈夫よ。  自分に何度も言い聞かせながら、キーボードを叩く手に力を込めた。  コンペの件で興奮する同僚たちの声が、今はどこか遠かった。 ◇  仕事を終えて、事務所を出る
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02:3年目の結婚記念日2
 がらんとしたマンションのリビングで、私は一人、彼を待った。  テーブルの上には一枚の紙。引き出しの奥で眠っていた、離婚届だ。 以前、圭介とふざけ合っていた時に『一生離れないって約束の証!』なんて言って、役所からもらっておいたものだった。  まさか、こんな形で使うことになるなんて。  震える指でペンを握りしめ、自分の名前を書き込んだ。 深夜、カチャリ、と玄関のドアが開く音がする。  ふわりと漂ってきたのは、私の知らない甘ったるい香水の匂いだった。「……おかえり」 リビングに立っていた私を見て、圭介は一瞬、驚いた顔をした。「なんだ、起きてたのか」「記念日、おめでとう」 私はテーブルの上の離婚届を、すっと彼の方へ滑らせる。「これが、私からのプレゼントよ」 彼の顔から血の気が引いた。「な、なんだよ、これ……」「見ての通りよ。『急な仕事』、お疲れ様」 冷え切った声が出た。自分でも驚くくらい、落ち着いた声だった。「ち、違うんだ! これは、その……!」 圭介の見苦しい言い訳が、やけに遠くに聞こえる。「何が違うの? 町の真ん中でキスまでして、ずいぶん慣れた様子だったけど?」「だから!」 圭介はやけになったように叫んだ。「お前は仕事が忙しくて、俺にかまってくれないじゃないか。だから、癒やしが欲しかったんだよ。彼女といると、心が安らぐんだ。俺は真実の愛を見つけたんだよ!」「へえ、真実の愛ねぇ」 もう、どうでもよかった。  彼が誰と何をしていようと、私の心はもう1ミリも動かない。「だったら、癒やされない私はいらないよね。真実の愛で結ばれた相手と一緒になれば?」「ああ、そうするさ。お前みたいな冷たい女は、こっちから願い下げだ!」 圭介は乱暴な字で離婚届にサインした。  ゴミでも投げるように、投げつけてくる。「明日、それを出してこいよ。これで他人だ。せいせいする」 呆れた。最後の一手間まで私に当然のように押し付けてくる。  この人はいつもそうだった。面倒なことは後回しにして、にっちもさっちもいかなくなったら、私に押し付ける。  生活費の折半は、理由をつけて金額を減らしたり、振込を遅らせたりする。  家事の分担は「今やる」と言うだけで、結局何もしない。 バカバカしい。本当に、馬鹿みたい。こんな男と3年も夫婦でいたなんて!
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03:夜の出会い1
『インペリアル・クラウン・ホテル』の最上階、夜景の見えるバー。  バーカウンターの分厚い一枚板は、鏡のように磨き上げられていた。  そこに映る自分の顔が、ひどく醜く見えて目を逸らす。(帰る場所なんて、もうどこにもない) 琥珀色の液体が、喉を焼くように滑り落ちていく。  熱いのか冷たいのか、もうよく分からなかった。今はただ、アルコールに溺れて何もかも忘れてしまいたい。 頭をよぎるのは、幸せだった頃の結婚生活の思い出ばかり。  圭介と2人、素直に笑い合っていたっけ。  学生時代から付き合い始めて、25歳で結婚して。もう8年も彼と一緒に過ごしてきた。  私は彼を大事に思っていたし、圭介も私を愛していてくれていたはずだった。 それなのに、壊れる時は一瞬だ。8年の時間が一瞬で崩れて、後には何も残らない。 涙がにじみそうになり、私はさらにウィスキーのグラスを傾けた。あんなやつのために泣きたくない。  悔しくて、悲しくて、苦しくて。そんな感情は全部お酒に溶かして、飲み込んでしまえ。 そうしてずいぶんと酔いが回った頃、ふと隣を見れば、一人の男性が同じように深酒をしていた。「……」 目が合ってしまって、気まずい思いで逸らす。  でも何だか――彼の瞳もひどく傷ついた心を映しているようで、どうしても気になってしまった。