LOGIN空気が焼けたかのような熱気が、アデーレの全身にまとわりついていた。
呆然と自分が伸ばした手の先を見つめるアデーレ。
手からは白い蒸気が昇り、その先には倒れ込む怪鳥の姿があった。
子供は最初と変わらず、自身の身を抱きながらその場でうずくまっていた。
「……え?」
アデーレの目に入ったのは、震える少年の頭上に浮かぶ【それ】だった。
それは赤熱する、
怪鳥の頭があったであろう位置にそれは静止しているが、巨大な怪鳥をあのトマトほどの大きさの物体で弾き飛ばしたとでもいうのか。
だが事実、怪鳥は後方へ飛ばされ、ひとまず少年の無事は確保されている。
金属塊は今も蒸気を放ち、赤い光を放ち浮遊している。
それがどこから出現したのか。アデーレの頭には、一つの可能性が浮かんでいた。
先ほどの感覚。そして自分の体にまとわりつく熱。
あの金属は、自分が放ったものではないのか、と。
「ギエエェェ……ッ」
道の向こうでは、怪鳥がうめき声を上げながら、立ち上がろうと脚をばたつかせている。
そこで我に返ったアデーレは、急いで少年の元に駆け寄り、彼を脇から抱え立たせる。
「逃げるよ!」
呆然とする少年の手を握り、来た道を引き返す。
しかし、再び巨大な影が頭上を通り過ぎ、二人の行く先に着地する。
アデーレ達の前に、翼を広げた怪鳥が立ちふさがる。
感情のない目が、獲物である二人を見下ろしていた。
「あぁ……」
恐怖のせいか、少年の声は震えている。
少年を庇おうと前に踏み出したアデーレだったが、彼と繋いだ手は目の前の怪物に
ただの一般人の、ちっぽけな勇気だ。
いざ命の危機に直面したら、何もできずにただ恐怖するだけという事か。
先ほどと同じく、怪鳥が自らの頭を高く持ち上げ……。
――アデーレの真横を、強烈な熱が突き抜ける。
目にも止まらぬとはこのことか。文字通り一瞬のことだった。
怪鳥の右側頭部に赤熱する金属塊が衝突したのだ。
その様は、まるで怪鳥の頭を拳で殴りつけたようである。
金属塊の一撃は相当のものだったらしく、怪鳥は悲鳴を上げる間もなく再びその場で倒れ込む。
「何なの、一体?」
ただただアデーレは困惑していた。
目の前で起きているこの状況は何なのか、率直な言葉しか口にすることが出来ない。
この世界に来て、転生以外の魔法やら何やらといった未知の現象に対面したことはなかった。
それなのに、化け物が現れたかと思ったら、まるで自律兵器のように動く金属塊が自分たちを守ってくれている。
しかし、そんな異常な現象によって命の危機を脱することができるかも知れない。
ならば今は、現状を利用して逃げるが吉だ。
アデーレは体の震えを必死でこらえ、少年の手を強く握る。
……その刹那、自身の眼前に赤い光が迫る。
「――ッ!?」
声にならない声を上げ、自分の顔を守るように左手をかざすアデーレ。
同時に、その手に何かが握られる感触が走った。
「あっつ!く……ない?」
ほのかに熱を帯びるそれを見る。
手の中にあるのは先ほどまで飛び回っていた金属であり、今もなお赤く輝いている。
よく見るとそれは、竜の紋章が彫り込まれた
精巧に掘られた竜の手に、鍵穴と
その時、下で小さな金属の落ちる澄んだ音が響く。
アデーレが足元を見てみると、そこには炎の模様が浮かぶ鍵が落ちていた。
「これの、鍵?」
少年の手を放し、地面に落ちた鍵を拾うアデーレ。
右手に鍵、左手に錠。
全ての状況が、アデーレにこの錠前を開けろと言っているように感じられた。
「どうしろって……っ!」
アデーレの目の前で、再び怪鳥が動き出そうとする。
悩んでいる時間は残されていない。
早く次の行動を起こさなければ、少年もろとも突き殺される。
そんな絶体絶命の危機を、この鍵は打開してくれるのか。
今目の前で起きたありとあらゆる状況を思い出す。
(……どの道、逃げきれないんだったら)
右手に鍵、左手に錠を構える。
