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第25話 異形な魔物

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-06-02 19:07:39

シイナさんが魔物へ向かって一直線に、まるで閃光のように飛び込んだ。

駆け抜ける豹のような俊敏さで距離を詰め、右拳に装着された鉄属製のガントレットが、狙い違わず魔物の牛のような顔面を正確に捉える。

その刹那――

パァンッ!!

ガントレットに仕込まれた火薬が炸裂し、夜の闇を切り裂く眩い閃光と轟音が辺りを一瞬にして染め上げる。

「グガッ……!」

至近距離での爆発に、魔物も短い呻き声を上げ、巨体がぐらりとよろめく。

だけど、その屈強な巨体が体勢を立て直すよりも早く、鞭のようにしなった魔物の太く長い尾が、空中に跳ね上がったシイナさんの腹部へと、回避する間も与えず強烈な一撃を叩き込んだ。

「ぐっ……ぉあっ!」

鈍い衝撃音と共に、シイナさんの身体がくの字に折れ曲がり、まるで石ころのように軽々と吹き飛ばされてしまう。

「シイナ君っ!」

ミストさんが即座に魔力を集中させ、シイナさんの落下地点を見極めるように両手を前方へ突き出す。

彼の足元から湧き上がった水が、壁際で巨大な水のクッションを形成し、激突寸前だったシイナさんの身体をふわりと優しく受け止めた。

──私は、その一連の攻防を、ただ息を飲んで見つめていることしかできなかった。

(どうしよう……今の私に、あの魔物に通用する攻撃は……!? 私に、できることは……!?)

先ほど、私の放った聖なる光の矢は、あの魔物には全く通じなかった。

その事実が重くのしかかり、焦りとなって冷静な思考を鈍らせる。

(エレナ、落ち着くんだ。私にいつも君がしていることを思い出すんだ。何も特別なことではない)

その時、エレンの冷静で、それでいて力強い声が心に直接響いた。

(いつも……エレンにしてること……あっ、そうか、聖属性の付与! みんなの能力の強化だね!)

まるで頭の中の霧が晴れるように、答えが見つかる。

(そうだ。君は慣れない私以外との連携に、少し戸惑っているだけだ。君の力の本質は、仲間を支え、その力を増幅させることにある。無理に一人で攻撃を仕掛けなくてもいい)

(うん、わかった! やってみる!)

エレンの言葉に、私は強く頷いた。

「すまない、ミスト! 助かった!」

シイナさんが水のクッションから勢いよく這い上がり、ぐっしょりと濡れた黒髪を荒々しく払いながら、ミストさんに力強く礼を告げる。

その瞳に
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