「……何か、お辛いことがあったようですね」 ふいに、隣から穏やかな声がした。  先ほどの男性がこちらを見ている。  心配している……というよりは、ただそこに寄り添うような、不思議な眼差しだった。「放っておいてください」 棘のある声が出た。  優しくされる資格なんて、今の私にはない。 でも彼は気にした様子もなく、バーテンダーに何かを注文している。  そのゆったりとした仕草が、なぜだか私のささくれた心を少しだけ落ち着かせてくれた。「もしよろしければ」 彼の前に、私と同じグラスが置かれる。「乾杯しませんか。あなたの新しい門出に」「……門出、ですって?」「ええ。辛いことの終わりは、何かの始まりでしょう」 彼の言葉が、すとんと胸に落ちてきた。  そうだ、終わったんだ。  私の結婚生活は今日、完全に終わった。 張り詰めていた心の糸が、ぷつりと切れた音がした。  気づけば私は、見ず知らずの彼に、ぽつりぽつりと自分のこと
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04:夜の出会い2
「僕の肩書きや家柄ではなく、僕自身を見てくれる人なんて、本当にいるんでしょうかね。やっと出会えたと思った人も、すぐに化けの皮がはがれる。今日も醜い本性を目の当たりにしてしまって、もう何を信じるべきか、分からなくなってしまいました」 その呟きは、諦めと、深い孤独の色をしていた。  この人も、見た目からは想像もつかないような傷を抱えているんだ。  誰にも言えない痛みを、その穏やかな笑顔の裏に隠している。(この人も、寂しいんだ……) そう思った瞬間、彼が急にただの優しい人ではなく、同じ痛みを分かち合えるたった一人の人のように思えた。  彼の孤独に、私の心がそっと寄り添っていく。 私たちはお互いの孤独の影を、静かに重ね合わせた。欠けていた心が埋められていく。  まるで失われた半身を取り戻すように、身を寄せ合った。 いつの間にか距離が近づいて、いつしか重なっている。  ぴたりと重なる心と体が、深く満たされていく。  その心地よさに、私は溺れるように彼を求めた。 ◇  柔らかなシーツの感触と、朝の光の眩しさで、私は目を覚ました。  飲みすぎた後遺症で、頭がガンガンと痛い。(……ここは?) 重たい瞼を押し上げると、見知らぬ天井が目に飛び込んできた。  マンションの寝室よりもずっと高い天井で、しつらえも豪華。これは一体?  慌てて体を起こすと、隣には――昨夜の彼の穏やかな寝顔があった。 血の気が、さーっと引いていく。(何やってるの、私!) 断片的な記憶が、洪水のように押し寄せる。  圭介の裏切りをなじったばかりなのに、自分も同じことをした。  最低だ。  自分の寂しさに負けてしまった。  見ず知らずの人の優しさに、衝動的に甘えてしまった。(この人も、孤独だと言っていたのに) 結局、私も自分の孤独を埋めることしか考えていなかったんだ。  なんて浅はかで、身勝手なんだろう。 起き上がって周囲を見渡せば、ここがとても豪華な部屋だと分かった。  クリーム色と、落ち着いたウォールナットの木目で統一された、趣味のいい空間。  窓際に置かれた大きなソファに、ガラスのローテーブル。  ミニバーには、見たこともないようなお酒のボトルが並んでいる。  おそらくスイートルームだ。昨夜、私はインペリアル・クラウン・ホテルのバーで飲んでいた。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-22
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05:再会