ここまで自分たちを助けようとしてきた謎の錠前だ。
文字通り、ワラにも
その瞬間、アデーレは文字通り後悔した。
「うっ!?」
鍵を差し込んだと同時に、錠前から噴き出した赤い炎がアデーレの手を覆う。
背後から様子を見ていた少年は、あまりにもショッキングな光景を目の当たりにし、腰を抜かしている。
しかし、燃え上がるその炎が、アデーレを焼き尽くすことはなかった。
まるで次の動作を待つかのように手の内で燃え続けているのだ。
炎はまるで脈動するかのように一定の感覚で吹き上がり、アデーレの肉体に呼応しているかのようにも見える。
「ま、回せってこと……?」
差し込まれた鍵を再びつまみ、回る方を探るように動かす。
どうやらこの錠前は時計回りで動くらしい。
アデーレは左手に力を込め、できるだけ自分の体から離して鍵を回す。
飛び散る火花。
その瞬間、先ほどまで手の中で燃えていた炎が、一気に全身を巡る。
「うわっ!?」
アデーレの視界が、一瞬にして赤熱する光に包まれる。
周囲の音は炎にかき消され、文字通り無音の空間になってしまったかのように感じた。
「ようやく覚悟が決まったようだね」 どこからともなく、少女のような声が響く。「アデーレ……いや、異世界からの来訪者」
周囲の光が、赤いオーラへと変質していく。
「【君たち】の魂、少し分けてもらうよ」
いつの間にか、アデーレの手から離れていた錠前。
それが彼女の目の前に浮遊し、そして……。
力が、解放される。 周囲を取り巻くオーラが消失し、アデーレの視界がクリアになる。目の前にいた怪鳥はアデーレから距離を取り、翼を広げて威嚇の態勢に入っていた。
(……なんだか、違和感が)
怪鳥は明らかに、アデーレに対し警戒心を剥き出しにしている。
更に、自分自身の体にも先程と違う感覚があった。
自分の手に視線を向けると、見覚えのない白い手袋を嵌めていた。
先ほどまでこんなものを身に着けていなかったはずだ。
「え……えぇッ?」
慌てて自身の身体を確認する。
案の定、変化は手袋だけではない。
服装は赤いコートを基調とした、まったく違うものに変わっていた。
つばの大きな帽子を被っているし、熱気で舞い上がる自身の髪はルビーのような赤色だ。
もう一度、ここに至るまでの状況を思い出す。
謎の光。誰かの声。そして何より力があふれ出すような感覚。
それらを鑑みて、今の自分は文字通り【変身】したとしか考えられなかった。
フィクションの中のヒーローに憧れた自分が、まごうことなき変身を果たしたのだ。
(でもこれじゃあ、アニメの方だよ)
生前、親戚の女児が見ていた少女が変身して戦うアニメを思い出す。
「誰か説明して欲しいんだけど……」
状況に対し、完全に置いてきぼりのアデーレがぼやく。
一切の説明なくこのような状況に陥るのは、物語の主人公にとってお約束ともいえる。
それが現在進行形で自分の身に降りかかっている。
命の危機や、未知の現象が一度に押し寄せ、現状を飲み込み切れていない。
「でも」
だが、転生者であるアデーレだからこそ、理解できることが一つある。
「こういうのは、戦えってことだよね」
不思議な感覚だった。
アデーレという生まれ変わった自身に、かつて良太が抱いた夢を重ねるような。
異世界の少女に、主人公としての命を吹き込むような。
今この瞬間、アデーレの脳裏でクランクインを示す乾いた音が響いていた。
置いてきた夢を叶えるチャンスが訪れたのかと、そんな予感を抱きながら。
混乱していた頭が、不自然なほどに落ち着いていく。
「よし」
――ほんの少しだけ、前に踏み出したつもりだった。
アデーレの身体がとてつもない速さで跳躍し、怪鳥の鼻先へと間合いを詰める。
目の前で見る怪鳥の目には、恐怖心が見え隠れしているように感じた。
そのまま右腕を振りかぶり、怪鳥の顎を殴りつけた。
「ギヤァッ!?」
