เข้าสู่ระบบ半年後、市の南部にある学童保育施設が増設されることになった。皆川さんが本部へ昇進し、私がその後任を務めることになった。会議の日、人事担当者から何か希望はないかと尋ねられた。私は契約書にひととおり目を通した。「お給料は上がりますか?」オンラインで会議に参加していた皆川さんが、笑いながら呆れたように言った。「もう、お金のことばっかりなんだから。3割アップよ。社宅も2LDKの部屋になるけど、これで満足?」「まあ、ぎりぎり合格ってところですね」会議室がどっと笑いに包まれた。私もつられて笑った。今でも、私は人の世話を焼くことがある。職員が体調を崩せば、代わりに子どもたちの見守りを担当する。お迎えが遅い子がいれば、最後まで残って待つ。でも、自分の頑張りを隠すのはもうやめた。急なシフト交代は、勤務表にきちんと記録する。書類の提出を忘れた人には、自分で残って対応してもらう。人に優しくするのはいい。でも、それを当たり前だと思われるのはごめんだ。その後、私たちが育った児童養護施設の園長先生が、近々退職することになった。ある日曜日、園長先生から私たち4人に連絡があり、食事に誘ってくれた。私が着いたのは一番最後だった。個室の扉を開けると、航と序と栞はすでに席に着いていた。テーブルには、一人分の席が空けてあった。後から慌てて用意した席ではない。椅子には、子どもの頃に大好きだった黄色いクッションまで置かれていた。序が立ち上がり、少しぎこちない口調で尋ねた。「道、混んでなかった?」「そうでもなかったよ」栞が黒糖まんじゅうの皿を私のほうへ寄せた。「さっき買ってきたばかりだよ。今度はちゃんと覚えてたから」私はひとつ手に取った。「ありがとう」向かいに座る航は、半年前より少し痩せていた。航は私に料理を取り分けることも、いつ戻ってくるのかと尋ねることもしなかった。ただ、豚の角煮が載った皿を、そっと私の前に寄せてくれた。園長先生は私たちを見渡し、小さくため息をついた。「あんたたち、子どもの頃は毎日べったりだったのにねえ。一生離れないものだと思ってたよ」栞はうつむいた。序はコップを手に取ったまま、しばらく何も言わなかった。航は私を見つめていた。
その言葉に、航と栞は思わず顔を見合わせた。「……なんだって?」小春はマグカップを握りしめた。指の関節が白く浮き上がっている。「ここに来たばかりの頃、寧々さんがすごく羨ましかったんです。航くんは寧々さんの仕事のシフトを覚えていて、栞さんは帰りが遅いときも明かりをつけて待っていた。序くんだって、口では面倒くさがりながらも、雨の日には迎えに行っていた。私も、誰かにそんなふうに大切にされたかったんです」航が小春の言葉を遮った。「だから、わざと寧々の居場所を奪おうとしたのか?」「追い出すつもりはなかったんです」小春の声が震えた。「ただ、試してみたかっただけなんです。お腹が痛いって言ったら、みんな寧々さんを待たずに先に食事を始めてくれたし、画板を置く場所がないって言えば、寧々さんの荷物をどかしてくれました。4つしかマグカップを買わなくても、誰も買い直せとは言いませんでした。いつだって、みんなは私を選んでくれたんです。だから、もっと私を優先してほしくなったんです」その場にいた誰もが、言葉を失った。小春は私に目を向けた。「寧々さん、私だって自分が悪いことは分かっています。でも、自分が一番に選ばれるのが嬉しかったんです。まさか寧々さんが本当に出ていくなんて、思いもしませんでした」私はしばらく小春を見つめた。「思いもしなかったんじゃないよ。私がどれだけ傷ついても、自分の欲しいものさえ手に入れば、それでいいと思ってたんでしょ」小春の目から涙がこぼれ落ちた。けれど、今度は誰もすぐには慰めに行かなかった。航はひどく険しい顔をしていた。「マグカップのことがわざとだったなら、部屋のこともか?」「……はい」「じゃあ、水筒は?」「水筒を会社に忘れたって嘘をついたら、航くんが寧々さんのを持ってきてくれたんです」航はぎゅっと目を閉じ、手にしていた花束をゴミ箱に投げ捨てようとした。私は航を制した。「茶番はやめて」航は勢いよく私を振り向いた。「寧々、小春がわざとやってたなんて知らなかったんだ」「知ってたら何か違った?小春が手を伸ばしたからって、私のものを差し出したのは航たちでしょ。下心があったとわかった途端、全部小春のせいにするつもり?選んだのは航たちだよ。