 それから数日が経った。  私は仕事に没頭することで、あの夜の記憶を頭の隅に追いやっていた。 圭介と暮らしていたマンションを出て、今はビジネスホテルで仮住まいをしている。  早めに一人暮らしのアパートを見つけなければならない。私は内心でため息をついた。 離婚届は早々に出したものの、雑事は多い。共有の貯金はどう分けるか、家具などはどうするか。  弁護士に相談して、慰謝料の請求だけはきっちりとやった。お金の問題じゃない。圭介が有責の離婚だと、私自身にも周囲にも納得させるためだ。「相沢さん、クライアントの方、もうすぐ見えるから。準備お願いね!」「はい!」 所長の声に、私は背筋を伸ばす。  先日コンペで勝ち取った、大型案件。 『インペリアル・クラウン・ホテル』のスイートルームの全面改装の案件だ。  最高の仕事をして、くだらない感傷なんて吹き飛ばしてやる。 応接室のドアがノックされる。「どうぞ」 入ってきた人物を見て、私は呼吸を忘れた。 穏やかな微笑み。  上質なスーツの着こなし。 王子様のように上品に整った顔立ち。  あの夜の、彼だった。「ご紹介します。インペリアル・クラウン・ホテルズ副社長の、黒瀬湊(くろせ・みなと)様です」 頭の中で、所長の声が反響する。  副社長……。  確か今の副社長は、社長の息子。次期社長に内定している人だったはず。  穏やかな物腰とおっとりした上品な佇まいで、「ホテル界の王子様」と呼ばれている。 彼は私を見て、大きく目を見開いた。「黒瀬副社長。こちらは御社の案件を担当します、相沢夏帆です。どうぞよろしくお願いいたします」 所長の紹介の声が遠く聞こえる。 最悪だ。  金と地位目当てでクライアントに近づいた、最低の女。  彼はきっと、そう思っているに違いない。「またお会いできて、嬉しいです」 湊さんは、私の凍り付いた心を見透かすように、優しく微笑んだ。「これからよろしくお願いしますね、相沢さん」 その余裕のある態度が、私をさらに絶望の淵に突き落とした。彼は一体何を考えているのだろう?  私はただ、「相沢です。よろしく、お願いいたします」と、絞り出すのが精一杯だった。 ◇ 【湊視点】 インテリア事務所との打ち合わせが終わり、自社の重役室に戻った湊は、デスクの引き出しにそっと手を伸
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-23
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06:高い壁
 重厚なマホガニーのテーブルが、会議室の空気を引き締めている。 私の正面、少し離れた席に黒瀬湊さんが座っていた。(大丈夫。これは仕事だから) 心の中で、何度も呪文のように繰り返す。 あの夜のことは、幻。 私の心だけにしまっておくべき、ただの秘密だ。「それでは、スイートルーム改装プロジェクトのコンセプトについて、ご説明します」 私は努めて明るい声で、プレゼンテーションを始めた。 用意した資料をスクリーンに映し出し、言葉を紡いでいく。 手元のリモコンを操作すると、スクリーンに一枚のイメージパースが映し出された。「コンセプトは、『ヘリテージ・モダン』。受け継がれてきた伝統と、お客様がこれから紡ぐ未来。その二つの時間を繋ぐ、物語のある空間です」 パースの室内に私が選んだ柔らかな照明と、上品な家具が配置されている。「インペリアル・クラウン・ホテル様が長年培ってこられた品格と歴史を、デザインの核とします。基調とするのは、温かみのあるアイボリー。アクセントに、気品あるロイヤルブルーを。そして金属部分には、鈍い輝きを放つ真鍮を用いることで、華やかさの中に落ち着きを演出します」 スクリーンが切り替わり、美しい一脚の椅子がアップになる。「そして、このコンセプトの心臓部となるのが、各部屋に一つだけ設える、本物のアンティーク家具です。例えば、こちらのチェアのように。長い時間を旅してきた家具だけが持つ温もりと物語が、モダンで洗練された空間に、忘れられない深みと安らぎを与えてくれる。そう私は考えます」 最後に、私は会議室にいる全員の顔をまっすぐに見据えた。 湊さんと一瞬だけ、視線が絡む。「私たちが目指すのは、単なる豪華な客室ではありません。お客様一人ひとりの大切な時間が、未来の『遺産(ヘリテージ)』となるような。そんな記憶に残る体験をご提供することです」 プレゼンを終えると、室内から小さなどよめきが起こった。 彼とは極力、目を合わせないように。話しかける相手は、隣にいる所長や他のプロジェクトメンバーに限った。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-23