短い悲鳴と共に、怪鳥の身体が宙に投げ出される。
その場に着地したアデーレは、すぐさまその巨体を追いかけるように跳躍。
跳躍の勢いを乗せた拳を、今度は怪鳥の腹部に叩き込んだ。
今度は悲鳴を上げることもなく、怪鳥は弧を描いて地面へと激突する。
舞い散る石畳の破片。そして土煙。
「嘘でしょ……」
落下しながら、倒れる怪鳥を見てつぶやく。
直前まで、アデーレは間違いなく普通の少女だった。
凡人程度の力しかなく、道具なしには獣への対応すらままならない。
それが今、自分より巨大な怪物を殴り飛ばすほどの力を与えられているのだ。
一体自分は、何を解放してしまったのか。
今になって、自分の行動に恐怖を覚えてしまっていた。
「ゲェ……」
怪鳥のうめき声は、致命傷に近いダメージを受けているようにも見える。
ここから自分はどうすればいいのか。
着地したアデーレは、困惑の表情を露にする。
この力があれば、あの怪物の命を奪うことは容易だろう。
しかし、今日まで生きるため以外の殺生とは無縁の一般人だ。
戦いの末に命を奪うという行為に、強い抵抗感を抱いてしまう。
だが、自分の後ろには力を持たない少年がいる。
ここで手心を加えてしまえば、彼の命が危うい。
「これが、力を持つ責任とでも?」
とある漫画の有名なセリフを思い出すアデーレ。
そんなことを考えていると、息も絶え絶えな怪鳥が立ち上がり、すぐさまアデーレに襲い掛かる。
「お姉ちゃん!」
背後から聞こえる、子供の声。
しかしアデーレは、至って冷静だった。
怪鳥の飛び掛かりを跳躍で回避し、目の前にあった巨大な翼を掴む。
そのまま怪鳥を振り回し、空中へと放り投げる。
いっそのこと全力で殴り飛ばして、海まで吹っ飛ばしてしまおうか。
そんなことを考えながら身構えるアデーレの目の前に、巨大な何かが落ちてくる。
衝突により地面が軽く揺れ、強烈な熱気がアデーレの肌を伝う。
「これ、剣?」
地面に突き立てられたそれは、巨大な剣だった。
まるで炎を湾曲の刃にしたかのような見た目の片刃。
「これって、あの錠前なの?」
突き立てられた剣を手に取り、引き抜くアデーレ。
不思議と重さは感じられない。
それが、アデーレの為に用意された得物だということは容易に想像できた。
両手で構えた大剣から、アデーレの体を包んだものと同じ炎が噴き出す。
「……やるしかない、か!」
これが必殺の剣だと、はっきり理解が出来た。
再び怪鳥を追うようにアデーレが跳躍。
大剣から放たれる光跡が、落下する怪鳥の上に迫る。
その巨体は、既に剣の間合いだ。
それを察知したかのように、峰の側からまるでジェットのように炎が噴き出す。
噴出する炎の推進力よってアデーレの身体は方向を変え、大剣を怪鳥めがけて振り下ろす姿勢に入る。
「はああぁぁっ!」
自分の行動を一部始終見逃さぬよう、目を見開いたアデーレ。
その後のことは、一瞬だった。
加速された大剣の一閃はあまりにも早く、アデーレの手に斬る感触が伝わったときには、剣を振り下ろした姿勢のまま着地していた。
大剣によって切り裂かれた怪鳥は、そのまま赤い光に包まれ……。
巨大な爆発音が、ロントゥーサ島の空に響く。
爆発によって怪鳥は完全に消滅し、残されたのは炎の残粒と白い煙だけだった。
それはまさに、特撮番組で怪人が爆散する光景のそれである。
「……ふぅ」
状況に流されるがまま、アデーレは自らに宿った力を振るい、命の危機を脱した。
だが、戦いによって命を奪うという初めての経験は、決して気持ちの良いものではなかった。
空を見上げるアデーレ。
爆炎は消え、そこにはまるで何事もなかったかのように、変わらぬ青空が広がっていた。