私は小春とふたりきりで会うつもりはなかった。土曜日は、新設された学童保育施設の見学会だった。この半月ほど対応を待ってもらっていた保護者たちが一斉に訪れ、施設内は人であふれかえっていた。午後まで対応に追われていると、浩が学校のテストで100点を取った答案用紙を手に、事務室へ飛び込んできた。「高瀬先生!母ちゃんが、ちゃんと勉強を頑張るなら、ここをやめなくていいって言ったんだ!」浩は答案用紙を私の机にバンと置いた。「見て!100点取ったよ!」あとから入ってきた浩の母親は、相変わらず厳しい口調だった。「まだ1回だけでしょ。調子に乗らないの」けれど、すぐに皆川さんに向き直って言った。「来年度も引き続きお願いします」それを聞いていたほかの保護者たちも、次々と継続利用の手続きをしてくれた。事務担当の職員が集計を終えると、私に向かって合図を送った。退会を希望する保護者の割合は、40%から3%まで下がっていた。皆川さんはみんなの前で、私が正式にこの施設の責任者に就任することを発表した。拍手が沸き起こる中、入り口に4人が立っているのが見えた。航は花束を抱えていた。序は果物の詰め合わせを持っていた。栞は黒糖まんじゅうの箱を提げていた。小春は一番後ろに立ち、新しいマグカップを両手で持っていた。航は何事もなかったかのように近づいてきた。「おめでとう。みんなも来てるんだ。今夜は一緒に飯でも食おう」近くにいた職員が、笑顔で尋ねてきた。「高瀬先生、こちらは彼氏さんですか?」航がうなずこうとした瞬間、私は先に口を開いた。「元彼です」事務室が一瞬で静まり返った。航の表情が険しくなった。「寧々、わざわざ人前でそんな言い方する必要あるか?」「どこか間違ってる?」「俺はまだ別れたつもりはないぞ」「私はもう別れたつもりだよ」小春がそっと航の袖を引いた。「航くん、やめてください」ほんのささいな仕草だった。けれど、航はすぐに小春のほうを振り向いた。「お前は気にしなくていい。病み上がりなんだから、座ってろ」そんなふたりを見ていると、私の中に残っていたわずかな未練さえ、すっと消えていった。航は私とやり直したくて、ここまで来たはずだ。それなのに、小春が少し袖を引いた
けれど、航は夜まで待たなかった。午後4時、先にやってきたのは栞だった。栞は事務室には入らず、廊下の突き当たりで私を待っていた。手には黒糖まんじゅうの箱を提げていた。「西のほうにある、あのお店のだよ」栞は箱を差し出した。「寧々の好きなやつ」私は受け取らなかった。栞の指先が一瞬こわばった。「前はちゃんと覚えてたんだよ。でも、そのあと小春ちゃんが好きだって何度も言うから、いつの間にか勘違いしちゃって……寧々、本当にごめんね」私は栞を見つめた。「勘違いしたんじゃないでしょ。私なら気にしないと思って、覚えていなくても構わないって思っただけだよ」栞はうつむいた。しばらくして、ようやく言葉を絞り出した。「家の中、もうめちゃくちゃなの」私は何も言わなかった。栞は力なく笑った。「あの日の夕食、結局誰も食べなかったの。航はケーキを床に叩きつけるし、序は言い方がひどすぎるって航を責めるし。小春ちゃんはずっと泣いて、出ていくって言い出すし。誰も片付けもしないし、今日も誰も朝ご飯を作らなかったの」なんだか笑えてきた。「つまり、家事をする人がいなくなったから、私を連れ戻しに来たの?」「違うの!」栞はすぐに顔を上げた。「気づいたの。この3年間、家のことは何から何まで寧々に頼りきりだったんだって。光熱費の支払日も、薬の置き場所も、序の食べられないものも、航のシャツの洗い方も。単に家政婦代わりの人がいなくなって困ってるんじゃないの。私たちは、寧々がしてくれることを、空気みたいに当たり前のものだと思ってた」その言葉は、航の「俺と一緒に帰るぞ」よりも、ずっと誠実に聞こえた。でも、今さら反省したところで、これまでのことが帳消しになるわけじゃない。栞は紙袋を窓際に置いた。「もう戻ってきてとは言わない。ただ、私が間違ってたって伝えたかったの」栞が帰って間もなく、序もやってきた。序は手ぶらで、開口一番に尋ねてきた。「お前、航と本当に別れたのか?」「うん」「考え直す余地はないのか?」「ないよ」序は眼鏡を押し上げた。「そうか。俺もあいつをかばうつもりはない。ただ、小春が出ていくって聞かないんだ。お前からも説得してくれないか?」私は序をじっ