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07
「相沢さん」 背後から穏やかな声がかかる。 振り返ると、湊さんが静かな笑みを浮かべて立っていた。「素晴らしいプレゼンでした。あなたのデザインにかける情熱が、伝わってきましたよ」「……ありがとうございます」 私は、貼り付けたようなビジネススマイルで応える。「クライアントのご期待に沿えるよう、全力を尽くしますので」 それだけ言って、私は逃げるように会議室を後にした。 彼の瞳に宿る色があまりにも優しくて、それ以上、見ていられなかった。◇ 私のデザインコンセプト『ヘリテージ・モダン』の核は、ただ一つ。 長い時間を旅してきた、本物のアンティークチェアである。 それは単なる家具じゃない。空間の魂であり、物語そのものだ。 最新のデザインと最高の素材で満たされた部屋に、たった一つだけ、本物の歴史を置く。その古びた木の温もりが、張り詰めたモダンな空間に、人間らしい安らぎと深みを与えてくれる。 お客様が部屋の扉を開けた瞬間、まるで旧知の友人に迎えられたような、そんな感覚を覚えてほしい。それが私の狙いだった。 そのための椅子探しは、困難を極めた。 何週間も、国内外のオークションカタログを読み漁り、アンティークディーラーに片っ端から連絡を取った。休日は埃っぽい倉庫街を歩き回り、来る日も来る日も、理想の一脚を探し続けた。 そして、ようやく見つけたのだ。 有名なディーラーでも、高級なアンティークショップでもない。郊外にある、忘れ去られたような個人倉庫の片隅で。 それはまるで私を待っていたように、静かにそこに佇んでいた。 ひやりとした空気が漂う倉庫に足を踏み入れれば、埃っぽい匂いの中に、古い木の香りが混じっていた。「……あった。あれだわ」 私は祈るような気持ちで、倉庫の奥へと進む。 布を被せられたシルエットに、心臓が高鳴る。 布を取り払うと、優美な曲線を描く椅子が現れた
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-24
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08
 その夜。 一人で事務所に残って代わりの椅子を探していると、私のデスクの電話が鳴った。「……はい、アトリエ・ブルームです」『夜分にすみません、黒瀬です』 彼の声だと分かった瞬間、心臓が凍り付いた。『例の椅子の件、聞きました。少し、お話できませんか』 クライアントに迷惑をかけた。 その罪悪感で、私は彼の誘いを断ることができなかった。◇ 深夜のホテルのラウンジは、静まり返っていた。 彼と二人きり。 何を言われるんだろう。あれほど大見得を切った説明をしたのに、肝心の椅子を手に入れられなかった。責められるのかもしれない。 それともやはり、あの夜のことだろうか。 私は固く拳を握りしめ、彼の言葉を待った。「あなたのデザインコンセプトを、諦めてほしくないんです」 予想外の言葉に、私は顔を上げた。「あの椅子でなければならない理由を、もう一度僕にプレゼンしてくれませんか」 彼の瞳は、どこまでも真摯だった。 その眼差しに吸い込まれるように、私は必死に言葉を紡いだ。 あの椅子にしかない歴史、デザインに込めた想い、スイートルームで過ごすお客様に感じてほしい温もり。 私の話を黙って聞いていた彼は、静かに頷くとスマホを取り出した。 そして流暢な外国語で――英語ではない――どこかに電話をかけ始めた。 相手は、ヨーロッパのアンティークディーラーらしかった。「相沢さんの情熱が、僕を動かしたんですよ」 電話の向こうの相手と交渉しながら、彼は私にだけ聞こえる声で、そう囁いた。 その声に心臓が大きく音を立てる。頬が、熱い。 彼の整った鼻筋の下で、形の唇が一瞬だけ笑みを刻み、またビジネスの交渉の真剣さに戻った。 夜が白み始める頃、彼の交渉は成立した。 彼が見つけ出したのは、元の椅子よりもさらに希少で、美しい一脚だった。「…&