上空で、二匹の怪物が爆散する。 アデーレは爆炎の中から飛び出し、そのまま埠頭近くの倉庫の屋根に着地した。 埠頭の方を見ると、怪物達に囲まれた兵隊たちが苦戦を強いられているようだ。「数が、増えてる?」 最初は二十匹ほどだったはずの怪物は、四十近くまでに増加している。 一体どこから現れたのか。アデーレが港の周囲を見渡す。「アデーレ、海だ!」 アンロックンの言葉に促され、アデーレが埠頭から沖の方へと視線を向ける。 港から百メートルほど離れた位置にある深場だろうか。 青黒い海面を更に黒く染める、長く巨大な影が海中を潜行しているようだ。 茂る海藻を見間違えたかとアデーレが目を凝らすが、それは間違いなく港に向けて少しずつ移動している。「あれは……」 影の正体を見極めようとアデーレが目を細める。 その瞬間、影の上部から水柱が立ち、空中に巻貝らしきものが射出される。 数は五つ。殻は放物線を描きながら、港の方へと飛んでくる。「まずいっ」 屋根を蹴り、飛来する殻めがけて再び跳躍するアデーレ。 構えた大剣の刃が、赤く燃え盛る炎を纏う。 炎の光は軌跡となり、アデーレと貝殻の距離が一気に縮まっていく。 その瞬
主人の外出に際し、初めての付き添いを務めることとなったアデーレ。 エスティラの指示に従い辿り着いたのは、ロントゥーサ島にある最も大きな港の埠頭だ。 漁船以外にも客船や輸送船が停泊することを目的としたこの島唯一の港で、国外からの貨物船も寄港する貿易の中継地点として機能している。 しかし、今日はそんな港に、島民には馴染みのない大型軍艦が停泊していた。 船体は鉄製の装甲艦となっており、帆柱はなく煙突を有することから蒸気船だろう。 エスティラ曰く、島に常駐するわずかな衛兵では怪物に対する備えが不十分であることが判明した。 そのため、シシリューア島から共和国軍の一部が派兵されることとなり、この艦はその第一陣である。 そんな兵士たちを、現在島で最も位の高いエスティラが直々に出迎えることとなったのだ。 ちなみに、その提案をしたのは当のエスティラである。 『私の身の安全を任せるのだから、挨拶くらいはしておかないと』 というのが、エスティラの弁だ。 島全体の守備増強が目的だろうという疑問もあったが、アデーレはあえてそれを口にしなかった。 「これはこれは、バルダート家のご令嬢が直々に出迎えてくださるとはっ」 部下達を連れて颯爽と埠頭に降り立ったのは、三角帽がトレードマークの青い軍服姿の男。 彼は埠頭で待っていたエスティラに対し、帽子を脱いで仰々しくお辞儀をする。 その態度から、アデーレの目にも彼がこの船の艦長か、部隊の指揮官だろうと察することが出来た
夜のあぜ道を、私服姿のアデーレがとぼとぼと歩く。 空には三日月。 見慣れた故郷の夜空は、日本では見ることも難しくなった満天の星空だ。 ぼんやりと空を眺めていると、ポケットの中から何かが飛び出す。「お疲れ様だね、アデーレ」 目の前に現れたのは錠前……ヴェスタだ。 結局仕事中に喋ることはなく、アデーレも忙しさからその存在を忘れつつあった。「うん……ヴェスタ様はずっとポケットの中で窮屈じゃなかったの?」「はは。別にこれが僕の本体って訳じゃないから」 それもそうだとうなずくアデーレ。 だが、錠前越しにこちらを眺めているヴェスタの姿を思うと、のん気な神様だと呆れてしまう。「あ、今僕が神の世でのんびり観客決め込んでるって考えたね」「カンガエテマセン。ヴェスタサマ」「神に嘘吐きとは感心できないね。まぁいいけど」 人の考えることなどお見通しとは、さすが神様といったところか。 しかし、これではうかつなことは考えられない。 仕事と錠前によってプライベートが奪われていくことに、ため息を漏らす。 それもお見通しなのだろう。 錠前は笑っているかのようにカチャカチャと音を立て揺れる。「