航は私を見つけると、すぐに近づいてきた。「なんで電話に出ないんだよ?20回以上もかけたんだぞ」航の口調はひどく刺々しかった。まるで自分こそが被害者だと言わんばかりの態度だった。私はカードキーをかざし、ガラスのドアを開けた。「用があるなら手短に話して。9時から会議があるの」航はさっと手を伸ばし、ドアを押さえた。「一緒に帰るぞ。散々騒いで、引っ越しまでしたんだから、もう気が済んだだろ昨日は夜遅くまで待ってたんだぞ」私は航を見つめた。「それで?」「それでって、なんだよ?」航は眉をひそめた。「俺たちがお前を待たずに飯を食ったから、怒ってたんだろ?だから昨日はちゃんと待ったじゃないか。角煮だって、お前の分を残してある」私は耳を疑った。「航、私が家を出たのは、あの日の仕返しにみんなを待たせたかったからだと、本気で思ってるの?」「違うのかよ?」航は少し声を落とした。「寧々、望みがあるならちゃんと言ってくれよ。何も言わずに姿を消されて、俺がどれだけ困ったと思ってるんだ?」施設の職員たちが次々と出勤してきた。何人かが、こちらに視線を向けていた。航は苛立ちを抑えながら、私の腕をつかんだ。「とりあえず帰るぞ。わざわざこんな遠くまで来て、何がいいんだよ。お前の部屋は小春にこれ以上触らせないようにした。ちゃんと残してあるから」私はその手を振り払った。「あそこはもう、私の家じゃないよ」航の表情が固まった。「どういう意味だよ?」「別れよう」その言葉は、思っていたよりもすんなりと口から出た。けれど、航には意味が伝わっていないようだった。航は数秒間私を見つめたあと、突然鼻で笑った。「そういうのはもういいって。別れるっていうのはふたりの問題だろ。俺は納得してないぞ」「付き合うにはふたりの同意が必要だよ」私は航から一歩距離を取った。「でも、別れるのに相手の同意はいらない」航の顔から笑みが消えた。「小春のせいか?」「小春だけの問題じゃないよ。みんなが何度も何度も、小春を優先してきたから。小春の帰りが遅いときはみんなで待つのに、私の帰りが遅いときはもう鍋まで洗ってる。小春が胃を痛めれば、1時間もかけて黒糖まんじゅうを買いに
タクシーが高速道路に入ったとき、ふとスマホを確認すると、航と共有していた位置情報がまだ表示されていた。画面上の赤い点は、市の西側へ向かって移動していた。きっと今ごろ、航たちは大慌てで小春を迎えに向かっているのだろう。私はアプリを開き、航との位置情報の共有を解除した。画面から赤い点が消えた。そのまま私は5人のグループラインを退会し、航たちの連絡先も削除した。まるで、この3年間の思い出まで一緒に消し去ったかのようだった。市の南部にある新設の学童保育施設は、写真で見た以上に散らかっていた。受付には未開封の教材が積み上がり、壁の予定表は最新のものではなかった。皆川さんには2人の保護者が詰め寄り、返金を求めていた。グレーの上着を着た女性が、私を見るなり声を上げた。「あなたが新しい責任者なの?こんな若い子に、何ができるのよ」皆川さんが間に入って説明しようとしたが、私は先に苦情の記録用紙を受け取った。「お子さんは浩くんですよね?」周藤浩(すどう ひろし)の母親は一瞬、驚いた顔をした。「うちの子を知ってるの?」「お子さんの記録を拝見しました」私は防犯カメラの記録と職員のシフト表、宿題ノートを机の上に並べた。「浩くんの宿題が3日続けて終わらなかったのは、本人だけの問題ではありません。職員による声かけや見守りが不十分だったことも原因です。対応が不十分だった分については、必要に応じて返金し、今後の見守り体制も改善します。もう一度だけ私たちに任せていただけるなら、今後2週間は私が責任を持って浩くんの様子を見守ります」浩の母親は数秒間、じっと私を見つめた。「その約束、本当に守れるの?」「口約束にはしません。きちんと書面に残します」私はその場で対応内容をまとめた書面を印刷し、署名した。浩の母親も、ようやく怒りが収まったようだった。帰り際には、私に向かって軽く頷いてくれた。「わかったわ。あなたは口先だけの人じゃなさそうね」皆川さんが大きく息をついた。「着任早々あんな約束をして、守れなかったらどうするの?」私は袖をまくり、施設内の片付けを始めた。「心配しても仕方ありませんから。問題が起きた以上、誰かが責任を持って対応しなければなりません」そう言ったあと、私はふと自分の言葉