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-24
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09
 その日の仕事帰り。 滞在中のビジネスホテルのエントランスに、見慣れた人影が立っていた。「夏帆」 元夫の圭介だった。「話があるんだ。よりを戻さないか? 俺、やっぱりお前がいないとダメなんだ……」 私は舌打ちしたい気持ちになった。書類のやり取りがあるので、現住所は知らせている。それがこんな形で裏目に出るなんて。 情けない顔で、彼が私の腕にすがりついてくる。「やめて、圭介。私たちもう終わったの。あなたは『真実の愛』を見つけたんでしょ?」「夏帆! そんな冷たいことを言わないで、俺を助けてくれ」 振り払おうとした、その時だった。「彼女が、嫌がっているようですが」 静かだけど、有無を言わせぬ声。 振り返ると、そこに立っていたのは穏やかな笑みを浮かべた湊さんだった。(湊さん? どうしてここに……?) でも瞳の奥には氷のように冷たい光が宿っていて、私は思わず身震いした。 ◇ 「湊さん……ど、どうして、ここに……?」 私の声は、かすかに震えてしまっていた。「誰だてめぇ!」 圭介が、私を盾にするようにして凄む。 でも湊さんは、まるで道端の石ころでも見るように、圭介を完全に無視した。 その視線はただまっすぐに、私にだけ向けられている。「相沢さん、大丈夫ですか? 顔色が悪い」 その声色は、いつものように優しい。 私だけを気遣うその態度が、圭介のちっぽけなプライドをいたく刺激したらしい。「こいつは俺の妻だ! 関係ない奴は引っ込んでろ!」 その言葉を聞いた瞬間、湊さんの表情から笑みが消えた。 彼は、温度というものが一切感じられない視線を圭介に向ける。 なまじ整った美しい顔だからこそ、凄みが増していた。
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10:独占欲
 圭介が去った後、湊さんは「念のため、今夜はホテルに泊まった方がいい」と言って、半ば強引に私を車に乗せた。 静まり返った高級車の車内は、上質な革の匂いがする。 運転手は壮年の男性。私と湊さんは後部座席に座った。 当然のように行われたエスコートに、私は抵抗することすらできなかった。 車内に戻った彼は、先ほどの冷たい表情が嘘のように、いつもの穏やかな「王子様」に戻っている。 その横顔はいつも通り上品な美しさを保っていて、ついさっきの冷酷さは少しも残っていなかった。「なぜ、あそこにいたんですか?」 かろうじて、それだけを尋ねた。「近くで会食がありまして。あなたが心配で、少し様子を見に来たんです」 湊さんはにっこりと笑った。 出来すぎた偶然だ。 本当は、私を見張っていたんじゃないだろうか。 そんな恐ろしい疑念が胸をよぎるが、問い詰める勇気はなかった。 この静かで豪華な密室で、私は彼の存在を嫌でも強く意識させられる。 まるで彼が作った見えない檻に、閉じ込められてしまったみたいだった。「そんなに僕が怖いですか?」 緊張を見透かしたように、彼が言った。 声は優しいのに、私にはすべての逃げ道を塞ぐ響きに聞こえた。◇ 彼が手配してくれたのはスイートルームではなかったけれど、それでも十分に上質で落ち着いた部屋だった。 ドアの前で彼は立ち止まり、まっすぐに私を見つめた。「今夜はゆっくり休んでください。あなたが安心できるまで、僕が必ず守りますから」 その言葉はクライアントとしての親切を、明らかに逸脱していた。 でも圭介の出現と今日の恐怖で心も体も弱りきっていた私にとって、その力強い響きは抗いがたいほど甘く、心に染み渡った。 彼が去った後、一人部屋に残された私は、その場に崩れるように座り込んだ。(怖い。あの人は、怖い人だ……) けれど。「守ってくれる」なんて。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-25
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