食堂の隣には、客人との談話のために用意された応接室がある。 食堂に比べると狭い部屋だが、それでも一般的な家屋の一室に比べれば広い。 内装は食堂よりも豪華で、壁には蔓を模したかのような金の模様が張り巡らされ、室内に置かれたあらゆるものが、高級品で揃えられている。(どうしてこうなった……) そんな落ち着かない部屋の端で、アデーレは口を閉ざし自問していた。 中央のテーブルにはティーセットや軽食で彩られたケーキスタンドが置かれている。 傍に設けられた豪華なソファには、綺麗な姿勢で座るエスティラの姿が。 そんな彼女の隣には、黒のモーニングコートにアスコットタイという、誰が見ても執事と分かる壮年の男性が立っていた。 白髪交じりの黒髪に、しわが深く刻まれた穏やかさを感じる顔が印象深い。 女性の下級使用人が男性執事と関わることは少なく、当然新人のアデーレは初対面だ。 故にどうすればいいのか分からない彼女は、閉めた扉の前から動けずにいた。「何突っ立ってるのよ。これ以上待たせないで」 変わらず不機嫌そうなエスティラが、鋭い横目でアデーレを見る。 そこに割って入るように、執事がそっと口を開く。「お嬢様、彼女も初対面の者ばかりの場所で緊張しているのでしょう」 年齢を重ねた男性らしい、低く重みを感じさせる落ち着いた声で語り掛ける執事。 その後彼はアデーレの方に向き直り
午後の仕事は、主人たちの生活スペースで行われる雑務が多い。 これは主人の目につく場所での仕事になるし、来客と対面することも頻繁にある。 そのため、午後は身だしなみも整えるため、午前の服とは別に主人が用意した制服を着用することが義務付けられている。 黒い長袖ドレスに、フリル付きの白いキャップとエプロン。 これが、バルダート家の使用人に用意された基本的な制服である。 前日は主に階下の仕事が中心だったため、アデーレはここで初めて制服に袖を通すこととなった。 「なるほど……」 いわゆるメイド服というものに初めて袖を通したアデーレ。 その完成度の高さに、思わず感嘆の声を上げた。 デザインだけ見れば、煌びやかさは微塵も存在しない地味な衣装だ。 しかし自前で用意した仕事着よりも、生地の材質や縫製の精度が優れたドレス。 ロングスカートながらも動きやすく、なおかつ形が崩れない工夫が随所に施されている。 何より、控えめだからこそ醸し出される気品を受け、アデーレの背筋は自然と伸びる。 国の執政にも関わる貴族の家ならば、使用人の制服にも相応の金と手間が掛けられているということだろう。 今さらながら、アデーレは自分が高位の家に務めているということを実感していた。 「それでは、本日はこちらで調度品の手入れをして頂きます」 先導するアメリアによって、数名のメイドと共に案内されてきたのは二階にある広い食堂だ。 中央には
アデーレがバルダート別邸に到着した時、使用人たちの間では既に怪鳥の話題で持ちきりだった。 使用人たちが集まる、屋敷一階の使用人控室。 主人らが使う部屋とは違い、シックな家具でまとめられた絢爛から程遠い部屋である。 しかしそこは名だたる名家、天下のバルダート家だ。 たとえ使用人が使う家具だろうとも、庶民が一年休まず働いても買うことのできないものばかりである。「アデーレ、本当に何ともないの?」「はい、大丈夫です」 エプロン姿にすまし顔のアデーレを前に、メリナは困惑の表情を浮かべる。 騒動を受けてもなお屋敷にやってきたアデーレには、彼女だけではなく他の使用人たちも驚いていた。 「さすがにあんなことがあったら休んでも大丈夫なのに。真面目だねぇ」 話を聞いていた先輩の使用人も、真面目なアデーレを前に苦笑を浮かべている。 「でもねアデーレ、私はあなたの身に何かあったら嫌だから。こういう時は真っ先に自分の身を守らないとダメだよ」 使用人になるのを提案したこともあってか、特にメリナはアデーレの身を案じているようだ。 こうなると、自分が騒動の渦中で、しかもそれを解決したなどとは口が裂けても言えないだろう。 少年にも秘密にするよう言った手前、このことは隠し続けなければならない。